空隙の町の物語   作:越季

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○○
 人混みが邪魔だ。多少乱雑に押し退けてでも進んで行く。周囲の人間が漏らす不服の声も知ったことではない。通さないそちらが悪いのだ。
 いや、そんなことはどうでもいい。早く、早く行かなくては。

 戦うのは何のため? ――『彼女』を守るため。
 斬るべき相手は一体何? ――『彼女』を脅かす全てのもの。
 ならば、先程駆け抜けていった女性を襲うもの達は?

 ――女性が『彼女』に繋がる以上、殲滅するのみだ。


6-8「暴走」

 人波に逆らい、表通りを走る。時折ぶつかりそうになるのを、器用に避けて進む四振りは、焦りの色を見せていた。

 

「ああもう、一日目で起こるなんて! 非公式程度のもんじゃないだろ、これ!」

「物吉殿にお守りは持たせているか?」

「一応持ってる! でも、それがあるからこそ無茶しそうで怖いんだよ!」

「前回は持たせなかったが、それでも暴れつくしていたからなあ……。急がなければならないことに変わりはない。平野も早く合流できれば良いのだが」

 

 加州は山伏と蜻蛉切にも事情を説明した。今回は本来なら隊長のみが把握している情報であるため、二振りとも多少驚いていたが、すぐに状況を確認し、物吉の追跡を開始した。

 平野には、物吉が猛追し始めた時点で連絡を入れてある。平野も全速力で物吉の下へ向かうと言った。しかし、女性の逃げた方向と平野がいた場所からは少し離れている。合流するのは、少し遅くなりそうだった。

 物吉のマーカーは、ある路地を指し示している。人混みを抜け、人通りの少ない場所に入ると、光が無くなったのも相まって、途端に薄気味悪くなる。

 四振りはマーカーの示す地点に到着した。物吉のいる場所まで、あと少しだ。加州は叫ぶ。

 

「物吉! どこにいるの!?」

 

 それに応える声は無い。その場で反響するだけだ。地図のマーカーを睨んで、鶯丸は歯噛みする。

 けれど、加州の耳は拾った。――女性の悲鳴と、激しい剣戟の音を。

 地を蹴り、音の方向へ走り出す加州の後に続く三振り。暗闇の中を動く加州を追うのがやっとだ。周囲を見回す余裕も無く、ひたすらに奥へと進んで行く。

 金属の音が、近付いて来た。その音は余りにも激しく、間隔を挟んでいる様子も無い。苛烈な戦闘をしているのは明らかで、どうしようもない不安が四振りを襲う。

 そうして彼らは、物吉の下へ到着した。

 

「はあ……っ、はあ……っ!」

「――物吉!」

 

 物吉は全身ぼろぼろだった。左腕が動かないのかだらりと下がりきったまま動かない。右足の腿に布が巻きつけられてある。よく見ると、物吉の上半身に上着はなく、彼が後ろで庇っている女性に被せられていた。破れている上着で覆われている女性は、寒さだけではないだろう、がたがたと震えて物吉の背を見ている。

 残っている敵は、大太刀のみ。その他の敵は地に崩れ落ちており、立っている敵大太刀も、ほとんど死に体といった状態である。

 物吉が敵に向かって駆ける。敵は体を軋ませながら大きく刀を振りかぶる。物吉は素早く後ろに下がり、敵の顔面に近くにあったゴミ箱をぶつけた。

 怯んだ敵の隙を見逃さず、物吉は左足で踏み切り大きく跳躍した。

 目標は、敵の首筋。そこに刀を突き刺し、踏み倒す。

 前方に倒れた敵の首筋から刀を抜く。そして物吉は、敵の脳天を思いっきり刀で貫いた。敵が、こちらの不快感を引き起こされる悲鳴を上げる。

 四振りが割って入る暇も無く、戦闘は終わる――ことは無かった。

 ざくり、ざくりと物吉が敵の頭に刀を刺し続けている。表情は見えないが、余りにも規則的に敵に攻撃をしている。ざくり、ざくり。刺す合間に、物吉は呟く。

 

「……許さない」

 

 ざくり、ざくり。その声音には怒気が混ざっていた。敵は、物吉の為すがままにされている。

 

「……()()()()()を、この世界から消そうだなんて」

 

 ざくり、ざくり。物吉は手を止めない。最早敵は、物吉の――『彼』の怒りを受け、いたぶられるだけのものと化していた。

 

()の目の黒い内は、絶対に、そんなことさせるものか……!」

 

 ざくり、ざくり、ざくり、ざくり。

 それは、世界への憤怒。ただひたすらに、不条理への怒りを口にしながら、目の前の敵が不条理の塊であると認識して感情をぶつけ続ける。闇夜に光る黒い目に狂気を孕んだその様は、見慣れないものが見たならこう言うだろう。

 ――化け物、と。

 

「……ぼーっとしてる場合じゃなかった。物吉を止めないと!」

「物吉殿! 聞こえているか、物吉殿!」

「物吉殿、もう敵は倒れている。その辺りで――」

 

 蜻蛉切が物吉の肩に手を置く。物吉の手が止まることは無く、ただ一心不乱に刺し続けている。

 

「……刀を取り上げても構わないか?」

「うん。……これで戻って来ればいいんだけど」

 

 鶯丸が加州に了承を得て、物吉の手から刀を取り上げようとする。物吉の手は固く握り締められており、苦労したが無事に手放させることに成功した。

 だが物吉は得物を失くすと、今度は片手で敵を殴りだした。敵の姿はほとんど消滅しているのに、残っている部位に拳をぶつけ続ける。

 尚も攻撃を続ける姿を見て、加州は苦渋の決断を下した。

 

「山伏、悪いけど頼んだよ。蜻蛉切、一緒に来て」

「聞き取りだな、分かった」

「任されよ。……すまぬ、物吉殿」

 

 加州は懐からスタンガンを取り出して山伏に手渡し、蜻蛉切と共に女性の下へ走った。

 山伏は真面目な顔で受け取り、物吉に近付く。背後でしゃがみ首にスタンガンを当てると、物吉は動きを止め後ろに倒れ込む。彼を受け止めた山伏は、そのまま背負って立ち上がった。

 加州と蜻蛉切は、女性に詳しい状況を聞いている。怯えて動けないながらも、女性は何とか話そうとしていた。

 背負われた物吉に近付き、鶯丸は呟いた。

 

「……今回は、気絶させるまでに至ってしまったか」

「うむ。()()()()()()()引き金は分かっていても、鎮め方はまだ良く分かっておらん。また改めて調べねばならぬな」

「……どちらが正気か、か」

 

 鶯丸は空を見上げた。星が瞬くのを見ながら、考える。

 物吉も、()()も、どちらも背負われている彼だ。二つの意識は、今も彼の中でせめぎ合っているのだろう。今は物吉が、その体の主人たる椅子に座っている。けれど時々、こうして()()が椅子を奪うこともある。

 時折現れる()()は、そのほとんどが攻撃的な性を露わにしていた。彼女関連時のみ表に出るのが幸いなのか、不幸なのか。

 共存するのか、消滅させるのか。彼が選ぶ日は、そう遠くないのかもしれない。

 

「山伏はどう思う? どちらが主人格になるべきだと考える」

「む?」

 

 山伏は目を丸くしながら、物吉を背負い直す。

 

「そうであるなあ……()()は受け渡すことに同意したのだろう? ならば、物吉殿が主人格になるべきではないだろうか」

「そう思うか」

「……だが」

 

 物吉はまだ目を覚まさない。背中の物吉に目をやり、山伏は続けた。

 

「どちらになるにせよ、彼らの選択は尊重しなければな。拙僧は案外、清廉な()()を気に入っているのだ。それに、拙僧は敵を倒すことに躊躇は無いが、罪のない、むしろ善行を積んでいる者を殺すのはどうしても躊躇いがある。できれば、強制的に殺すことはしたくない」

 

 鶯丸は驚く。山伏が少年を椅子の所有者として扱っている。それに、()()を気に入っていたとは。

 

「……結果、物吉が消滅してもいいと?」

「いや、それは違う。双方が納得する結論を出せればそれでいいのだ。拙僧は物吉殿達が後悔のない選択をすることを願っている」

「そうか。そうだな、結局はそこだ」

 

 何にせよ、彼らが後悔しない道を選べればそれでいいのだ。そして、それを決めるのは自分達ではなく、物吉達だ。

 鶯丸は小さく笑う。

 

「余り細かいことは気にしない方がいい。俺としたことが普段言っていることから外れる考えをしてしまった」

「カカカカカ! 瞑想もまた、修行であるぞ!」

 

 加州と蜻蛉切が女性を連れてこちらに戻って来る。笑い声を上げる山伏に首を傾げつつも、表通りに向かうことを告げたのだった。

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