「いやぁ、ここのはんばーぐ美味しいねえ!」
「おむらいすもなかなかに美味だよ。ここは当たりだったねえ」
「酒が飲めないのが残念だがなあ」
「口の中で……肉がとろける……」
「焼肉も美味しいですね。なんでこんなに美味しいのに人がいないのでしょうか」
「隠れ家のように運営しているからだろう。……夕立様、いかがですか?」
「とっても美味しいです! 値段が安いのも驚きですよねえ」
氷雨の調査部隊は、人があまり来ない店、と言う選択基準で決めた店にて昼食をとっていた。人の良い店主にコック二人、若いウェイトレスも二人と小規模な店だったが、お嬢様である夕立を満足させる程に美味であった。
全員が食器を置いたのを確認し、長谷部が切り出した。
「さて。夕立様の転居準備が完了し、後は荷物が本丸に届くのを待つのみとなった。しかし油断するな。あと少し、と言う気が緩みかけたところで敵は襲撃してくる。各員、最後まで気を引き締めてかかるように」
「了解了解。って言っても、最後まで出て来ないような気がするけどな」
そう、ここまで敵の出現はなかった。少し不気味さを感じる程に。それでは彼女を襲ったのは一体何なのか、目的は何なのか。長谷部の眉間を突っついても、頭を悩ませる彼は気づかない。鶴丸は突っつくのを止めてあっけらかんと告げる。
「まあそう考え詰めなさんな。俺達は妹君を最後まで守り抜けば任務達成なんだ。悩ませて太刀筋が鈍る方がまずい。とりあえずは飲み物飲んどけ」
「……貴様は考えなさ過ぎなんだ」
「おっ、そう見えるかい? だとしたら少し悲しいなあ。俺だって考えて発言しているんだぜ?」
そろそろ勘定を、と全員が立ち上がる。会計係に堀川が立候補したので彼に任せ、他の面々は店の外に出た。
「あー、美味しかったー!」
「さて、ここからは任務だ。気を引き締めていこう」
「普段からそうしてもらえるといいんだがな」
「でも、賑やかで楽しいです!」
「……敵、現れるといいですね」
「そうだなあ。敵から少しでも収穫があればいいんだが」
話に花が咲いていると、店のドアが開いて堀川が出て来る。
「ありがとうございましたー!」
「ご馳走さまでしたー!」
「随分長かったな、堀川」
「すたんぷかーど作るかって言われて作っちゃいました。はい」
堀川の手の上には、ベージュ色のカードが乗っている。スタンプは三つ押されていた。
「まあ、また来る機会があるかもしれん。それは主に渡そう」
「はい。お任せしますね」
堀川の手から長谷部の手へスタンプカードが渡る。さて、と長谷部がカードを懐に入れてから言った。
「これから夕立様を再び門まで送る。周囲への警戒は怠らないように」
「了解」
店から門のある建物まで三十分。人通りも少なくなく、そのまま歩いていれば何事も無く辿り着くはずだった。
しかし、そう上手く事は運ばなかった。
「……敵襲です!」
堀川が叫ぶ。ゲートがある建物が見えてきた頃だった。緊張が走る中、横道から時間遡行軍が現れた。敵の槍は夕立を見据えている。
「人目のつかないところまで誘導しろ! 一般人に見られたら事だ!」
「言われなくてもそうするさ! 嬢ちゃん、悪いが走れるか!?」
「は、はい!」
空中から出現させた刀を抜き、鶴丸が夕立を連れて裏道に入る。槍と太刀がその後を追い、さらにその後を他の調査部隊が追う。
槍の激烈な一突きを、辛うじて避ける鶴丸。夕立を守りながら戦っているため、その動きにいつもの軽やかさはない。
「……悪いな、嬢ちゃん。囮にしちまって」
「構いません。覚悟の上ですから。それに、鶴丸達は強いと分かっています。寮での身のこなしを見ていましたから、あなたを信頼しているのです」
「ははっ。本当主にはもったいない妹君だ!」
槍の突きをいなしつつも、軽口を叩く。気をそらしていたのを察してか、鋭い突きが襲いかかろうとした。しかし、不意に槍の動きが止まった。と思うと前に崩れ落ち、槍は砂のように消えた。
「あーもー! ここ狭くて思うように暴れられないよ! 酔いも醒めてくるし、調子悪い!」
「次郎、助かった!」
「お礼は白檀屋の焼酎でよろしく!」
苛立ちを滲ませながらも次郎太刀は構え直す。
青江は大太刀の斬撃を、軽い身のこなしでかわしている。堀川が突き出された槍の柄に降りると、敵の頭を一閃する。長谷部は打刀としのぎを削り合っていた。
太刀と切り結んでいる小夜が、ふと感じた違和感を漏らす。
「……おかしいです。敵が、本気を出しているようには見えません」
「……小夜坊も感じたか。何か他に狙いがあるのかね」
「待ってください。今、表通りに敵が――」
堀川が表通りへ駆ける。数泊して鋭い声が事態を告げた。
「敵短刀、恐らくは苦無、『町』に繋がる建物の門前に数体! 入口の警備員が押されています!」
「――敵の目的は『町』への侵入か! だとしたら――」
長谷部が打刀を叩き斬ると、その場にいる全員に告げた。
「こいつらは陽動だ! 相手にするのは止めだ、門へ向かって侵入を防ぐぞ!」
「了解!」
調査部隊は攻撃をいなして表通りへ。ざわめく人波に逆らい表通りを駆け抜ける。
敵の撃つ弾丸を避けながらも門前に到着した時には、警備員は虫の息だった。
「全く、ひどい真似をするね」
「救急班には連絡を入れました。後は中に入った苦無です」
壊された門を通り、苦無を追う。青江と小夜が建物内に入るのに続こうとする調査部隊だったが、それを察してか建物内の苦無が甲高い耳障りな音を出した。
駆ける部隊に、上空から銃弾の雨が降る。それに気を取られていると、建物入口のシャッターが閉まった。
「チッ! 分断されたか!」
「小夜、青江、大丈夫かい!?」
次郎太刀が中の二振りに声をかける。中からは、剣戟の音と共に青江の声が返ってきた。
「僕達はまだ大丈夫だ! それよりも、外からかなり多くの気配がするけど――」
「――ああ、そうだね。アタシたちもやられた」
何体もの時間遡行軍が、地面に降り立つ。総数およそ五十。強い禍々しさを纏った槍も多く見られた。
鶴丸は、背後に立つ夕立を見やる。夕立は悪夢を見ているかのように、恐怖を露わにしていた。
***
「いってぇ……!」
「たた……ソメゴロー、大丈夫?」
「ん……ここは……?」
「……」
清澄の江雪は意識を浮上させる。そこには、ソメゴロー、加州、鶯丸、物吉がいた。
ここはどこだろう。確かサクヤを見つけた直後に、裂け目に飲み込まれたはずだ。話では、あらぬところに飛ばされると聞いていたが。
周囲を見回す。四方を壁に囲まれ、正面の壁にドア、背後の壁にホワイトボード、中央に長机と椅子が数脚ある、さほど大きくない部屋だ。
「……ここは、いつの、どこです」
「二二〇六年、十月四日。……多分、時の政府の施設内」
加州が、手元の時空座標指定装置を確認すると、大きく息を吐いた。
「あーっ! 面倒な手間はかかるけど、大昔に飛ばされるなんてことにならなくて良かったー! よくやった、俺の時空座標指定装置!」
「加州、あなたが何かしたのですか?」
「裂け目を認識した途端に、時空座標指定を行ったんだろう。裂け目に干渉して、飛ばされる先を決めさせたんだな」
鶯丸が説明する。時空座標指定装置は時間遡行装置と共に使用し、時空を干渉して過去へ遡る。時間遡行装置の代用を裂け目に行わせ、指定した場所へ遡行する。それが加州の行った手段だ。
これは時空の流れに上手く干渉できなければ、どうなるか分からない危険な方法だ。当然、一か八かの勝負だったのだが――。
「ああああよっしゃああああ! ポンコツなんて言ってごめん! 愛してるよ俺の時空座標指定装置! 絶対に修理してもらおうな! そんで最後まで使ってやるからなぁ!!」
「……江雪、カシュー? がすげえ怖い。何で機械に頬ずりしてんの……?」
「耐えてください、ソメゴロー君。彼らはそれだけのことを成し遂げたのです」
「彼ら……?」
「髪を振り乱して騒ぐなんて、うちの加州は滅多にしないからなあ。よっぽど上手くいったことが嬉しかったんだろう」
加州、戻ってこーい。鶯丸がそう声をかけると、加州ははっとして表情と思考を切り替えた。
「えっと、ここにいるのは四振りと一人か……残りはどこに飛ばされたんだろう」
「……時の政府の施設なら、説明すればある程度は協力していただけるでしょう。まずはここがどこかはっきりさせるのが最初でしょう」
「そうだね」
加州は、きょろきょろと何かを探す。
「……えーっと、物吉? どこ?」
「ただいま戻りました」
ガチャリと、部屋のドアが開く。それに驚いた加州は飛び上がり、壁に思い切り頭をぶつけた。
「うっわあっびっくりしたあってか痛い! 物吉どこ行ってたの!?」
「あー、久々にぐさっと……えーと、とりあえずこの建物の情報を集めて来たんですけど」
物吉がそう言うと、一斉に彼へ賛辞の言葉が贈られる。
「おおー、物吉優秀!」
「この短時間でよくも……凄いですね」
「すまない、出て行ったことに気づかなくて。よくやったな」
「影薄い兄ちゃんすげー!」
「あはは……後で長谷部さんに話聞いてもらおう……」
物吉は複雑な顔をしつつも、全員に情報共有を始めた。
「ここは、『町』と現世を繋ぐゲートがある建物のようです。場所は丹頂女学院駅の近くですね」
「丹女って、確か氷雨隊の審神者の妹さんが通ってるって言う?」
「そうですね。現世でのこの日は確か、妹さんが現世から『町』へ帰る日のはずですよ」
こちらの本陣が特定されないように、『町』の時空座標もころころと変わる。現世でのゲートをくぐってはいおしまい、ではない。戻るためには『町』の時空座標を指定する時間もあるのだ。物吉が言うことはつまり。
「上手く氷雨隊に合流できれば、待ち時間短く『町』に帰れるな」
「だね」
鶯丸の言葉に加州が頷く。
「多分、他の奴らもそう遠くない場所にいるはずだ。ここを出て全員と合流しよう」
「わかった」
「はい」
「……わかりました」
「なんかよく分かんないけど分かった!」
ドアを開けて部屋の外へ出る。すると、どこからか鉄のぶつかる音がした。
「物吉、さっきこんな音してた?」
「いえ、全く。……刀剣男士がいるかもしれません、行ってみましょう」
静かに、階下に降りる。金属音は、階を降りる度に大きくなっていった。
一階に降り立った途端に、声と剣の音がはっきりと耳に入った。
「くっ……しぶといねぇ……!」
「せめて、こいつらを倒せれば……!」
声の主は、にっかり青江と小夜左文字。氷雨隊の刀剣達で確定だろう。
声の元に向かうと、そこはこの建物の入口と見受けられた。彼らが戦っている相手は。
「――嘘だろ、苦無……!?」
雲霄隊でも難敵と認定している、短刀・苦無。五振りの苦無は、着実に青江と小夜にダメージを与えている。
入口はシャッターが閉まっており、開く気配がない。このままでは、二振りが折れる。
「三振り共、用意はいい?」
「ああ。盾兵の刀装は三つある。江雪、二つやるから援護を頼む」
「……すみません、このような事態は想定しておらず」
「普通の部隊は、想定する方が難しいですよ」
「な、なあ、俺は? あと、あの兄ちゃん達怪我いっぱいしてるけど、皆は大丈夫なのか?」
ソメゴローが不安げに四振りに問う。江雪が、その頭を優しく撫でた。
「大丈夫、私達は必ず生きて帰ります。ソメゴロー君は、大人の人に鎧戸を開けるように伝えてください」
「……でも、あの兄ちゃん達、強そうなのに傷だらけだ。警備員さん呼んできた方がいいんじゃ――」
「……だめです。普通の人間ではあれに太刀打ちできない」
ソメゴローが見上げると、眉間にしわを寄せ、口をきつく結ぶ江雪の顔が目に映った。
「あの敵は、私達が必ず倒します。あなたは彼らが折れないように、あなただけにできることをしてください。……さあ早く!」
江雪が発した強い言葉に驚きつつも、ソメゴローは走り出す。姿が見えなくなったのを確認し、江雪は虚空から刀を出し、三振りの下に立つ。
「江雪、準備はいいか」
「はい」
鶯丸の言葉に頷く。
一歩踏み出せば、苦無達がこちらを向き、青江と小夜は唐突に現れた援軍に驚愕する。
傷付いた小夜と不安を露わにしていたソメゴローを思い、江雪は怒気を発する。
「……違う隊でも、お小夜は私の弟。私は、お小夜と子供達のために戦います……!」
「――じゃ、おっ始めるぜ!」
加州の一声で、三振りは苦無へ一斉に向かって行った。