時空座標を指定し、夜の現世に降り立った鶴丸をはじめとした氷雨の調査部隊の面々は、とあるビルの前にいた。隊長の長谷部が五振りへと任務内容の確認にかかる。
「さて、今回の任務はこの建物内にある居酒屋で行われる会合の襲撃、及び歴史修正主義者とそいつらに与している審神者の捕縛だ。できる限り生かしておけとのことだが、相手側の激しい抵抗が予想される。その場合は、頭部さえ無事ならどう対処しても構わない」
「今回はどのくらいの規模なんだい?」
「そうだな、人間の数は十数名程だが、刀剣男士の所持数が不明だ。くれぐれも気を抜くなよ」
鶴丸はビルを見上げる。この中で、政府に仇をなす者達による会合が行われているのだ。周囲を見ると、緊張で張り詰めている調査部隊には目もくれずに、酒の席へと向かうサラリーマンやOLが歩いている。すでに酔いが回っている者もいるようで、下品な騒ぎ声も聞こえて来る。彼らは、歴史を変えようとしている者がこの建物内にいることなど、少しも考えていないのだろう。
ぼーっとしていた鶴丸に、堀川が声をかける。
「鶴丸さん、大丈夫ですか?」
「……ああ、すまん。何だって?」
「いえ、ぼんやりしている様だったので。体調は悪くないですか?」
「ああ、大丈夫だ。……何というか、俺達はあくまで裏方なんだな、と思っているだけだ」
「……?」
首を傾げる堀川に、鶴丸は苦笑しながら続ける。
「俺達は、政府から公表されていない存在だ。政府は堂々と俺達の存在を喧伝して協力者が大幅に増える得よりも、反逆者が大幅に増える損を重視した訳だ」
「……それは」
「俺達は世間から評価されない。それはまあいいが、下手したらこの国が滅ぶ危険と隣り合わせだっていうのに、人々はそれを知らず呑気に暮らしていて、こうして戦っているものがいることも知る由も無いんだろうな」
堀川が拳を握り締める。俯いて、何かに耐える様に体を震わせている。鶴丸はそれに気付かず、飄々と言葉を並べた。
「まあ、でもその方がいいか。暗い顔が並んでいるよりかは、明るい顔が並んでいる方がいい。例え俺達が認知されなくても、明るい顔を裏から守っているのが俺達だってことは、紛れも無い事実なんだしな」
「鶴丸、堀川! そこで何をしている、作戦会議の途中だぞ!」
苛立ちが混ざった長谷部の呼ぶ声に二振りは振り向く。鶴丸は手を上げて長谷部達の下へ向かった。
「……それでも僕は、兼さんが――」
堀川の言葉は風にさらわれ、誰の耳にも届くことはなかった。
*
鶴丸は、青江と行動を共にすることとなった。建物内の構造を確認し、現場の状況を把握する。標的は地下にある居酒屋を貸し切り、現在も会合を続けているようだ。
薄暗い廊下は少し埃っぽく、埃独特の匂いと居酒屋の料理の匂いが混ざり合っていた。鶴丸と青江はひそひそと囁き合う。
「どうするかい? このまま突っ込んでも構わないけど……襲撃のことだよ?」
「……いや、小夜坊達の報告を待とう。刀剣男士がどのくらいいるのか、それを確認してからでも遅くは無いだろう」
長谷部と次郎は店員側に話を付けに行き、そのまま店内で待機している。小夜と堀川は、偵察に行き相手側の戦力の大まかな予測を立て、報告するのが役目だ。
戦意を滾らせている青江を宥めながら、報告を待つ。しばらくして、ガタンと音を立て小夜が天井から降りて来た。
「……鶴丸さん、青江さん」
「おかえり、小夜」
「小夜坊、どうだった?」
小夜は淡々と告げる。
「……審神者側は短刀三、脇差二、打刀一。歴史修正主義者側は短刀五、脇差一です」
「……守り刀を連れて来たとも見える、が」
「室内戦を想定しているとも取れるね」
数値には出ないが、基本的に室内での戦闘では小回りが利く方が有利だ。審神者側はまだ近侍を連れて来たと考えられるが、歴史修正主義者側はあからさまである。
確実に戦闘になる。その推論に鶴丸はため息をついた。
「同士討ちは好きじゃないんだがなあ」
「いつも君はやってるじゃないか、一期一振と。それと同じような物だと思えばいいよ」
「アレは特殊だ! 敵側に寝返るのはいけないが、俺は標的に恨みはない! というか、室内の破壊は禁止のはずだろ!?」
「……本丸も破壊禁止の掟が出ているんですけどね」
「破壊禁止の意味が分かっていたとはねえ、余計にタチが悪いかな?」
「本丸が壊れるのは事故だ、事故! それに、壊しているのは奴も同じだ!」
「事故ってことにしているのがタチ悪いって言ってるんですよ……」
「そもそも先に手が出るのは奴だろう、何で奴の罰は俺に比べて軽いんだ、壊しているのだって奴もそうだし、俺はそんなに信用ないか、畜生今度は……」
小夜と青江は呆れ顔だ。それも当然の話、鶴丸と一期の喧嘩は本丸を破壊して回ることが多いのである。窓ガラスを割って武器にしたり、テーブルをひっくり返したり、壁に穴が空く程の力で相手を投げ飛ばしたり。破壊禁止の意味を理解しているのかどうかが分からなくなるレベルのアクロバティックな喧嘩を繰り広げるのだ。そして、審神者と蜂須賀に叱られるまでがお約束となっている。
任務中であることを忘れてここにいない存在に恨みを募らせぶつぶつと呟く鶴丸に、青江と小夜はもう物が言えなくなる。
「本当、鶴丸さんは一期さんのことになると、なんていうか……」
「はっきり言っていいよ、小夜。子供っぽいって……ん?」
懐に入っている端末が震えている。それに気付いたのだろう、鶴丸の恨み言がようやく止まった。通信相手は長谷部だ。
『小夜、報告は済んだか?』
「……長谷部さん、助かりました……」
『? 何かあったのか?』
「しょうもないことだよ」
訝しげな声を発する長谷部に青江は適当に誤魔化した後、真剣な声で問う。
「……報告は聞いたよ。確認だけど、戦闘になるのかな?」
『そうなるだろうな。……これから襲撃だ、手筈通りに。店の責任者に話は通したから抜刀して構わないが、店はなるべく壊すな。刀剣男士が六振りいる、無力化させるのは骨が折れるだろう。気を引き締めてかかれよ』
「了解」
通信が切れて、辺りは静けさに包まれる。刀を出してから店内に入ると、がらんどうの客席が彼らを出迎えた。店の奥からドアが閉まる音が響く。恐らく、店員が避難していたのだろう。奥の個室が並ぶスペースへ歩くと、そこには次郎太刀と長谷部が立っていた。
「堀川は天井で待機している。俺が合図を出したら突っ込め」
「出口はアタシが塞いでおくよ! 存分に暴れて来な!」
次郎太刀が、三振りとすれ違う様に入り口へ移動する。長谷部はテーブル席に繋がる角で、標的を逃がさぬ様に立っていた。
標的達がいる座敷の前に着く。中からは、物音一つもしなかった。青江と小夜の様子と堀川が天井にいるという話から、中にいるのは確かだが。――勘付かれているか。鶴丸は刀を握りしめる。相手も、徹底的に抗戦するつもりなのか。
襖を挟んで探り合いが続く。襖を睨んでいると、手に汗が滲む。小夜は髪を逆立たせ、青江は唇を舐めている。双方、物音は立てていない。張り詰めた静寂が続く。
そうしてどれほど経ったのか。長谷部が、靴をトン、と鳴らした。――突撃の合図だ。
真っ先に青江が襖を開ける。中では既に、敵の刀が刀装兵を展開していた。
***
テーブルの上に、わらび餅二つとあんみつが置かれている。他のテーブルでも、女性達が甘味に舌鼓を打ち、会話に花を咲かせている。
一通り演練場を見て回った後、雲霄の鶯丸、そして審神者と加州は、甘味処・素馨屋に立ち寄り軽食を摂っていた。加州がわらび餅を切って口にすると、満面の笑みをこぼした。
「んー、やっぱここのわらび餅おいしいー!」
「茶もなかなかに美味い。休息にはもってこいの場所だな」
鶯丸も茶とわらび餅の味に満足している様で、穏やかな表情を浮かべていた。
「何だかお前さん達を見ていると、孫のことを思い出すなあ」
審神者が表情を緩める。加州はわらび餅を喉の奥に流し込んだ後、軽く首を傾げた。
「主のお孫さんって、俺達会ったこと無いよね。まあうち、色々機密事項を扱っているから当然なのかもしれないけど」
「気になるのか、主の孫が」
「そりゃあね。時々話にも上がるし、どんな子なのかって興味は沸くよ」
「はは、孫とは最近会えていないからな、今はどんな風になっているか想像もつかん。子供の成長は思っていた以上に速い」
「まあ、鶯丸とかからしたら主も孫みたいなものだよね」
「それはそうだな。人間の生は目まぐるしい」
鶯丸は茶をすする。彼からすれば、審神者も数多に見て来た人間と同様に大切な孫のような存在だ。あっという間に育ち、そして老いていく。彼の生涯を見届けるのが、今の鶯丸が楽しみの一つとしていることである。
加州は目を輝かせ、ずいっと顔を審神者に近づけた。
「で、で、主のお孫さんってどんな子?」
「食いつくなあ、加州。……俺の孫は、なかなか渋い趣味をしていてなあ。あの年でジュースより茶を好んだり、囲碁に興味を示したりな。何だか妙にませていて、物分かりが良すぎる印象があったよ」
審神者はあんみつを掬い、口に運ぶ。飲み下してから、先を促す加州に微笑みながら話を続けた。
「でも、俺が孫の所に来た時はくっついて来ていてなあ。何が楽しいのか、俺の昔話をねだったりしていた。それと、あの年でわがままを滅多に言わないのが心配で仕方がなかったんだよ。だから行ける時は遊びに連れ回したりもした。遅くまで遊んでいて嫁に怒られた時も俺のことを庇っていたんだ、俺が孫に楽しんで欲しくてしたことだってのにな」
「へぇー。いい子なんだね、お孫さん」
「周囲の顔色を窺うような性質があるようだな、主の孫は。当時は何歳だったんだ?」
「審神者になってからはメールでやり取りしているだけだから、最後に直接会ったのは……三年前か、孫が六歳の時だな」
三年、という言葉にぎょっとした表情で加州は立ち上がって叫んだ。
「うっそ、三年も会ってないの!? 子供の三年って長いよ!?」
「加州の言う通りだな、休暇を取って一度会いに行ったらどうだ?」
鶯丸の提案に、困った様に審神者は言う。
「戦況があまり良くないのに放置はできんよ。この町に何かあったら大変になるのは俺だ」
「だからって……」
「それに、孫は俺にも気を使っているようでな。喜んではいたものの、鶯丸の言う通り俺の顔色を窺っていた。……俺は親戚だが、家族じゃない。あまり、心労を掛けたくないんだよ」
加州が口を止める。審神者の顔は仕事の時のそれではなく、孫を案じる祖父のものだった。
確かに、一緒に住んでいない人間は、親族とはいえ気を使ってしまうことが多い。敏い子の様だ、両親が緊張しているのも察していたのだろう。
暫しの沈黙の後、二振りは口を開いた。
「……でもさ、家族じゃないからこそ話せることもあると思うよ。家族には、家族ならではの緊張感があるんじゃないかな」
「主が行くことで別の緊張に切り替わる……つまりは、家族と過ごしている時の緊張が解れると考えればいい。話を聞く限りでは、好かれているのだろう? 時折顔を出すくらいなら、孫も羽を伸ばせられるんじゃないか」
そして、家族以外の人間が家庭内に来ることで、ある種のイベントのような高揚をもたらす緊張感に変わるのもまた事実だ。ずっと家族だけで過ごすという閉塞的な環境は、精神状態上あまりいいとは言えない。友達にしろ、親族にしろ、他人が家庭に時折介入することは、部屋の風通しを良くする様に家庭内の澱みを軽減させる可能性がある。
審神者は、眉間に指を当て、考え込んでいる。それに、鶯丸が追撃した。
「主は、個と個の関係では少々臆病な気があるようだな。ここは一つ、俺が普段言っていることを実践してみたらどうだ」
「……他人のことなんか気にするな、か」
「そうだ。完全に嫌われているなら話は別だが、孫からはある程度好感度を得られている。なら、迷惑なのではないかなどと考えずに、主が孫に対してどうしたいかを考えてみろ。まあ、答えは明白だろうがな」
鶯丸は湯呑を持ち上げる。茶を口に含みながら、審神者の答えを待った。加州も審神者を見つめて、口に出される言葉を待っている。
審神者は眉間の皺を緩め、高らかに笑い出した。
「……ははは! そうだな、孫はかわいいから何度だって会いたい! 最初からそれだけ考えればよかったんだ。まあ孫の家に毎回訪れるのは流石に大変だから、たまにはここに呼ぶのもいいだろうな」
吹っ切れたように笑う審神者に安堵しつつ、加州と鶯丸は後半の言葉に反応する。
「お孫さん呼ぶ時は言ってね、城下町案内するから!」
「おう、もちろんだ!」
「茶菓子も用意しておかなくてはな。主の孫は苦手な物はあるか?」
「特にはないが、練り切りを持って来た時は大層はしゃいでいたな」
「なら、牡丹一華堂の物を。孫の舌に合えばいいのだがな」
「孫がここに来たら驚くだろうな、何せ時代劇に出るような城下町があるんだから」
和やかに孫が遊びに来ることを想定した話をする鶯丸達。
孫はこの町を『地球上にない場所にある観光スポット』だと認識している。一般人の大多数がそう認識していることだろう。一部の出資している企業の上層部以外の一般人は、ここに戦争をしている本丸があると知る由もない。
その辺りも配慮した観光プランを組み立てねばならないと話し合う一人と二振りの耳に、ある言葉が飛び込んで来た。
「――ねえ、聞いた? 城下町にまた人を襲う幽霊が出たんだって」
「聞いた聞いた、怖いよねえ」
幽霊。その言葉を聞いた途端に、雲霄の面々は話すのを止め、幽霊の話を出したテーブルに耳を傾ける。
「ここに来るまでは幽霊とか! って信じてなかったけど、怪我人まで出るとさあ」
「信じざるを得ないよね、夜出歩けないじゃん」
「何でもその幽霊は刀を持ってて、落ち武者の霊なんじゃないかって」
「早めに引き上げたほうがいいかなあ、せっかく来たのにねえ」
話している女性達は、どうやら旅行客らしい。『刀を持っている』という内容に落ち武者の霊と反応する辺り、刀剣男士の存在を知らない様である。
審神者は、加州に命じた。
「加州。あの女性達に詳しく話を聞いて来てくれ」
「りょーかい。行って来ます」
加州は席を立ち、女性達に近づいて行く。女性達はいきなり二枚目の青年に話しかけられて驚いている。鶯丸は、審神者と顔を突き合わせた。
「……『幽霊』は、蒼穹隊と氷雨隊が退治したと聞いたが」
「新たなものが出たか……頭が痛い話だ」
氷雨隊からは研究所の調査時に討伐、蒼穹隊からはわざわざ『幽霊』を討伐しに行ったと報告があった。彼らは、『幽霊』の正体を現時点では不明だと結論付けていたが、雲霄隊は別の推論を出していた。そのことを考えて、審神者は頭を押さえる。
「飲み会でも『幽霊』の話は出ていたが、蒼穹の一期と氷雨の鶴丸は思うところがある様子だった。あの二振りは頭がいい、正体に気付かれるのも時間の問題だろう」
「だよなあ……ああ、頭が痛い」
鶯丸が『会』での様子を話すと、いよいよ審神者は頭を抱える。鶯丸もまた、眉をひそめていた。
真実を知った時、あの二振りはどう反応するのだろう。湯呑を持つ己の手が軋んでいる。怖いのか、何がだろう。もしかして、あの会のもの達に侮蔑の目を向けられることが怖いのか。長くこの世にあったはずの自分が、心を目覚めさせられた途端にこの有様だ。まだまだ悟りには遠いな、と鶯丸は自嘲する。
加州が戻って来て、声を潜め報告した。
「……やっぱり、新しい『幽霊』が出たみたい。持っている刀は打刀、ここ最近現れた奴じゃないかな」
「そうか……やはり、研究所跡地から出た奴か?」
「それなんだけど、ちょっと気になることがあって」
加州は緊張した面持ちで疑問点を上げる。
「研究所から『幽霊』が現れたのは二、三日前で、そこからここら辺まで来るには一週間くらいかかるよね?」
「そうだな」
「あの人達の話からすると……その『幽霊』は昨日、急に城下町に現れたみたい。特徴も、二、三日前に出現したのと一致してる」
審神者の顔が驚愕に染まる。鶯丸も、驚きを隠せなかった。
『幽霊』は、近くに人がいない限りゆっくりと移動していく性質があり、出現するのは決まって研究所跡地からだ。前触れもなくいきなり城下町に現れることなどあり得ないのである。蒼穹隊が遭遇した『幽霊』は研究所跡地からやって来たものだったが、今回は急に出現したそうだ。
「……おかしいよね?」
「ひっそりと城下町に来たのか、それとも……」
「それとも、何?」
審神者が言葉を止め、腕を組んで黙り込んでしまう。加州が審神者に問うが、答えは返って来ない。
鶯丸が、審神者に代わるように答えた。
「主、もう一つの可能性の方が濃厚だろう」
「もう一つ? それって」
「薄々勘付いてはいるんじゃないか、加州」
「えっ、――もしかして……」
加州が審神者の方を向くが、彼は苦い顔で黙ったままだ。鶯丸が告げる。
「誰かが、城下町に運び込んだんだ」