――初めまして、よろしくお願いします。
『彼』はそう言って、頭を下げる。しかし、挨拶を受けた女性は、目を逸らしながら曖昧に頷くだけ。
めげずに次は、仲間になるひとたちに挨拶をした。しかし、そこでも穏やかな反応は返されなかった。
そして、次は楽しみにしていたひとへの顔合わせ。『彼』の緊張と期待は、否が応でも高まった。
『彼』は、喜色満面の笑みを浮かべる。しかし、そのひとはちらりと見やった後、周りを囲んでいたひとたちに笑いかける。
――『彼』の方など、もう見ようともせずに。
6-1「平成へ」
「お茶を淹れて来ました、鶯丸様」
「ありがとう、平野。今茶菓子を出そう」
「はい」
日差しが暖かい昼下がり。雲霄隊の鶯丸は、確認していた端末を座卓の上に置き、棚へ向かって立ち上がった。
棚から皿と楊枝を置いて、箱を取り出す。包装を丁寧に解き、卓の上に置く。箱を開けると、中には表面が滑らかな羊羹が入っていた。
「牡丹一華堂の羊羹ですか。僕、ここの羊羹大好きです」
「そうだろうと思って用意した。今取り分けるからな」
すっと楊枝を羊羹に通し、一つずつ羊羹を皿に乗せる。平野が座り茶を置いていくのと合わせて、茶菓子もそれぞれの前に置かれた。
画面に通知が映る端末を見て、平野は尋ねた。
「また端末を見ていらっしゃっていたようですが、皆さんは相変わらずですか?」
「そうだな。今日は苦手な食べ物について話していた」
「鶯丸様は、苦手な食べ物があるのですか?」
「俺は今のところないが、蒼穹の一期が『貝割れ大根が食べられない』と言っていてなあ。どうやらあいつは甘党らしい」
「個体差って凄いですね。氷雨隊のいち兄は、確か辛い物が好きだとおっしゃっていたはずですが……」
「と言うか甘い物が苦手なんだ、氷雨の一期は。それをおちょくって大喧嘩に発展したと以前鶴丸が言っていて、大包平以上に馬鹿をやっているなあと思ったものだ」
「……何であそこの二振りは、そこまで仲が悪いのでしょう」
「性根が似た者同士は仲が悪くなると聞いたが、どうだろうな」
茶をすすりながら、会話を楽しむ二振り。今日は秋にしては涼しくなく、過ごしやすい気候だ。
「あ、でも蒼穹のいち兄とは仲が良いのですよね」
「そうだな。何だかんだで長く話していることも多い。そう言えば何故だろうな」
「うーん、全くの正反対とか?」
「いや、好奇心旺盛なところは似ている。長所が似ていると仲が良くなるのか?」
「どうなんでしょう、心理学には疎いので……薬研兄さんに今度尋ねてみましょうか」
「雅を解さないと言っている奴に聞いていいものだろうか」
「……そう言われると、よく分からんとしか返されないような気がしますね」
ふと、平野が顔を上げた。足音が部屋に近づいて来る。直後、ひょいと加州が顔を出した。
「あ、お茶飲んでる。二振り共、調子はどう?」
「加州さん。僕はまあまあですが……」
「俺も悪くないな。どうした、任務でも入ったか」
鶯丸が冗談めかすが、加州はそれを笑わず、何のこともなしに告げた。
「うん、多分そう。改めて二振り共、主が呼んでるよ。至急執務室に来いって」
俺先に行ってるね。そう言って加州は去って行く。鶯丸と平野は顔を見合わせ、小さく溜息をついた。
*
鶯丸と平野は、ある程度片付けてから部屋を出た。板張りの床をしばらく歩くと、大きな部屋の前に到着する。中からは電子音と機械の稼働音。これには中々慣れないなあ、と苦笑いしながら、鶯丸は告げる。
「鶯丸及び平野藤四郎、招集により参上した」
「来たか。よし、これで全員揃ったな」
入室許可と共に障子を開ければ、執務室には既に加州清光、山伏国広、蜻蛉切、物吉貞宗が揃っていた。いつもの第一部隊の面々だ。まあ座れ、と審神者が座布団を指差し、二振りは勧められるまま着席する。
数多の機械を背に、審神者は端末を手にしながら振り返った。
「皆、よく集まってくれた。察していると思うからさっさと進めるが、政府から出陣の要請があった」
端末を床に置き電源を入れると、空中に画面が浮かび上がった。映っているのは男性の履歴書と小難しい文書である。
「画面に映っている男は、政府とも関わりのある企業の御曹司だ。そいつが時間遡行軍によって殺害された結果、歴史の大きな変動が確認された。皆には、時間遡行軍の殲滅を頼みたい」
「はーい、質問。規模はどのくらいになりそう? それと、時代はいつなの?」
加州が手を挙げて審神者に問う。審神者はそうだな、と顎に手を当てる。
「規模はそこまで大きくはない。一週間くらい張り付いていりゃ、皆なら殲滅できるだろうと言うのが上の見解だ」
「了解。まあ当然だよね」
加州が平然と言う。他の刀達も同じ様な表情だ。彼らには、政府直属の部隊だと言う自負がある。様々な難題を乗り越えて来た経験は、確かな自信を彼らに身につけさせていた。
満足そうに頷いた後に少し表情を険しくさせ、ぐるりと見渡し審神者は告げた。
「それと、時代だが――平成三十年の東京だ」
えっ、と物吉が目を見開く。他の面子は、渋い表情を浮かべていた。
「……難易度めちゃくちゃ高くない?」
「うむ。当時の政府は当てにできない上、刀に厳しい割に刀に関心が出ている頃合いだからな」
「それも首都か……人目に付くことになればあっという間に身動きが取れなくなるぞ」
自信は、驕りではない。彼らは、平成の時代に出陣する事の難しさを認識していた。
急激に文明が進化し、それに振り回された平成時代。山伏が述べた通り、政府もぐだぐだな事、刀の人気が再上昇している事から、下手に抜刀したら瞬く間に拡散されて、上に翻弄されたり、そこを敵に突かれて歴史改変に至るに違いない。
沈んだ空気になる部屋。審神者は、頭を下げた。
「無理は承知だ。だが、ここで改変を阻止しないと、我々の経済的基盤も崩壊しかねない。皆への褒美はたんまり取らせると確約させた。――頼む、引き受けてはくれないか?」
しん、と静まり返る。しばらくは審神者も頭を下げたままだったが、はあ、と加州が頭をかいた。
「頭上げてよ、主。俺達は武器だ。主の勝利のためなら、どこへだって行って戦うよ。例えそれが、戦い辛い時代でも」
「……すまないな、皆」
「何、これもまた修行。今回も無事こなして見せようぞ」
カカカ、と山伏は明るく笑う。加州が頭の後ろで手を組んだ。
「俺、褒美は主と現世旅行がいいなー」
「長谷部さん辺りがずるいって言いそうですね……」
「何なら、皆で現世旅行といこう。かなりの無理を押し通そうとしているのだから、それくらいはできるだろう」
「拙僧は山籠りの許可を頂きたい!」
「何週間籠るつもりだ、山伏殿……」
「どこに連れて行ってもらおうかなー」
褒美の話になり、部隊は表情豊かに話し始める。現世旅行の計画を早速立て始めようとしているのは加州だ。
審神者は、そんな加州を手招いて呼び寄せる。
「主、どうしたの?」
「……これは、時が来るまで内密にしてもらいたいのだが」
ちらりと物憂げに、審神者が隊員達の方を見る。いや、隊員全員ではなく――。
「――物吉のことを、気にかけてやってくれ。
「……え? 護衛対象の履歴とか文書には、そんなこと書かれてなかったよね?」
「あくまで非公式の情報だ。だから必ず何かが起こると言う確証もない。いたずらに不安がらせることはないが……」
「……その時が来たら、全力で止めろってことだね。了解」
振り返ると、物吉はにこにこと隊員達の話を聞いている。それを見て、頼むから何事も起きてくれるなよ、と加州は祈った。
***
「ねえ、いち兄さあ」
「……うん」
「改めて聞くけど、何がどうしてこうなったの」
「……私が聞きたい」
「いや本当に不思議だよなあ。何でこんなところに迷い込むんだか。よっぽどの方向音痴じゃなきゃこんなことにならないぜ」
「薬研頼むから傷を抉らないでくれ!!」
顔を覆って蒼穹隊の一期は叫ぶ。春光隊の鯰尾と薬研は、困りきった表情でそれを見ていた。
ソファーに座りうなだれている一期に、苦笑いしながら歌仙が茶を運んできた。
「……まあ迷ってしまったものは仕方がない。時空の乱れが収まるまで、ゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます……」
力無く湯呑みを持ち上げて、一期は本当にどうしてこうなった、と回想を始めた。