空隙の町の物語   作:越季

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8-3「錯乱/光明」

 氷雨の蜂須賀と蒼穹の一期が襲撃された万屋前。氷雨の調査部隊は、命を受けて店番である老婆に話を聞くために赴いていた。

 

「皆すまないねぇ……いきなり襲われて腰を痛めてしまったよ」

「……いえ、お気になさらず」

 

 万屋の中は物が散乱し、足の踏み場がない状態だった。先程、老婆が時間遡行軍に襲われていた跡だ。逃げ惑っていた老婆を殺そうとした時間遡行軍を斬り捨てた氷雨隊は、腰を抜かしていた老婆に手を貸していた。

 青江が、小夜に支えられている老婆に切り出す。

 

「それで、状況を詳しく話してもらえないかな?」

「ああ、そうだねえ……あの時は驚いた。悲鳴が聞こえて何事かと思ったら、空色の髪をした男の子が蹲っていてねえ。悲鳴を上げたのが、派手な出で立ちをした男の子だって分かって後に、近くの木から女の子が降りて来たんだよ」

 

 女の子。それは、蜂須賀達を連れ去った犯人のことだろう。老婆は続ける。

 

「それで……何て言っていたか……そう、これだけははっきりと覚えているよ。声がよく通っていたからねえ。派手な出で立ちをした男の子に向かって『一緒に帰りましょう、兄さん。私達の家に』って」

「……『兄さん』?」

 

 ――どういうことだろう。蜂須賀を兄と勘違いしている?

そんな推測が調査部隊の頭に組み上がる。当然だ、刀剣男士は名の通り男しかいない。妹がいるなどあり得ないのだ。

 混乱する調査部隊をよそに、老婆は話し続ける。

 

「その後、二言三言話して、派手な出で立ちの男の子は女の子に連れられて消えてしまったよ。空色の男の子は気を失っていたみたいだけど、周りにいた笠を被った男に担がれて同じく消えてしまった。その後、わしは残っていた笠を被った男に襲われてねえ。物を投げたりして逃げ惑っていたけれど、殺される寸前に皆が助けてくれたんだ。……わしが知っているのはこのくらいだねえ」

 

 笠を被った男とは、時間遡行軍の打刀のこと。調査部隊は間一髪のところで、目撃者を救ったという訳だ。

 老婆に例を言い、調査部隊は万屋周辺を捜査するために動き出す。鶴丸は焦りで歯噛みした。

 

「……くそっ、状況は進展せずか」

「慌てても仕方がない。……それにしても、犯人の頭が少しイかれている、ということしか分からなかったな」

 

 長谷部も焦燥感を隠せない。時間遡行軍がいるのは分かっていた。しかし、行き先だけでも知ることができないかと思っていたのに、犯人は「私達の家」以外に情報を言わなかった。事態は膠着状態のままだ。

 

「……一振りずつあちこちの世界に探しに行くか」

「……何を言っている、鶴丸。そんなことをしても時間が無駄になるだけだ。まずは主に報告を――」

「万が一にも当たりを引くことがあるかもしれないだろう! 主に報告? そんな時間はないんだよ!」

 

 鶴丸が激昂した。その声は少し潤んでいて、少なからず隊員に衝撃をもたらした。すぐに復帰した長谷部が鶴丸に言い返す。

 

「貴様はその万が一のために隊員を疲弊させるつもりか!? 大まかにどこの世界に逃げたのかすら特定できていないのに、隊員をばらけさせる? その時関係のない時間遡行軍に会敵したらどうするつもりだ!」

「じゃあ主の言う通りにある程度絞れるまで待つってか!? その間に蜂須賀達が折れる事態になったらどうするんだ! ……ああそうか、お前さんは主命が第一で仲間が折れてもいいって奴だったな!」

「貴様――!」

 

 鶴丸につられて長谷部も苛立ちを露わにし出す。口での戦争はどんどんヒートアップしていった。感情的になっていく喧嘩の内容に隊員は口を挟めない。

 そうして、あわや抜刀――という時。

 

「――アンタ達、いい加減にしな」

 

 次郎が低い声で、二振りの首根っこを掴んで互いの頭を衝突させる。痛みで二振りの口はようやく止まった。

 

「鶴丸、焦る気持ちは分かるがアンタは頭に血が上り過ぎだ。ちょっと考えれば、アンタの提案は現実的じゃないことくらい分かるだろう。それに長谷部。隊長ならもう少し冷静になりな。隊員の喧嘩をいちいち買ってるんじゃないよ」

 

 次郎の諭す言葉に、項垂れる二振り。次郎は呆れた様子で肩を竦める。

 

「全く、酔いが醒めちまった。アタシの性分じゃないんだけどね、こんなこと。酒でも飲まなきゃやってられないよ」

「次郎さん、ありがとうございます。……圧倒されちゃって、僕」

「堀川ー、お礼代わりに後で万屋のお婆ちゃんから酒買ってきてー。青江、小夜、主に報告よろしく。馬鹿共はアタシが引きずって部屋に放り込む。それじゃあ、一旦帰城するよ」

 

 そう言って、次郎は喧嘩をした二振りの首根っこを掴み歩き出す。三振りも慌ててその後を追った。

 

「……うう、一期……」

 

 そう呟いた鶴丸の声は、幸か不幸か、誰の耳にも入ることはなかった。

 

***

 

 苦笑いが貼りついている蜂須賀と、満面の笑みを浮かべたコノミが会話をしている。話すのは主に、兄を含めたコノミの家族のことだ。

 

「……あの時の兄さんはとても格好良かったわ! サックスのソロという責任重大な役目を緊張も見せずに堂々と演奏しているあの様は、他のどんな奏者も平伏すと思うの!」

「それは言い過ぎなんじゃないかな、コノミさん……」

「もう、コノミでいいと言っているのに……。母さんも、兄さんの堂々たる様に感心していたわ。父さんも、よくやったと兄さんを褒めていて、兄さんは嬉しそうだった」

 

 うっとりと回想するコノミに、蜂須賀から乾いた笑いが漏れる。自分の知らない家族のことに、あまり関心を持てなかった。

 

 ちらりと、一期を見やる。一見彼は俯き、しおらしくしている様に見える。しかし、氷雨の一期の場合はその表情の下で策略を巡らせているのだ。彼もそうだと思いたい。

 

「……いさん? 兄さん? どうしたの?」

 

 心配そうに、コノミが蜂須賀を窺う。――油断していたらだめだ。こんな表情をしていても、彼女は時間遡行軍を従えているのだから。

 

「……少し頭が痛くなってきてね。軽いものだから、心配はない」

「まあ! もしかしたら、記憶が戻る前兆かもしれないわ! 兄さん、私のことを思い出そうとしてくれているのね、嬉しい。でも無理はしないで。兄さんが苦しむのは、とても悲しいから」

「あ、はは……」

 

 自分の都合のいい解釈をする彼女にはいっそ賞賛に値する程である。しかしそのおかげで怪しまれずに済んだ。蜂須賀は内心胸をなでおろす。そして、再び「記憶喪失であるコノミの兄」を演じようと口を開く。

 

「俺は、多分昔とは容姿が違っていると思うんだけど、両親は腰を抜かしたりしないかな」

「ああ、心配しないで、兄さん」

 

 コノミは慈愛溢れる笑みを浮かべ――言い放った。

 

「二人とも、殺したもの」

「……は?」

 

 蜂須賀は固まる。しょうがない物を想像する様に、やれやれとコノミは額に指先を当てる。

 

「もう、父さんも母さんも酷いのよ。『あいつはもういないんだ』『いなくなった人よりも、前を見て生きなさい』って言うんだもの。兄さんは確かに生きているのに。挙げ句の果てに、兄さんを迎えに行こうとする私の邪魔までしようとしたの。『化物を迎え入れるつもりはない』って。こんな環境で兄さんの心が安らぐはずがない。だから殺したわ」

「なっ――! 君は、両親を慕っていたんじゃないのか!?」

 

 驚愕を顔面と声に乗せ、蜂須賀は詰め寄る。きょとんとした様子で、コノミは蜂須賀の疑問に答えた。

 

「まあ、それなりに好きだったわよ。でもね、それよりも兄さんの方が大事。兄さんのために、安らげる環境を作ることを心がけたわ。父さんと母さんがいた方がいいのかもしれないけど……兄さんを『化物』と拒絶して傷つけようとするなら、消えてもらうしかない。私の元に駆け付けて詰って来た叔母さんも、兄さんを憎んで『いなくなって清々する』と言った従兄弟達も、あいつも、あいつも、あいつも――全員、()()()()()わ。ねえ、兄さん。私、お掃除凄く頑張ったのよ。記憶が戻ったらでいいから、目一杯褒めて欲しいわ」

 

 コノミは、まるでボールを取って来た犬の様に、目を輝かせ、兄の褒美を待っていた。

 ――狂ってる。蜂須賀は愕然とした。

 彼女を舐めていたことは否めない。所詮、時間遡行軍にしか頼れない、普通の現代に生きる少女なのだと。何故そう思った。彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか――

 目眩がする。手すりに体重の一部を預ける。それを見て、コノミは蜂須賀に縋り付き、言い訳じみたことを話し始める。

 

「ごめんなさい、兄さんには刺激が強かったかしら? それとも、私が人を殺したことを怒ってる? でも、仕方ないのよ。兄さんが化物と呼ばれるのは、耐え難いもの。兄さんが迫害されることは間違ってる。兄さんは綺麗な場所で生きるべきだわ。だから私、兄さんの周りを綺麗に――」

 

 再び、電子音が響く。コノミは舌打ちをして端末を取り出し、蜂須賀に申し訳なさそうに眉を八の字にした。

 

「ごめんなさい、また連絡が入ったわ。……しばらく休んでてね」

「……ああ」

 

 コノミは席を立った。そうしてドアが閉まった後、黙っていた一期が問いかける。

 

「……蜂須賀殿、大丈夫ですか?」

「……ああ、少し衝撃を受けただけだ。心配はしなくていい」

「そうですか……政府に刃向かおうとするだけあって、彼女は少々常軌を逸しておりますな」

 

 力無い笑いが漏れる。今のやり取りで、本丸に戻らねば、という思いが更に強固になった。

 

「一期、何か考えは思いついたかな?」

「すみません、それがさっぱり……機械を使えないか考えていたのですが……」

「機械か……」

 

 確かに、突破口になりそうなものはこれしか思い浮かばない。だが、審神者に「万が一の保険」として持たされているこれは、審神者が遠隔操作するものだと蜂須賀は考えていた。

 うーん、と唸る二振り。蜂須賀が、ふと零した。

 

「その機械だけどね、故障箇所が調節ボタンなんだ」

「調節ボタン?」

「ちょっと失礼……そう、このボタン。何度ボタンを押しても画面の数値が変わらない。どうも数値が固定されたままになっている様なんだ。ほら、見てみて」

「どれどれ……」

 

 蜂須賀は、一期のポケットの中から機械を取り出し、ボタンを押して見せる。画面に変更は無く、そのままの数値でそこにあった。

 

「ほら、変わらないだろう? 昨日から変わらないんだ、だから修理してもらえって主が」

「……!」

「……一期?」

 

 目を見開く一期の目を、蜂須賀が訝しげに覗き込む。しばらくの沈黙の後、一期は口を開いた。

 

「蜂須賀殿、数値は本丸にいた時から変わらないのですよね?」

「ああ、そうだよ。それがどうかしたかな?」

「蜂須賀殿」

 

 一期は蜂須賀を見上げる。その目は、力強く光っていた。

 

「私に、考えがあります。――これに賭けましょう」

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