「……よし、座標地点の誤差はほぼ無し。到着だ」
加州が時空座標指定装置を懐に入れる。人通りの少ない裏路地を到着地点に指定した彼らは、薄暗い場所から光と人通りがある表通りを覗いた。喧騒、空を隠す摩天楼、そして警戒の少ない人々。首都・東京はこの時代も相変わらずである。
「つくづく、この時代には観光で来たかったですね」
「偵察じゃなくて、敵が出て来ると確定しているからなあ」
平野と鶯丸は嘆息する。その横では、山伏と蜻蛉切がストレッチをしていたり、加州が物吉を探している最中に当の物吉に肩を叩かれて飛び上がったりしている。
彼らは、遡行先の時代に合わせた服装をしていた。打刀以下は加州プロデュースの洒落た格好。鶯丸と蜻蛉切はスーツ、山伏は修験者の格好である(山伏についてはこだわりが強くこれ以外の格好にしたがらなかったため、囮の役割を果たすことで了承している)。
空中に画面を映してから、よし、と加州が隊員に声をかけた。
「改めて確認ね。紅猿子製薬代表取締役の子息が、この時代の一週間で時間遡行軍に暗殺される。俺達の任務は、その御子息の暗殺阻止だ」
「やはり、建造物の破損は最小限か」
「そうだね。そしてできる限り対象との接触も禁止」
「敵が対象と接触する前に終わらせる方がいいでしょうね」
「敵方の時間遡行の痕跡はあるか?」
「待って、今出すから」
えーとどれだっけ、ああこれだ、と加州が空中の画面を動かせば、周辺の地図が現れる。そこには、大小、色も様々な丸い印が点在していた。
「夜まで大規模な敵襲はなさそうであるな。痕跡を辿るものと対象周辺の監視の二手に別れるか、加州殿?」
「うーん、その方がいいかな。じゃあ俺と鶯丸、物吉は対象の方、平野と山伏、蜻蛉切は痕跡の調査をお願い」
加州が役目を割り振ると、隊員はそれぞれ了承の意を示した。頷き、加州はこう締めくくった。
「それじゃあ始めようか。集合場所は端末に転送しておいたから。そうだな、四時頃に一旦集合しよう」
「あい分かった。それでは行くか、平野殿、蜻蛉切殿!」
「声の音量を落としてください、目立ってます!」
「それと杖を掲げるな……」
先陣を切って歩き出す山伏を追い、平野と蜻蛉切が駆け出す。人混みの中に消えたのを確認し、笑って加州も足を動かす。
「俺達も行こう。この時間なら対象は会社にいるはずだから」
「何だか緊張しちゃいますね。ボク、こんな都会を歩くのは初めてなので」
「そう言えばそうだったな。何、城下町を歩くのとさほど変わらん。肩の力は抜いておけ」
「はい!」
鶯丸はそうアドバイスした後、歩きながらビル群を見渡す物吉から数歩離れた加州の隣に寄る。
「加州、そろそろどう言う意図か聞いてもいいか」
「……何の話かな」
ぐっと詰まりながらもあくまでしらを切る加州に、歳を食っているものを舐めるなよ、と鶯丸は腕を組む。
「何かあると瞬きの回数が増えるのは相変わらずだな。それに、ずっと物吉に目を凝らしていれば、何かあると言っているようなものだ。その様子じゃ他の隊員にも勘付かれるぞ。主とも何か話していたな。だとしたらまずは――」
「あーもうわかった、降参、降参!」
両手を挙げて鶯丸の言葉を遮る加州。それを見て、別に責めたい訳じゃないんだが、と前置きしてから鶯丸は忠告する。
「隊員に気付かれるだけならまだいいが、他のものに察知されたら隊長のみに通知される機密にも辿りつかれやすくなる。くれぐれも気をつけろよ」
「……はーい。俺もまだまだだって痛感したよ……」
項垂れる加州に、まあ他の隊員には気付かれないだろうがな、と鶯丸は先程の鋭さを潜めてのんびりとした様子でいる。
「で、だ。それを話す訳にはいかないのか?」
「……確証がある訳じゃないから、中途半端に警戒させるくらいなら話すなって、主が言っていたんだけど。主がそう言うくらいだから、多分起こる確率はかなり低いよ?」
「構わん。話してくれ」
即座に聞く判断を下した鶯丸に、はあ、と息を吐いてから声を潜めて告げた。
「物吉に勘付かれるといけないから、簡単に言うよ。――物吉が暴走する可能性がある」
簡潔に述べられた一言に、鶯丸は目を見開き、そして閉じた。
「……そうか、
「うん。どの局面でそうなるかは分からないけど、いざとなったら全力で正気に戻すよ。……まあ、どっちが正気なのかは分からないけどさ」
「それは今論じても仕方ない。分かった、物吉のことは気に掛けておこう」
あやふやな懸念事項をしっかりとした口調で請け負った鶯丸に、ありがとう、と加州は礼を述べた。
「……あー、何事も無ければいいなあ」
「これは俺の勘だが、何かが起こる予感を強く感じるぞ。まあ、覚悟しておくんだな」
「鶯丸の勘、結構当たるからやーだー……」
「加州さーん、鶯丸さーん? どうしましたー?」
物吉が声をかけてくる。気が付けば、目的のオフィスビルまであと少しだった。
今行くから、と加州が小走りになる。それに合わせて、鶯丸も歩く速度を上げた。
***
テレビの中で、筋肉質の空手道衣を着た男と、セーラー服を纏った少女が格闘しあっていた。
男の拳を避け、少女が杖から魔法を放つ。それを避けようとしたところに少女の拳がヒットし、男は倒れ伏した。画面には、勝敗を決した表示が現れる。
「やったー! 勝ちましたー!」
「あーっくそっ、これでまた引き分けかー!」
鯰尾が歓喜の声を上げ、獅子王が額を手で覆う。直後画面は切り替わり、モードを選択する状態になった。
「どうします? 違うげーむで対戦します?」
「それもいいけど、いい加減体を動かしてえな……」
「そうは言っても、長谷部さんが降りてきませんし。あ、怪物を一狩りするげーむやりましょうよ!」
「あー、それしかねえか……」
かちゃかちゃとゲーム機を操作して新たなゲームに切り替える鯰尾達の様子に、一期は心を和ませる。
「楽しそうですね。私では相手にならないのが残念ですが」
「仕方ないよ、普通の刀剣男士は機械の操作に長けていないものの方が多いんだ」
「私達がこうして多くの機械に触れるようになったのも、こっちに来てからのことだしねえ」
「普通の刀剣男士なら尊敬できるくらいのもんだぜ」
「では長谷部殿は……?」
「あいつは特殊だ」
ソファーに座り、茶を飲みながら四振りは会話する。ソファーにもたれる一期の目にはホットタオルが乗せられていた。
先程まで一期もゲーム機に触らせてもらっていたのだ。しかし、手の動きと画面の動きがどうも噛み合わず、最終的には目を回してしまった。ホットタオルが用意されたのも回した目を癒すためだ。
「凄いですよね、あんなに小さい端末を使いこなすとは。私にはとても……」
「まあ、趣味が高じて、と言うのもあるだろうね。機械をいじっている時の長谷部は楽しそうだから」
「また弾かれたー、って叫んでたりな。まあ、機械の修理もやってもらっているから文句は無いが、ほどほどにして欲しいもんだ」
「目は大切だからねえ。目が悪くなってしまっては情報が少なくなってしまうから。でも楽しいなら何よりだよ、ねえ長谷部さん?」
えっ、と声を発して勢いよく起き上がったせいか、一期の目からタオルが落ちた。慌ててキャッチし、石切丸の視線を追う。
リビングの入り口から覗き込む様に、顔を出し、ソファーを見つめる長谷部がいた。一期の視線に気が付き、きっと睨む。
「……鯰尾達が楽しそうだから来ただけだぞ」
「はあ」
「本当に本当なんだからな!」
「何に対しての天邪鬼なんだか」
「普通の長谷部なら考えられない捻くれ方だねえ」
うるさい、と唸り長谷部は一期を睨む。長谷部の声に気が付いた獅子王が、長谷部の方を向く。
「なー長谷部、俺久々に出陣したいんだけどー」
「……今からか? 準備がいるが、構わないよな?」
「おー、いくらでも待つって。あ、でも軽食が必要か?」
「それなら僕が用意するよ。久々だからね、楽しみにしててくれ」
「歌仙さんの許可が下りたぞー!」
「私も、武器の本分を忘れないようにしないといけないからねえ」
急遽、出陣準備を始める春光隊。歌仙が台所に向かい、長谷部を除く隊員が刀を出現させる。
一期は立ち上がりながら、帰り支度をしようとする。
「出陣ですか? それなら私は帰った方が――」
「なあ、久々に六振りで出陣したくないか? 一期、部隊に入ってくれ!」
「――はぁ!?」
獅子王の発言に、一期と長谷部の裏返った声が重なった。
常軌を逸した発言だ。他の隊の刀を編成し、出陣するとは。政府の機構上、非常識な提案だ。
「いやいや無茶でしょう! 他隊の刀は組み込めないのでは――」
「時間と手間とコストがどれだけかかると思っているんだ! 何か褒美がないと嫌だぞ!」
「後でがざにあのもんぶらん買ってくる!」
「よし交渉成立!」
「できるのですか!? と言うかちょろい!」
一連の流れに色々と突っ込みたい。だが話は進んでいる上、何よりも。
「いち兄と出陣かー。なんか嬉しいな!」
「ここにいち兄が来ることなんて蒼穹のが初めてだからなあ。血も滾るってもんだ」
自分と共に戦えることを春光隊の弟達が喜んでいる。これに応えなければ、兄としての名折れだろう。もう、かなりのはちゃめちゃな事態をそんな風に割り切ることにした。石切丸が、そんな一期を心配そうに覗き込む。
「一期さん、嫌なら嫌と言っていいんだよ?」
「……いえ、他隊とは言え弟達が共に戦うことを期待しているのです。これに応えないことに何の意味がありましょう」
「そうか、それなら少しの間よろしく」
「はい。……それにこんな非常識な事態、見過ごす訳にはいきませんし」
「おや、監視も兼ねているのか。それなら油断はできないな」
「いや、そうではなく。私の個刃的な好奇心からです」
「……本当に一期さんは変わっているねえ」
石切丸と話しながら、一期も刀を握る。台所から、歌仙が風呂敷に包まれた物を手に現れた。
「待たせたね、それじゃあ行こうか」
「今日の軽食は何ですか?」
「本当はおやつにしようと思っていたんだけどね。ふるーつさんどだよ」
「おお、いいな! あ、刀出す間持つぜ」
獅子王がニッと笑う。獅子王に軽食を渡し、歌仙も刀を出現させた。
「よし、玄関に行こう。長谷部、頼んだよ」
「ああ、分かった」
全員が玄関に立ち、長谷部が端末機器を取り出した。画面を浮かび上がらせ、早口で呟きながらタイプする。
「……刀帳番号二十五番、一期一振。認識完了。仮登録、偽装登録完了まで50、80、……共に完了。念のために妨害情報もばら撒いておいて、と。……隊長・歌仙兼定、隊員一・薬研藤四郎、隊員二・鯰尾藤四郎、隊員三・獅子王、隊員四・石切丸、……管理者権限においてゲスト刀剣一期一振の追加許可……隊員五に追加完了。部隊登録完了。時空座標指定開始、次元軸36556682、時軸186407080500、空間軸35008944135769889。当該情報体の指定時空座標への転送を開始」
視界が、少しずつ暗くなっていく。地面から浮かんでいるような、不思議な感覚。これは、蒼穹隊での出陣では感じたことのないものだった。普段は一瞬で着いてしまうものだったから、こんな出陣の仕方は新鮮だ。
「転送完了まで16、32、48、64、80、96……転送完了」
長谷部がカウントを終えた時、そこに六振りの姿は無かった。長谷部は新たな画面を表示させる。そこには、闇の中に降り立った六振りの姿があった。
「全員、異常はないか?」
『大丈夫だよ、転送位置も悪くない』
『問題はないな』
『大丈夫でーす』
『あー、早く敵出ねーかなー!』
『獅子王さん、騒ぐと現地の人が出てくるよ』
『私も、異常ありません』
画面の中の部隊は、軽く体を確認した後、移動を始めた。
彼らがいるのは、一八六四年七月八日。もうすぐ朝を迎えようとしている池田屋の近くだった。