空隙の町の物語   作:越季

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7-3「清澄隊の事情」

「あっ、一期さん!」

「一期さん、こんにちはー!」

「一期、サッカーしようぜ!」

「なあなあ、弟たちの話してくれよー!」

 

 蒼穹の一期が滑莧園の門を開けると、その音に反応し子供達が駆け寄って来た。

 あっと言う間に囲まれた一期は、歓迎する女子達に笑顔を向けた後、膝かっくんを仕掛けようとした男子の一撃を察知して避ける。

 

「うおっ! くそ、引っかからなかったか!」

「ソメゴロー君は上手く気配を消していたよ。君もそれくらいの技量を身に着けなければ、私には届かない」

「ちくしょー!」

 

 地団駄を踏む男子の後ろから、清澄の江雪も歩いて来る。

 

「こんにちは、一期。ここに来るのは、三週間ぶりくらいですか」

「こんにちは、江雪殿。そうですね、そのくらいになります」

「子供達も今日一期が来ると聞いて、とても楽しみにしていた様ですよ」

「そうだったのですか。子供達に喜んでもらえるのは嬉しいですな」

「私も一緒に遊びたかったですよ。一期はなかなかに予想外の動きをしますから」

「予想外って……?」

 

 江雪の表情は穏やかだ。戦とは程遠い場所であるここは、彼にとっても安らげるところなのだろう。

 江雪の後ろからソメゴローが姿を現し、一期に指を差して告げた。

 

「一期! 俺と勝負しろ!」

「えっ、ソメゴロー君? 一体どうしたんだい」

「いいから! 俺と剣道で勝負しろ!」

 

 いきなり宣戦布告された一期は戸惑うばかりだ。鬼気迫る様子を見せて、一体どうしたのだろうか。

 つい、と一期の服の裾を引かれる。振り返ると、サクヤが後ろめたそうに見上げていた。

 

「ごめん、一期さん。多分俺のせいだ」

「サクヤ君」

「昨日俺、ソメゴローに将来やりたいことを話したんだ。一期さんに相談したことも。そしたら、全然知らなかった、俺じゃ力になれないのか、って落ち込んじゃって。そんなことないって言ったんだけど。そしたらさっき『俺があいつに勝ってサクヤの相棒だってことを証明してやる!』っていきなり叫んでさ。……ソメゴロー、一期さんを超えることで自分の力を証明したいんだと思う」

 

 なるほど、と合点が行く。ソメゴローは、親友の悩みに寄り添えなかったことにショックを受けたのだろう。自分は親友の悩みを知らず、無神経なことを言ったかもしれない。そしてそれを解消したのが、知り合って間もない一期だということ。それが彼の焦燥を加速させたに違いない。

 サクヤが、溜息をつきながらソメゴローに近づき、言った。

 

「ソメゴロー、力の差ってものを考えなよ。ソメゴローと一期さんじゃ、どう考えても遊ばれて終わりだよ」

「何だよ! サクヤは俺が負けるって言うのか!?」

「どう考えても負けるでしょ、常識的に。一期さん、優しげな雰囲気だけど筋肉あるみたいだし、勝負事には容赦ない気がするし」

 

 ぐっと言葉に詰まり、次第にソメゴローは目に涙を溜め始める。

 

「……サクヤは、俺がバカで頼りないって思ってるんだろ」

「はあ……何度も言ってるけど、そんなことないよ。ソメゴローのことは頼りにしてるって」

「じゃあ何であの時話してくれなかったんだよ! サクヤが、親のこととかやりたいこととか一切知らなくて、俺、寂しくて、置いてかれたみたいで……」

 

 ソメゴローは、いよいよ涙を落とし始めた。拳を固く握り締め、俯いてしまっている。

 冷静に窘めていたサクヤは流石に動揺を見せ、辛うじて声を絞り出した。

 

「ソメゴロー、あのさ」

「――サクヤのバカ! うっ、うわあああん」

 

 ソメゴローは、サクヤに罵声を浴びせて泣きながら棟内に駆けて行ってしまった。その場には、気まずい雰囲気の子供達と江雪、一期が残された。

 

「……ソメゴローが泣くの始めて見た」

「ねー……ちょっとびっくり」

 

 女子達がひそひそと囁き合う中、男子達はサクヤの肩を叩いた。

 

「気にすんなよ、サクヤ」

「そーそー。あいつサクヤに寄りかかり過ぎだったんだよ」

「たまには離れてみるのもいいんじゃないか?」

「一緒にサッカーしようぜ! お前、運動神経いい癖に全然外に出ないから本気出してるとこ見てみたいんだよ」

 

 サクヤは彼らの言葉に小さく頷いてはいるが、視線は棟内に向けられたままだ。

 一期は、どうすることもできずに彼らを見ていた。

 

「……ソメゴロー君とサクヤ君が喧嘩をしたのは初めてですね」

「え、そうなのですか?」

 

 側にいた江雪が漏らした一言に、一期は振り返って尋ねる。表情が暗いまま江雪は頷く。

 

「ここに通う様になってしばらく経ちますが、二人があんな風にぶつかり合うことなどありませんでした。彼らはなかなかに息が合っているので、相棒と言っても差し支えはないと思っています」

「しばらく? 江雪殿は、いつ頃からここに通っていらしたのですか?」

「……そうですね、今年の始め頃にここのことを知り、通い始めました」

 

 今は十月下旬だから、半年以上の間ここに通っていることになる。その間、一度も喧嘩らしい喧嘩は無かったのか。性格は正反対だが、彼らは本当に仲がいいのだろう。

 ふと思い浮かんだことを、一期は何気なく問いかけた。そう、本当に何の気も無しに。

 

「何かここを知るきっかけでもあったのですか?」

 

 江雪が固まる。その様に、聞いてはならないことだったと悟るが、もう遅い。一期は慌てて話を打ち消そうとする。

 

「話したくないのならそれで構いません、不躾なことを――」

「……いえ、いずれ話さなければいけないことです。話しましょう、私の、これまでのことを」

 

 江雪は息を吸い、顔を上げた。目の前では、男子達がサッカーの準備を始めている。

 

「私は去年の今頃に顕現しました。戦うために呼び出されたことを知り、深く嘆きましたね。私は始めての顕現難易度四の太刀だったそうで、同じ刀剣男士に強い戦力として見なされていたのも、悲しみの素となりました」

 

 しかし当の審神者は、仕事として出陣させなければならない最低限のことをこなした後は、刀剣男士を出陣させなかったという。刀達の中には不満や疑問を上げるものもいたが、しばらく審神者を観察して、江雪は気づいた。

 

「彼も、戦いを嫌っていたのです。できれば、敵とも和睦を結び、無意味な争いを避けようとする、そんな方でした」

 

 男子達がサッカーボールを運動場に線で描いたコートの中央に置き、キックオフを行おうとしている。男子の一人がボールを蹴り出し、試合が始まった。

 江雪は、子供達を見ている様で見ていない。どこか、遠くにいる誰かを見ている様な目だった。

 

「主とは、時々語らうこともありました。結論はいつも悲しいものでしたが、だからこそ己の世代だけで済ませたいと、そう考えているようでした。……子供が戦場に向かうことを、彼は避けたい様子でしたね」

 

 審神者は元々、教育の場にいる人間だった様だ。子供達が健やかに育ち、巣立つのを見るのが何よりの喜びだと話していたそうだ。

 ボールを奪おうと、サクヤともう一人の男子との間で小競り合いが起きている。それを制したのは、サクヤだった。

 

「……今年の一月末のことでした。主が、他の審神者と現世で会合を開くことになったのです。その日の近侍は私でした。主は私に、皆のことを任せて現世へ赴きました」

 

 サクヤが味方へのパスを駆使しながら、どんどん相手チームのゴールへ向かっていく。相手チームのメンバーが阻止しようと動いているが、止められない。

 

「一報が入ったのは唐突でした。歴史修正主義者がその会合を嗅ぎつけ、会場に時間遡行軍が襲撃して来た、と。会合に参加したほとんどの審神者は死亡、私の主は何とか一命を取り止めましたが――今も、意識は戻っていません」

 

 サクヤが、ゴールへ向かってボールを強く蹴った。キーパーはボールを止めようと横に跳ぶが、ボールはゴールの網に鋭く突き刺さった。

 

「その後、次々と私以外の方が人の形を保てなくなりました。私の本丸は、どうも古い形態だったようで。審神者が衰弱した場合、近侍以外の刀剣男士は大部分の力を失うと、こんのすけは申し訳なさそうに話していました」

 

 ボールは、再び中央に戻った。ゴールを決められたチームの一人が、ボールを蹴る。

 一期は、何も話さなかった。話せなかった、というのが正しいか。江雪は悲しみを湛えて試合を見ている。

 

「時折、政府の方が様子を見にきていたのですが、私は何も話す気になれませんでした。事態が変わらないのを受けて、次第に彼らの足も遠のいていきました」

 

 ボールが子供達の足を行ったり来たりしている。外野の子供達はプレイヤーに声援を送る。女子達もちらほらと観戦しているようだ。

 

「そんな中、氷雨隊の鶴丸が本丸に訪れる様になりました。彼は時折ふらりと現れては世間話をしたり、見知らぬ物を寄越したりと、まあ色々と構って来ましたね。最初は私も拒絶していたのですが……次第に、彼が来ない日に静けさが痛くなってしまいまして。そう言うと彼は端末を差し出して『これでいつでも連絡してくれ。寂しい時は話し相手になるぜ』と。……あの痛さが寂しさだと、ようやく私は理解しました」

 

 鶴丸に理解させられたのが少し複雑なのですがね、と江雪は言う。

 静けさが痛い、というのがどんな物なのか、一期は想像できなかった。自分の本丸では、いつもどこかしらで声が聞こえて来るのだから。分からないことに同意することもできず、一期は黙って江雪の話を聞いていた。

 

「端末でやり取りし出してから、時折会に参加しないかと鶴丸に誘われることもありましたが、しばらくの間は断っていました。そうしたら鶴丸が『篭るよりかは外出する方がいい。そういや城下町に児童養護施設があるが、行ってみるかい?』と言われて、私は滑莧園に顔を出してみました」

 

 歓声が上がる。またサクヤのいるチームが点を取ったようだ。

 江雪は仲間と手を叩き合うサクヤを見て、ふっと笑った。

 

「そこには、無邪気に未来を信じている子供達の姿がありました。私には少し眩しいくらいに、彼らの表情は明るくて……そんな子供達に手を引かれて、いつの間にか私も泥だらけになっていました。私は、しばらく感じられなかった幸福を、再び噛み締められたのです」

 

 再び、ボールが中央に戻る。ボールが動く度、歓声と野次が上がる。ここの子供達は、確かに希望に溢れている。手を引かれ、共に遊んだことで、江雪にも希望が宿ったのかもしれない。

 

「……長くなりましたが、ここを知ることになった経緯は以上です。気分の良くない話もあったでしょう」

「……いえ、こちらこそ、思い出したくない話もあったでしょうに、無神経に話を振って申し訳ない」

「いいのです。かつての話ができるようになったのだと、実感しましたから」

 

 きっと、今でも江雪は傷付き続けている。その度に子供達によって手当てが施されている彼は、それでようやく立っていられる状態なのかもしれない。

 友達として、自分は彼の支えになれているだろうか。一期は思わず問うていた。

 

「……江雪殿」

「何でしょう」

「私といて、楽しいですか?」

 

 一瞬目を見開き、江雪は微笑んだ。

 

「楽しいですよ。貴方は他の一期一振よりも賑やかですから」

「褒め言葉として受け取っておきますね」

 

 ふふ、と笑い合う二振り。

 一期は友の小さな幸福になれていることに安堵した。自分が、どんな形であれ彼にいいように作用していたらいい。そのための努力は、決して怠ってはならないだろう。

 密かに努力を誓う一期の耳に、門の方向からガラガラと車輪の音が聞こえて来た。

 

「こーんにーちはー! 今日のお弁当の配達でーす!」

「あっ、今日は猩々木庵の弁当か!」

「ハルカ姉ちゃーん!」

 

 若い女性の声に反応して、子供達が門へ走り出す。サクヤは棟内へと駆けて行った。一期が声の方へ向かうと、そこには子供達に群がられ笑顔を浮かべる髪を下方で一つに結んだ女性と、丸刈り頭が特徴的な仏頂面の青年がいた。

 

「ハルカ姉ちゃん、今日の献立なあに?」

「今日はねー、鮭の切り身がメインだよー。あとは大学芋も入ってるよ!」

「やった、大学芋!」

「サトル、相変わらず無愛想だなー。そんなんじゃ客に逃げられるぞー」

「……余計なお世話だ、というか俺は厨房担当だからな」

 

 にこにこと子供達に向き合い弁当を配る女性とは正反対に、青年は愛想の無い態度で子供達と向かい合っていた。女性が一期に気が付き、あっと声を発する。

 

「貴方は、よくうちで会を開く刀剣男士さんの一振りですよね?」

「ええ、はい。蒼穹が一振り、一期一振と申します。うちの店、とはもしかして猩々木庵の?」

「はい。一度顔を合わせていると思いますが、私はただの店員でしたものね」

 

 そうして、女性は一礼し、笑顔を浮かべる。

 

「私は木枕遥(コマクラハルカ)と言います! 猩々木庵に勤めて早二年、今じゃすっかり看板娘でーす!」

「……看板娘じゃなくて岩盤ゴリラだろ、糞姉貴。――ぐあっ!?」

 

 空になった弁当入れをガッと掴み、ハルカは青年の頭に強烈な一撃を与える。頭を抱えて蹲った青年を見て子供達の間に動揺が広がった。弁当入れを元に戻したハルカは、人を殴ったことなどない様な微笑みを浮かべる。

 

「オホホ、愚弟が失言を致しまして」

「くっそ、俺は本当のことを言っただけじゃねえか! 大体あの箱を片手で、しかもあの力でぶん殴るってのがおかしいんだよ、――いっ!?」

「――今度は荷台ぶつけるぞ」

 

 鈴の鳴るような声から一転、地から響くような低い声で恫喝し、青年の足を踏み付けるハルカ。足を離された青年は、再び蹲り踏み付けられた足を抑えている。恐ろしい顔で舌打ちを一つした後にはもう、ハルカの表情は先程の笑顔に戻っていた。

 

「えー、一応紹介しておきますね。愚弟の(サトル)です。ほとんど厨房にいるのであまり顔を合わせないかと。まあともかく、一期さん! 猩々木庵を是非これからもご贔屓にお願いしますねー!」

 

 何事も無かったかの様に店を宣伝するハルカに、子供達の顔が恐怖に染まる。固い表情の江雪が呟いた。

 

「……やはり恐ろしい方ですね、ハルカさん……」

 

 一期は、引きつった笑顔の裏でその言葉に頷いていた。滑莧園側のハルカへの評価が一つになった瞬間だった。

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