「いち兄、今日ボクの隣で寝ようよ!」
「乱は甘えん坊だなー。ここは新入りの俺に懐を譲るところなんじゃないのー?」
「一緒の布団で寝る気か、信濃……」
「いち兄、滑莧園の様子を聞かせてください」
「僕らと背丈が同じような子達ですか……虎くん達と一緒に遊んでくれるでしょうか」
「そうだなあ、俺も一緒に遊んでもらえるかね?」
「外見と性格の差に驚かれそうだね……」
蒼穹隊本丸の大食堂で、一期は弟に囲まれて夕食を摂っていた。今日の夕飯はビーフカレーである。チキンカレーが好きなひとを思い出したら、回想が止まらなくなった。
*
会計し、ルピナスマートを出た後、春光隊の本丸で昼食をご馳走になり、少し食休みしてから城下町入り口まで送ってもらった。
「……何で俺がこいつの見送りを」
「鯰尾と獅子王はげーむに夢中になっているし、石切丸と薬研に後片付けを頼んでしまったからね。たまには、他の本丸のものと交流することも大事だよ」
「むう……」
そう、今回は歌仙と長谷部に見送りをしてもらったのだ。長谷部と話せる滅多にない機会に、うきうきした気持ちで一期は話しかける。
「歌仙殿の鶏肉の照り焼き、美味しかったですねえ」
「ふふん、歌仙は料理がとっても上手いんだぞ」
「だから何で君が自慢気なんだい、長谷部」
「滑莧園で昼食を取ろうか迷ったのですが……やはり、でき立ては美味しいです、ありがとうございます」
「温かいご飯は最高だからね。……長谷部?」
立ち止まった長谷部を振り返る。長谷部は少し後ろで、苦虫を噛み潰したような表情をして立っていた。
「あの、長谷部殿? 私、何か失礼なことを――」
「滑莧園」
「え?」
長谷部は苦い顔のまま、一期に告げた。
「傷付きたく無ければ、滑莧園には近寄るな」
「――え?」
「これで買い出しの借りは返した。……行こう、歌仙」
「あ、うん」
それっきり、長谷部は黙り込んで一言も話さなかった。何度話しかけても、難しい顔をしてだんまりだ。
そして結局、長谷部とはほとんど話せずに城下町入り口まで来てしまったのだった。
*
「……ち兄、いち兄」
骨喰の声に一気に現実へと引き戻される。一期は骨喰に優しく微笑んで見せた。
「どうしたんだい、骨喰」
「いや、それが……」
「乱兄さんと信濃兄さんが喧嘩を始めてしまって……僕達じゃ止め切れません、助けて下さい!」
「どちらが一期殿の懐を取るかで話し合っていたのですが、それが過熱してしまって……このままじゃ壁を壊しかねませんよぅ!」
騒ぎ声の方を見ると、乱と信濃が激しい取っ組み合いを行なっているところだった。その激しさは確かに、壁を壊しかねない。
一期は立ち上がり、弟達の仲裁に向かった。
***
『……というわけで、ふたりをかかえてねることになったのですよ』
『おー、ほのぼのするなあ。それにひきかえ、俺はこれから衣紋掛けの刑だじぇ……』
『出陣中に敵に目もくれず大喧嘩をしたんだ、当然の結果だな』
『本当に懲りませんね……』
氷雨隊の自室で、鶴丸は端末に目を通していた。明日の夕方まで洗濯物を吊るされ放置されるのだ、少し心が挫けそうになる。
遠くから審神者の声がする。そろそろ行かなければまずい。鶴丸は端末を引き出しにしまおうとして、ふとある物が目に入る。
それは、血塗れの紙片。研究所跡地の調査時にこっそり持って帰って来た物だ。これを見る度、鶴丸の心は痛みに軋む。いずれ、この紙のことも調べてみようか。
「――鶴丸国永! 一体いつまでほっつき歩いている!」
審神者の声が破裂寸前だ。行かなければ本当にまずい。鶴丸は紙片と端末を引き出しに入れ、ドアを開けて飛び出した。
***
『鶴丸が行ったか』
『本当、何故懲りないのでしょうね……』
『こたいさはすさまじいですな、わたしはひさめのつるまるどのとはたのしくはなせるのに』
雲霄の鶯丸は自室で一期の文章を読み微笑んだ後、画面をタップして疑問を投げかける。
『一期、お前のところの鶴丸とはどうなんだ』
『……なんだか、ぶきみなのです。本当にそこなしぬまがみえているようで……』
『苦手だ、と』
『……そうですな。ひさめのつるまるどのは、そこがあるようにみせかけてくださるからあんしんできるのです』
言い得て妙だ、と思った。あの鶴丸は、何とか他のものがとっつきやすくしようとしている節がある。
一期が鶯丸に問いかける。
『うぐいすまるどのは、きょうはどんないちにちでしたか?』
『そうだなあ。主の会議に付き合ったり、演練場に行ったり、茶を飲んだりと充実した一日だった』
『最後はいつも通りですよね?』
江雪の突っ込みに笑うスタンプで返す。鶯丸の文には、一つだけ本当のことが書かれていない。
――城下町の幽霊。そして、それを運び込んだ誰か。
明日から、調査部隊も集めての捜索になるだろう。これは極秘事項だ。
友に対して秘密を抱えなくてはいけない苦しさに、これが心を持った弊害か、と鶯丸は嘆息した。
***
『まあ、細かいことはいいじゃないか。それで、二振りはどうだったんだ』
『一期と共に滑莧園に参りました。やんちゃな子達が少し喧嘩をしまして』
『あっ! こうせつどの、そのあとどうなりましたか?』
かつて兄弟と共に過ごしていた部屋で、清澄の江雪は一振り、静けさの中で端末を見ていた。
周りには、刀身だけの兄弟がいる。本来なら肉体がある方がおかしいのだが、それに慣れ親しんだ今となっては、話せないことが寂しかった。
けれど。
『安心して下さい、その後仲直りをして、また一緒に遊び始めましたよ』
『そうですか、よかった』
『険悪になるよりは仲がいい方がいい。仲直りが上手くいってよかった』
今は、友がいる。こうして自分と話してくれる友が。江雪は、悲しみに満ちた世界の中で、彼らと出会えたことに感謝した。何に、と言われると困るが。
月は、高く登っている。それを眺めて、明日の幸福を祈ろうか、と江雪は小さく笑った。
***
サトルは店仕舞いの後、明日に向けての仕込みを始めた。唯我独尊を地で行く姉ハルカは、現在
コマクラ姉弟――主に情報を握っているのは姉の方だが――は、情報屋である。故に、こうして店仕舞いの後に客の対応をすることが多い。情報屋としての合言葉は『金木犀を一枝下さい』。そう告げられると、ハルカは店の裏から客を入れるのだ。
ハルカは、情報通であることに固執する。そのためには、命の危険を冒してまで情報を手に入れようとするのだ。それに付き合わされるサトルの姉への評価は『糞姉貴』の三文字で事足りる。
しかも、ハルカにはあるものを激しく拒否する困った思考がある。――神と呼ばれるものを、彼女は殊更に嫌悪する。幼少期に宗教的価値観を押し付けられたことによる反動だとサトルは見ているが――好き嫌いは勝手にするといい。それに俺を巻き込むな。それが、サトルの偽りざる本心だった。
しかし、彼の願いは叶わない。
「愚弟」
「……姉貴。対応は終わったのか?」
「ええ、今帰ったわ」
厨房に入り込んで来た姉に顔を向けると、彼女はまるでコンサートのチケットが当たったかのような輝く笑みを浮かべていた。
――嫌な予感しかしない!
サトルは身を翻して逃げようとするが、どこから出ているのか分からない力で肩を掴まれて逃げ道を失くす。
「今日のお客様はね、どうも神に思うところがあるようだったのよ」
「そうか、勝手にしろ」
「それで、私の持っている情報と引き換えに何をするか聞かせてもらったの。大幅に値引きするからと言ってね」
「そうか、俺には関係ない」
「関係あるわよ、愚弟。私達も彼女の後をつけるわよ」
「……一応聞くが、拒否権は」
ハルカはいつもの様にこちらの希望を汲む気が無い。捨て鉢に尋ねたサトルに、にんまりといたずらっ子の様な表情でハルカは告げる。
「ある訳無いでしょ、愚弟。あんたの頭はおが屑でも詰まってるの? ――神に弓を引く瞬間が見られるかもしれないのよ。行かない理由なんて無いわ!」
***
昨夜弟を両腕に抱えたことにより腕が少し痛む。両腕を伸ばしつつ、蒼穹の一期は坂を下り、近くの万屋へと向かう。
――悪い一期、万屋へ資材買って来てくれないか? 怪我した奴らのための資材が無くなっちまってて……。手が空いているのがお前しかいないんだ、頼む!
審神者にそう頼まれた一期は了承し、端末を持って本丸を出た。
朝の空気は心地いい。ちゅんちゅんと雀の鳴き声も響いている。思いっきり息を吸いながら歩いていると、目の前に誰かが現れた。
「おや、君は……」
「貴方は……氷雨隊の蜂須賀殿?」
目の前に来るまで気付かなかった。相手は、派手な出で立ちをしているのに。相手――氷雨の蜂須賀は、一期がそう考えていると気付かずに、にっこりと笑って肯定すると、右手を差し出して来た。
「ああ、氷雨が一振り、蜂須賀虎徹だ。いつもうちの主がすまない」
「蒼穹が一振り、一期一振です。こちらこそ、うちの主がいつもご迷惑を……」
右手を握り合い、微笑みながら互いに手を離す。蜂須賀は、一期に尋ねた。
「今から万屋かい?」
「はい、蜂須賀殿も?」
「手伝い札が無くなってしまってね。ここから近い万屋なら、俺も向かうところだ。一緒に行っても構わないか?」
「ええ、もちろん」
そうして、二振りで歩き出す。するのは主に、主の話だ。
「俺も主には喧嘩を売らない様に言っているんだけどね。なかなか治る気配がなくて……」
「こちらもそうなんですよ。しょっちゅう頭に血が上っては他の方と喧嘩をして……何とかならないものですかね」
坂を下り、しばらくすれば万屋が見えて来る。万屋の中では、老婆が船を漕いでいた。
「あそこですね、必要な物があるといいのですが」
「ああ、そうだ――っ一期!!」
蜂須賀の悲鳴と同時に、頭部に衝撃が走る。一期は強い目眩に、立っていられなくなった。
「あら、もう一匹いたの? ……そうね、奴らに伝わると困るし、運んでどっかで捨てて行くわ」
タン、と地に着地する音がする。目を開けないまま、一期はその涼しい声を聞いていた。蜂須賀が困惑と動揺に満ちた声で問う。
「……何だ、君は」
「やだ、何よそよそしい言い方をしているの? ……そうか、記憶が混乱しているのね。奴らなら、記憶消去くらいやりかねないわ。でも大丈夫よ、これからゆっくり思い出していけばいい」
その声は涼しげながら、いや、だからこそ背筋が粟立つ恐ろしさを感じさせる。最後の力を振り絞り、目を開ける。そこにいたのは、髪を肩で切り揃えた少女と――数多の時間遡行軍。
「さあ、一緒に帰りましょう
その言葉を最後に、一期の意識は暗転した。