空隙の町の物語   作:越季

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☆☆☆
『かれ』のこころのなかには、ひとつのいすがありました。さいしょは『かれ』ひとりだけすわっていましたが、くるしいひびをやりすごすなかで、しだいにいすをとりまく『ひと』はふえていきました。
 そんなあるひ、『かれ』とおんなのこはしろくておおきなたてものにつれてこられました。いりぐちでおんなのことひきはなされた『かれ』らはなげき、かなしみました。
 はくいをまとったおとなたちは、このばしょを『けんきゅうじょ』だといいました。『かれ』とおなじとしごろのこどもたちがあつまっているときいた『かれ』は、じぶんのことをしらないここでならともだちができるかな、とこころをはずませます。
 しかし、そのきたいは、おとなたちのひとことでようしゃなくうちくだかれました。
 ――いまからここで、そのこどもたちところしあってもらう、と。


第七話「嵐の前の日常」
7-1「蒼穹と氷雨、それぞれの大阪城」


 大阪城。かつて豊臣家が栄華を誇った場所だが、そこに昭和の陸軍が工場を作り、紆余曲折を経て今ではよく分からない何か……というより地下ダンジョンの様な場所と化していた。

 政府は調査を進めているものの、時間遡行軍が地下に眠る小判を狙って出現するために難航している。そこで、政府は時折審神者に向けて大阪城を開放し、各階にある小判を餌に時間遡行軍の討伐を募った。謎の多い「秘宝の里」への出陣、腕試しの意味合いが強い「連隊戦」への参加には小判が必要になるので、審神者はこぞって討伐に参加する。

 万年資金不足の蒼穹隊や本丸の損傷する頻度が高い氷雨隊も例外では無く、討伐への参加を決めていた。

 

***

 

 大阪城、三十階。壁は岩で固められ、床は土がむき出しになり、その上には木材が散らばっている。壁には点々と明かりが灯っており、地下を異様に明るく照らしていた。この光景だけ見れば、採掘場だと勘違いしても不思議ではない。

 一期が最後の敵を屠ると、蒼穹隊第二部隊はふう、と息を吐いた。

 

「主からの帰還命令が出た、今日はここまでか」

「ようやく三十階か。本当にここはどうなっているのだろうね」

「ったく、主は慎重過ぎんだよなあ。俺はまだ戦えるってのに」

「同田貫殿、油断は禁物ですよぅ。まだまだ先は長いのですから、万全の態勢で進軍しないとなりません」

「主さん、僕たちが中傷になると青ざめますからね。僕らが破壊寸前になって卒倒されたら堪りませんから」

 

 長谷部が宙に浮かんだ画面を見て撤退を悟れば、歌仙がげっそりとした声を上げる。同田貫が不満気にしていると、鳴狐と堀川に諭され、しぶしぶ納刀した。一期も、刀身に付いた血を払い納刀する。

 今回は、一期が隊長である。隊長になると、味方への指揮を行うためか練度が上がりやすい。おかげで、一期の練度は少しずつ上がって来ていた。

 

「これより本丸へ帰還します。敵影は無し、小判もありますね」

「おう」

「へし切、報酬の刀装は持っているだろうね」

「へし切と呼ぶな。当然だ」

 

 歌仙と長谷部のやり取りに、春光隊の彼らとはやはり少し違うと感じる。春光隊はどうしているのだろうか。今日空いている時間に電話してみようか、と一期がつらつら考えていると、鳴狐のお供の狐がしみじみと言う。

 

「改めて、全員怪我が無くて良かったですねぇ」

「それじゃあ隊長、お願いします」

 

 堀川の声に頷き、一期は画面上の「帰還」を押す。一瞬の浮遊感の後、景色は薄暗い地下から日が差す本丸の正門に変わった。

 正門前には審神者と山姥切がいた。審神者が第二部隊に駆け寄る。

 

「お帰り! 全員、怪我は無いな?」

「はい。小判もこの通り」

「よーし、でかした! 今日は皆お疲れさん。この後の予定は無いから、好きな様に過ごしていいぞ!」

 

 そう言って、審神者は一期たちの頭を撫でて回る。大抵は苦笑いを浮かべていたが、同田貫は撫でんなと叫んでいる。一期は、審神者に撫でられるのが嫌いではなかったので、そのままにされていた。ちなみに長谷部は、思いっきり褒められたことに喜びを隠せていない。

 山姥切が一期に近付く。

 

「あんた、すっかり隊長の仕事に慣れて来たな」

「そうでしょうか」

「ああ。この調子だと、近侍の番が回って来ても平気だろう」

 

 この本丸の近侍は当番制だ。一振り一振りときちんと向き合いたいという審神者の意向である。主な仕事は審神者と本丸内の管理補佐である。とある本丸では「主お世話係」などという役職もあるようだが、それは必要無いと審神者は主張している(氷雨隊の審神者への態度をはじめ、ここの審神者は気の短いところがあるので本当は必要ではないかと囁かれているが)。

 一期は目を見開いた後、表情を緩める。

 

「山姥切殿のお墨付きをいただけて心強いです」

「……写しの言葉にあまり重きを置くな。あくまで俺がそう思っただけだ」

「最初期からこの本丸を支えている方の言葉です、判断材料には事欠かないかと。写しというのは関係ありませんよ」

 

 一期の言葉に山姥切は被っている布を引っ張り、顔を隠してしまった。山姥切は少し照れ臭そうに早口で一期に尋ねた。

 

「そういやあんたは、この後どうするつもりだ? 粟田口の連中はほとんど遠征に出ているが」

「友刃に会いに城下町に下りたいと思っています」

「あんた、城下町が好きだな」

「賑やかで楽しいではありませんか。山姥切殿は城下町がお好きではないのですか?」

「……城下町に下りると、人の目が一気に俺に集中するんだ……」

「ああ、それは……」

 

 綺麗と言われたくない山姥切にとっては、遠くからそう噂されることは地獄だろう。最早布を引っ張りすぎて白い饅頭状態になっている。

 土産は何がいいか問うと、兄弟と食べられる物なら何でも、と返された。

 

***

 

 氷雨第一部隊は、早々に五十階に到達していた。蒼穹隊よりも功を稼ぐために岩融を組み込み、さくさくと順調に階を降り、五十階で確実に顕現する包丁藤四郎の本体も入手した。

 が、蜂須賀は頭を抱えている。

 

「……本当、主は何を考えているんだ……!」

「拳で殴り合って仲直り、とか?」

「二振りにとっては逆効果じゃないか……?」

「はっはっはっは! 最早敵など目に入っておらんな、あやつらは!」

「笑い事じゃないよ、岩融……!」

 

 蜂須賀、蛍丸、愛染、岩融の視線の先には、切り結んでいる鶴丸と一期がいた。敵の死骸を踏みつけながら刀を振るい、嫌味を飛ばしあっている。

 

「おや、しぶとい。鶴らしく己の血に染まるめでたい姿を、早く拝みたいものですな」

「はっ、君の血で赤く染められたら、さぞめでたいことになるだろうよ! だから大人しく斬られろ!」

「お断りします。冥府なら一振りで行っていただきたい。歴代の主も手をこまねいて待っていることでしょう。今度は黄泉返りなどせずにいられたらありがたいのですが」

「――ここら一帯火の海にしてやろうか、糞餓鬼!!」

 

 互いの地雷を踏み抜きあう嫌味合戦。蜂須賀を除く刀は止める気がない。巻き込まれ喧嘩に参戦することになれば、審神者に雷を落とされるのが目に見えているからだ。二振りは喧嘩中の間、嫌味の鋭さが増す。介入してそれを聞かされる可能性があることも、彼らが積極的に止めようとしない理由だ。結果、二振りを止めるのは蜂須賀の仕事となる。

 蜂須賀は大きくため息をつき、刀装玉に手をかけた。

 

「投石兵達、頼んだよ。目標は、あの二振りの頭だ」

 

 納刀する気配がない二振りは、蜂須賀が()()()()()()()()投石兵を展開したことに気づかない。互いに鬼のような形相で、本気で折りにかかっている喧嘩を続けている。

 投石兵が構え、そして。

 

「がっ……!」

「いっ……!」

 

 二振りの頭上に、石の雨が降った。蜂須賀の要望通り、頭に思いっきり石を落としている。頭を抱えて蹲る二振りに、般若を背負った蜂須賀が歩み寄る。

 

「……二振りとも、戦場のど真ん中で、何をしていた?」

「うっ、いやその」

「問答無用、そして正座!! いつ敵が襲い掛かって来るか分からない状況で、くだらない私闘なんかして! 他の隊員に迷惑がかかると思わなかったのか!?」

「いや、でも喧嘩を売ってきたのはそこのアホウドリで」

「よし、叩き折る!」

「――また石で殴られたいか?」

 

 再び喧嘩になりそうになる二振りに、怒気を滲ませ凄む蜂須賀。二振りはその言葉が脅しではないと感じ取り、口を閉ざした。全く、と息を吐き、蜂須賀は告げる。

 

「主には全て報告するからね。多分衣文掛けの刑にされるだろう、その間に反省するように!」

「……分かった」

「……はい」

 

 逆らったら自分達では蜂須賀に太刀打ちできないと分かっている二振りは、先程までとは打って変わり、萎びた青菜の様にしおらしくなっている。

 

「なんか番長みたいだね、蜂須賀」

「力で支配しているのがまさになぁ……」

「猛獣に首輪を付けるのは道理よ」

 

 ひそひそと囁き合っている蛍丸、愛染、岩融も、蜂須賀の気迫を感じ取っていた。囁き声の内容を知らずに、蜂須賀は帰還準備を進める。二振りは、正座したままだ。

 

「全く、あまり心労をかけられたくないんだけどね、こっちも。二振りが喧嘩する度にあちこち壊されて、修繕費が大変なことになっているんだから。そうだ、二振りも修繕工事に参加してもらおう。大変さを実感すれば、少しはマシになるかもしれないしね」

「勘弁してくれぇ……土まみれになるのはごめんだ……」

「あの、蜂須賀殿、まだこの状態で――」

「帰城するまで正座」

「ですよね……石が食い込む……」

 

 かくして、二振りは正座したまま本丸へ戻ることとなった。帰還した正門前には、審神者が腕を組み仁王立ちでそこにいた。顔は能面の様に表情が無いが、それが返って彼の怒りを表している。

 

「たっだいまー」

「あ、主さん、これ小判……あと、包丁藤四郎の本体……」

「蛍丸は大物だな、あの顔の主を前にそう声をかけられるとは!」

「そうかな?」

 

 審神者はよくやった、と言い愛染から小判と短刀を受け取る。そして、正座している鶴丸と一期へ顔を向けた。

 

「鶴丸国永、一期一振」

「……はい」

「お前達は任務を最優先にすると考えていたが、その最中に私闘とは、随分余裕のあることだ。なら、今から言うこともこなせるな?」

「……はい」

 

 ここで頷かなければ、更なる説教が待ち受けている。これから言い渡される罰を早く終わらせるためには、神妙にするしかない。

 

「一期は夕食の後衣紋掛けの刑、鶴丸は()()の後衣紋掛けだ。時間は明日の夕方まで、異論は」

「……ありません」

「よし、ではここで解散だ。皆、ご苦労だった」

 

 一期は立ち上がり、肩を落としてふらふらと本丸である洋館の中へ入る。愛染は審神者から逃げる様に蛍丸を引っ張っていった。岩融は鶴丸の肩を軽く叩いてから一期の背を叩きに向かった。

 その場にいるのは、審神者と蜂須賀、鶴丸だけとなった。鶴丸は立ち上がって審神者に尋ねる。

 

「……主、遠征って調査部隊の?」

「その通りだ。蜂須賀、調査部隊の奴らを呼んで来てくれ」

「分かった」

 

 蜂須賀も本丸の中に入って行く。審神者はそれを見送ってから、鶴丸に任務内容を告げる。

 

「ある審神者が、歴史修正主義者と内通しているとの報告があった。本日その審神者が現世へ向かい、歴史修正主義者と会合を開くという。その審神者と歴史修正主義者の捕縛が今回の任務だ」

「……へえ。そりゃまた素晴らしい景色が拝めそうだな」

 

 大体の内通者は、生き延びようと過去をちらつかせて懇願したり、あるいは激しく罵倒をしたりと抵抗をする。その過去や罵倒が自身の根幹を揺るがしかねないこと、内通者の中には刀剣男士が混じっていることもあり、あまり気持ちのいい任務ではないのが鶴丸の本音だ。

 そして、この国を暗闇ごと愛している審神者は、歴史を変え、間違いをなかったことにしようとする動きが許せない。この国を歪めようとする内通者は殺されて当たり前、という同情する点すら切り捨てるその様は、いっそ清々しかった。

 

「どんなことを言っても、この国の歴史を変えようとした罪人であることには変わりはない。時間遡行軍が少し会話のできる存在になっただけで、やることは同じだ」

「まあ、できるだけ生かしてはおくがね。俺たちが全員帰還することを優先していいんだよな?」

 

 即ち、こちらに大きな損害を受けるほどの激しい抵抗を見せれば殺害してもいいかということだ。審神者は頷く。

 

「お前たちは全員重要な戦力だ。もし悪足掻きを止めない様であれば、処理をして構わん。情報を吐かなければ、脳みそをかち割ればいいだけの話だ」

 

 事もなさげにそう言った審神者に、鶴丸は長谷部が喜びそうだな、と思いながらも空を見上げる。秋の空はとても高く、全てを包む様に広がっていた。

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