空隙の町の物語   作:越季

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5-8「アドバイス」

「一期さん、一期さん!」

 

 サクヤは横たわり、魘されている一期を揺する。起きる気配はなく、さらに呻き声を上げるだけだ。サクヤは平野に告げた。

 

「だめだ、全然起きない」

「困りましたね……」

 

 眉根を寄せて目を閉じたきりである他隊の長兄に、平野は案じるように口元に指を当てる。

 現在ここにいるのは、サクヤと平野、一期。山伏と蜻蛉切は探索に向かっている。

 目覚めた場所は建物の裏庭らしき場所であり、平野の言葉からさほど遠い時間に飛ばされていないことを知った。一同は、他の面子も飛ばされていないか確認するために通信を行った。しかし反応は無く、山伏と蜻蛉切がとりあえずこの建物の様子を見ようと提案したのだ。

 一期は、ここに着いてから目を覚まさない。正規の時間遡行ではないため、時空圧の衝撃に耐えきれなかったのではないか、と平野は推測した。サクヤが起こそうと揺すっているが、目覚める気配もないまま、現在に至る。

 

「戦力的に、ここでいち兄に起きて貰わないと困るのですが……」

「戦える人減っちゃうし、寝てたら動けないもんね……」

「僕は……辛うじていち兄を運べますが、それだと」

「引きずる感じになっちゃうし、平野さんが戦えないよ……俺、運動神経はいいけど戦えないし」

 

 うーん、と悩む一人と一振り。そこに、山伏と蜻蛉切が戻って来る。

 

「戻ったぞ。周辺を探索したが、ここは政府の施設であると分かった。一期はまだ目覚めないか?」

「ええ、サクヤ君が揺すっても起きる気配もありません」

「ふーむ、拙僧が主殿に教わった筋肉ばすたーとやらを試してみるか?」

「えっと、それはどういう……」

 

 首をかしげる平野の横で、サクヤが目を見開きぎょっとする。

 

「一期さんを殺す気!? やめてよ!」

「心配するな! 一期殿なら多少痛んでも目覚めると信じている!」

「だから痛めつける前提なのはやめてってば!」

「――うわああああっ!!」

 

 不穏なやり取りをするのを察知したのか、叫び声と共に一期が飛び起きる。殺人技をかけようとしたことなど感じさせない笑顔で、山伏は一期に挨拶をする。

 

「目覚めたか一期殿!」

「え、あ、はい。ここは一体……」

「二二〇六年十月四日の現世だ。探索の結果、ここは政府の施設であると分かったところだ。……魘されているようだったが、大丈夫か?」

 

 蜻蛉切が、一期の体調を気にかける。一期は夢見の悪さを振り払うように首を軽く振り、蜻蛉切に笑顔を見せる。

 

「ええ……変な夢を見ただけです、体調に異常はありません」

「変な夢? 俺も時々見るよ」

 

 サクヤが反応する。

 

「何か桜の木の下にいる夢。時々見るんだ、そういう時はあんまり無理しないようにしてる。一期さんも無理しない方がいいんじゃない?」

「……私は、暗闇の中にいる夢だったが……そうだね、無理はしないようにするよ」

 

 一期は欠伸を押し殺して、立ち上がる。手の土を軽く払うと、山伏と蜻蛉切に問いかけた。

 

「時の政府の施設なら、職員に要請して今すぐ『町』に戻して貰えばいいのでは?」

「どうもそう上手くいかん様だな。本刃証明、異常検査、飛ばされた時の状況説明など様々な手間がかかるらしい。本刃証明については、一期殿が難関であるな」

「時間と手間がかかると言う訳ですか……」

「まあそんな訳で、職員に面接をしたいと言われている。とりあえず施設の中に――」

 

 ぴくり、とサクヤが身を竦める。

 

「……ねえ、何か近づいて来てない?」

 

 怯えた少年の様子に、その場にいたものが抜刀し身構える。

 平野が鋭く叫んだ。

 

「――サクヤ君の後ろからです!」

 

 そう告げて、平野がサクヤの背後へ駆け出す。

 現れた太刀の懐に飛び込んで、平野はその胸に己の刀身を突き刺す。深く抉って抜き取れば、太刀は崩れ風にさらわれて消えた。

 平野は背後へ飛び退く。平野がいた場所に、敵の槍の鋒が現れる。

 平野を見据えていた敵の槍から、いつの間にか刃が飛び出していた。蜻蛉切は敵槍を振り上げると、遠くの大太刀に向けて飛ばした。

 目の前の大太刀が怯んだのを見逃す山伏ではない。刀を持つ手を切り落とし、首を飛ばす。大太刀と槍は、砂となり消滅する。

 一期は、サクヤを守りつつも打刀を相手取っていた。流石に打刀相手には押し負けなくなったが、それでも身体中に小さな傷が散乱している。

 

「一期さん、大丈夫?」

 

 震え声で、サクヤが問う。一期は打刀を袈裟懸けに切った後、優しく答えた。

 

「大丈夫。私は強いからね。それに、私より強いもの達がこの場にはいるからね。心配することは何もない」

「本当に?」

 

 泣きそうな声に気がついて、一期はサクヤの方を向く。

 

「俺が、勝手に抜け出したりしたから、だからこんなことになってて、ごめんなさい、俺が、俺が」

「サクヤ君……」

「一人で平気だって、大丈夫なんだって、そう思ってた。思い込んでた。だから、断りに行くのも自分だけで平気だって」

「サクヤ君」

「でも、違ったんだ。俺は一人じゃ何もできない。一人で生きてなんていけない! こんな、こんなに色んな人に迷惑かけて、どんな顔で先生やソメゴローに会えばいいか分からないよ……!」

「サクヤ君!」

 

 一期が、サクヤの声を遮る。はあ、と荒い息を吐き、サクヤは一期を見上げる。

 

「……一人で生きることと、一人でできることは、同じ物ではないことを先に言っておこう。君は、一人で生きていけると思ったけれど、違ったと悟った。それにその年頃で到達したのは、素晴らしいことだ。けれど」

 

 一期は、言葉を選んで話し始めた。

 

「一人では何もできないと言うのは、違うと私は思うよ。どんな偉人でも、国を統治するのにたった一人では不可能……と言うと、規模が大きいかな。でも」

 

 敵の襲撃は、少し落ち着いている様だ。納刀はせずに、周囲を警戒し続ける。

 

「上に立つ者が様々な役割を上手く割り振るのも、才能の一つだ。様々な仕事を誰かが統括しないと、途端に下は滅茶苦茶になる。そして、割り振るのが才能だとしたら、ある仕事をこなすのもまた才能だ」

 

 サクヤは、じっと一期を見つめている。

 

「君は、様々な知識を身に付けている様だね。その知識で、人を支えることもできるはずだ。何もできないんじゃない、君の役割が違うんだ。一人で何もできないと思考を放棄するのは、ただの依存だ。その点から問おう、君はどうなりたい?」

 

 一期は――少なくとも個体差として――自分が本物の子供の相談に乗るのは得意ではないと感じていた。それでも自分が出せる全てを出した。サクヤは、どう返すか。

 沈黙が続く。

 

「……俺は」

 

 サクヤは口を開き、とめどなく自分の考えを示し始めた。

 

「先生みたいな優しい人になりたい」

「うん」

「ソメゴローの馬鹿を止められる位置にいたい」

「うん」

「……もっと、もっと、知識が欲しい。俺はまだ、世界を全く知らない」

「うん」

「……できれば、ソメゴローと一緒に、世界中を旅してみたいな」

「そうか」

 

 サクヤの言葉を聞き届け、一期は彼の頭を撫でる。

 

「じゃあ、まずは何をしようか」

「……先生と、ソメゴローに謝る。親の説得は、多分俺にはできないな。先生に任せるよ」

「そうだね」

「それから、本だけじゃなくて、色んな人と話す様にしてみる。本じゃ、本物の他人のことは分からないから」

「うん、そうだね」

 

 サクヤは、無邪気な笑みを浮かべて言った。

 

「一期さんって、やっぱりお兄さんなんだなあ」

「どうしたんだい、いきなり」

「色んなことを知ってるから。それに、何だか話してて落ち着くし」

「弟を持つ身として光栄な言葉だね」

 

 一人と一振りは微笑み合う。和やかな雰囲気は、しかし長くは続かなかった。

 

「そろそろいいか? ……表から声がする。恐らくは刀剣男士だ」

「ごめん、槍のお兄さん」

「状況はいかがでしょう?」

「あまり良くない。平野殿が偵察に向かったが、五十体程の時間遡行軍がいる様であるな」

「五十体!?」

 

 一期は目を見開く。一度に五十体は、六振りでは骨が折れるのではないか。

 サクヤが焦った口調で言った。

 

「すぐに加勢に行かないと……!」

「焦っても仕方がない。個別で行ったら、それこそ各個撃破されてしまうぞ。それに、サクヤ君をどうするかが問題だ」

「あ……」

 

 サクヤは狼狽する。戦力として数えられない自分は、足手まといだと思ったのだろう。

 一期はサクヤに提案する。

 

「サクヤ君、あそこに窓がある。そこから平野と中に入って、職員に火急の事態を知らせてくれないか?」

「平野さんと? いいの? 戦力が減るんじゃ……」

「君を一人にして何かあったら、ソメゴロー君が悲しむだろう? それに平野は尊い方の護身刀だった。上との交渉の仕方をよく知っているから、上手いことやってくれるはずだよ」

「……分かった」

 

 サクヤは了解する。蜻蛉切と山伏が一人と一振りを持ち上げ、窓の中に入れる。着地する音がした後に、二つの足音が遠ざかった。

 

「一期殿、刀装はあるか?」

「えっと、軽騎兵が一つだけですね……」

「うむ、万全でないのは仕方ない。これもまた修行と思おうぞ」

 

 カカカカ、と笑う山伏に、一期は何とか気持ちを浮上させた。

 蜻蛉切が告げる。

 

「よし、ではこれから表の部隊を援護しに向かうぞ!」

「あい分かった、任されよ!」

「はい!」

 

 そうして三振りは、表の戦場へと躍り出た。

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