空隙の町の物語   作:越季

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7-7「調査部隊の仕事」

 居酒屋内は惨憺たる光景と化していた。テーブルと椅子は投げられ、電灯は砕け、足元には時間遡行軍の死骸。それを踏み付けながら、鶴丸は生き残っている敵に正対する。

 

「……はっ、しぶといこって」

「……壊れた備品の修繕費は、こっちに請求が来るんでしょうか」

「敵方に回せ、敵方に! 壊しているのはあっちだ!」

 

 小夜と軽口を叩き合い敵を斬り伏せる鶴丸に、内通者の一人である男は顔を真っ赤にして喚いた。

 

「きっ、貴様ら! こんなことをして、どうなるか分かって――」

「どうなるか分かってないのは君の方じゃないのか?」

 

 小夜との会話を切り上げ、鶴丸は冷えた声色で男を睨む。その目は、まるでゴミを見る様な蔑みがこもっている。

 

「敵方と通じて機密情報を垂れ流し、そして自分は甘い汁を啜る。そのせいでどれだけの部隊が面倒を被っていると思っている? 大層な理由も無く、自分が楽をしたいからって味方を売るのは頂けないな」

「化物の貴様に分かるか! 娘を失った絶望が、そして世間の非情さが!」

 

 ――来たか、言い訳の時間が。

 鶴丸は内心ため息をつく。追い込まれた人間はこうして、自分の言い分を喚き散らし少しでも同情を買おうとする。その態度が同情どころか苛立ちしか買わないのを当の本人は気付かないのだ。

 

「娘は交通事故で後遺症に苦しんだ後に死んだ! 余所見運転という防ぐことができた事故で! それなのに、あのふざけた男は金だけ払って放免だ! あの男はもう殺したが、娘は帰って来ない! なら、娘をあの場所に行かせない様にするしかないだろう!」

「それで他の人間が事故で死んでもいいって? 大層な親心だ」

 

 鶴丸は冷め切った表情のまま男の言葉を切り捨てた。

 

「歴史を変えればどこかで歪みが生じる。君は娘の代わりに他の誰かが死んでも構わないって訳だ、それが彼女の友人だとしても」

「当然だ、娘を取り返すには仕方ない代償だ」

「へえ、君は娘の友人が自分の代わりに死ぬ運命へと変えられて、娘や友人の親といった数多の人間から恨まれるとは考えなかったのかい? それに、娘は懸命に生きて運悪く力尽きたが、君はその生きる努力さえ否定しようとするのかい? 全く、これだから親ってのは面倒だ」

 

 歴史改変の歪みは、身近なところで生まれる。鶴丸の言う通り、娘の代わりに友人が死ぬ運命になってもおかしくはない。些細なことでも積み重なれば歴史は大きく歪む。彼の言い分を認める訳にはいかなかった。

 それに彼は改変の結果として、恨みを背負える人間なのだろうか。鶴丸からすれば、彼は当然の帰結を理不尽だと喚く様な人間に見えている。

 

「黙れ黙れ黙れ! 化物が人間を語るな!」

 

 男は鶴丸の言葉に耳を貸す気が無い様だ。呆れを吐き出す息に乗せて、鶴丸は小夜に告げた。

 

「小夜坊、あの煩いの黙らせても大丈夫か?」

「……ほどほどにして下さいね」

 

 復讐に含みのある小夜も、彼の姿には見苦しさを覚えている様だ。これから鶴丸が行おうとしていることを止める気配も無い。

 鶴丸は男に近寄り、目の前の床に刀を突き立てた。

 

「何のつもり……っ!?」

 

 男はすぐにその行為の意味に気が付いた。声がするのだ、頭の中が、声で満ちている。

 ――どうして。

 ――何でうちの子が。

 ――誰のせいだ。

 ――あいつだ。

 ――あいつのせいだ。

 ――あいつさえいなければ。

 

「やめろ……やめろ!」

 

 男は叫び悶えるが、声は止まない。耳鳴りも酷くなって来た。刀を突き立てた鶴丸は、柄を握り微動だにしない。そして、男にとって致命打となる一言が響く。

 ――こんなことをされてまで、生きたくなかった。こんなことをされるなら、生きているだけで恨まれるなら、生まれて来たくなかった……!

 

「あ、ああ……」

 

 男はその一言に崩れ落ちる。それは、紛れもなく彼の娘の声だった。彼女からの拒絶に強く衝撃を受けた男は、もう反抗する気力も失せた様だった。

 

「小夜坊、そいつを縛ってくれ」

「はい」

 

 小夜が動き、男の腕を縛る。鶴丸は納刀し、近くにあった壊れていない椅子に座り込んだ。

 鶴丸が行ったのは、男の脳に直接働きかける、いわゆる脳内ジャックだ。付喪神と称される彼らは、時折超常現象を起こすことがある。鶴丸が行使したのはその一つ。最も、意図的に起こすのは至難の技であるが。

 鶴丸は、男を縛り上げその場に転がした小夜に呼びかける。

 

「小夜坊」

「鶴丸さん、大丈夫ですか?」

「少し休めば平気だ」

 

 長く休んでいる訳にはいかないな、と鶴丸が軽く伸びをする。懐からぬるくなった水筒を取り出して一口。

 すると、遠くから叫び声が聞こえて来る。

 

「……くっ!」

「ふん、こんなものか」

 

 叫び声は次郎に取り押さえられた内通者の女性のものだった。長谷部と内通者の女性の所有だろう鯰尾藤四郎が鍔迫り合いをしていた。長谷部は片手で、鯰尾は両手で相対している。

 

「主! 待ってて、今助ける!」

「鯰尾、だめ! このままじゃ、貴方が折られる!」

 

 鯰尾が女性の下へ行こうとすれば、長谷部が鯰尾に斬りかかる。鯰尾は長谷部の相手で精一杯で、女性の下へなかなか行けない。焦れた鯰尾が憤怒の声を上げる。

 

「どけ、主と俺の邪魔をするな!」

「ほう、俺達は一体、貴様らの何を邪魔しているのだろうなあ?」

 

 長谷部が、ニタァと顔を歪ませる。うわぁ、と声を出したのは一体誰だったか。

 ――長谷部のショーは、もう開幕している。

 

「決まってるだろう、主は親御さんを助ける、俺は大阪城でのでき事をやり直すんだ!」

「審神者朧雲。親を火災で亡くし、保護される様に審神者となったのは記録で見たな。そして鯰尾藤四郎。大阪城で骨喰藤四郎、一期一振と共に焼け、記憶の一部を失った」

「分かっているなら、そこを――」

「――それがどうしたァ?」

 

 笑みが更に醜悪になる。それは、『主の敵』に対する憎悪に満ちており、鯰尾が一瞬固まってしまうほどだった。その隙をつき、長谷部は鯰尾に一太刀浴びせる。

 

「がっ……!」

「鯰尾っ!」

 

 したたかに壁に身を打ち、痛みで動けなくなる鯰尾。それに近付き、長谷部は鋒を首筋に当てる。

 

「お前達は既に歴史に介入した様だな。その結果、どうなったか話してやろう」

「……は? 私達はまだ――」

「お前達の骨喰が内密に燃え盛る大阪城へ潜入し、鯰尾と一期を回収しようとして破壊、一期はこれまた内密に親を助けようとして共に火に巻き込まれて消息不明。いやあ、奴らの破片を回収するのが大変だったんだぞ? どいつもこいつも炭になって、まるで大阪城を再現した様だった!」

「……嘘だ、骨喰といち兄が」

 

 鯰尾の声が震える。刀を握り締め、絶望に染まっていく。

 

「そしてお前達が会合に向かった直後、別の調査部隊が本丸に奇襲、歴史改変に関わったとして全員刀解。気丈に振る舞っていたが、いなくなった主と鯰尾を最後まで探していたぞ」

「冗談言わないで! 皆が、刀解? そんなこと、許されるはず……!」

 

 往生際悪く抵抗する女性に、長谷部が一枚の紙を放り投げる。その内容は。

 

「……本丸の、解体認可」

「いやあ、実に呆気ないな。政府が出した紙一枚で、あっという間に本丸一つが消えるんだ。泡沫とは、こういうことを言うのだろうな。可哀想な審神者殿。これでまた、家族を失ったな」

「……嘘、嘘、嫌ああああ!!」

 

 女性の慟哭が響く。次郎は、やり過ぎだよ、と口を動かす。しかし長谷部は止まらない。

 

「別にいいだろう? どれもこれも、お前達が自分の信念に従った結果だ。実に美しい生き様だった。だから」

 

 そうして、長谷部は。

 

「――妹君の消滅を辛うじて避けたことに免じて、これで済ませてやる」

 

 ――大きく刀を振り下ろし、『鯰尾藤四郎』を、折った。

 

「なま、ずお……」

 

 絶望の表情をしたまま、鯰尾――女性の最後の家族が消えていく。さらさらと、その場に鉄屑が落ちる。それを止められなかった女性は、目から光を失った。そうして、抗うこともせず、なすがままにされていた。

 女性に興味を失った長谷部は次郎に命ずる。

 

「縛り上げておけ」

「ちょっと、長谷部。いくら何でもやり過ぎだよ、ここまで心を折る必要あったのかい?」

「どうしてだ?」

 

 きょとんとした顔で、長谷部は言い放った。

 

「絶望していた鯰尾には死という救いを、女性にはやり直す機会を与えた。それに、自分の信念に殉じていったんだ。それで充分なはずだろう。俺にしては、随分温情を与えたと思うが?」

 

 その場にいた調査部隊員全員が、ぞっと背筋を凍らせる。これで温情なら、本気を出したらどんな地獄が待っていると言うのだ。

 固まる部隊員に、片付けて主の下へ帰るぞ、と長谷部は帰還準備を始めた。

 

「……いやあ、久々に隊長様の恐ろしさが出たなあ」

「……『汚れ仕事も平気でこなす』という政府の評価は、正確ですよね……」

 

 冷や汗を流して鶴丸と小夜が囁き合う。そこに、青ざめた堀川も駆け寄って来る。

 

「……長谷部さん、いつもあんななんですか……?」

「いや、今回は妹君が絡んでいたらしいからな。主の妹君も大事なんだろうよ、長谷部にとっては」

「……主、知った時は怒り狂ってたんでしょうね」

 

 長谷部は、基本的に主の命に忠実だ。なのでその本丸の長谷部の様子で、本丸の雰囲気を察することができる。リトマス紙のような存在だ。

 そして氷雨隊の長谷部は、時にこうして冷酷な面を見せる。審神者が冷酷な面を持っているので、まあ頷けるのだが。しかし。

 

「……怖いですね……」

「堀川、頑張るんだ!」

「大丈夫です、味方にはあんなことはしないと思います……多分」

 

 三振りの視界の先には、縛り上げた歴史修正主義者達を、次郎、合流した青江と共に纏める長谷部の姿があった。

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