空隙の町の物語   作:越季

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6-2「迷子」

 それは審神者の一声から始まった。

 

「今日は全員非番だ! 俺はまんばと城下町に下りるが、ついて行きたい奴はいるかー?」

「主、離せ! 氷雨隊より戦果が良かったからって、浮かれ過ぎなんじゃないのか!?」

「はっはー、戦果発表後のあの野郎の喚き様だけで、最高の酒の肴になるな! よし、猩々木庵で呑むか!」

「昼間から酒を飲むな!」

 

 山姥切の首に腕を回し上機嫌な審神者の言葉に真っ先に反応したのは粟田口の短刀達だ。顔を輝かせて、下りたいと手を挙げる。

 

「ボク、あの化粧品店に行こうかなー!」

「僕は本屋ですかね」

「えっと、虎くん達の餌、新しいのを探したいです」

「よし薬研、げーむせんたーに行くぞ!」

「おう。何か賭けるか?」

「賭け事はほどほどにしてくださいね」

「いち兄はどうするの?」

 

 信濃に問われ、一期は温かい微笑みを浮かべる。

 

「私もお前達と一緒に城下町に行くよ。でも、どこから行こうか悩んでしまうね」

「じゃあボクに合う化粧品一緒に選んで!」

「あっ、ずりい! オレもいちにいとげーむしたいのに!」

「ふふーん。早いもの勝ちだもんね!」

「いちにいは化粧なんかよりげーむの方がいいに決まってる!」

「なんかって言い方何!」

 

 厚の言葉に乱が眉を跳ね上げ、喧嘩が始まった。呆れながら平野がなだめるが、止まる気配はない。ふと、五虎退が鯰尾と骨喰に向けて尋ねた。

 

「鯰尾兄さん、骨喰兄さん。二振りは、城下町に行かないんですか?」

「なんか骨喰の調子が悪いらしくてさ。俺は本丸に残って様子を見てるよ」

「鳴狐も心配しております。我々も残りますよぅ!」

「ありがとう、兄弟、鳴狐」

 

 と言う訳で、粟田口派はこの三振りを除いて城下町に赴く事になった。

 城下町は相変わらず人通りが多い。そうして審神者に連れられていく刀、目的の場所に一目散に向かう刀がいる中で、粟田口派は揉めていた。

 

「いち兄はボクと一緒に化粧品を見に行くの! どうせげーむは時間かかるでしょ!?」

「化粧品だって何時間もかかるだろ! いちにいはげーむやってる方が楽しいだろ!」

「僕も、いち兄と本を選びたいのですが……」

「食べ歩きもしたーい!」

 

 わあわあと粟田口派が騒ぐ中、()()()はぼうっと見ていた。一期が、甘い匂いに釣られてふらふらと歩くのを。しかし、輪の外にいた彼がそれを告げる事はなかった。 

 しばらくして、五虎退がはっと周りを見渡す。

 

「あ、あの、いち兄がいません……!」

 

 五虎退の声に、粟田口派がはっとする。そして辺りを見回すが、長兄の姿はどこにもない。肩を下げ、乱が気を落とす。

 

「ボク達が長く話し合ってたから、呆れちゃったかな……」

「そうだな……仕方ない、いちにいにはゆっくりしてもらうか」

「そうですね、その内本丸に戻っているでしょう」

 

 解散の雰囲気が醸し出される。しかし、何かが心配だ。それは何だったか。

 それに気付いたのは、信濃であった。小さく挙手をして、発言する。

 

「……ねえ。うちのいち兄って方向音痴じゃなかった?」

 

 その顔は青ざめていた。伝染するかのように、粟田口派が青ざめていく。うわあああ、と頭を抱えて厚が叫んだ。

 

「まずいだろ、まずいだろ! どこに行ったか分からないけど、いちにい探し出さないと永遠にさまよい続ける!」

「いや本当喧嘩してる場合じゃなかったな……前回みたいに変なところに迷い込んでたら……」

「また助けてもらえるとは限らないしね……とにかく手分けして探さないと!」

 

 じゃあ僕はあっち、オレはあっち、と別れて粟田口派は城下町を駆ける。しばらくの間、城下町には一期を呼ぶ声が響く事になった。

 一方、探されている当の一期はと言うと。

 

「……ここは、どこだ……」

 

 飴の入った袋を手に下げ、例の森の中に立っていた。

 甘い匂いに釣られて飴屋から飴を大量に買った一期は、弟達のところへ戻ろうとはしたのだ。しかし、どこから来たのか分からず、『何か木があったはず』といった朧げな記憶を頼りに歩くも、どんどん道から逸れていくばかり。そうして危うい記憶を頼りにした末に、一期は森にいると言う訳だ。

 

「とりあえず、ここから出ないと……」

 

 そうは言ってもだ。方向音痴の一期には、自分がどこから来たのかてんで分からない。下手に動けばまたウルトラC的な思考の飛躍で、ここ以上にとんでもないところに行ってしまうかもしれない。早く弟達のところに戻らねば。そんな焦りと、自分の方向音痴と言う性質への苛立ちが、一期の思考を占めていた。

 

「おい、あそこにいるの……」

「ああ、刀剣男士だ。金をたんまり持ってるはずだぜ」

 

 気が付けば、周りを数人のごろつきに囲まれていた。下卑た表情で、襲撃のチャンスを窺っている。何かデジャヴを感じた。

 しかし、今回は拘束されていないし、コンディションも悪くない。一期はどうするか考えたが、弟達が探しているという焦りと下卑た声による苛立ちに邪魔され、思考がまとまらない。

 そうして結論はこうなった。

 

「ああもう面倒だ。峰打ちなら許されるだろう」

「――いや許されないって!」

 

 柄に手を掛けた一期へ鋭くツッコミが入る。途端、ごろつき達が叫びながらその場に崩れ落ちた。

 残ったごろつきの一人は何事か怒鳴りながら攻撃したものを探すが、背後を取った黒い影から首に手刀を受け、やはり倒れ伏した。

 黒い影――薬研藤四郎は、ごろつき達を縛り上げた後に一期へよう、と手を振った。

 

「元気だったか、蒼穹のいち兄。今日は縛られてないようで何よりだ」

「……お前は、春光隊の? さっき鯰尾の声が聞こえた気がしたんだが、どこにいる?」

「はーい、俺はここだよー」

 

 しゅたっ、と鯰尾藤四郎が木の上から降りて来る。靡いた髪を整えて、左右を見渡した。

 

「色々聞きたいことがあるけど、また時空の流れが変わりそうなんだ。収まるまでうちの本丸で休んで行ってよ」

「ありがとう、鯰尾」

「じゃあ帰るか。いち兄、今度は走れるな? 俺達の後をついて来てくれ」

 

 そう言って、薬研は駆け出す。鯰尾も即座に動き、一期もそれに倣った。

 相変わらず、ちらちらと空間の裂け目から違う景色が映っている。奥に行く度に周囲が薄暗くなり、少しずつ気味も悪くなっていた。鯰尾と薬研はそれらに用心しながら、直進、右折、左折を組み合わせて進んでいた。

 春光隊の本丸である一軒家が見えて来る。周囲をさっと確認して、薬研はドアを開けた。鯰尾と一期は玄関に滑り込み、薬研も中に入って施錠した。

 

「はい、お疲れ様。とりあえず上がって」

 

 鯰尾はスリッパを取り出して、一期に勧める。玄関から上がれば、中から歌仙兼定が現れた。

 

「おかえり、鯰尾、薬研。……おや、その御仁は」

「ああ、前に襲われてたいち兄だ。今回は怪我なしだ」

「そうか、それなら良かった。お茶を出そう、中に入って待っていてくれ」

 

 歌仙が身を翻す。リビングに通された後、薬研に座るように言われ、一期はソファーに身を沈める。少し硬めのソファーは、軽く一期を押し返した。

 

「さて、いち兄。どうしてあそこにいたか、聞いてもいい?」

「別に構わないが……自分でもよく分からないんだ」

「まあとりあえず話してみてくれや」

 

 そうして、先程の会話に戻る。

 

***

 

「とりあえず、いち兄は一振りで行動しない方がいいよ。周囲の胃に悪いから」

「そうするよ……」

「しかし、方向音痴の一期一振か。何だか、おかぴ? を見ているような気分だね」

「私は珍種生物か何かですか……」

 

 茶を飲みながら落ち込む一期に、歌仙がさりげなく追い討ちをかける。いや本当に何故城下町の入り口から離れたところに迷い込んだのか。他本丸の一期一振はこんなことにはならないのだろう、と考えて、再び自己嫌悪に陥る。

 ガチャン、と玄関から解錠する音がした直後に、ドタバタとリビングに満面の笑みが現れた。

 

「帰ったぞー! 新しいゲーム機見つけ、た……」

 

 長谷部の輝いていた表情は、一期を視認した途端に苦いものへと変わった。それを見咎め、歌仙が立ち上がる。

 

「長谷部、客刃に向かって顔をしかめない!」

「うっ……だって……」

「だってじゃない! 何度も言わせないでくれ、客に対して失礼な態度を取るのは……」

「雅じゃない、だろ! 説教は後にしてくれ、ゲーム機入手の喜びが!」

「だったら態度を改める!」

 

 長い説教から逃れようと、叫びながら耳を塞ぐ長谷部の後ろから、獅子王が現れた。

 

「長谷部、玄関の鍵開いてたぜ。無用心な……あれ? お前、前にも来てた一期か?」

 

 獅子王が一期を見つけ、三週間ぶりくらいか、と笑った。それに一期も微笑んで一礼する。

 歌仙が獅子王の帰宅に気を取られている隙に、長谷部はリビングの外へ飛び出した。階段を駆け上がる音を響かせた長谷部に、歌仙はあっ、と音の方向を振り返る。

 

「こら、長谷部逃げない! ……すまない、蒼穹の一期。後で意地でも引っ張って来るから」

「いえ、構いません。過去の傷と言うのは、そう簡単に癒えるものではないのですから。……それに」

 

 一期が、階段の方を向く。その顔には不快感など無く、ただ穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「どうしてか、彼には興味が尽きません。できれば仲良くなりたいと、そう思いもするほどに」

 

 一期は、そう呟く。

 何故だろう、目を逸らしたいと思うと同時に、しっかりと彼を知らなければならないと言う使命感のような物が一期の中に芽生えている。純粋に、普通のそれと様子が異なる彼への好奇心もあるが。ゲームが好きだと言う幼さのある彼に、弟や滑莧園の子供達と重ねてしまっているのかもしれない。……はて、何かが引っかかるような……。

 つらつらと一期が考えを巡らせていると、しん、と部屋が静まり返っていたのに気付いた。不安が込み上げるままに、春光隊の面々を見渡す。

 

「……あの、何か不躾なことを言ってしまいましたか」

「……いち兄」

 

 薬研が、真剣な声で一期に言う。

 

「あいつは、かなり特殊な奴だ。それに、基本的に俺達以外の人型を信用していない。生半可な覚悟で向かうと、あいつもいち兄も傷付くことになる」

「……」

「俺達は、いたずらに誰かが傷付くことを避けたいんだ」

「……その事情を、話してもらう訳にはいかないのだね」

「……そうだな、悪い。俺達は、まだあんたと言う個体のことをよく知らない。そんな相手に、こちら側に踏み込ませる訳にはいかない」

 

 その通りだ、と一期は思う。まだ自分は、何かを抱えている彼らに踏み込む覚悟ができているか、分かっていないのだ。好奇心だけで彼らを引っ掻き回すつもりはない。

 

「そうだね、私もお前達のことはよく知らない。それに対して、私の態度はあまりにも性急だった、申し訳ない。……でも、一つだけ聞かせて欲しい」

「内容によるが、いいぜ」

「……お前達にとって、長谷部殿はどんな存在なんだい?」

 

 薬研はしばらく黙っていたが、フッと目を閉じて答えた。

 

「……子犬、かね。俺達は、あいつに健やかに生きて欲しいと思ってる。そのためには水もやる、食べ物も、必要なら家も」

「でも、経験が必要なら厳しいこともさせるよ。あくまで俺達がするのは、長谷部さんが後悔せず、幸せな日々を送れるようにすることなんだ」

「そうだね。説教をすることもあるけれど、長谷部には陽だまりの中で生きていて欲しいな」

「陽だまり……そうだな、あいつには、日差しの中で笑っていて欲しいなあ……」

 

 それぞれが、長谷部への願いを口にする。それは、普通の本丸の彼に対しては、まず出てこないだろう言葉達だった。

 長谷部と言えば、堅物で周囲に厳しいのがほとんどだ。それはさながら、風紀委員を思わせる。周囲の反応も、厳しい指導員へ向けるそれである。

 それなのにここの彼はどうだ。周囲にいるものは慈愛に満ちて、まるで、あどけない子供に向けているような表情で。

 本当に、ここの本丸の長谷部は、周りに暖かく見守られているのだ。

 

「長谷部さんが押入れから出てこなくなっちゃったんだけど、何かあったのかな? ……おや」

 

 とんとん、と階段を降りて来た石切丸がリビングに現れる。一期を見つけると一瞬目を見開き、口元を緩ませた。

 

「君は、蒼穹隊の一期さんだね。また襲われてしまったのかな? 私が祓って差し上げようか」

「いえ、実は迷い込んでしまいまして……」

「おや、そうだったのか。災難だったね、お守りを渡した方がいいかな?」

 

 はは、と笑う石切丸に、本当にお守りをもらった方がいいのか頭を悩ませる一期。

 物思いに耽っていた獅子王が、石切丸に話を振った。

 

「なあ石切丸、お前は長谷部のことどう思ってる?」

「どうしたんだい、いきなり」

「今そういう話をしてたんだ、一期に聞かれてな。で、どう思ってる?」

 

 うーん、と考えた後、親を思わせる穏やかな表情で石切丸は答えた。

 

「そうだね、できれば厄のある場所に近寄って欲しくないかな。彼はもう、余計な災難で苦しむ必要はないはずだからね」

「あいつ、助けられなかった奴のことは自分のせいだ、って考えがちだしな。実際は運が悪かっただけなのに」

「そうですねえ。長谷部さんがやりたいって言うなら止めないけど、助けられなかったことで苦しんでいるのを見る度、こっちまで悲しくなってきちゃいますよ」

「ほどほどにして欲しいもんだな、正直。それで体調崩されたらたまらん」

「でも長谷部がいなかったら、苦しんでいるものがいることも知ることはできなかったと思うと、視野が広がっていっている感覚はあるね。……ああすまない一期、こっちばかり話していて」

「いえ。……皆様は、本当に長谷部殿が大切なのですね」

 

 その言葉を、春光隊は肯定する。石切丸は付け加えた。

 

「長谷部さんが笑っていれば、この場所は平和なんだと感じられるんだ。だからかな、私としてはずっと長谷部さんが笑っていられる環境であって欲しいと願っているよ」

 

 先ほど垣間見た長谷部の笑顔。彼らの平和を象徴するそれをいつか、正面から自分も見られるだろうか。そう夢想しながら、一期は一口茶を含んだ。

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