空隙の町の物語   作:越季

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6-7「今はまだ」

「たーだいまー!」

「楽しかったな」

「おかえり。薬研、獅子王、手入れ部屋は用意してあるからな」

「おー。ぴかぴかにして来るぜ」

「血が垂れているよ、獅子王」

「さて、体を清めるとするかな」

 

 春光隊と一期が玄関から上がる。血が落ちたところを長谷部が拭う。春光隊の面々はそれぞれ、手入れ部屋や風呂、台所に消えて行った。

 残った鯰尾が一期と話しながらリビングに向かう。

 

「改めてごめん、俺達だけで楽しんじゃって」

「いつも、あんな風になるのかい?」

「いやあ、今回は久々だったから……いつもはもうちょっと、こう……とにかく、ああじゃないからね!」

「ああ、うん……」

「目逸らされた!」

 

 ソファーにぼふりと座り、鯰尾はローテーブルの上にある煎餅をつまむ。一期もソファーに座り、残って冷え切っていた茶を飲み干した。

 一期は、鯰尾に言った。

 

「鯰尾」

「んー?」

「長谷部殿は、凄いね」

「おっ? いち兄、長谷部さんの凄さが分かっちゃった?」

「うん。前回もそうだったけど、手入れや出陣の作業を一手に引き受けている訳だろう?」

「あー、うん、そうだね」

 

 歯切れ悪く、煎餅を噛み砕きながら鯰尾が肯定した。一期は、長谷部の呟きを振り返る。

 

「長谷部殿は、出陣の際に何事か呟いていたね。早口で、内容も分からないけれど、何かの根幹に触れている様な気がした。長谷部殿の頭には、どれだけの情報が詰まっているのだろうね」

 

 端末に入力しながら何事か呟いていた長谷部を見た時、やはり自分とは違う存在なのだとしみじみ思ったのだ。自分とは違う誰か。自分にはない思考回路を持つ存在。それを、一期は非常に興味深いものと見做した。自分と異なることを悲しむことは、したくなかった。少しの違和感も、彼の個性だと思えば興味深いものに変わる。

 一期は、春光隊の長谷部と、友達になりたいと思い始めていた。

 

「……長谷部殿と、ゆっくり話をすることはまだできないのかな」

「……いち兄」

「分かっている。これがただの好奇心によるものなのか、本当に長谷部殿と親交を深めたいのか私もまだ判別できていない。それでいたずらに長谷部殿を傷付けるのは私も本意じゃない。でも、私は長谷部殿を好ましい存在だと思っているようだ。それだけは、分かってもらいたい」

「……」

 

 鯰尾は黙り込む。リビングに沈黙が落ちる。空になった湯呑みの底に、水滴が落ちるのを見ていた。

 しばらくして、鯰尾が神妙な面持ちをして一期を見た。

 

「……あのね、久々なんだ」

「……何が」

()()()()()()()()、長谷部さんに興味を持つのが」

「……前にもいたのかい、私みたいな刀が」

「うん。でも、その(ひと)は結局、離れて行ったよ」

 

 俯き、指を組んで語る様は、寂しさを滲ませていた。遠い日のことを思い出しているのだろう。過ぎ去った、過去の光を。

 

「仲良くなりたいって、その(ひと)も言ってた。長谷部さんのためだけにここに通いもしてたくらいだから、相当だね。最初は戸惑ってた長谷部さんも、その(ひと)に少しずつ心を開いていった。……でも、ある日を最後に、ふっつりと来なくなった」

「……」

「ここは、宿り木のような場所なんだ。長谷部さんが、そうすることで悩めるひとを助けようって。多分、その(ひと)も宿り木に一時期止まっていた鳥だったんだ。飛びたい場所――居場所ができれば、ここに用はない。……でも」

 

 鯰尾は語る。一期に警戒心を剥き出しにする、彼のことを。

 

「その(ひと)が来なくなってしばらくした日、長谷部さんは言ったんだよ。『やっぱり、同じ仲間の方がいいよなあ』って、分かり切ってるような表情で。悲しむでもなく、怒るでもなく。せっかく友達になれそうだったんだよ? それなのに、どうして簡単に諦めちゃうんですかって、そんな風に簡単に割り切っちゃうんですかって、言いたかった。だけどすぐ気付いた」

 

 湯呑みを持つ手が強くなって、鯰尾の指先が白さを帯びている。一期は、黙って聞いていた。

 

「長谷部さんは、俺達以外に――いや、もしかしたら俺達にも――期待しないようにしているんだ。どうせ、自分から離れていくからって。どうせ、自分はそんな関係築き上げられっこないって。自分は、そんな大層な存在じゃないって。……そんなの、余りに悲しいじゃないか。怒ったり、泣いたりしてくれる方がよっぽど良かった」

 

 鯰尾の声が、震えだした。長谷部の傷を代わりに背負っているかのように、鯰尾は目に涙を溜める。

 

「だから、俺達は長谷部さんを大事にしているんだ。そうしたらいつか、長谷部さんが自分を大切にできるって信じて。……少しずつ、成果は出てきてる。だから、今博打をして、振り出しに戻るのは嫌なんだ」

 

 ふう、と息を吐き、鯰尾は語りを止める。茶を飲もうとして湯呑みを持つも、途端に空だということが分かり、ローテーブルに湯呑みを戻した。コトンと言う音が、やけに響いて聞こえた。

 

「……何て言いたかったんだっけ……そう、つまりはいち兄が長谷部さんを好意的に見ていることは嬉しいけど、だからと言って長谷部さんとハイ友達になりましょう、って訳にはいかないってことなんだよ。長谷部さん側も、俺達側も」

「……そうだね。春光隊の事情は、まだ良く分からないけれど……それでも、軽い気持ちで近付いて欲しくないと言うのは分かった」

「……うん、気持ちは本当に嬉しいんだけど――」

「私が仲良くなりたいのは長谷部殿だけじゃない。お前や、他の隊員達とも、親しくなりたいと思っている」

 

 鯰尾が目を見開いた。一期は腿に拳を置き、真剣な顔で鯰尾に告げる。

 

「だから、お前達の嫌がるようなことはできるだけ避けるようにする。長谷部殿と近付くのが早いなら、時期を待とう。その間、お前や、他の隊員達と話をしよう。そうして少しずつ、春光隊のことを知っていきたい。私の本丸とは別種の暖かさを持つ、この本丸を」

 

 鯰尾は、湯呑みを再び手に持ち、ぎゅっと握りしめる。空の湯呑みを覗くように俯きながら、鯰尾は問う。

 

「……どうして、そこまでするの?」

「どうしてって……」

 

 一期は、氷雨の鶴丸と初めて会った時のことを思い出す。彼は一目で一期に会への参加を呼びかけ、貴重な端末を手渡した。それから導き出される答えは一つだろう。

 

「――友達になりたいと思うのに、理由がいるかい?」

 

 その言葉に鯰尾は言葉を失う。そして目を閉じて、自らを嘲るように笑った。

 

「……そっか。そうだよね。何か俺、難しく考え過ぎちゃってたなあ」

「私達は少なくとも功を争う間柄じゃない。打算がある関係でもない。それなのにお前達に近付く理由はただ一つ、お前達が好ましいからだ。好ましいものと仲良くなりたいのは、当然のこと、だと思う」

 

 断定できなかったことが恥ずかしく、一期は煎餅を手に取る。ふはっ、と鯰尾が噴き出した。

 

「そこは断言しようよ、いち兄」

「すまないね。私も割と顕現したばかりだから、感情のことは探り探りだ」

「でも……そうだね。そこまでしようとしてくれるのは本当に久々だ。だから一つ、俺達と関わる上で大切なことを教えておくよ」

 

 鯰尾も煎餅を手に取る。そして口に咥えて真っ二つに割った。口に含んでいた方の欠片を噛み砕くと、一期に向き合った。

 

「――灯台下暗し」

「……え?」

「この諺をよく覚えておくといいよ。必ず、どこかで関わってくるはずだから」

 

 鯰尾の表情にもう先程までの暗さは無く、ただ丸く綺麗な目から真っ直ぐ射抜く視線を投げかけるだけだった。

 不意に鯰尾が視線をリビングの入り口に向ける。直後、浴衣を着た石切丸が現れた。

 

「上がったよ。どらいやーはどこかな?」

「あっ、そういや靴下を早く乾かすからって居間に置いたままだ……待ってください、確かこの線を辿って……」

「ああ、あったあった。ありがとう、鯰尾さん」

「寒くなって来ますし、ちゃんと乾かしてくださいねー」

 

 ドライヤーを手渡し、再び石切丸が洗面所に去っていくのを見送る鯰尾。その所帯染みた様子に、一期は心が穏やかになるのを感じた。

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