『こちら平野、対象が建物から出て来ました』
「了解。襲撃の可能性もあるから、警戒しといてね」
『こちら物吉、風俗店への潜入に成功。今のところ気付かれた様子はありません、見張りを続けますか?』
「続けて。危険だと思ったらすぐに出てくるように。気配を消せるとは言え、ぎりぎりのところでやってるのは確かだから」
時刻は六時過ぎ。平野、物吉からの通信を受けて、配置についた路地裏の四振りは目を光らせていた。路地裏にはネオンが灯り、妖しく彼らを照らしている。
蜻蛉切が目を瞬かせる。
「ある程度なら見えるが、やはり夜目はあまり利かん。電飾があって助かったな」
「ふむ。拙僧や蜻蛉切殿、鶯丸殿は夜目が利かぬのに、今回の任務の一員となった。これはどういうことだろうか」
「お前達はガタイが良い。しかも刺青を入れているようにも見える。主は、多分――」
「……時間遡行軍だけじゃなくて、暴力団ともやり合うのかも、って考えたのかな」
「現地の人間になるべく手出しはするなという指示が、相当難しくなるな……」
しん、と辺りが静まり返る。風が吹いて少し肌寒い。加州がうあー、と力なく唸った。
「早く終わらたいなー……ここ一帯荒野にできないかなあ」
「いや加州、流石にそれは」
「もういっそ爆弾使ってさー、ここら辺を更地にすんの。ここらの人間は逃げるじゃん? そしたら人目は気にしなくていいし、馬札は使えるし、遠戦もし放題だし」
「気持ちは分かるが現実逃避をするな。敵に襲われた時に反応が鈍くなるぞ」
「だってさぁ、これが一週間だよ!? 今日中にケリがつけばいいけど、思いっきり斬れない戦いがあと六回続くかもしれないんだよ!? やさぐれたくもなるよ!」
そう叫び頭を掻き毟る加州におろおろとする蜻蛉切。鶯丸と山伏は加州をなだめる。
「まあ、確かに斬りにくいのは辛いな」
「これも修行と思おうぞ、加州殿!」
「うえー、こんな修行やだよー……」
『えっと、お忙しいところすみません』
平野は荒れている加州に困惑を隠せない様子だったが、事態を動かす一報を入れた。
『対象の同僚が合流して、風俗店に向かうと言う話になったのですが、そちらの方の動きはありますか?』
「無い。全然無い。で、対象は今どこ?」
『加州さん荒れてますね……対象は、そちらまで三分ほどの場所にいます』
「おっけー分かった。くれぐれも気付かれないように追跡続行して――」
『加州さん!』
焦燥した物吉の声が飛び込んでくる。声の後ろから、怒号と悲鳴、何かが割れる音が聞こえてきた。
『従業員に紛れていた時間遡行軍が、ホステスの一人に怪我を負わせました! 敵は仕留めましたが一瞬のことだったので、止められず……すみません!』
「いいよ! 何か物騒な音してるけど、そっちの状況は!?」
『ホステスの命に別状はなさそうです。けれど暴力団の方がかなりいきり立ってて……拳銃を取り出している始末です、対象をここに入れたら危険です!』
「分かった、残党がいないか確認したらすぐに出て! 平野聞いた? どんな手を使ってでも対象を遠ざけて!」
『了解です!』
あくまでも、現地の人間の手で、と言うことなのだろう。現地の人間を扇動して歴史が変えられるなら、その方が成功率もずっと高い。暴力団の暴動によって、対象は殺される。それが時間遡行軍の狙いなら、何としてもそれを食い止めるのが刀剣男士だ。
『時間遡行軍の残党を発見、混乱に乗じて表に引きずり出します!』
「頼んだ! 山伏、人をできるだけここから遠ざけて!」
「任されよ!」
山伏が小さな装置をぶん、と放り投げた直後、風俗店のドアを破り、敵短刀二体と物吉が絡み合いながら出て来た。物吉は山伏が装置――人々の意識を他方に逸らす物――を使用したのを見て、風俗店の看板を叩き割った。物々しい音、そして関わりたくないと強制的に意識誘導され、近くにいた人々が遠ざかっていく。元々人通りが少ないこの路地は、あっという間に人気がなくなった。
「張り紙はあるか!」
「用意してあるよ、それっ!」
山伏の要請に応じて、加州が懐から巻かれた紙と立ち入り禁止のテープを取り出し投げ渡す。受け取った山伏は、即座にテープを貼り始めた。
鶯丸と蜻蛉切、加州は抜刀状態になっている。物吉と三振りに阻まれた敵短刀二体と対峙した。鶯丸が物吉に尋ねる。
「物吉、怪我は?」
「軽傷ですね。でも、軽い傷ばかりなのでまだ動けますよ」
「よかった。……さて、中の奴らが出て来る前に仕留めないとな」
しばらく睨み合いが続き、そして先に動いたのは敵短刀だった。二体がかりで物吉に襲い掛かる。
物吉は前に出た一体を殴り付けるように刀を振る。遠くに追いやられ怯んだ敵短刀の横をもう一体がすり抜けるが、そちらは即座に斬り捨てた。
味方がやられたのを見て、再び物吉に襲い掛かろうとする敵短刀。しかし、
「――おいおい。俺の事忘れちゃいないよな?」
敵短刀の背後から声がしたと思うと、真っ二つになって地に落ちる。視界が開けると、加州が敵を斬り上げた腕を下ろしているところだった。
敵短刀が消滅したのを確認して、加州がゆったりと周囲を見渡す。
「これで全部?」
「はい、風俗店にいるのは。周辺にまだ残党が潜んでいる可能性はありますが……」
物吉が加州達に駆け寄る。蜻蛉切が合点のいかない口調で言った。
「とりあえずは、これで終いか。何と言うか、あっけなかったな」
「まあ、苦戦するよりはましだろう。周囲を一通り索敵して、平野と合流――」
『加州さん! こちら平野、対象の近くで会敵、戦闘になりました!』
平野からの通信が入る。加州は目を見開き、平野に問う。
「大丈夫!? こっちはとりあえず片付いたから、今からそっちに加勢しに向かうよ!」
『いえ、向かって来た敵は一体のみで、戦闘中の音を聞いて対象もそちらに向かうのを止めました。それよりも、そちらに複数敵が向かっているようです。足止めされて追跡はできませんでした、申し訳ありません。僕もそちらに向かいます、戦闘準備を!』
「了解!」
通信が切れる。同時に、山伏がこちらに駆け寄って告げた。
「加州殿! 敵を視認した、こちらに誘導したほうがいいか?」
「お願い! ……俺達を排除しようってのか、上等だ」
「やれやれ、茶を飲めるのはまだ先か」
「しかし、不思議だな。こちらに来ても、我々に斬られるだけだと言うのに」
「……勝算でもあるのか? それとも――」
「――きゃあああっ!」
遠くから、小さな悲鳴が聞こえてきた。ヒールの音を鳴らし、その悲鳴は近づいて来る。表通りを悲鳴を上げながら女性が駆け抜け、その後ろを時間遡行軍が追って行く。
山伏が黄色いテープを破り捨てる。加州は舌打ちした。
「別の奴を狙ったか!」
「加州殿! 敵の印は付けた、後を追おう!」
「当然! 物吉、調子はどう? まだいける――」
加州は物吉がいるだろう方向を見た。しかし、そこには何もなく、ただ猫の鳴き声が響くだけだった。
「あれ? 物吉?」
「――!」
辺りを見回す加州に、画面のマーカーを見つめていた鶯丸が鬼気迫る様子で叫ぶ。
「加州、急げ!」
「う、鶯丸? 物吉はどこに」
「印を見ろ、物吉は敵のところに向かった!」
「えっ? ――まさか!」
鶯丸の言葉に、加州の顔は血の気を失う。
加州に言い渡された任務、女性の後を追う敵、それを追っていなくなった物吉。このことから答えは絞られてくる。
そして何より、決定的な要因を鶯丸は見ていた。女性が走り抜けて行った後、追いかけられないほどの猛烈な勢いで駆け出す寸前の、物吉の顔を。
その様は、言葉通り
「恐らく、さっき走り去った女が