とあるビジネスホテルの一室。雲霄隊第一部隊は定期報告のために、それぞれ二つのベッドに腰掛けていた。
「対象周辺に動きなし。強いて言うなら、女性に群がられてたってことくらい。もちろん女性の身辺を軽く洗ってみたけど、不審な点はなし」
ベッドサイドランプが一番それの近くにいる加州を照らす。うむ、と頷き、蜻蛉切も口を開く。
「こちらも時間遡行の痕跡を辿ったが、本陣は見つからなかった。身を潜めているのだろうな、だがどうも一箇所に集まっているようだ」
「どこ?」
「地図に印を付ける。暫し待ってくれ」
空中に浮かぶマップに、三角の印が付く。そこの周辺画像を出すと、薄暗く街灯も少ない、いかにも路地裏、と言った場所だった。
鶯丸が地図を見て、呟く。
「ここは、奴が通勤時に通る道か?」
「いいえ、ここではなくここに繋がる広い通りを車で行くはずです。ですがこの道には、暴力団が関わっている風俗店があります」
「そいつらが何かを起こす可能性があるか……改変前にそいつらが事件を起こしたって記録あったっけ?」
「今資料を出す。……違法薬物を取引していた件で警察が立ち入り捜査を行っているな」
「奴はそれに巻き込まれるってところだろうか。何にせよ、その道で待機していた方がいいだろうな」
鶯丸がそう結論付けると、加州がそうだね、と肯定した。
「念のため、平野は対象に付いていて。俺達は対象の退勤時間に合わせて配置に付くよ。それまでは体を休めて」
加州がマップに印を付けていく。ふう、と息を吐き、鶯丸は物吉に話し掛けた。
「物吉。体調は大丈夫か?」
「えっと、大丈夫なんですけど。ボクはこっちです、鶯丸さん……」
「ああ、すまない、こっちだったか」
物吉のいる位置とは反対方向に話し掛けていた鶯丸は、改めてしょんぼりとしている物吉に向かい合った。
「すまないな。……
「そうですね、覚えの無い夢を見る程度です。それも悪夢と言うほどの物ではありません。コンディションは万全ですよ」
「そうか、ならいいが。……時に物吉。日が沈むまでまだ少し時間がある。一階の喫茶店に行かないか?」
「えっ、構いませんけど……珍しいですね、鶯丸さんが平野さんじゃなくてボクと行動しようだなんて」
「たまにはいいだろう。夢の話を聞かせてくれ」
鶯丸がそう言って、加州に目線をやる。加州は一つ頷き、ベッドの上にばふん、と倒れ込んだ。埃が宙を舞い、蜻蛉切が小さくくしゃみをした。それを背後に、部屋のドアを閉める。エレベーターに向かって歩きながら、物吉は自信なさげに言った。
「本当に会話しているだけなので、あまり面白味も無いと思いますが……」
「構わない。夢の中の会話は大体が支離滅裂で面白い」
「それじゃあ……」
エレベーターのボタンを押して、階を示すパネルを眺めながら、物吉は一つ一つ慎重に語り始める。
「夢の中で、いつもボクはベッドの上にいるんです。部屋の中にあるのは、窓と、ベッドと、本棚くらいでしょうか。いつもボクは窓から、外の様子を眺めていました」
エレベーターがチン、と音を鳴らして到着した。口を開けたエレベーターに乗って、階を指定し、ドアを閉めるボタンを押す。下へ下へと向かうエレベーターは、鶯丸に浮遊感をもたらした。
「そこに、女の子が訪ねて来るんです。女の子はポニーテールで、意思のはっきりした顔立ちをしていました。当然、ボクは彼女を知りませんでしたが、何故か名前は分かったんです」
「そうなのか。名前は何だった?」
「確か……ミサキ、だったかと」
再びチン、と音を鳴らしてエレベーターは到着を告げる。光が一気に入って来たことで鶯丸と物吉は目を少し細めながら降りる。
「そのミサキと、どんな話をしていた?」
「大体が、彼女が持って来た本を一緒に読みながら、取り留めのない話をしていました。でもしばらくしたら、ボクは外の世界を教えてとせがんでいましたね。そうしたら、彼女は教えてくれるんです。春は桜の美しさを、夏はアスファルトの照り返しがきついこと、秋の空が高いこと、冬の雪が本当は丸くないこと、などを」
喫茶ラウンジに到着すると、従業員に空いている席へ案内される。四角いテーブルに手を置いて座ると、椅子が軋む音がした。ラウンジの中には、コーヒーを飲んでいるサラリーマンがいるだけだ。
「後は、ボクの境遇に憤ってもいましたね。部屋の中に閉じ込めて、彼女以外誰もボクに会いに来ないことに。ボクとしては、彼女と話せるだけで幸せだったんですが。そうして彼女が部屋から出て行く前に、約束をするんです。いつか一緒に外を歩こう、と」
「その様子だと、夢の中の物吉は病弱だったのか」
「そうみたいです。……不思議なことに、夢の中のボクは、部屋の中から全く出られないのがちっとも嫌だと思っていなかったんです。動けないことは、人間にとっては退屈で仕方ないはずでしょう?」
「まあ、そうだな」
「それなのに、彼女が来ると言う、それだけで幸福で満ちていたのですよね。夢の中のボクがどういう存在か分かりませんが、幸福をおすそ分けされたみたいで、目が覚めるのが少し惜しいくらいなんです」
従業員が水を運んで来た。それに合わせて鶯丸は紅茶とケーキのセットを注文し、物吉はコーヒーとケーキのセットを頼んだ。従業員は下がり、再び物吉は話し始める。
「でも、存在が分からなくても、正体は分かっているのですよね。悪い存在ではないのが分かっているので、今のところ不安はないです」
「そうか。……正体を教えたのは」
「はい、いつも機械を直してくださる方です。夢のこともあまり気にしないでいいとおっしゃっていたので、本当に恐怖とかはないんです。だから、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ。加州さんにも、そうお伝えください」
物吉は気分を害した様子も無く、にこにこと鶯丸を見つめる。自嘲するように、鶯丸は苦く笑った。
「……あまり気取られ過ぎるのも考え物だな。これでは隠密活動の意味がなくなってしまう」
「流石に、二振りでこそこそして、こうもあからさまに切り込まれたら気付きますよ。本来、
「主が心配していてなあ。加州も心配しているんだ。仲間だからこそ、きちんと話をしないといけない。ずっと共に過ごすのだから、尚更な」
「そうですね。ボク達は普通に振る舞おうとしても、なかなか上手くいかない存在ですから。ちゃんと違うところも、合わないところも、確認していかないといけませんね」
「そうだな。……個刃的には、お前に色々教えた奴に会ってみたいところなんだが」
「あはは、今は難しいと思いますよ。猜疑心が強い方ですから」
従業員がそれぞれのセットを運んで、テーブルの上に並べていく。チーズケーキ二つと、紅茶にコーヒー。ごゆっくり、と告げて伝票を置き、従業員は下がった。
「じゃあいただくか。……物吉」
「はい?」
フォークを手にした物吉に、鶯丸は硬い表情を向ける。
「夢の中の心地はいいのだろうが、あまり飲まれ過ぎるなよ。俺達は、不本意ながら戦わなくてはならない存在だ。くれぐれも――」
「切れ味が悪くならないように、ですよね。分かっています」
物吉もまた、真面目な声音で返す。しばらくそのままだったが、ふっと表情を緩めて、鶯丸はケーキを口にする。
「それならいい。このけーき美味いぞ」
「あ、本当!」
物吉もフォークで切り分けてケーキを口に運ぶ。表情をほころばせる物吉に、もう一つの隠し事に気づかれなかったことに安堵しつつ、鶯丸は紅茶を口に含んだ。