空隙の町の物語   作:越季

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6-6「血眼」

『こちら平野、対象が建物から出て来ました』

「了解。襲撃の可能性もあるから、警戒しといてね」

『こちら物吉、風俗店への潜入に成功。今のところ気付かれた様子はありません、見張りを続けますか?』

「続けて。危険だと思ったらすぐに出てくるように。気配を消せるとは言え、ぎりぎりのところでやってるのは確かだから」

 

 時刻は六時過ぎ。平野、物吉からの通信を受けて、配置についた路地裏の四振りは目を光らせていた。路地裏にはネオンが灯り、妖しく彼らを照らしている。

 蜻蛉切が目を瞬かせる。

 

「ある程度なら見えるが、やはり夜目はあまり利かん。電飾があって助かったな」

「ふむ。拙僧や蜻蛉切殿、鶯丸殿は夜目が利かぬのに、今回の任務の一員となった。これはどういうことだろうか」

「お前達はガタイが良い。しかも刺青を入れているようにも見える。主は、多分――」

「……時間遡行軍だけじゃなくて、暴力団ともやり合うのかも、って考えたのかな」

「現地の人間になるべく手出しはするなという指示が、相当難しくなるな……」

 

 しん、と辺りが静まり返る。風が吹いて少し肌寒い。加州がうあー、と力なく唸った。

 

「早く終わらたいなー……ここ一帯荒野にできないかなあ」

「いや加州、流石にそれは」

「もういっそ爆弾使ってさー、ここら辺を更地にすんの。ここらの人間は逃げるじゃん? そしたら人目は気にしなくていいし、馬札は使えるし、遠戦もし放題だし」

「気持ちは分かるが現実逃避をするな。敵に襲われた時に反応が鈍くなるぞ」

「だってさぁ、これが一週間だよ!? 今日中にケリがつけばいいけど、思いっきり斬れない戦いがあと六回続くかもしれないんだよ!? やさぐれたくもなるよ!」

 

 そう叫び頭を掻き毟る加州におろおろとする蜻蛉切。鶯丸と山伏は加州をなだめる。

 

「まあ、確かに斬りにくいのは辛いな」

「これも修行と思おうぞ、加州殿!」

「うえー、こんな修行やだよー……」

『えっと、お忙しいところすみません』

 

 平野は荒れている加州に困惑を隠せない様子だったが、事態を動かす一報を入れた。

 

『対象の同僚が合流して、風俗店に向かうと言う話になったのですが、そちらの方の動きはありますか?』

「無い。全然無い。で、対象は今どこ?」

『加州さん荒れてますね……対象は、そちらまで三分ほどの場所にいます』

「おっけー分かった。くれぐれも気付かれないように追跡続行して――」

『加州さん!』

 

 焦燥した物吉の声が飛び込んでくる。声の後ろから、怒号と悲鳴、何かが割れる音が聞こえてきた。

 

『従業員に紛れていた時間遡行軍が、ホステスの一人に怪我を負わせました! 敵は仕留めましたが一瞬のことだったので、止められず……すみません!』

「いいよ! 何か物騒な音してるけど、そっちの状況は!?」

『ホステスの命に別状はなさそうです。けれど暴力団の方がかなりいきり立ってて……拳銃を取り出している始末です、対象をここに入れたら危険です!』

「分かった、残党がいないか確認したらすぐに出て! 平野聞いた? どんな手を使ってでも対象を遠ざけて!」

『了解です!』

 

 あくまでも、現地の人間の手で、と言うことなのだろう。現地の人間を扇動して歴史が変えられるなら、その方が成功率もずっと高い。暴力団の暴動によって、対象は殺される。それが時間遡行軍の狙いなら、何としてもそれを食い止めるのが刀剣男士だ。

 

『時間遡行軍の残党を発見、混乱に乗じて表に引きずり出します!』

「頼んだ! 山伏、人をできるだけここから遠ざけて!」

「任されよ!」

 

 山伏が小さな装置をぶん、と放り投げた直後、風俗店のドアを破り、敵短刀二体と物吉が絡み合いながら出て来た。物吉は山伏が装置――人々の意識を他方に逸らす物――を使用したのを見て、風俗店の看板を叩き割った。物々しい音、そして関わりたくないと強制的に意識誘導され、近くにいた人々が遠ざかっていく。元々人通りが少ないこの路地は、あっという間に人気がなくなった。

 

「張り紙はあるか!」

「用意してあるよ、それっ!」

 

 山伏の要請に応じて、加州が懐から巻かれた紙と立ち入り禁止のテープを取り出し投げ渡す。受け取った山伏は、即座にテープを貼り始めた。

 鶯丸と蜻蛉切、加州は抜刀状態になっている。物吉と三振りに阻まれた敵短刀二体と対峙した。鶯丸が物吉に尋ねる。

 

「物吉、怪我は?」

「軽傷ですね。でも、軽い傷ばかりなのでまだ動けますよ」

「よかった。……さて、中の奴らが出て来る前に仕留めないとな」

 

 しばらく睨み合いが続き、そして先に動いたのは敵短刀だった。二体がかりで物吉に襲い掛かる。

 物吉は前に出た一体を殴り付けるように刀を振る。遠くに追いやられ怯んだ敵短刀の横をもう一体がすり抜けるが、そちらは即座に斬り捨てた。

 味方がやられたのを見て、再び物吉に襲い掛かろうとする敵短刀。しかし、

 

「――おいおい。俺の事忘れちゃいないよな?」

 敵短刀の背後から声がしたと思うと、真っ二つになって地に落ちる。視界が開けると、加州が敵を斬り上げた腕を下ろしているところだった。

 敵短刀が消滅したのを確認して、加州がゆったりと周囲を見渡す。

 

「これで全部?」

「はい、風俗店にいるのは。周辺にまだ残党が潜んでいる可能性はありますが……」

 

 物吉が加州達に駆け寄る。蜻蛉切が合点のいかない口調で言った。

 

「とりあえずは、これで終いか。何と言うか、あっけなかったな」

「まあ、苦戦するよりはましだろう。周囲を一通り索敵して、平野と合流――」

『加州さん! こちら平野、対象の近くで会敵、戦闘になりました!』

 

 平野からの通信が入る。加州は目を見開き、平野に問う。

 

「大丈夫!? こっちはとりあえず片付いたから、今からそっちに加勢しに向かうよ!」

『いえ、向かって来た敵は一体のみで、戦闘中の音を聞いて対象もそちらに向かうのを止めました。それよりも、そちらに複数敵が向かっているようです。足止めされて追跡はできませんでした、申し訳ありません。僕もそちらに向かいます、戦闘準備を!』

「了解!」

 

 通信が切れる。同時に、山伏がこちらに駆け寄って告げた。

 

「加州殿! 敵を視認した、こちらに誘導したほうがいいか?」

「お願い! ……俺達を排除しようってのか、上等だ」

「やれやれ、茶を飲めるのはまだ先か」

「しかし、不思議だな。こちらに来ても、我々に斬られるだけだと言うのに」

「……勝算でもあるのか? それとも――」

「――きゃあああっ!」

 

 遠くから、小さな悲鳴が聞こえてきた。ヒールの音を鳴らし、その悲鳴は近づいて来る。表通りを悲鳴を上げながら女性が駆け抜け、その後ろを時間遡行軍が追って行く。

 山伏が黄色いテープを破り捨てる。加州は舌打ちした。

 

「別の奴を狙ったか!」

「加州殿! 敵の印は付けた、後を追おう!」

「当然! 物吉、調子はどう? まだいける――」

 

 加州は物吉がいるだろう方向を見た。しかし、そこには何もなく、ただ猫の鳴き声が響くだけだった。

 

「あれ? 物吉?」

「――!」

 

 辺りを見回す加州に、画面のマーカーを見つめていた鶯丸が鬼気迫る様子で叫ぶ。

 

「加州、急げ!」

「う、鶯丸? 物吉はどこに」

「印を見ろ、物吉は敵のところに向かった!」

「えっ? ――まさか!」

 

 鶯丸の言葉に、加州の顔は血の気を失う。

 加州に言い渡された任務、女性の後を追う敵、それを追っていなくなった物吉。このことから答えは絞られてくる。

 そして何より、決定的な要因を鶯丸は見ていた。女性が走り抜けて行った後、追いかけられないほどの猛烈な勢いで駆け出す寸前の、物吉の顔を。

 その様は、言葉通り()()()()()()()()()()――。

 

「恐らく、さっき走り去った女が()()()()()()だ!」

 


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