空隙の町の物語   作:越季

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9-2「記憶処置」

 氷雨調査部隊は、第八暗影研究所跡地に来ていた。ここ数日、『幽霊』と称されるヒトガタが再び現れる様になったので調査をする様にと命じられたのだ。昼食をとってから現地に赴いて見れば、出るわ出るわ『幽霊』の大群が。仰天しながら戦闘を開始する六振り。けれど戦って見れば、あっという間に殲滅できる程度の弱さだった。

 

「……呆気ないですね」

「楽でいいじゃないか。さーて猩々木庵で飲もう!」

 

 小夜が腑に落ちない雰囲気で納刀すると、次郎は拳を掲げて足取り軽く歩こうとしていた。きっと長谷部が睨みながら次郎の肩を掴む。

 

「まだ昼間だ馬鹿者!」

「殲滅できた自分への褒美だ! 長谷部もたまには自分を褒めてあげなよー、主に酒で!」

「自分への評価は充分にしている。俺は昼間から酒を飲む行為を咎めているんだ!」

 

 飲む飲まないの応酬をしている次郎と長谷部を見て、鶴丸と小夜がやれやれと互いに視線を向け合う。しばらくはこのやり取りが続くだろう。

 二振りの事は放置を決めて、鶴丸は背後で破片をいじっていた青江に話しかける。

 

「前に比べると随分弱かったな。俺達が強くなったのかね?」

「それもあり得るけど、もしかしたら生まれたてなのかもしれないね。今回戦った相手は、どうも力の使い方を分かっていない様だった。再生能力も使っていた事を理解していなかったみたいだしねえ」

 

 今回の『幽霊』は確かに、足を切られたり腕を落とされたりしてもすぐ再生した。しかし体の一部を失ったショックなのか、その後は錯乱しまともに動けなくなるものが多かったのだ。その隙に動力の源となっている物を壊しても、あまり動きは変わらず簡単に斬り捨てられた。前回の『幽霊』が強過ぎたのか、またはこれが普段の強さなのか。

 

「とりあえず、主には包み隠さずありのままを報告しよう。何か分かる事があるかもしれないし」

「それしか無いよな。弱かったって言うだけじゃなくて、青江の証言も追加しないと怒られそうだ」

 

 審神者に「お前達の目は節穴か」という言葉から始まる説教を受け、再びここへ舞い戻る事になるのは避けたい。多少なりとも、情報は持っていかなくては。

 突如背後からドンッと衝撃が伝わる。いつの間にか背後にいた次郎が鶴丸と青江の肩を組んで来た。

 

「ねー、アンタ達も隊長を説得してよー。燃料切れで報告する気が出なーい!」

「お前達、耳を貸すな。次郎、歩かないなら力尽くでも引っ張って行くぞ」

「やれるもんならやってみな! アタシは酒が飲めなければ梃子でもここから動かないよ!」

 

 次郎はごろりと地面に大の字になって寝そべる。長谷部は本当に動く気配の無い次郎に怒り混じりのため息をつき、懐から縄を取り出し次郎の腰に括り付け始めた。

 

「えっ、ちょっ」

「力尽くでも引っ張って行くと言っただろう。精々、摩擦の痛みに耐える事だな」

 

 肩に紐をかけてニヤリと悪魔の笑みを浮かべる長谷部に、本気だと悟った次郎の顔が青ざめる。ジタバタと暴れるが長谷部は動じずに次郎を引きずり始めた。ずりずりと荒れた地面と次郎の体が擦れている。明らかに痛みを生じているであろう音が、こちらにまで痛みを想像させていた。

 

「あーっ! 長谷部の鬼! 主命馬鹿!」

「後者は関係ないだろうが。それと、大人しくしなければ余計に痛くなるぞ」

「それが鬼だって言ってるんだよ! 皆助けてー!」

 

 長谷部が次郎を荷物の様に引きずりながら遠ざかっていく。青江と小夜、鶴丸は呆れながらも二振りを追った。

 

 ――堀川がさっと瓦礫の山を漁り、様々なガラクタを懐に入れてから五振りを追う。その様子を見ているものは、誰もいなかった。

 

 

 本丸に帰還した調査部隊は、審神者に結果を報告する為に執務室へ訪れていた。審神者は長谷部によってまとめられた報告に黙って頷く。

 

「そうか、出現してそう時間が経っていないと」

「はい、青江はそう見ています。力の使い方を理解していない様子だった事、四肢を切り落としただけで錯乱する事、鍵となる物体を壊しても動きに何ら変化が無い事。これらの三点から、俺も青江の意見に相違は無いと考えております」

「なるほど、分かった。それで、何故再び出現したのかは……」

 

 審神者の疑問に、青江が小さく挙手して答える。

「数時間で大量に湧くのも変だし、何よりあそこは一度調査しているけれど、鍵となる物はあんなに無かった。……どうやって集めたかは疑問だけど、僕は意図的に集められたんじゃないかと思っているよ」

「――敵が関わっている、と考えて良さそうだな」

 

 審神者の眼差しが強くなる。政府の敵となるものが存在すると見なして、敵意を滾らせているのだろう。こりゃまたこき使われるな、と鶴丸は暗鬱のため息をついた。

 

「ご苦労だった。政府にこの事を報告すれば、それに基付き更に詳しく調査が行われるだろう。我々はこの国の防衛に貢献した。これからもその誇りを胸に、任務に励んで貰いたい」

 審神者の言葉を受け取って、調査部隊は執務室を後にする。

 彼等は自室に向かわずに談話室へと向かう。備え付けてあるソファーに座って、次郎は大きく息を吐いた。

 

「もーいったーい! 長谷部、本当に本丸まで引きずって行ったね!?」

「動けないと言っていた奴をここまで運んでやったんだ、有り難く思って貰いたいものだな」

「……次郎さん、途中から歩けるって叫んでましたけど」

「いやいや、引きずる音で聞こえなかったなぁ?」

 

 皮肉混じりの口調から、アルカイックスマイルで次郎の悲鳴を受け流していた長谷部を思い出し、隊員達が引いた声をあげる。

 

「うわぁ、鬼だ……」

「そういう嗜好があったとはねえ……いやいや、夜の隊長は激しそうだ」

「おい、いかがわしい発想に繋げるな!」

「いやそう思っても仕方ないでしょう……長谷部さん、終始笑顔でしたからね……」

「長谷部の鬼! 主命馬鹿! 特殊性癖!」

「また引きずり回されたいか、次郎太刀!」

 

 賑やかな声が廊下まで響き、声を聞きつけた刀剣男士達が時折顔を覗かせる。中を見ていつもの第四部隊だと分かれば、あまり騒ぐなよ、といった旨をそれぞれ述べて去っていく。

 しばらくして、談話室に蜂須賀が現れた。

 

「廊下まで声が響いていたよ、少し静かにしないか」

「蜂須賀! だって長谷部がアタシで自分の欲望を満たそうと」

「語弊を招く言い方をするな、馬鹿者!」

 

 長谷部が勢いよく次郎の背中を叩く。細かい傷を思い切り抉られた次郎は、痛い痛いと喚きながら己の背中をさすろうとしていた。小夜が恐る恐る背中をさすろうと手を伸ばす。長谷部は眉間に皺を寄せ、残る三振りは苦笑いだ。

 そういえば、と鶴丸が立ち上がり蜂須賀の方へ歩み寄る。

 

「君も聴取に行ったんだったな。どうだった、政府の聴取は?」

「あー、それなんだけど」

 

 ばつの悪そうな顔をする蜂須賀。それに首を傾げていた鶴丸は、次に発せられた蜂須賀の言葉に固まった。

 

「どうも俺、事件の時意識を失っていたそうじゃないか。だから、事件の事を全く覚えていなくてね。君達が助けに来てくれたんだって? 本当にありがとう。意識を失くしている間に折られて、二度と弟に会えなくなるなんて事になっていたら、と思うとぞっとするよ。このお礼は必ずするからね」

 

 背後からも、呆然とする気配が伝わってくる。蜂須賀はその様子に、どうしたんだ、と困惑した表情を浮かべていた。

 蜂須賀はあの時、ちゃんと意識があったはずだ。鶴丸と蒼穹の一期が友達である事に驚き、そして妹と名乗っていた少女に決別の言葉を残した。自分の記憶が間違っているのか、そうでなければ。

 ――記憶処置。それしか考えられない。一体どうして。鶴丸の頭が困惑と驚愕、そして不安で渦巻く。

 ――一期は、記憶を消されていないよな?

 ふと思い浮かんだ懸念に、鶴丸の足が勝手に動き出す。

 

「あっ、鶴丸!?」

 

 蜂須賀の声を振り切り、廊下を駆けて階段を一段飛ばしで登り、自室へと急ぐ。自室に着くと、もどかしさのまま引き出しを開け、端末を取り出した。チャットアプリを開き、鶯丸との個別部屋に書き込む。

 

『鶯丸、一期は確か君のところで聴取だったよな?』

 

 それだけ送って、次の文を打とうとした鶴丸の指が止まる。

 ――友達を疑うのか。でも、鶯丸は公私を分ける性格だ。それに主の言葉は絶対。どうあがいても、それは変えられない。そもそも、記憶を消したとして鶯丸の心が痛まないと何故決め付ける?

 ぐるぐると悩んでいると、鶯丸から返信が来た。

 

『なるほど、蜂須賀の記憶は消されたな? 安心しろ、一期の記憶は一つも消していない。後で本刃に聞いてみるといい』

 

 その文面に安堵の息を漏らし、それから己の行動を恥じる。友達を疑った事を悟られてしまった。本当に軽率な事をした。疑われて気分のいいものでは無いだろうに。

 

『すまん』

 

 どう書いていいか分からず、結局その一言に集約させてしまった。再び、鶯丸から返信が来る。

 

『何に対しての謝罪だ? 疑われた事に関してなら、別にいい。それが俺達政府直属部隊の定めだからな』

 

 そうだよな、と思う。鶯丸は政府直属の部隊に属している事を受け入れている。今更疑われた所で、別に屁でもないだろう。だからこそ、友達である自分達が信じなければならないはずなのに。

 

『いや、最近俺一期の事ばっかりだなあと思って』

 

 できたばかりの、新しい友達。最近彼の事ばかりであまり鶯丸や江雪とじっくり話していない事に思い至った。新鮮な驚きをもたらしてくれて、話も合う蒼穹の一期は鶴丸にとって今最も熱い刀なのだ。だからといって鶯丸や江雪と一緒にいてつまらないという事は無いし、ちゃんと友達だと思っているのだが。

 

『そうだ、その件で俺はちょっとせんちめんたるだ』

 

 突然の横文字に疑問符が浮かぶ。せんちめんたるとは、感傷的という事か。どういう事だ。内容を理解できない内に鶯丸が更に書き込む。

 

『最近、お前が一期に構ってばかりなのは別にいい。俺達も一期の事は気にかけているからな。だが、あまりお前と一対一で話す機会が無いのが少し寂しい。口に出していないが、江雪だってそうだろう。……お前には感謝しているんだ、たまたま入った猩々木庵で相席になったあの日からな。お前は俺の本丸の真面目な鶴丸と違って、とにかく楽しい事を求めている性質がある。本丸に顕現したてで息苦しさを感じていた俺にとって、楽しさを求めるお前とのやり取りは上手く息ができた数少ない時間だったんだ。今では本丸に馴染んできたが、それでも少し息苦しさがあるのは確かだ。だから、お前が遠ざかると少し不安になる。依存しているみたいで、恥ずかしい話だがな』

 

 ところどころで区切りながら、鶯丸は心の内を吐露する。それに鶴丸は驚いた。鶯丸がこんなに己の事を話すのはとても珍しい。だって彼が話すのは、専ら大包平の事だったのだから。しかも、自分に感謝していると。遠ざかると不安になると。そこまで自分が彼に影響していたとは今の今まで分からなかった。

 鶴丸の方こそ、鶯丸に感謝している。城下町で一振り寂しくさまよい歩き猩々木庵に辿り着いて、鶯丸と相席になったあの日に「友達」という素晴らしい概念を理解できたのだ。そこから今に続く楽しい日々が生まれたのは、間違い無く鶯丸のおかげだ。

 その旨を書き込むと、鶯丸は笑顔の愛らしい猫のスタンプを送って来た。

 

『可愛いな、その判子』

『うちの本丸の秋田が描いてくれたんだ。なかなかに気に入っている』

『そうか……本丸に馴染めたみたいで、本当に良かった』

『ああ。……友達とは、話したい事が多過ぎて本当にいいものだな』

『違いない』

 

 また会を開こうと鶴丸が書くと、鶯丸は予定を確認しないとな、悩む猫のスタンプと共に返した。


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