政府の者が、突如『彼』の部屋に押しかけてきた。驚いて何事か問うと、彼女の事について聞きたいと言う。
――彼女は、とある偉人の末裔の一人で、その人物を史実から消そうとする動きが突如活発になった。結果、彼女の存在が揺らいでいると言うのだ。
馬鹿なことを、と言いかけたが、確かに思い当たる節がある。
――どうすればいい。『彼』の声は震えていた。
政府の者はあることを提案した。
――彼女が大切なのでしょう。過酷な処置を受けなくてはならず、その結果貴方の病気が完治しても、一部の記憶が消える可能性もありますが。
――彼女のような人々を守る為に、我々の計画に協力して貰えませんか。
彼女の為。それを聞いて、断る理由はなかった。
――その進む先が、地獄だったとしても。
9-1「記憶調査」
「報告書書くのめんどーい……誰か代わってー……」
「加州さん、だめだと分かっているでしょう。諦めて下さい」
「えーと、こっちのエリアの防壁確認は完了、と」
「蜻蛉切殿! 晦冥研究所付近に『幽霊』が出たと報告があった、調査要請も出されていたので共に向かおうぞ!」
「これで今月何回目だ……? 分かった、行こう」
大量の機械に囲まれた部屋で、刀剣男士達が必死に書類や機械と向かい合っている。駆動音と会話が行き交う部屋の中に、山伏と蜻蛉切とすれ違った鶯丸が戸を開けて入って来た。
雲霄隊は、先日の拉致事件における時空管理のミスにより審神者を含む部隊全体が減給処分を食らっていた。それに嘆いている間にも、どんどん仕事は舞い込んで来る。本丸内は、いつも通り――いや、それ以上か――の忙しさを見せていた。
部屋に訪れた鶯丸に、目の下に隈を拵えた加州が首だけ振り向いて辛気臭い声を上げる。
「鶯丸ー、ちょうどいいや。報告書書くの代わってー……」
「すまない加州、俺は様子を見に来ただけだ。もうすぐ約束の時間だからな」
「あれ、もうそんな時間?」
「あっという間ですね……道理でお腹が空く訳です」
平野が端末の時計を確認すると、時刻は間も無く十三時を示そうとしていた。
今日は、蒼穹の一期がこの本丸に来る日だ。鶯丸と蒼穹の一期は友達だが、今回は私的な用件でこの本丸に訪れるのではない。
――場合によっては記憶処置も検討している拉致事件の事情聴取。それが、一期がここに来る目的だ。
友達にはできるだけ厳しく接したくないが、これも仕事だ。公私混同は抑えなくては。奥に押し込んだ友を思う心が痛むが、必死にそれを見ない事にした。
「……そういう訳だから、加州の代わりはできない、すまないな。それじゃあ迎えに行ってくる」
「行ってらっしゃーい。……あー、しんど」
「書かないといつまでも終わりませんよ、加州さん」
「分かってるよー! でもやりたくないことから逃げたい気持ちは理解できるでしょ!?」
加州の疲労混じりの喚き声に苦笑いしながら部屋を出る。板張りの床をしばらく歩き、玄関から靴を履き、外へ。舗装されていた道が、ある地点で土が剥き出しになる。足に響く違和感をやり過ごし、喧騒溢れる城下町の入口へ。
蒼穹の一期は門の陰側に立っていた。背筋が伸びているのはいつも通りだが、今日は肩が少し強張っている。鶯丸はその様子に、とって食う訳じゃないんだがと思いながらも、仕事時の態度で接しなくてはならないことに心苦しさを覚えた。
「……待たせたな、蒼穹の一期」
「……いえ、私も今来た所です」
一期に声をかけると、びくりと肩を跳ねさせてから振り返る。やはり、少し緊張している様だ。そう畏まるなと言いたいが、緊張させているのは自分だ。それでも、仕事は完遂しなければ。鶯丸は改めて思い直し、一期へ冷徹に告げた。
「今回は、雲霄隊で審神者と共にお前の話を聞く事になる。場合によっては記憶を見せて貰うが、構わないな?」
「はい。必要な事なのでしょう? ならば、協力する他ありません」
緊張しながらも、しっかりと目を見て頷いて見せた一期。流石だな、と感嘆した鶯丸は、一期を先導しようと一声かける。
「覚悟があるならいい。……時間が迫っている、ついて来てくれ」
前を向いて歩き始める。後ろからは規則的な足音が聞こえて来た。重い沈黙のまま、鶯丸は賑やかな城下町から離れ本丸へと歩みを進める。
正門に到着し鶯丸がチャイムを鳴らすと、こんのすけの声がしばらく待つ様に告げる。その通りにすると、本丸内から雲霄隊の審神者が現れた。
「お前さんが蒼穹の一期一振か。今日は時間を取らせてすまないな」
「いえ、重要な事だと理解しています。事件が起きた際、犯人の近くにいたのは私ですから。被害を受けた一振りとして、私が知りうる限りの事を話したいと思っております」
「そうして貰えるとありがたい。……応接室に案内しよう、こんのすけ!」
「はい、主様」
ぽてぽてと、審神者の後ろからこんのすけが歩いて来る。審神者か応接室に通す様命ずると、頭を下げてから蒼穹の一期の方を向く。
「まずは口頭で説明して頂きます。私の後をついて来て下さい」
「はい」
ぽてぽてと、こんのすけが元来た道を歩いて行く。一期は黙って背筋を伸ばしたまま、小さな管狐に案内されていた。
一期が見えなくなってから、審神者が憂える顔を鶯丸に向ける。
「……悪いな、友達の事情聴取なんてやらせて」
「仕方ないさ。他の奴は忙しいしな」
「……友情を壊しかねないことをしたかね、俺は」
「何を言っている? 俺は一期を信じているぞ」
暗い表情の審神者に鶯丸は、先程の一期の様子を思い浮かべて言った。
「一期は、こういう時に『友達だから甘く見て貰える』などと考えていない様だった。だからといって、仕事の時が俺の全てだとも思っていないだろう。……仕事以外の時は友達だ。俺は、一期もそう思っていると信じている」
「……そうか。野暮なことを聞いたな」
「少し心苦しいのは事実だが、詳しい話を聞かないといけないのは事実だろう。公私混同はしないぞ、俺は」
審神者は軽く頷いて、鶯丸に茶を用意する様に頼む。鶯丸は了承すると、すぐに本丸のキッチンへと赴き茶の用意をした。友の為にと買っておいたとっておきの菓子を用意したのは、別に構わないだろう。
*
ローテーブルを挟む様に置かれたソファー。その片方に一期が、もう片方に審神者と鶯丸が座っていた。ローテーブルに置かれた湯呑から、小さく湯気が立ち上る。鶯丸は湯呑を手に取って茶を一口含み、飲み下してから確認した。
「そうか、あの少女は一つの町を壊滅させたのか……」
「彼女の言っていたことが正しければ。『綺麗にした』という言葉は、文脈から言って人間の殺害と見て間違いないかと」
「そこまでするとは……本当に、どこから兵を手に入れたんだろうな」
審神者が頭を押さえる。コノミは確かに時間遡行軍を用いていたが、時間遡行をしていない以上、彼女の起こした惨劇を無かったことにするのは不可能だ。被害者の遺族への手当、時間遡行軍関係の隠蔽、そして何より、時間遡行軍のレプリカの入手経路の捜査。やる事は山積みになっていく。
残っている菓子を口に入れる。甘みはあまり感じられなかった。
「まあそこはいい。一期、よく連絡を取る方法を考えついたな」
「そうだ、それだ! よく機転を利かしてくれた、お陰で早くお前さん達を発見できた。どうやって思いついたんだ?」
一期は鶯丸と審神者の賞賛にも動じず、神妙な顔で一礼した。
「ありがとうございます。……たまたま雲霄隊の加州殿が似た様な機械を動かしていたのを見ていまして。信頼できる場所への連絡先がたまたま入っていましたので、そこを通じてそちらに通報しました」
「尋ねていいか? ……信頼できる場所というのは」
氷雨の蜂須賀が関わっている事、そして物吉に連絡が来た事。この二つからどの本丸が関わっているか、雲霄隊には明白だ。そして、一期が『信頼できる』と言っている事。一期は、政府を疑っているその本丸といい縁を結べているのだろう。だからこそ、一期の答えは予想できた。
「申し訳ありませんが、私の口からは言えません。……『森』で暮らしている方達、としか」
「そうか、言えないならいい。『森』の連中だと分かっただけで充分だ」
恐らく、こちらが特定している事も一期は理解しているだろう。それでも深くは入り込まず、鶯丸は話を打ち切った。
雲霄隊の物吉も、その本丸と深い縁を結んでいる。物吉が機械の修理をその本丸によく頼んでいる事も分かっている。だから、その本丸が政府や普通の刀剣男士を疑ってかかる姿勢も知っていた。彼等は、中立状態を保っているのだ。あまり深く踏み込み過ぎて離反されるのは避けたい。
審神者はその様子を見て、次の段階へ移行しようと腰を上げる。
「次は記憶調査だな。蒼穹の一期、頭の中を覗くのは悪いと思っているが、少しでも情報が欲しいんだ。……頼む、協力してくれるか?」
「話が来た時点で覚悟はできております。……あまり昔の事は思い起こしたく無いので、その点だけお願い致します」
一期は即答したが、後の方になると俯き膝の上で拳を握る。それに困った様な笑顔を浮かべ、審神者は説明した。
「見るのは事件前後の辺りだけだ、昔までは覗かんよ。鶯丸、こっちである程度報告書をまとめておくから、記憶調査は頼んだ」
「拝命した、任せてくれ」
鶯丸が立ち、一期を引き連れて応接室を出た。
歩いていると時折、雲霄隊の刀剣男士とすれ違う。一期がきょろきょろと辺りを見回したり、すれ違う刀剣男士に驚いているのが伝わって来た。
「……珍しいか?」
「あっ、いえ、他の本丸に入るのは初めてなので……こういう本丸もあるんですね」
本丸は、審神者が金を払えばある程度自由にカスタマイズできる。洋館にしたり、ビルにしたり、地下空間に本丸を作っている審神者もいる。審神者・政府間の専用通貨である小判を払えば気候を操れる様になるが、最初期に設定した建物は変えられない。
蒼穹隊の本丸は、人気が高い和風の本丸だ。雲霄隊の本丸も和風の部屋があるが、ほとんど審神者や刀剣男士の私室だ。それ以外の場所では、洋風の明るい色のドアが並んでおり、中からは様々な機械の稼働音が響いている。室内では、刀剣男士が話し合ったり仕事をこなしたりしている事だろう。
「後で案内しようか?」
「いいのですか? 確かに中は気になりますが……」
「他の本丸を見て、見聞を広げるのもいいことだろう。……これは独り言だが、友達に協力して貰った礼もしたいしな」
一期が息を呑む気配がする。蒼穹の一期に友達だとはっきり言うのは初めてだ。少しむず痒い気恥ずかしさがある。後は、一匙程度の不安。自分は一期に今でも友達だと思われているのかどうか。鶯丸は公私混同をしない。だからこそ、先程までの公での場面と、私生活での場面でのギャップが響いていないかどうか、心配になってしまったのだ――怯えられやしないかと。けれど、それは一期への不信で、侮蔑だ。口には絶対に出さない。けれど、万が一の事を思い、怯えてしまうのは仕方ないだろう。先程審神者にはああ言って見せたが、やはり不安は込み上げてしまうのだ。
歩きながら返事を待つ。そして。
「ありがとうございます。是非、案内して下さいね」
一期の、明るく嬉しげな声が答えた。鶯丸はほっ、と息を吐く。二振りの友情は保たれたままだった。大きく安堵したせいか、少し声音が緩んでしまった。
「そうか、それじゃあ後でゆっくり案内しよう。この本丸は広いぞ。目を回さない様にな」
「よろしくお願いします、目を回す程の広さ、ですか。楽しみですな」
一期も気が緩んでいる様で、鶯丸の態度が友達のそれになっている事で会話が回り始める。鶯丸は、一期へ更に話しかけた。
「先程驚いていた様だったが、何かあったか?」
通り縋る刀剣男士が蒼穹の一期の気配に一瞬訝しむも、すぐに聴取に来たものだと分かったのか、視線を一期から外す。この本丸の方々は堂々としてますね、と一期は感嘆する。それから一言付け加えた。
「……何だかここの皆さんはとても迫力があるな、と。途中で『私』とすれ違いましたが、一体どれだけ鍛錬を積めばああなれるのでしょう……」
確かに、この本丸の一期一振はかなりのしっかり者だ。蒼穹の一期の様に都市伝説に興味を抱いて飛びつかないし、氷雨の一期の様に特定の刀剣男士に感情を剥き出しにしない。蒼穹の一期は、この本丸の一期に感動している様だ。
「個体差というものだ、気にするな。迫力があり過ぎる事で他本丸の短刀に怯えられたら世話ないからな」
「えっと、経験がおありで?」
そう問われ、鶯丸は我が隊の一期の闇を晒す事にした。
「……うちの一期が他本丸に調査へ行った際、その本丸の弟達に泣かれたと愚痴を吐いていてな。泣かないものも一期を遠巻きに眺めていて、視線を向けたら目を逸らしたらしい。その日のうちの一期は大いに荒れていたな」
「……何と言えばいいのか……とりあえず、私は私なりの鍛錬を積みたいと思います」
「是非そうしてくれ」
鶯丸はあるドアの前で立ち止まり、ドアを開け一期を先に中へと入れる。一期は部屋の中を見て、目を見開いた。
そこは、数多の厳つい機械が並ぶ部屋だった。中央にはベッドが置かれ、ベッドの上には大量の線で機械に繋がるヘッドギアが乗っていた。ベッドの向こうにはもう一つ部屋があり、そこにも大量の機械が並んでいる。
呆然とする一期の横を通り、鶯丸はベッドの横に立つ。
「一期、この帽子を被って寝台の上に横になってくれ。そうしたら後はこちらで操作する。……後一応、同意書と筆だ。一通り見たら、署名してくれ」
ベッドの上で、一期が同意書に目を通す。そしてボールペンを手に取り、署名欄にサインをした。鶯丸に同意書を渡し、ヘッドギアを被る。
「そうだ。あまり動くなよ、調査が上手くいかなくなるからな。……それじゃあ、始めるぞ」
鶯丸がベッドの向こうの部屋へと向かい、機械を立ち上げる。モニターが脳波や数値が映す中、一つの画面に朧げながらも景色が浮かび始めた。数値を調節しながら、目的の景色を探す。しばらくして、一期が万屋に向かい、蜂須賀と出会う景色が映った。そこを起点に、更に鮮明にしようとダイヤルを回す。
強い衝撃を受けた様で、画面が揺れている。ちらり、ちらりと殴った相手を探そうと画面内が動く。そうして、時間遡行軍と少女を映して、画面が暗くなった。――意識を失くしたのだろう。しばらく暗黒の時間が続き、覚醒まで時間を飛ばそうとしたが――
そこで、鶯丸の目にある物が映った。
それは、記憶にしてはやけに鮮明で、はっきりと様子が見える。そこにいたのは、少年だった。少年の背を撫でようとしたのだろうか、一期のものであろう手が伸びて、少年の背をすり抜ける。しばらくして光が差し込み始め、それに包まれる様に一期は覚醒した。
鶯丸は、一期の記憶が録画されているか確認しながらもその光景に衝撃を受けていた。これは、
かつて、物吉がこの本丸に馴染むまでに自分に起こった事。それが、一期の身にも起きているのだ。審神者なら、こう言うだろう。――記憶領域へのハッキング、と。
早く手を打たないと、一期もこの少年も深く傷付くだろう。だが、これに関わる真実は重要機密だ。一体どうすれば――
一期達が救出され、本丸へ戻る所まで映し出された。これ以上の情報は無さそうだ。機械を止め、録画した媒体を取り出し、一期の下へ向かう。
「一期、終わったぞ」
「……ん、あれ、いつの間に……」
声が少し幼くなっている。どうやら少し眠っていた様だ。起き上がり、ヘッドギアを外すと一期は足をベッドの外に出した。
「お疲れ様。これで聴取は終わりだ。後は本丸案内だな」
「はい、分かりました……ううん、まだ少し眠いです」
「応接室で休むか? ほとんど誰も来ないから、しばらく眠ったらどうだ」
「いえ、本丸の中が気になります。頑張って起きて見せますぞ」
ふんす、と力を込めて一期が立ち上がる。やはり挙動が幼い。後で穴に入ってしまうかもしれない。
忘れない内にあの事を言える範囲で伝えておいた方がいいだろうか。いや、もう少し目が覚めてから……。鶯丸は悩んだ末に、今伝えておこうと決めた。
「一期」
「はい、何でしょう」
鶯丸が黙考している間に少し目が覚めたらしく、一期の声がはっきりして来た。鶯丸はできるだけ言葉を選び、一期に忠告する。
「周囲を隅々まで見渡すことを、決して忘れるなよ」
一期は突然真剣な言葉を投げかけられた事に訝しみながらも頷いた。意味は、恐らく通じていない。こういう時、規則に縛られる自分が心底頼り無く思えた。
そうして鶯丸は後に、苦しむ友の前で回想する――やはりこの時に全て話しておけば良かった、と。