空隙の町の物語   作:越季

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8-6「拉致事件終焉、その先に伸びる影」

 電車の上から、剣戟の音がする。外に到着した援軍が戦闘をしているのだろう。

 コノミはぶつぶつと呟きながら、車内で逃げ回る。

 

「何で何で何で! ここまで上手くいっていたじゃない! どうして邪魔が入るのよ!」

 

 背後から近付くのは、平野と鶯丸、それから鶴丸。彼らは敵を斬り伏せながらコノミを捕らえようと迫る。

 

「あいつが犯人か……随分と若いな」

「どんな年齢でも関係ない! 捕らえて頭をかち割れば同じだ!」

「鶴丸様、顔が怖いですよ。あまり怒りに身を任せ過ぎずに」

 

 そんな会話をしながら、コノミとの距離が縮まっていく。突如、コノミが立ち止まる。――先頭車両に着いたのだ。

 

「こうなったら……!」

 

 コノミは鞄の中から兵を出そうと試みる。それは、「検非違使」と呼ばれる第三勢力の()()()()。それを展開させれば、彼らにはひとたまりもないだろう。提供した男は「ギリギリまで出すな」と言い含められていたが、ここが極限だ、とコノミは決断を下した。

 

「追い詰めた、と思っているみたいだけど――ここが貴方達の墓場よ! 出て来なさ――」

「させないよ」

 

 コノミの背後にあった車掌室が開き、コノミの頸部に衝撃が走る。軽く意識を飛ばしたその隙に、車掌室から出て来た小夜が鞄のショルダーを切った。鞄を奪い、背後にいた加州に渡す。

 

「これでおしまい? 全く、随分手こずらせてくれちゃって」

「……鞄の中身を改めて、それから聴取ですか」

「そう。この子には、色々聞かなきゃいけないことがあるしね」

 

 運転手をしていた時間遡行軍を、小夜達が斬り捨てたことにより電車は止まった。加州がコノミの手足を拘束し、彼女を抱えて車掌室から降りていく。小夜と鶴丸、鶯丸と平野もその後に続く。

 降りた先は、線路沿いの道。そこでは氷雨達の調査部隊と雲霄隊の第一部隊が、氷雨の蜂須賀と蒼穹の一期を守る様に囲んで待っていた。

 

「さーて、鞄を改めますかー」

「何か手掛かりがあるといいんですけど」

 

 加州と平野が鞄を開き、中を検分する。その横を駆け抜け、鶴丸は一期と蜂須賀の下へ向かった。

 

「一期、蜂須賀! 本当に無事でよかった……っ!」

「何泣いているんだ、鶴丸。……あれ、鶴丸。蒼穹の一期と知り合いなのかな?」

「鶴丸殿、ご心配をおかけしました。……ええと、私は……」

 

 訝しげに顎に手を触れる蜂須賀に、歯切れ悪く一期は言い澱む。鶯丸が蜂須賀の背後に近付き、解説した。

 

「鶴丸が開いている会の一員だ。要は友達だな」

「ええっ!?」

 

 蜂須賀がばっと一期と鶴丸を振り返る。二振りは気まずそうに目を逸らした。

 

「その様子だと、鶴丸と一期は黙っていたな? まあ、審神者同士の仲が悪いのだから当然か。心配するな、俺も会の一員だ。そう言って審神者を納得させればいい」

「……納得するかね、主が」

「何なら主権限で命じてもいいんだぞ?『刀剣男士の交友に口出しするな』と。……俺はお前達とまた飲みたいものだが、お前達は違うか?」

「違わない!」

「違う訳ないでしょう!」

 

 悩んでいたのが一転、声を揃えて否定する二振りに、鶯丸は笑い声を上げる。

 

「そうかそうか。そう聞けて嬉しい。さて次はいつにするか」

「鶯丸殿、帰ってから決めましょう、ね!? 一応ここは戦場ですよ!」

「いや、今度は居酒屋じゃなくて甘味処に行こうか。たまには素面で話し合うのもいい」

「聞いてますか鶯丸殿!?」

「それにしても、どうやって位置を報告したんだ?」

「いや、壊れかけの装置が本丸に座標を固定していると判断して、装置を使って『町』に小さな穴を開け、信頼できる場所へ連絡しただけですが……後で話すべきことですよね!?」

 

 戦地のど真ん中でのんびりと話す鶯丸に突っ込む一期。置いてけぼりの蜂須賀は、鶴丸に尋ねる。

 

「……あれ、どうにかしなくていいのか?」

「まあ、そのうち一期が諦めるだろう……ん?」

 

 鶴丸の下に、青江と次郎が近付いて来る。二振りは真剣な表情で鶴丸に切り出した。

 

「ねえ、もうそろそろ元鞘に収まってもいい頃じゃないかな?」

「……? どういうことだ?」

「長谷部と和解しろってことだよ。あんたら、まだ話し合ってないんだろう?」

 

 そういえばそうだった、と鶴丸がポンと手を叩く。蜂須賀は目を丸くした。

 

「喧嘩? 長谷部と鶴丸が?」

「ああそうだよ。鶴丸が蜂須賀を助けるために無謀なことをしようとしてね。それを止めた長谷部と言い合いになったんだ」

「次郎が何とかその場を収めてね。とりあえずは小康状態ってところかな? 互いに収まるべきところに収めないと、僕らも困ってしまうからねえ」

 

 腹をくくれ、ということだろう。長谷部の方を向くと、そっぽを向きながらもこちらの様子を気にしていることが見て取れる。

 鶴丸は長谷部の方へ向かう。

 

「長谷部、すまなかった。あの時、血が上り過ぎていた」

「……」

「一期と蜂須賀が心配で、冷静さを欠いていた。それで君に八つ当たりをしてしまい、弁解のしようもない。……俺は、まだこの部隊でやっていきたい。罰は何でも受ける。……許してくれないか」

 

 沈黙。鶴丸は唇を噛み締め、長谷部の返答を待つ。

 長谷部の指先が、鶴丸の額に伸びる。そうして額に向けて、思いっきり指を弾いた。

 

「いっ……」

「……俺にも落ち度はあった。その点に関してはすまないと思っている。それと今のこれで相殺、ということにしよう」

「……そうだな」

 

 長谷部はふん、と再びそっぽを向く。けれど、鶴丸には長谷部が安堵している様に思えてならなかった。

 仲間には割と優しい、それが氷雨調査部隊隊長である。

 

「さーて、あっちはどうなったかねー」

「俺達だけならまだしも、今は雲霄隊がいる。できることはそうないだろう」

「じゃあしばらく暇ってことか。何しようか――」

「――ちょっと、これどういうこと?」

 

 鞄を検分していた加州が惑乱した声を上げる。小夜も目を瞠っている。鶴丸と鶯丸が近付き、加州に尋ねた。

 

「加州、どうしたんだ?」

「鞄の中に何かあったか?」

「……鞄の中にあった時間遡行軍の兵を見てたんだけど……二振り共、これ見て」

 

 加州が地面に置かれた刀を指差す。それは、ほとんどが時間遡行軍の兵達で構成されていた。しかし、一部の刀は違う雰囲気を醸し出している。

 

「……これ、検非違使か!?」

「やっぱりそうだよね……この子、検非違使まで操ってたみたい」

 

 検非違使とは、時間遡行軍と刀剣男士が長らく同じ戦場で激しく戦っていると出現し始める第三勢力。それらは時間遡行軍を踏み付け、刀剣男士をも折らんとする、時空の調停者。検非違使の正体には様々な説があり、未だに続けられている議題でもある。

 

「……検非違使は、歴史修正主義者が操ってたってのか?」

「ううん、違う。一瞬そう思って調べてみたんだけど、……」

「加州、どうした?」

 

 加州の顔が、青ざめている。震える声で加州は説明した。

 

「……こいつらは、三つの刀装を操れる。それにしては――()()()()んだ。……多分、投石兵を付けなくても倒せるくらい」

「はあ? そんな検非違使いるわけ……まさか!!」

「うん。――多分こいつら、政府産だ」

 

 政府は、時間遡行軍や検非違使に対抗できる戦力を育て上げるために、時折「戦力拡充計画」を行う。仮想敵である時間遡行軍や検非違使を用意するのは、政府だ。その検非違使は、通常より弱く設定されている。加州は、これが政府の作り出した、仮想敵の検非違使だと推測したのだ。

 そうだとしたら、大問題だ。当然のことであるが――

 

「……政府産の検非違使を、盗んだってことか、こいつは」

「一人では不可能だろう。多分、内通者がいるんじゃないか」

「ああーっ! もう次から次へと……!」

 

 加州が頭を抱える。政府側の対応が問われるのは必至だろう。加州は一通り喚いた後、目を覚まして歯噛みしているコノミの方を睨み、ずかずかと近寄って怒鳴りつける。

 

「おい、小娘! この兵をどうやって手に入れた!?」

「……言う義理はないわ。兄さんを返しなさい」

 

 コノミは加州を睨み返す。そうしてまだ兄を呼び、まともに答える気のない彼女に、加州の怒りが頂点に達した。

 

「まだそんなこと言ってんの!? あいつは蜂須賀虎徹! お前の様な反逆者の兄なんかじゃないんだよ!」

「反逆者? 最初に私達を裏切ったのはあんた達でしょう!?」

「お前の何を裏切ったって言うんだよ!」

 

 コノミはそうして、()()()()()()()()()()を叫んだ。

 

「あんた達は兄さんを化物に貶めた! 化物共と同一視される兄さんが哀れでならないわ! ()()()()()のおかげで兄さんを見つけられたけど、やっぱりあんた達は信用できない! 縄をほどきなさい、兄さんは私と一緒に帰るの! あんた達といたら兄さんは不幸になるだけだわ!」

「このアマ……!」

「――お前、何と言った?」

 

 コノミの言葉に違和感を感じたのは鶯丸だった。加州は怒りでそれに気付かない。

 その時。コノミの頭に、時間遡行軍の短刀が絡み付いた。罵声を浴びせていたコノミの口は止まり、恐怖に顔が染まる。

 

「新手か!? こんな時に――」

「――違う! 皆、伏せろ!!」

 

 事態に気付いた鶯丸は間に合わないと判断して加州を引っ張り、距離を置いてから盾兵を展開させた。カチカチカチ、と短刀から音がしている。

 

「あ、あ、嫌、死にたくない! 兄さん、助けて――」

 

 コノミの言葉も虚しく、彼女には誰も近寄らない。そうして、短刀からドオオオン、と爆風と共に火が上った。それぞれ刀装を持っているものはそれを展開し、持っていないものをその守備範囲内に引き入れた。

 しばらくして。そこには、頭部を吹き飛ばされた少女の遺体が残った。蜂須賀は、それに近寄った。

 

「……いくら君が俺の妹でも。……俺が背中を預けた仲間を悪く言う子は、好きになれないよ」

 

 それは()が妹に告げる、決別の言葉だった。

 

 へたり込み呆然とそれを見ていた一期の頭の中は、先程の言葉で渦巻いていた。

 ――化物。そうか、我々はそう見えているのか。

 平野が一期に近寄り、一期に目線を合わせて屈む。

 

「蒼穹のいち兄。あまり気にしちゃだめですよ、あの人間の言葉は反逆者のそれなのですから」

「……そうだね、平野」

 

 氷雨の調査部隊が、遺体を片付けようと動き始める。鶯丸も「手伝うぞ」と言ってそれに協力した。

 

「……鶴丸。あの少女の言葉、どう思った?」

「……俺達が人間じゃないって意味なら、間違いなく俺達は化物だろ。神格の高い神なら別だが、俺達は付喪神だから」

「その考え方はいいが違う、それじゃなくてだ」

 

 鶯丸はいつもの余裕がなくなっている。顔をしかめて、線路沿いの木々を見渡している。まるで――

 

「化物共のおかげで、と言っていただろう。彼女は俺達刀剣男士を化物と称していた。この意味が分かるだろう、鶴丸」

「……おいおい。そりゃあ、洒落にならねえぞ」

「洒落にならないことが起きようとしている。――恐らく、これからな」

 

 ――まるで、まだ見ぬ敵を見据えるかの様に。

 

***

 

「呆気ない終幕ねえ」

「……どこがだ。人一人爆発したんだぞ。目が腐ってるんだな、そうなんだな」

 

 ハルカがサトルの頭を殴る。彼女達は電車内から、事件の終焉を眺めていた。

 

 彼女達は、加州が入り込んだのとは反対側の車掌室に潜んでいた。コノミが時間遡行軍によって車庫に入っていた電車をジャックした後、こっそりとそれに乗り込んだのだ。

 そんなハルカの興味は、もうコノミという敗北者から別のものへと移っていた。

 

「愚弟。これから起こるであろう事柄を十五字以内で述べなさい」

「はあ? ……政府が後処理に追われる」

「〇点」

 

 ハルカは容赦無く切り捨て、彼女の答えを述べた。

 

「正解は、神々が醜い戦争を起こす、よ」

 

 ハルカはにんまりと笑う。サトルは、軽蔑し切った表情でハルカを見ていた。

 

「うふふ、楽しみ、楽しみだわ! 身の程知らずに人の形を取った神々が、そのお綺麗な面をひっぺがして、どろどろした感情を剥き出しにして戦争するの! さあ、神々はどんな醜い感情を見せてくれるのかしら?」

 

 高揚しながら踊るハルカ。彼女は、こうなることを知っていた。

 昨日訪れた客――コノミは、己の目的から後ろ盾となったものまで、余すことなく感情的に教えてくれた。そうして、彼女が殺されるであろうことも、ハルカはその性格から予測していたのだ。

 それを阻止することもできたはずだ。それなのに止めなかったのは。

 

「ああ、でもあの子はちょっと残念ね。神に対抗して見せたのはいいけれど、兄を前にしてから詰めが甘過ぎたわ。でも、これで神々も人間がただの家畜ではなく、むしろ人間のおかげで存在できることが多少なりとも理解できたでしょう」

 

 ――全ては、神への嫌がらせ。ハルカの行動原理など、それだけだ。

 

***

 

 真夜中、草木も眠る丑三つ時。「町」の森の中、その奥深くにあるぼろぼろの家で、六つの影が蠢いていた。

 

「全く、最後の最後であの娘は。感情的になるのは構わないが、こちらの存在を知られたくないと言ったんだが……まあでも、政府がどのくらいで駆けつけるか分かったのは収穫だな」

 

 ぎい、ぎい、と古い椅子を鳴らし、鶴丸国永がぼやく。それを囲いながら、乱藤四郎が自分の三つ編みを摘む。

 

「頭を吹き飛ばせたから、これ以上こっちの情報を掴まれることはないでしょう?」

「そうだな。ありがとう、堀川。なかなかにいい操作だった」

 

 鶴丸の礼に、堀川国広がにっこりと笑う。

 

「敵短刀の操作は難しかったんですけど、上手くいって良かったです。――調査部隊は、僕のことを疑いもしませんでした」

「いやいや、氷雨の審神者はお優しいこった。……こっちの審神者のことを考えれば、ひとのことを言えないって思われそうだな」

 

 鶴丸は、ぐるりと囲う五つの影を見渡す。ふんだんにフリルが使われているスカートを纏う乱、微笑んだままの堀川、そして小狐丸、蛍丸、宗三左文字。鶴丸は彼らに問う。

 

「今日、他に報告はあるか?」

「ボクはないよ」

「僕もですね」

「……母様、母様……」

「……」

「……僕もありません」

 

 ぶつぶつと呟き続ける小狐丸、鋭い目で黙りこくる蛍丸、それにため息をつく宗三。それに苦笑いを浮かべて、鶴丸は告げた。

 

「今日はこれで解散だ。堀川、今日は本当にご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」

「はい」

 

 五つの影が、闇に消えていく。そうして鶴丸は、ぎい、ぎい、と椅子をわざと鳴らす。

 

「……今に見てろ、死に損ない共。もうすぐ、地獄に送ってやる」

 

 その呟きを聞いたものは、誰もいなかった。

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