空隙の町の物語   作:越季

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9-3「最終兵器」

 傾き始めた陽の下で、ガラガラと門が開く音がする。それに気がついた子供達は、遊びを中断し開けた人影を確認するとすぐに門へと駆け出した。

 

「一期ー!」

「一期さん、こんにちはー!」

「今日のおやつはドーナツだよ、一緒に食べよー!」

「なあなあ、また弟達の武勇伝話してくれよ!」

 

 群がられた人影――蒼穹の一期は、ニコニコと笑いながら子供達の言葉に返事をしていく。輪の外周にいた江雪も、一期に話しかける。

 

「こんにちは、一期。……改めて大変でしたね、無事で良かったです」

「こんにちは、江雪殿。ありがとうございます、本当に」

 

 江雪には、事件の概要――氷雨の蜂須賀と蒼穹の一期が歴史修正主義者に連れ去られた――だけ話している。かなり政府の深部に食い込む事件だったので、本丸に戻る際に関係者以外他言無用だと鶯丸に言い含められたのだ。トークルームでも事情を話したのは鶯丸で、鶴丸と一期はあまり話せなかった。それでも鶯丸主導で話した事で察したのか、江雪は深い事は聞かなかった。

 子供達が、二振りの話に反応して問いかけて来る。

 

「ねー、一期さんどうしたのー?」

「何かあったのか?」

 

 無邪気に問う子供達に大人の事情を話す訳にはいかないと、一期は真実を隠しながらも答えた。

 

「ちょっと友達の家に遊びに行っただけだよ」

「友達? 一期、江雪以外に友達いたのか!?」

「……失礼ですよ、タイガ君」

 

 江雪に咎められて、タイガと呼ばれた少年が慌てて一期に頭を下げる。謝ったならいいよ、と一期が言った後、江雪は一期に尋ねた。

 

「鶯丸の本丸へ行ったのですか?」

「はい、少し話をしに。その後、本丸内を案内して頂きました」

「そうですか……私も鶯丸の本丸を訪ねた事があるのですが……あれは凄いですね」

 

 遠い目をする江雪。確かに、雲霄隊の本丸は――物凄かった。

 

 

 最初に、と私室では無い場所へ案内された一期は、リノリウムの床と真っ白な壁に驚いた。和風の自本丸ではまずあり得ない素材だ。それだけでは無く、大量の機械があったのもまた新鮮だった。液体が入っている筒型のガラスに機械が付いていたり、とにかく大きくて複雑そうとしか言えない機械があったり――

 しかし、一期が唖然としたのは別の事だった。

 

「ッシャア報告書一区切りだァ! 主の所に持って行って来る!」

「なるべく早く戻って来て下さいね!」

「南エリア端の時空が乱れています、立ち入り制限と緊急修復を!」

「分かった、行ってくる!」

「銀髪の山姥切はいるか!? 千子村正の固定化に成功した、確定では無いかもしれないが諸々の数値を記録して政府に報告してくれ!」

「今行く!」

 

 本丸内を慌ただしく叫びながら行き交う刀剣男士達。バタバタと鳴る足音の中で聞き取れた分でもこれだけの大騒ぎだ。それに、聞き逃せない言葉も出て来る。

 ――銀髪の山姥切? 千子村正?

 あんぐりと口を開けている蒼穹の一期の横で、ああそうだ、と雲霄の鶯丸がさらりと警告する。

 

「まだ安定した顕現ができていない刀剣男士や、安定した顕現に成功してもまだ政府が公表していない刀剣男士もいる。つまりは今お前が聞いていたり見ていたりしている物は全てが機密事項だ。公で口にしない様に気をつけろよ」

「どうしてそんな危険な場所を案内しようと思ったんですか!?」

 

 流石に命までは狙われたくない一期がそう叫ぶと、鶯丸が顎に手を当てる。

 

「そうは言っても、案内する所ほぼ全てがこんな感じだしなあ。今回は仕事を多く回されたからこの騒ぎだが、普段から割と大っぴらに話しているぞ。それに秘密とか、興味あるだろう?」

「いやありますけれど! もっとこう、都市伝説的な物を想像していたというか……」

「残念だったな、ここはそれとは程遠い会社の様な物だ。それにさっきも言った通り、仕事を多く回されたから慌ただしさがいつもより酷いぞ。まあ、来た時期が悪かったな」

 

 秘密結社の様な光景を想像していた一期は少し落胆する。しかし自本丸の雰囲気とはまるで違うここが、非日常を感じさせるのは確かだ。

 動き出した鶯丸について行きながら、再びてんやわんやの光景を見やると――

 

「ぎゃあああ巴形の肉体が崩壊したあああ! また数値見直しの作業が……!」

「包丁行くぞ! ああもう菓子は後で食えって!」

「加州さんどこですか!? 書類はまだまだ山積みなのに……!」

 

 阿鼻叫喚。雲霄隊本丸の中はそう言って差し支えない程のカオスであった。歩く所では隅にいないと誰かとぶつかりかねないぐらい往来が激しい。間を潜り抜けながら、鶯丸の背を追う。

 鶯丸の私室に辿り着いた時には、一期の髪やら服やらが滅茶苦茶になってしまっていた。

 

「お疲れ、一期。今茶を出そう」

「お願いします……」

 

 一期はふらふらとした体を座卓に投げ出し、ぐったりとした声を絞り出した。戦場でもみくちゃにされるのは慣れているが、何でもない場所でこうもぶつかられたりするのは、何だろう、とても疲れる。

 一期は目の前に出された湯呑みを口に傾け、茶を喉に流し込む。目の前の鶯丸はこういう事に慣れているのか、背筋を伸ばして湯呑みを持っていた。

 

「また今度、落ち着いている時に改めて案内しよう」

「そうですね……」

 

 茶を啜り外の音に耳を澄ませようとして、行ったり来たりする足音やら悲鳴や怒鳴り声からここで風流人になるのは無理だと改めて実感する。鶯丸はまるで外にいる鳥の声を聴いているかの様に穏やかな表情で茶を飲んでいた。その境地に至れるまで一体どれ程の時間がかかるのか。

 突如ガラリと障子が開く。現れたのは――

 

「ここにいたか、鶯丸」

「三日月か」

「――っ!?」

 

 急いで体を起こす。そして一期は、その姿を目にした。

 今の今まで存在に気付かなかった。それなのに、現れた瞬間に周囲を平伏せさせる、自分が敵だったら立ち向かう気すら無くなってしまう様な強い迫力を三日月から感じ取った。その穏やかな笑顔さえも、畏怖を与える物でしかない。

 

 ――政府直属の部隊の三日月宗近とは、これ程まで。

 

 顔役になっている刀剣男士は伊達じゃないとは思っていたが、この迫力は異常だ。鶯丸は年の功なのか、それとも共に過ごしているものを気にする様な性質ではないのか、びくともしていない。鶯丸もまた、雲霄隊の刀なのだと思い知らされた。

 

「おお、一期もいたか。ん? だが何やら気配が違うな」

「今日事情聴取をした蒼穹隊のだ。本丸を案内していたが、疲れてしまった様でな」

「そうか、ゆっくり休んでいくといい。鶯丸の茶は美味いだろう」

 

 返事をしようにも、口を動かせない。何か無礼を働いてしまったら、すぐに切り捨てられてしまうかもしれないと思うと、何も言葉にならなかった。いや、自分の知る三日月はそんな些細な事を気にする性質ではないが、しかし――

 

「……一期? 顔色が悪いぞ、大丈夫か?」

「ああ、怯えさせてしまったか。では邪魔者のじじいはここらで退散しよう」

「いえ、そんな事は――」

 

 気分を害してしまったかと、慌てて言い繕おうとする。が、手だけで言葉を制されてしまい、一期は黙り込むしかできない。三日月は微笑んで見せるが、それは強者の余裕――お前を殺すまでも無いと言っている様な――としか受け取れない。

 

「無理をするな。こういう事はよくある。何せ主曰く、俺は『最終兵器』らしいからな。普通の刀が恐れるのは仕方の無い事だ」

 

 鷹揚に笑い、三日月は去っていく。遠ざかったのが分かった瞬間に、一期の体から力が抜けた。そのまま座卓に突っ伏し、大きなため息を吐く。

 

「すまない、三日月の事を忘れていたな。……当てられてしまったか、気分は悪くなっていないか?」

「……ええ、先程よりは落ち着きました」

 

 あの三日月を見てしまったら、今まで演練で会って戦って来た三日月がただの好々爺に思えてしまう。あの三日月は力の底が知れない。本当に、一線を画す様な強さを持っているのだろう。ここの「自分」は、あの三日月にも恐れをなさないのだろうか。

 

「気にするな、うちの三日月は様々な調整を受けて強くなった『最終兵器』。恐れるのは当然の防御反応だ。うちの一期も、初めて三日月と会った時に固まっていたしな。……あれに完全に慣れてしまう方がまずいと俺は考えている」

「……何故です」

 

 鶯丸が湯呑みを座卓に置く。唇を噛み、眉根を寄せている。

 

「……『最終兵器』にも種類があるが、うちの三日月は対刀剣男士に特化していてな。普通の刀剣男士には問答無用で畏怖の感情を植え付ける。力の差を理解させられるが為にな。それが平気になってしまうという事は」

 

 鶯丸が空の湯呑みを見つめている。湯呑みを持つ手に力を入れているせいか、指先の色が変わっている。

 

「――『最終兵器』に匹敵する力を持っているか、あるいは外道に堕ちたかだ」

 

 鶯丸は苦々しくその言葉を吐き出した。外からは、まだ数多の足音が響いている。

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