空隙の町の物語   作:越季

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6-5「膾切り」

 剣戟の音と悲鳴らしきものが、池田屋から聞こえてくる。空は少しずつ白み始めていた。事件直後で野次馬が多く、池田屋を囲む人々は事件に夢中で、路地に潜んでいる六振りを怪しむことはない。

 

「えーと、ここが夜明け前の池田屋だと言うことは分かるのですが」

「どうかしたかい、一期?」

「今から潜入しても敵はいないのでは……」

「あー、心配いらねーよ。俺達はまだ出ない」

 

 声を潜めて会話をする春光隊と一期。刀がぶつかり合う音は、少しずつ近付いてきていた。

 

「それじゃあ、助太刀をすると言う訳ではないのですね?」

「そうしたら俺達何もんだって話になりかねないからなあ。あくまで俺達はこっそり、だ」

「いち兄、もうちょいこっち!」

 

 鯰尾が路地の外に出そうになる一期の腕を引く。腕を掴みながら、神妙な表情で鯰尾は言った。

 

「……俺達ははぐれの部隊だから。政府に従っている部隊と顔を合わせる訳にはいかないんだ」

『お前達、きちんと隠れているな?』

 

 長谷部の通信が入る。ノイズが入った画面が、目の前に浮かび上がった。

 

「長谷部さん、大丈夫。全員隠れているよ」

『よし。間も無く池田屋内にいる部隊が河原に出る。部隊が引き上げた後はいつも通りだ、準備はいいな?』

「おう!」

 

 声を揃えて意気揚々と返す春光隊に、疑問符を浮かべて一期は薬研に尋ねる。

 

「えっと、いつも通りってどう言う……」

「まあ見てな」

「――敵は河原へと向かったようです、我々も後を追いましょう!」

「おう!」

 

 甲高い声が聞こえてくる。それに続き、刀剣男士と思われる声が響いた。甲高い声はこんのすけだ。刀剣男士を先導し、河原に駆けていく。池田屋から出て来た部隊のメンバーは、和泉守、同田貫、大倶利伽羅、青江、骨喰、堀川だ。

 薬研が腕を組み、唸る。

 

「二刀開眼狙いの組み合わせだな。こりゃちょっとまずいか?」

「祈れ、祈るんだ! いち兄も!」

「え、何を祈れと」

「刀剣男士部隊が敵を討ち漏らすように、だよ!」

「何でですか!?」

 

 手を組み祈り始めた春光隊。一期は、刀剣男士部隊の武運と、春光隊のよくわからない祈りのどちらを選べばいいのか混乱した。当然の話である。春光隊は、敵を見逃せと言っているようなものなのだから。

 斬り合う音が止む。河原にいる和泉守はしかめっ面をして叫ぶ。

 

「これ以上は検非違使が出る、退くぞ!」

「くそっ、また槍を倒し損ねた!」

「一応は勝利です。これは、日本号さんの気配……ではなさそうですけどね……」

 

 それぞれ何か言っている様だが、橋の上からでは聞こえない。和泉守は落ちた桜の枝を掴み、装置を起動させた。河原から、部隊が姿を消す。

 残されたのは、ふらふらとした時間遡行軍の槍のみだった。

 

「長谷部、部隊が帰還した!」

『よし、周囲に敵影は無い、突っ込め!』

「よっしゃ!」

「偵察行きます!」

 

 長谷部の一声で、春光隊が次々と橋から飛び降りる。目標はもちろん時間遡行軍の槍だ。新手に気が付いた槍は、刀装を展開させて応戦する。

 薬研が抜刀し頭蓋骨に突き刺そうとするが、刀装兵に弾かれて一旦距離を置く。鯰尾が薬研に叫ぶ。

 

「薬研、早い早い! まだ敵陣形はっきりさせてないのに!」

「どうせ一体だけだ、どうやったって同じだろ」

「そりゃそうだけどね……鯰尾、陣形は?」

「方陣です!」

「少し堅いか……」

「何、長く楽しめりゃそれでいい! 長谷部、火力高めでいいよな!」

『そうだな。よし、鶴翼陣で行け!』

 

 長谷部の指示に、陣形を展開させてから春光隊は敵に飛びかかる。次々と斬撃が繰り出され、槍は少しずつ刀装兵をすり減らしていく。

 槍の突きが、薬研に襲いかかる。軌道を逸らし腹に穴を開けられる事態は避けたが、左肩に突き刺さる結果となった。左腕は動かないだろうが、薬研から猛々しい笑みは消えなかった。

 石切丸が、刀を大きく振るい槍の肩口に傷を負わせたと思えば、獅子王が軽い身のこなしで足に切り込みを入れる。歌仙が首に向かって一閃した直後、鯰尾が歌仙と共鳴し、刀装兵を引き剥がす。

 狂った笑い声を上げて敵を襲うその様、まさに。

 

「膾切り……」

 

 橋の上から降りられずに、一期はぼそりと呟いた。

 春光隊の面子は、それはもういい笑顔で敵と斬り合っていた。ほとんど戦場に出られない鬱憤を晴らすように、激しい剣筋である。槍に突かれようが御構いなしに敵を斬り続けるその様は、膾切りとしか言い様がない。

 一期の目の前に、画面が現れる。長谷部は、首を傾げながら言った。

 

『……お前は戦わなくていいのか?』

「いえ……あれは、彼らの獲物でしょうし……私はあくまで臨時の隊員ですから」

『へーえ。で、本当のところはどうなんだ』

「狂気染みた様に少し引いています。獲物を取られたら、私にまで殺意が向きそうで……」

 

 ギラギラした表情で敵に襲いかかる五振りを見つめる一期の顔は、まさに「ドン引き」と言って差し支えないものだった。うーん、と唸り長谷部が問う。

 

『引く気持ちはよく分かるが、それが武器の性なんだろう?』

「いや、そうなんです、そうなんですが、そうなんですけど、ちょっと、これは……どれだけ飢えていたんですか、彼らは」

『まあ、出陣したら政府に見つかる可能が高くなるからな。あまり出陣はできていない」

「具体的に、頻度はどれほどですか?」

『様々な要因が重なるから何とも言えん。だが、今回は一月ぶりの出陣になるな』

「……それは、あんな状態になるのは、頷ける、のでしょうか」

『さあな。()()()()()の事はよく分からん』

「……普通の? それはどう言う……」

 

 引っかかる物言いをする長谷部に追求しようとするが、長谷部は話を聞いておらず、画面をしばらく見つめてから言った。

 

『……そろそろ止めるか、検非違使が来る』

「もうそんなに経っていたんですね……」

『僅かな合間を縫って出陣しているからな。時間はそうない』

 

 そうして、死体蹴りをするかのように戦っている春光隊の前にも画面が現れる。

 

『お前達、時間切れだ。そろそろ検非違使が来るぞ』

「あ? もう終わりか?」

「うわぁ薬研左腕外れてる……。はいはーい、帰還しますよー」

「時間が経つのは早いな……」

「うー、まだまだ物足りねーよー……」

「獅子王さん、多分これ以上は長谷部さんの精神状態が悪化するから。すぷらったって言うんだっけ、こういうのは」

『気遣わんでいい、画面越しなら平気だ。それより置いてけぼりの一期一振を回収しろ』

「あ」

 

 河原の春光隊が橋を見上げる。鯰尾は手を合わせて謝罪の意を示した。歌仙が申し訳なさそうに声を出す。

 

「いち兄ごめーん!」

「一期、帰還するからここまで降りて来てくれないか?」

「分かりました、今降ります」

 

 一期は橋の上からひらりと着地し、河原に降り立った。それを確認し、長谷部がキーボードを叩く。

 

「……隊長・歌仙兼定、隊員一・薬研藤四郎中傷、隊員二・鯰尾藤四郎、隊員三・獅子王軽傷、隊員四・石切丸、隊員五・ゲスト刀剣一期一振。部隊状況認識完了。帰還プロセス確認、……時軸220610121523、確認完了。当該情報体の帰還を開始」

 

 春光隊と一期がその場から姿を消す。検非違使が現れたのは、それから二分ほど経ってからのことだった。

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