演練自体は、特に大きな問題もなく終わった。実際に戦うところを見るのは学びも多く、とてもためになる時間であった。
……ただし、蒼穹の和泉守が目潰しのための砂かけを氷雨の長谷部に対して多く行っていたり、あるいは氷雨の長谷部が速度に任せて蒼穹の和泉守に足を引っかけたり、双方の審神者が罵倒しあっていたことを受けて刀剣男士たちが攻撃回数を無視して乱闘状態になってしまったことを除けば、だが。
『いやぁ、大目玉食らうことにならなくてよかったな。お上に目をつけられたら、半日潰れることになるからな』
「本当、そうならなくて良かったですよ……主には、もう少し冷静さを持ってほしいものです」
『こっちもすぐ喧嘩売る癖を何とかしてほしいもんだなぁ』
端末越しに、蒼穹の一期と氷雨の鶴丸はため息をついた。
弟たちも寝静まった、午後十一時。一期は、連絡帳アプリに入っていた連絡先にチャットメールを送った。返信はすぐに返ってきて、「今から電話しないか」と提案された。一期はそれを承諾し、現在こうして通話をしている訳である。
ちなみに、端末機器を使うのは初めてだった一期は、夕暮れに書庫を訪れ、端末機器の説明書を必死に探した。単独でできるとは到底思えなかったからである。結果、類似の機器の説明書を見つけ、何とかおぼつかないながらも端末を立ち上げることに成功した。端末ごとき扱えないようでは、一期一振の名が泣く。そう思っていたが、電話に出た鶴丸の第一声は『そういや説明書つけるの忘れてた! 連絡とるの大変だっただろ』というものだった。
「いえ、別段大変だったわけでは」
『そんなことはないだろ。刀剣男士は、どの刀種においても現代の機器に弱いと聞く。別段恥じることではないぜ』
「いや、ですから」
『あ、でもこうして一発で連絡とってきたってことは、なかなか筋があるってことなのか。さすがは一期だな』
「ふふ、そうでしょう」
胸を張った一期は、鶴丸が『こんなに乗せやすいとは驚きだ』という言葉が聞こえていない。しかし、少し前の鶴丸の言葉に引っかかり、尋ねた。
「刀剣男士は、現代の機器に弱い? それは、博多や長谷部殿などの主を補佐することも多い刀も例外なく?」
『そうだな。その二振りも、習得するのに少し時間がかかるはずだ。一発で習得できる奴がいるとしたら、そいつは化け物か何かだろ』
「鶴丸殿も苦労なされたので?」
『一台目を破壊して主に衣紋掛けの刑にされた』
「うわぁ」
ご愁傷さまです、と憐れみの言葉を一期に、鶴丸は乾いた笑いを漏らした。
そうして、先ほどの演練の話になる。
『大目玉食らいそうになった以外はどうだった? 有意義な時間を過ごせたか?』
「ええ、他の本丸と交流もできましたし、とてもためになる時間でした。……本丸にいない刀を見るたび、主が神経質になるのにはまいりましたが」
『はは、まぁそのうち戦力拡充計画も行われる。その時になったら来る確率も上がるだろう。気長に待つといいさ』
「そうですね」
縁側からは、明るい月がよく見える。秋の虫の声が、辺りに響いていた。さて、今は何時だろうか。
「……鶴丸殿、お時間は大丈夫ですか?」
『そろそろ長谷部の見回りが来るな……。今日はこの辺にしとくか』
「そうですね。あ、会は次いつある予定なんです?」
『そうさなあ……十八日には他の面子の予定が空く。大丈夫か?』
「十八日……」
自室に戻り、予定表を見つめる。政府からの通知も、審神者からの指令も入っていなかった。
「お待たせしました、大丈夫そうです」
『そうか、よかった。じゃあ十八日の六時に、城下町の入り口で待ってるぜ』
「分かりました。鶴丸殿、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
ツー、ツーと会話が終わった音が鳴った。端末を自室の机に置き、一期は布団に入ることにした。
今日はずいぶんいろいろあった一日だった気がする。明日は、どんな一日だろうか。
翌日への期待を抱いて、一期は目を閉じた。
***
炎が、辺りを包んでいる。熱くて、息をするのも困難だ。自分は今、どこにいるのだろう。いや、考えるまでもない。
大阪城だ。思い出も、仲間も、栄華も、何もかもが燃えた場所。
誰かの悲鳴が聞こえる。自分も、ここで潰えてしまうのだろうか。
崩れ落ちる天井に、一期は目をつぶってしゃがみ込んだ。
***
……気が付くと、一期は真っ暗な場所にいた。燃えた形跡もなく、人の形をとっている。手を見つめると、不自然なほどはっきりとその形を確認することができた。
辺りを見回す。誰の姿も見つけられない。
ここは天国? 地獄? それとも焼け落ちた大阪城か。それにしては、誰の姿もないのが変だ。
「誰か……誰かいないか」
声を張り上げてみても、何の返事もない。
「鯰尾! 骨喰!」
やはり、返事はない。一期は一歩、足を踏み出そうとする。
――突如として、すすり泣きが聞こえ始めた。
幼い少年の泣き声だ。一期は光明を見つけたように、その声に語りかけた。
「……泣いている少年、君は誰だ? ここはどこなのか知りたい、協力してもらえないだろうか」
丁寧に話しかけた一期へ、すすり泣きながら声は答えた。
「だれも、きてくれないの」
「……え?」
答えになっていない言葉を投げかけられ、一期は呆気にとられた。声は続ける。
「だれも、こっちにきてくれないの。みんな、みんな、ぼくをこわいっていうんだ。そうして、どんどんはなれていく」
「君、何を言って――」
要領を得ない幼い言葉に、一期は狼狽する。そういえばこの声、どこかで聞いたような気が――。
「おまえも、はなれていくんだろう。みんなすきだなんて、うそつき」
糾弾するように、声は響く。そうして、轟音を伴う地鳴りが響いたと思うと、黒い風景が少しずつ崩れていく。
立っていられなくなり、一期はその場に座り込んだ。
***
はあ、はあ、と荒い息をつく。朝日が自室に差し込んでくる。ちゅんちゅんと、雀も朝を告げていた。
体から汗が引かない。激しい胸の拍動もおさまらない。
「何だったんだ……今の夢は」
燃え盛る風景が夢に現れるのは、まだ理解できる。しかし、その後の真っ暗闇に幼い声、これには心当たりがない。
「いちにーい! 朝だよー!」
「いち兄、起きていらっしゃいますか?」
弟たちが、自分を呼ぶ声が聞こえる。変な夢に動揺している場合ではない、頼りになる兄に戻らねば。
「今行くよ!」
一期一振は急いで身支度を整え、自室を出る。その頃には、もう夢のことなど頭から消え去っていた。
白い天竺葵の栞が、主人のいない枕元に落ちていた。