「よーし、こっちは異常なし。そっちはどう?」
「こちらも異常ありません。鶯丸様、そちらは?」
「こっちも異常はない。これでこの地点の確認は済んだな。次の地点に向かおう」
様々な景色が映り込む壁のような物を点検した後、雲霄の鶯丸は他の面々に向かって声をあげた。
ここは所謂、時空の境目である。境目に触れれば現世と、過去と、あるいは他の城下町に繋がることもある場所だ。だが、普通に境目に触れるだけでは思うような場所に行くことはできない。行きたい場所に行くには、ころころと変わる時空間座標を確認してから行かなければならない。そうでなければ、時空の隙間に入り込むか、とんでもない時代に飛ばされてしまう。
また、境目には様々な時間軸が映る。ある人物が何かをしないだけでも変わってしまうのが歴史だ、それはもう多種多様な景色が現れる。境目の調査に普通の本丸が関わらないのは、違う歴史を見て心を動かさないように振る舞えるものが少ないからだ。その点において、雲霄隊の刀達は過去――己の『物語』――を見直し更なる境地に達した『極』と呼ばれるランクの刀剣男士と同じ境地にいるのかもしれない。
「しかし、似ているようで少しずつ異なっているというのは、中々に興味深いものであるな!」
「そうだな。風が吹けば桶屋が儲かる……ではないが、やはり些細な何かが起こるだけでも歴史はこうも変わるものなのだな」
「ある程度の変化は問題ないと見なされているんですよね。やはりこの国が乱れている時間軸には時間遡行軍がいる、と見ていいんでしょうか」
鶯丸の少し後ろを歩きながら、山伏国広と蜻蛉切、平野藤四郎が語り合っている。鶯丸はあまり細かいことを気にする性質ではない。敵が現れたら斬らなければならない、そしてできればそんなことはせずに茶を飲んでいたい、それが鶯丸の思考を占めていた。時間軸についてだとか歴史の細かいずれだとかは、あまり興味を持てない。
小難しい思考を消し去るように鶯丸は振り返って、違和感を探す。その先には、物吉貞宗がいた。
「物吉。疲れていないか?」
「はい、鶯丸さん。ボクは大丈夫です」
にっこりと笑うその顔には、確かに疲労の色は滲んでいない。そうか、と鶯丸が返せば、加州が話に入ってくる。
「俺もう疲れたー。大体戦闘以外での細かい計算とか、俺達には酷なんじゃないの?」
「あはは。確かにそうかもしれませんね。ボクも計算とか、機械には強くありませんから」
「だよなあ。……あ、そうだ物吉。俺のポンコツ時空座標指定装置、例の奴に直すように頼んでもらえない? 何かまた画面が変でさー」
「分かりました、頼んでおきますね」
「新品のはずなのに調子が悪いのか? 元から不良品だったんじゃないだろうな」
「うわ、そうだったら最悪。あの会社、前も欠陥品出して回収騒ぎ起こしてたよなあ」
鶯丸が出した最悪の想定にげんなりした表情から一転、加州は神妙な表情で物吉に問いかけた。
「……ねえ物吉、例の機械に強い奴、まだ俺達に会いたがらない? 散々世話になってるのに、礼の一つも直接言えないの、何だか気が収まらなくて」
物吉は首を振り、答えた。
「まだ会ってくれないと思います。相変わらず、ボクからの依頼ってことにしないと請け負ってもらえなくて」
「そっか」
俯く加州に、ええと、ええと、と口に出した後、元気づけるようにぐっと両手を握り物吉は行った。
「でも、少しずつ……こう、柔らかくなっているとは思うんです。だから多分、もうしばらくしたら、きっと加州さんからの依頼でも受けてくれると思います!」
「会ってくれなきゃ意味ないじゃん!」
「大丈夫です、お中元なら受け取ってくれますよ!」
「何が大丈夫!? って言うかそれ仮定だよな、そもそも依頼も受けてくれるか分からないんだよな!?」
「ガザニアのマカロンがボク的にはオススメです!」
「ああもうこの子話聞いてない!」
わーわー騒ぐ加州と物吉を、温かい目で見守る鶯丸。後ろを歩く三振りも、優しい眼差しを向けている。
そうして余所見をして歩いたせいだろう、鶯丸は急にぶつかってきた何かを避けられなかった。
「っと!」
「うわあ!」
弾けたように、後ろに下がる。ぶつかったのは、胸の下あたり。そう見当をつけて見おろすと、十歳前後の少年が地面に手をついていた。
「いってぇ……!」
「鶯丸殿、ご無事か?」
「俺は何ともない。すまなかった少年、大丈夫か?」
鶯丸が山伏に返答し少年に手を差し伸べると、少年はその手を取らずに立ち上がり、ぶすっとした顔を向けた。
「……大丈夫だよ、これくらい。こんなんで泣くようなガキじゃねえし」
「そうか。なかなかに強く打ったように見えたが、それなら良かった」
十分子供に見えるが、本人が大丈夫と言えば大丈夫なのだろう。すると、後ろから加州が顔を出す。
「ちょっとちびすけ、そっちだって余所見してぶつかったみたいだけど、鶯丸に謝ったの?」
「う……っ」
「鶯丸だって痛かったはずだよ。だけど言うべきことは言った。……ちびすけ、お前は言えないの?」
加州からの圧にぐっと詰まった少年は、視線を左右に彷徨わせた後に頭を軽く下げた。
「……ゴメンナサイ」
「態度がなっちゃいないけど、謝れただけ上等か」
加州はふう、と息をつく。それを見て、恐る恐る少年は問う。
「……ぶたないの?」
「言葉で済むならそれでいいんだよ。ちびすけ、お前ぶってほしかったの?」
「違う、けど……」
もじもじする少年に、鶯丸は目線を合わせて話し始めた。
「少年、俺達はただ『子供がぶつかった』と言うそれだけの理由で簡単に罰を与えていい存在じゃない」
「どういうこと?」
「俺達は下のもの達にどんな罰でも与えることができる。ただぶつかっただけで罰を与えては、下のもの達を動けなくさせる。それだけじゃない、下手したら動けなくなった分、溜まった感情が爆発する可能性だってあるんだ。その感情を向けられるのは俺達だ」
「えーっと……?」
疑問符を浮かべる少年の頭に手を乗せて、鶯丸は微笑み語り続ける。
「下のもの達を鬱屈させない、そして然るべき時にはきちんと罰を与えることが、この世界の釣り合いを保つことになる。そして、その然るべき時は今じゃないんだ」
「うーん……?」
「つまりは、俺達は平和主義だと言うことだ。長々と話したが、結論はそういうことだ」
「喧嘩、嫌いなのか?」
「そうだな、できる限り平和な方がいいと俺は思う」
「ふーん」
鶯丸の言葉に、少年はニッと笑う。
「先生が言ってたなー。『偉い人達はバランスをうまく取れるから偉いんだ』って。偉い人って大変なんだな」
「分かってもらえて何よりだ」
くしゃり、と少年の頭を撫でる。少年は一瞬目を見開き、ニヒヒ、と笑みをこぼした。
「カカカカカ! 拙僧らを相手にして堂々と振る舞えるその様、少年よ、将来は大物になるな!」
「全くだ。将来が楽しみだな」
「不敬ですよ、と言いたいところですが……鶯丸様に免じて、よしとしましょう」
場が緩やかな空気に包まれる。それは少年のハッとした様子に破られた。
「そうだ、サクヤ!」
「どうした少年、急に慌てて」
駆け出そうとした少年に声を掛ける。少年は立ち止まって、鶯丸達に振り返る。
「なあ、あんたらサクヤ知らないか? 俺より背の低い、ツンツン頭の!」
「うむ、拙僧は見なかったな」
「そうですね、そのような子供は見かけませんでした」
もどかしさのままに再び駆け出そうとする少年を、蜻蛉切が制止させる。
「待て、大人にこの辺りは近寄るなと言われなかったか?」
「言われたけど、サクヤがこっちに来たって聞いたんだ!」
「この辺りは違う場所に飛ばされかねない危険な場所だ。サクヤは俺達が探すから、お前は家に帰った方が良い」
「でも、あんたらはサクヤがどんな奴か知らないだろ!?」
「詳しく話してもらえれば、俺達が必ず見つける。家まで送るから、できる限りもうここには近づくな」
「でも、うーっ、サクヤぁ……!」
地団駄を踏みながら涙を滲ませる少年。歯を食いしばっているが、涙がぼろぼろ落ちてくる。そうして、最初に折れたのは加州だった。
「……仕方ない。確かに俺達はサクヤがどんな奴なのか知らないし、万が一別の場所に飛ばされたりしていたら大変だ。少年、サクヤがどんな奴か、どんな行動するか話して」
「加州、いいのか?」
「知ってる奴が一緒の方がいいでしょ。それに、放っておくとこいつ一人でこの辺り探しそうだし。少年、一緒に探してやるから、俺達から絶対に離れるなよ」
「……わかった!」
少年は涙を拭って大きく頷く。そういえば、と平野が尋ねた。
「あなたの名前を聞いていませんでしたね。何とお呼びすれば良いでしょうか?」
「そうだった、俺は――」
「――ソメゴロー君!」
通る声が遠くから響く。声を聞いた少年は鶯丸の後ろにさっと隠れた。すぐに声の主は現れた――一期一振と江雪左文字だ。
「やっと見つけた……! 先生が心配してましたよ、ソメゴロー君。滑莧園に戻りましょう」
「やだ! サクヤを見つけるまで俺は帰らないぞ!」
「この辺りは危ないと言っていたのを聞いていなかった訳じゃないだろう? ここは先生達に任せて――」
「やだ! 俺が自分の目で見つけるんだ!」
少年――ソメゴローは、鶯丸の後ろで二振りを睨みつけていた。一期と江雪、そして少年という組み合わせに鶯丸が納得の言葉をかけた。
「そうか、少年は滑莧園の子だったか」
「あなたは……雲霄の鶯丸殿、ですか?」
「そうだ。偶然だな、蒼穹の一期、清澄の江雪」
「すみません、慌てていて挨拶を忘れていました」
一期と江雪が一礼する。後ろから加州がひらりと手を振った。
「堅くならないでいいよ、緊急時なんでしょ? 二振りはこの子……ソメゴローだっけ、を探しに来たんだと思うんだけど」
「そうです。ソメゴロー君、園に」
「帰らないぞ!」
鶯丸の裾を掴んで離さないソメゴローを見て、加州は溜息を一つ吐いた。
「……まあ、こいつも頑固でさ。俺達が一緖に友達を探し出すことにしたんだよね。放っといたら一人で探しそうだし、俺達こいつの友達のこと全く知らないし」
「……ですが、いいのですか?」
「友が困っていたらできる限り助けるのが当然だ。江雪、お前は滑莧園の子を大層可愛がっているだろう? なら、その子が困っているのを助けたいと思うのも当然だ」
「……わかりました、お願い致します」
江雪が改めて鶯丸達に一礼する。ソメゴローが不安げに江雪を見上げた。
「……俺、サクヤ探しの班にいていいの?」
「このままあなたを帰すのも心配です。あなたは独断で行動しましたからね。……それに、あなたがサクヤ君を説得するのが一番いいと判断したのです」
「江雪……」
「説得の仕事、しっかり果たしてもらいますからね」
「もちろんだ!」
しっかりと目を見て、ソメゴローは答えた。
*
「しかし、一体どこに行ったのかねえ、サクヤって子は」
加州が時空座標指定装置を手に言った。これは時間遡行の際に時間と場所を指定するのが主となる装置だ。それ以外にも時空の裂け目に反応する機能も搭載されており、現在はそれを使用しサクヤがいる場所をしらみつぶしに探している。だが、成果はよろしくない。
「もしかしたら、既に現世に飛ばされている可能性もあるな」
「想像したくありませんね……」
蜻蛉切と平野も時空座標指定装置を手に探している。一期と江雪は、サクヤの痕跡を基に捜索している。
「足跡があまり残っていませんね……」
「時空の裂け目を探すしかないのでしょうか……」
装置を持っていない二振りは、あまり戦力になっていない。そんな二振りの肩を、山伏が叩いた。
「カカカカカ! 暗い顔をしなさるな! 装置だけでは細かい裂け目を感知できん! それを探してもらうだけでも拙僧はとてもありがたい!」
「……そうですね、頑張りましょう」
一期が応えた途端に、幼い悲鳴がかすかに聞こえた。その場にいた全員が顔をあげる。
「聞こえたか!?」
「はい! あちらの方から!」
平野が指差した方向は、木の生い茂る場所だった。恐らく、『森』と繋がる場所であろう。平野が先導し、声の元を辿る。
果たして、そこにサクヤはいた。しかし、いて欲しくないものも同時にあった。
「――時間遡行軍!?」
サクヤは、時間遡行軍の太刀に追い詰められていた。一期の鋭い声に反応して、サクヤはこちらを向く。
「な、あ、逃げ……!」
平野は飛び上がり太刀の腕を切りつけ、怯ませる。鶯丸が胴体を二つに分ければ、太刀は跡形もなく消滅した。
「サクヤ!」
ソメゴローがサクヤに駆け寄る。傷がないのを確認し、ほう、と息を吐いた。
「怪我が無くて良かった……!」
「……なんでここにいるの、ソメゴロー」
「心配してここに来たに決まってるだろ!」
サクヤはばつが悪そうに俯く。ソメゴローは続ける。
「早く帰ろう、ここは危険なんだ!」
「……危険なのは分かってる、でも」
「でも、なんだよ!」
「俺は……あのクソ親共に一言言わなきゃ気が済まない。なんで今更、俺はあいつらの道具じゃないって。俺は、お前らがいなくても生きていけるって」
サクヤは拳を握る。地面に手をついているため、土まみれだ。ソメゴローは苦い顔をしながらも、言葉を紡げない。
ピキ、とヒビが入る音がした。音の方向をソメゴローが見ると、少しずつ、空間に穴が開き始めた。
「――なんだあれ!?」
雲霄隊、江雪、一期はヒビを視認した。
時空の裂け目が生じたのだ。
それは大きく口を広げて、その場にいたものを飲み込んでいく。避けようとしても、お構い無しに。
ソメゴローはサクヤの手を取り逃げようとしたが、サクヤはその場から動こうとしない。目的を考えれば当然のことではあるが、驚愕で動けないと言うのもあるだろう。
次々とその場のものを飲み込んだ裂け目は、最後に加州を飲み込まんとする。
「時空座標指定、完了! ――上手くいってくれよ……!」
裂け目は加州を飲み込み、その穴を閉じた。