月が高く昇る頃。チャットアプリでは、任務でいない鶯丸を除く三振りで今日起きたことのやり取りをしていた。
『それで本丸に帰った後弟達に正座させられて、こんこんと説教されたと。まあ一期一振らしくない風景だな!』
『わらいごとではありません』
『そう言う鶴丸も、説教中の自本丸の一期に茶々を入れて喧嘩になり、長兄共々説教される側に回ったのではないのでしたっけ』
『江雪、それは言うな!』
『ひとのこといえないじゃないですか、というかげんいんあなたですし』
『俺は余りに厳し過ぎる奴の説教で必要以上に萎縮してる短刀達の気を和ませようと』
『やり方がまずいでしょう、やり方が』
『いーや、俺の冗談が無ければ間違いなく必要以上に自分を責めていただろう。だから俺は間違ったことはしていない!』
『冗談で窓を叩き割って木を切り倒すのですか。大した冗談ですね』
チャットアプリでも騒ぐ鶴丸に呆れながらも、蒼穹隊の一期は振り返る。
*
あの後、日が傾いて来た頃に春光隊の歌仙、石切丸に見送られ、鯰尾に城下町入り口まで送ってもらった。
「はい到着。ここからは自力で帰れるよね?」
「すまないね、ありがとう」
「今回は連絡入れてないから、自分で何とか説明してね。あんまり目をつけられるようなことはしたくないから」
それじゃあ、と帰ろうとした一期を、あっと叫んで制止させる。
「いち兄、ちょっと待って!」
「どうしたんだい、鯰尾」
「えーっと、確かここに……あった!」
懐をがさがさと探っていた鯰尾が、一枚の紙を差し出す。
それは、大きくポップな文字で「困ったことはありませんか? あなたの悩み、春光隊がお聞きします!」と書かれたチラシだった。詳しく見てみると、「居場所が欲しい方、息苦しさを抱えている方、話を聞いて欲しい方。我々と一緒に楽しい時間を過ごしましょう!」と書かれた文の横に、笑っている長谷部らしき簡略化されたキャラクターが描かれている。下にはスケジュール、連絡先、必要金額が載っていた。
「本来なら、違うひと達に渡す物なんだけどね。いち兄、俺達のこと知りたいって言ってたでしょ? だからまずは俺達の活動内容を知ってもらおうと思って」
「これは、お前達が作ったのかい?」
「そう。あと、連絡すれば迎えに来るから、遊びに行きたい時はそこの番号に電話して」
「分かったよ」
それと、と鯰尾が付け加える。
「――多分、蒼穹隊にもお世話になるひとが出て来るかもね」
「えっ、それは――」
一期の声を遮る様に、遠くから足音が聞こえて来る。それを察知した鯰尾は身を翻した。
「あっ、誰か来る。それじゃあまたね、いち兄!」
「あ、ああ、また」
「――いた、いち兄だ!」
乱の声がしたと思うと、どんっと衝撃が走る。背中に思い切り突進して来たのだ。一期は振り向く。
「乱! すまない、心配をかけて――」
「心配なんてものじゃないよ、こんな時間までどこ行ってたの!」
見下ろした乱の顔は涙で濡れながらも厳しい眼差しを向けていた。慌てて頭を撫でながら一期は釈明する。
「いや、お前達の下に戻ろうとはしたんだ! でも、飴が美味しくて、そしたら道も分からなくなって、それで……あっ、乱も飴食べるかい、美味しい――」
「――いーちーにーいー?」
地の底から出ている様な声が、背後から響く。ぎしぎしと振り向くと、弟達――本丸で休んでいたはずの骨喰と鯰尾、鳴狐までが揃って、そこにいた。
「え、えーと、お前達には心配をかけて――」
恐る恐る声をかける。憤怒の表情でそれを遮り、弟達は説教の始まりとなる叫びを上げた。
「――この、方向音痴!!」
*
あれから夕食が始まる時間まで、いや夕食が始まっても説教は続き、自本丸の鶴丸に笑われたり、山姥切に呆れ切った視線を向けられたりしたのだ。あの時ほど穴に入りたい時は無かったと思う。風呂の時間まで小言は続き、自室に戻ってようやく解放、という長丁場であったのだ。
『しかしよく戻って来られましたね。方向音痴なのですから、戻るのにも苦労したでしょう』
江雪が、鶴丸への突っ込みを放棄して一期に話し掛ける。一期は文机の引き出しに入れたチラシを見つめる。ポップなチラシを貰った相手達のことを、まだ話してはいけないと思った。
『ええ、それはもう。おとうとたちがみつけてくれなかったら、ずっとさまよいつづけていたところでしたよ』
だから一期は、こう返した。そうして再び鶴丸が騒ぎ始め、江雪が呆れながら突っ込みを入れる。
彼らも間違い無く友達であると言える。それなのに、春光隊のことを秘密にするのは、後ろめたさを伴う苦しさを感じさせた。
だが、一期は後悔していない。森に住む彼らと、友達になりたいと願ったことを。
***
「本当にすみませんでした……」
しょんぼりと、物吉がうなだれる。雲霄第一部隊が表通りから近くの駅のタクシー乗り場まで女性を案内している間、ずっと物吉は落ち込んでいた。
「勝手過ぎる行動はいただけないけど、今回はそれで救える人がいたんだし。処罰はそこまで重くできないと思うよ」
「でも、それではボクの気が収まりません……」
「研究に協力する必要も出て来ましたからね。多分、それで十分処罰になるかと」
加州や平野がそう言っても、物吉の表情は晴れない。女性もちらちらと心配そうに物吉を見ている。
「でも、ボクが
「物吉」
鶯丸が、物吉を鋭く制した。物吉は眉を八の字にして、鶯丸を見上げる。鶯丸は、真面目な表情で言った。
「……お前の中に眠る
「……」
「分かっているだろう? それにも、過ごして来た物語がある。
「……ボクに、できるでしょうか」
鶯丸が物吉の頭に手を置いた。置かれた衝撃で、物吉が一瞬目を閉じる。
「難しいかもしれない。でも、このまま何もしなければずっと
「……相手を」
「研究にも、久々に参加したらどうた? 大変だろうが、かんせりんぐ? とかもあるだろう。積極的に相手を知ろうとしてみろ。何かが変わるかもしれないぞ」
「……カウンセリング、ですね。分かりました、受けてみます」
気付けば、目の前にタクシー乗り場を示す看板が見えて来た。女性は、前に出て頭を下げる。
「皆様、本当にありがとうございました」
「気にしないで。仕事の一つだから」
「道中お気をつけてくださいね」
女性には、簡易的な記憶消去を施してある。特定の情報を抜き取り、脳の補完機能を活性化させる物だ。今の女性は、「暴漢に襲われたところを男達に助けられ、タクシー乗り場までボディーガードの役目を果たしてもらっている」と言う認識をしているはずだ。
「それと、そこの方」
「えっと、ボクですか」
物吉に向かって、女性はさらに深く頭を下げる。物吉はぎょっとした顔をする。
「貴方が助けてくださらなければ、私は今頃死体となっていたでしょう。本当に、感謝してもしたりません」
「えっと、ボクは、ただ暴走しただけですし……」
「それでも、命を助けていただきました。何かお礼の品を用意できれば良いのですが……」
その言葉に、物吉の目が
「お礼はいりません」
「え……?」
「でも、そうですね。貴女が結婚をして、子供を産んだ時。その子を大切に育て上げていただければ、それで十分です」
「はあ……?」
疑問符を浮かべる女性に、蜻蛉切がタクシーの到来を告げる。女性は改めて頭を下げて、蜻蛉切の背を追った。加州達も、その後に続く。
その場には、鶯丸と物吉が残された。
「なあ」
「なんでしょう」
物吉の目がまだ黒いことを確認し、鶯丸は問う。
「あの女性は、一体何だったんだ?」
その問いに、ふっと笑って物吉は答える。
「知っているでしょう?
「そうか」
「鶯丸さん」
物吉は――
「ありがとうございます。まだ私を、人扱いしてくださって」
その笑顔は、やはり物吉のそれとは雰囲気が違う。鶯丸はそれを改めて認識しながら、重ねて問い掛けた。
「……お前は、まだ生きたいと思うか?」
「私は、彼女のいない世界を認めない。生きたい理由なんて、それだけです。私は彼女以外に興味はない。だから極論、彼女が存在できれば、それ以外はどうでもいいんです。安心してください、物吉さんの邪魔をするつもりはありませんよ」
「そうか」
彼の世界には、彼女しかいなかったのだろう。詳しいことは知らされていないが、何となく、彼の生い立ちが想像できてしまう。
「……令嬢が、安心して過ごせる様になればいいな」
「そうですね」
東京の空を見上げる。星は見えないが、半月が天に浮かんで、周囲の雲を照らしていた。
***
蒼穹の粟田口派が城下町を駆け回っていた頃。
乱は、パティスリーガザニアの前を通りながらぼやいていた。
「いち兄、本当にどこいっちゃったんだろう……いち兄は認めてないみたいだけど、あれどう考えても方向音痴だよー!」
長兄の名を呼びながら走り出そうとする。前方を見ていなかったからなのか、乱は何かにぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「あっ、ごめんなさい! 大丈夫?」
乱は即座に謝罪する。髪を肩で切り揃えていた少女は目を見開いた後、にっこりと笑った。
「大丈夫よ。それより、急いでいるのでしょう?」
「うん、そうなんだ。本当にごめんなさい、お姉さん!」
そう言って乱は駆け出す。走りながら、思い起こす。
――あの女の子、目が笑ってなかったな。
そう、少女は口元だけを持ち上げていた。その視線は、まるで自分を蔑んでいるかの様に冷たかった。
あの子絶対性格悪いよな。そう考えたことも、少女のことも、乱は兄を探す内に忘れてしまった。
*
少女は蒼穹の乱が走り去った方向を見た。その視線はもう、蔑む気持ちを隠そうともしていない。
――紛らわしいのよ、化け物が
乱が姿を消した後、少女は軽蔑の表情からとろける様な笑顔へと変えて、軽い足取りで歩き出す。
「あの
ふふふ、と恍惚の笑みを浮かべる少女。
「兄さん、もうすぐ、もうすぐよ。これからは、私がずーっと一緒だからね。ふふ、ふふふふ……!」
不気味な笑い声と共に、少女は路地裏に消える。城下町は侵入者の存在を匂わせず、いつも通りに賑やかだった。