演練場で、双葉の様な逆毛を右側に立てた小さい刀剣男士がひと混みの間を彷徨っていた。
「いち兄ー、平野兄ー? どこだー? ……訓練面倒だし、城下町へ人妻探しに繰り出そうかなあ」
探し刀が見つからなかったその刀は、ひっとーづまー、ひっとーづまーと歌いながら演練場の入り口に向かった。自動ドアが見えて来ると、刀は駆け出し、そして自動ドアから入って来た何かにぶつかった。
「いったー! 何、……!」
「ああすまない、大丈夫か」
ぶつかった相手に文句を言おうと見上げた刀は、相手から発せられている迫力に固まる。本刃は隠そうとしているようだが、僅かに漏れ出る威厳から、当刃の力はかなり高いと分かる、分からされてしまう。
――自分では到底敵わない、機嫌を損ねたら終わりだ。上下関係を理解した刀は、わたわたしながら謝るしかできなかった。
「ごっ、ごめんなさい! 俺、前見てなくて……」
「いや、前を見ていなかったのは俺も同じだ。……ん? お前は包丁藤四郎か?」
「えっ、あ、そうだぞ!」
刀――包丁藤四郎の目線に合わせて屈んだ鶯色の髪をした刀は、手に持っていた袋から飴を取り出し包丁に差し出す。鶯色の刀に少し怯えていた包丁は、思わぬ甘味の登場に目を輝かせた。
「確か、包丁は甘い物が好きだったな。ぶつかってしまった詫びだ、受け取ってもらえるか?」
「いいのか!? やったー!」
包丁は受け取ってすぐに包み紙を広げる。真っ白な飴玉を口に放れば、甘いミルクの味が口内に広がった。にこにこと笑顔を浮かべて、鶯色の刀に礼を言う。
「美味しいぞ、ありがとう!」
「そうか、良かった。ところで、お前は何で一振りでここに――」
「――包丁、包丁! どこだ!?」
包丁を呼ぶ焦燥に満ちた声が背後から聞こえて来る。包丁がくるりと振り向くと、長兄がこちらに駆けて来ていた。包丁は手を振って応える。
「いち兄ー! こっちだぞー!」
「包丁! 良かった、ここにいて……心配したよ」
「ここごった返し過ぎなんだよー! この刀にぶつかってなかったら、城下町に人妻探しに行ってたところだったんだぞ!」
「……後で教育的指導が必要なようだね……」
包丁の言葉に脱力する一期は、鶯色の刀に気付き慌てて礼を述べる。
「ありがとうございました、包丁を止めてくださって……」
「構わないさ。それよりも、急がねば演練に遅れるのではないか?」
「そうでした、それでは私たちはこれで。包丁、行くよ」
「うえー、面倒臭ーい……」
頭を下げながら足早に立ち去る二振りを、鶯色の刀は手を振って見送った。
一期に手を引かれながらも鶯色の刀が見えなくなったことを確認し、包丁は青ざめた顔で呟く。
「……うー、あの刀、怖かったんだぞー!」
「……そうだね。迫力が尋常じゃなかった」
手を引く一期の顔も強張っている。あの気配を前にして表情だけでも冷静でいられたのは、流石粟田口の長兄だと包丁は思う。
包丁は、ふと思い浮かんだ事を口に出した。
「いち兄、もしかしてあの刀、雲霄隊っていう部隊の刀なんじゃないのか……?」
「……政府直属の部隊の一つと言われている、あの? はは、まさか。そうやすやすとこんなところに来るはずが無いよ」
「でも、すーっごく怖かったんだ! 少しでも機嫌を損ねたら折られるかもって思うくらい!」
「うーん、仮にそうだとしたら、何でここに来たのだろうね」
二振りが指定されたドアをくぐり、部屋が閉ざされると、話し声は聞こえなくなった。
*
雲霄の鶯丸はどこかの一期と包丁を見送り、演練場内ロビーの隅にあるベンチに座って他の部隊を観察していた。演練を終えた部隊の中には、包丁藤四郎を含む隊も多く見られた。おおよそ、顕現したての新入りの練度上げが目的だろう。ポシェットから菓子を出して大人しく食べている包丁もいれば、人妻人妻と騒いで隊員を困らせている包丁もいる。個体差というのは、あくの強い刀にも適用される様だ。
騒いでいた包丁に長兄の手で拳骨を落とされる光景が、目の前に現れた影に遮られる。鶯丸は、その影を見上げた。
「鶯丸」
「主、加州。遅かったじゃないか」
そこにいるのは、加州と審神者だ。呑気に返す鶯丸に、加州はじとりとした視線を向ける。
「主、ふらふらと先に行くって言って、俺に諸々をぶん投げ会議を抜け出した鶯丸に一言」
「ははは、元気でいいことじゃないか。それに、先に様子も見ていたのだろう?」
「そうだな。見事に包丁藤四郎だらけだ」
「じゃあその袋は何なの……ああ、確かに多いね。戦力も強化されて来たってことなのかな」
鷹揚に笑う審神者と、鶯丸の手にある袋を見やってため息をついてから周囲を見回す加州。鶯丸も、改めて周囲を見渡した。
今回大阪城が開放されて一週間弱。その期間で、包丁藤四郎を顕現させているのは中々にいいペースだと言っていい。中には「極」となった刀も混ざっている。審神者たちが積極的に戦力を強化しようとしているのは、いい傾向だ。
蒼穹隊と氷雨隊は、どこまで行ったのだろうか。鶯丸は友のいる本丸に思いを馳せてみる。蒼穹隊は慎重に進軍するだろう、氷雨隊は先月の戦果が蒼穹隊より僅かに少なかったことを気にして、早急に駆け降りて行くに違いない。
そうして、江雪のいる清澄隊に考えが行き当たり、少し気分が暗くなる。
清澄隊は新しい刀を
変に気遣って話をしないのは江雪に悪いと分かっている。だから、チャットでも普通に新しい刀の話が出るだろう。そして多分、こう言うのだ。
――また悲しみの地に立つ刀が増えるのですね。でも、一期が兄弟と出会えることは、喜びましょう。
鶯丸としては、彼に吉報が早く訪れることを願うしかできない。こういう時、心が目覚めてそう時間が経っていない自分が頼りなく思えてしまう。
「……る? おーい、鶯丸?」
鶯丸を呼ぶ声がする。はっと頭を上げると、訝しげな表情をした加州の顔があった。どうしたの、と問われて、首を横に振る。
「早く大包平が来ないかと思っていただけだ、気にするな」
「……そう。ねえ主、大包平の方はどうなってるの?」
「あと少しで安定した顕現が可能になるそうだ。だからもう暫し待っていてくれ、鶯丸」
「だってさ。政府が今年中に何とかするって言ってたけど、年末になりそうかもねー」
心配そうに鶯丸を覗き込んでいた一振りと一人は、いつものように大包平の話題を出せば、それに乗って来た。彼らのことだ、それだけでは無いと分かっているはずだ。
話す気にはなれなかった。清澄隊のことは、天に祈ることしかできないのだから。
「さて、これからどうする、主」
「しばらく見て回ったら帰るか。長くいすぎて萎縮されたら悲しいからなあ」
「主、案外人の目を気にするよね。どうでもいいって感じがするから意外に思ってたんだけど」
「老いぼれの身に化け物でも見るような目は堪えるんだよ、加州。特に孫と同じ世代の審神者に泣かれた時はなあ……」
「……あー、それはちょっと辛いかも」
「だが、個の間で見せる人格をよく思われたいだけで、世間の評価は気にしないよな、主は」
「そりゃそうだ」
審神者は、鶯丸の指摘に微笑む。
「世間の評価は流動的な物だ。ちょっとしたことで簡単にひっくり返る。だから、自分自身が能力を正確に把握しておけば、どんな風に言われようとも揺るがずに済む。世間よりも、自分自身がどう思うか、だな」
「……おお、主かっこいい! 輝いて見えるよ!」
「輝くは言い過ぎだよ、加州」
「主、照れているな。まあ、俺も概ね同意見だ」
加州ははしゃぎ、審神者は頭を掻く。鶯丸も、審神者の言葉に頷いた。
他人の評価を気にし過ぎていては、それに振り回され、最終的には潰れるだろう。審神者は、あくまでも自分からの評価で自己を確立している。それが過ぎればただのナルシストだが、ちょうどいい塩梅で成り立つ人格は、まさに年の功と言うべきか。そして、政府に勤める中でころころと派閥や評価が変わり行くのを目の当たりにしていたのだろう。その経験も、またこの審神者を形作っていると言えた。
「あー、おほん。じゃあもう少し見て回るぞ!」
「よーし、俺もやる気出して巡回するぞー!」
「これは巡回というより視察じゃないか、加州」
照れ隠しで咳払いをして歩き出す審神者に、加州は腕を上げてついて行く。加州に突っ込みを入れた鶯丸は、立ち上がってその後を追った。