「いや本当にすまなかった、君の熱を鎮めるためにはあれしかなくてだなあ……」
「かなり痛かったんですよ、あれ」
「いや無論承知だ! 俺だって悪かったと思ってるんだ! 今度何か奢るから、それで手打ちにしてくれ!」
「ではがざにあのふるーつたるとで」
「よし来た!」
『町』の入り口にて、鶴丸が一期に土下座している。先程の一件で、一期の不快度を上げていたためだ。
それを見て、鶯丸は笑う。
「いやあ、相変わらず土下座が似合うな、鶴丸は。あんな綺麗な土下座をする奴、そうそう見た事がない」
「そうなんですか……?」
「まあ、鶴丸はそんな奴だ。変わり者ではあるが、これから仲良くしてやってくれ」
「はい、もちろんです」
夕立は笑う。夕立はしばらくの間、氷雨隊の本丸で過ごすことになった。これから楽しい刀達に囲まれて、少しずつ襲撃の傷を癒していくだろう。
「サクヤ、まだ親に何か言わないと気が済まないか?」
その近くにいるソメゴローがサクヤに問う。サクヤはしばらく黙った後、心配そうに見ているソメゴローに言った。
「いや、伝言だけして後は先生に任せるよ。俺は力不足だってこと、痛いくらいに分かったから」
「力不足なんて、そんなこと……!」
「それに」
背後で加州が、長谷部をからかって遊んでいる。真っ赤になって追い回す長谷部を、江雪が止めていた。その近くでは、鶴丸がタルトを買いに走ろうとするのをおろおろと小夜が見ている。
賑やかで、とても楽しい風景。それを見て、サクヤは表情を緩ませる。
「まだここにいたいし……やりたいこともできた。だから、まずは勉強からしようかなって」
「なんだよー、まだ頭良くなる気なのか、サクヤは」
「俺は頭が良い訳じゃないよ。ちょっと本が好きなだけだ」
「まあ良いよ。頭良くなっても、サクヤはサクヤだし。やりたいこと、後で教えてくれよ!」
「……うん」
幸せを滲ませ、サクヤは笑った。
夕立はその光景を見て微笑んでいたが、ふと表情を曇らせる。
「妹君、どうしましたか」
「いえ……私は、戦場を、現実をあまりに知らないな、と」
加州を追いかけ回すのを止めた長谷部が問えば、夕立が答える。長谷部は気遣うように言った。
「一般人に知らせないようにするために、この町があるのです。何も気にすることはありませんよ」
「そうでしょうか……」
「ええ。あなたは軍の家系の人間とは言え、戦争には本来関わりのない一般人です。それに、あなたは被害者だ。我々はあなたのような人間を守るために遣わされたのですから、余計な心配は無用です」
「そう、ですね。これ以上はあなた達にも不快でしょうから、止めておきますね」
「はい。……まだ何か?」
夕立は、まだ暗い顔を直していない。長谷部が更に問うと、彼女は呟いた。
「……腕の細さ……あんな感じなんですか?」
「どういうことです?」
「いえ、時間遡行軍の打刀、いたでしょう? 腕が、随分太かったなって思って」
「太い? 敵の打刀は、いつもああいう姿ですが……」
夕立は、もみあげを耳にかける。そうして、零した。
「私に襲ってきた打刀は、もっと全体的に
夕焼けと夜の空が、綺麗な階調を見せている。星々の光は、不気味な程に輝いていた。
***
二二〇六年十月四日から、全ての刀剣男士が立ち去った後の夜。あるアパートの一室で、少女が微笑んでいた。
「ふふ、やっと、やっとなのね」
その手には、紙が握られている。レシート大の、小さな紙だ。そこには、数字の羅列が書かれている。
普通の人間が見たら、ただの数字にしか見えないだろう。しかし、一部の人間には、違うように映る。
「ここに、兄さんが……!」
そして、問いただすだろう。
――どこから、『町』の時空座標値を手に入れた、と。
「待ってて、兄さん」
少女は浮き立つ気持ちを隠さずに、棚から機械を取り出す。それもまた、ここにあってはならない物のはずだ。
「もうすぐ、
そうして、少女は狂気染みた笑みを浮かべて、機械に数字を打ち込む。目の前に現れた空間の裂け目に、彼女はバッグと共に躊躇なく飛び込んだ。
裂け目が閉じた後には、少年の写真だけが残されていた。