空隙の町の物語   作:越季

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9-4「卒園告知」

 その後鶯丸に城下町入口まで送って貰い、せっかく外出したのだし子供達に癒されたい、と滑莧園に向かう事にした一期。子供達に囲まれながら先程までの出来事を思い出して、その慌ただしさに軽く目眩を起こし子供達に大丈夫、頭痛いの、と心配されていた。

 

「……その様子だと、三日月にも会いましたね?」

「ええ……本当に、凄い方でした」

「私は情けない事に腰を抜かしましたからね……『最終兵器』の異名は伊達じゃない、という事でしょう」

 

 雲霄の三日月との邂逅は、ある種の洗礼なのだろう。鶯丸は三日月と会う可能性を忘れていた様だが、あの三日月を見たら――あの三日月と対立する事を考えると、政府に逆らう気など失くす。江雪もそうだったのだろう。

 

「ねー、ミカヅキって何?」

「縁があれば、ここに来るかもしれない方ですよ」

「じゃあ江雪の友達なのか?」

「……そうですね、私の家にもいらっしゃいます」

 

 清澄隊にも三日月がいるのか。随分運が良い本丸なのだろう。

 蒼穹隊には三つの刀装を操れるのが自分と鶴丸しかいない。「骨喰の為にも早く三日月さん鍛刀して下さいよー」と鯰尾にせっつかれ、頭を抱える審神者が時折可哀想になってくるくらいには、蒼穹の審神者には運が無い。早く三日月を鍛刀して、気が楽になってくれれば良いのだが。

 

「皆ー! そろそろおやつの時間よー!」

 

 棟内からスギハラが叫ぶ。それを聞きつけた男子達はぱっと走り出し、棟内へ消えていく。

 

「わーい! ねえ、一期さんも行こ!」

「おやつ分けてあげる!」

 

 女子達に背中を押され、引っ張られ、一期は棟内に上がる。中ではスギハラが子供達を微笑みながら見ていたが、一期達に気がつくと表情を引き締め一礼する。

 

「江雪様、一期一振様。いつも子供達と遊んで頂き、ありがとうございます」

「いえ、楽しんでやっていることなのでお気になさらず」

「……私もそうです。礼をされる程の事ではありませんよ」

 

 それでも、とスギハラは深々と頭を下げる。顔を上げた後、彼女は子供達に顔を向けた。その表情は、子供を心から愛する母親を思わせる物だった。

 

「貴方方のおかげで、子供達も楽しそうで……子供達がここに来てから出て行くまでずっと見守って来ましたが、こんなに元気になれるんだ、とここ一年驚きっぱなしです。……ですから、私は何度でも、貴方方にお礼をしたいのです」

 

 スギハラは暖かな慈愛を込めた視線を子供達に向けている。スギハラは本当に、子供達を愛している。そうでなければ、余所者の自分達にこんな心情を漏らさないだろう。

 

「是非、一緒におやつを食べていって下さい。それに、今日は大事な発表があるんです」

「発表?」

「少し寂しいですが、喜ばしい事です」

 

 ああ、と合点がいった様に江雪が声を上げる。ピンと来ないまま、一期は江雪と共に食堂へ案内された。

 沢山のテーブルに、一席一つずつドーナツが置かれている。子供達は席に着き、今か今かと置かれているドーナツを見つめていた。一期と江雪は空いていた椅子に座る。隣にいた男子が、嬉しそうに二振りを見ていた。

 

「おやつはちゃんと行き届いているかなー?」

「はーい!」

 

 机の列の最前に立つスギハラの声に子供達が元気よく手をあげる。一期と江雪も小さく手をあげる。見渡した後に、スギハラは切り出した。

 

「今日は、大事な発表があります。……二人共」

 

 すると、おどおどと立ったコタローとすくっと綺麗に立ったアズサが、スギハラの下へ向かう。彼等は真剣な顔をしていた。何だろう、誕生日だったっけ。子供達の囁きが伝播する。

 スギハラは二人の肩を抱え、告げた。

 

「コタロー君とアズサちゃんが、『卒園』します」

 

 その意味を理解した子供達の間でざわめきが広がる。嘘でしょ、本当に? いいなあ、さみしい。そんな中、ツクシが立ち上がってヒステリックに叫んだ。

 

「聞いてないよ、アズサ!」

「先生にこの時まで秘密だって言われてたの。ごめん」

 

 アズサがツクシに頭を下げる。いつも勝気な少女は、そのまま動かない。目を見開いてから、震える声でツクシは問う。

 

「……アズサ、本当にいっちゃうの?」

「……手紙出すからね、ツクシ」

 

 二人の少女の目に涙が溜まっていく。幼い二人の真面目な様子に、一期も「卒園」の意味を理解した。

 

「『卒園』って――」

「はい。お察しの通り……里親に引き取られる事です」

 

 なるほど確かに、寂しいけれど喜ばしい事だ。彼等がずっと望んでいた「自分だけの家族」ができるのだ。羨ましがられるのも当然の話。だが、ここにいた子供達が「家族」じゃ無かった訳では無い。特に仲が良い子だと、ショックを受けるのも頷ける。アズサとツクシがその例だ。彼女達は親友でライバルで、ずっと共に過ごして来た「家族」。別れをすぐに受け入れられるはずが無い。

 

「コタロー、元気でな」

「新しい父ちゃんと母ちゃん困らせるんじゃねえぞ!」

「何かあったら俺かサクヤに連絡して来いよ、すっ飛んでくから!」

「すっ飛んでくのは無理かもしれないけど……必ず力になるよ」

「皆、ありがとう……!」

 

 コタローの方も、男子達に言葉を贈られ涙を浮かべている。

 こちらは同い年の子供がいなかったせいか、縋る様な子供はいない。けれど、小さく素直なコタローは皆から愛されていた。だからか、彼に贈られるのは幸福を願ったり助力を約束する言葉が多い。

 パン、とスギハラが手を叩いて子供達を静かにさせる。その目にも涙が浮かんでいた。

 

「皆、まだ卒園まで時間はあるのよ? 今からしんみりしないで、その涙は本当に二人が卒園するまで堪えていなさい」

 

 その一言を受け、子供達は席に戻って行く。スギハラは涙をハンカチで拭いて、二人の頭を撫でる。

 

「……コタロー君、アズサちゃん。卒園おめでとう。寂しいけれど、私からもお祝いさせて貰うわ。まだ先だけど、言わせて。新しい場所でも、幸せにね」

「先生……!」

 

 卒園する二人はついに、涙を溢れさせた。他の子供達は涙声ながらも、先生が泣かせてどうすんの、と野次を飛ばしていた。江雪と一期は立ち上がって二人に向かい、それぞれ祝福の言葉を贈った。

 

「おめでとうございます、コタロー君、アズサさん。長い人生、辛い事もあるでしょう。けれど、貴方方ならそれに屈せず幸せを掴めると信じていますよ」

「おめでとう、コタロー君にアズサちゃん。知り合って間も無いけれど、二人と出会えて良かった。新天地でも、明るく楽しく過ごして欲しい」

 

 ありがとう、と二人は声を揃えて何とか笑顔で返す。僅かな、けれど充分な思い出を反芻して、一期も目を潤ませる。スギハラがはい、と言って二人の肩をぽん、と叩く。

 

「しんみりムードはここまで! 今日のおやつは何とパティスリーガザニアに特別に頼んで作って貰った特製ドーナツよ! ゆっくり味わって食べてね!」

「パティスリーガザニア!?」

「早く食べたい!」

 

 涙痕を残しながらも、表情を輝かせる子供達。コタローとアズサも椅子に戻り、スギハラの号令を待っている。

 

「それじゃあ手を合わせて……頂きます!」

「いただきまーす!」

 

 子供達がドーナツにがっつく。男子達は早く外で遊びたいのだ。アズサはツクシと話しながらゆっくりと食べている。コタローもちびちび食べていたが、男子達がペロリと平らげるのを見て、慌てて喉に押し込み咳き込んでいた。

 

「美味しいですね」

「ええ、本当に。……もうすぐ二人とお別れですか。卒園までに何度ここに来られるか」

 

 二人の様子を見ていると、込み上げて来るものがある。それは寂しさであるし、幸福の祈りでもあった。江雪は空の皿を手に立ち上がって小さく微笑み、一期に提案した。

 

「今日は、夕方まで遊びましょう。新しい場所でも、ここで二人が愛されていた事を思い出せる様に」

「そうですね、そうします」

 

 本丸に連絡を入れないと、と一期は食べ終えた皿を見つめながらしばし考える。その間に片付け終わった江雪に食器を返す場所を教えて貰い、その場所――カウンターに向かう。カウンターに皿を返していると、サクヤもカウンターに皿を乗せる。偶然、サクヤも食べ終わった所だった様だ。一期はサクヤに話しかける。

 

「サクヤ君。おやつ美味しかったかな?」

「うん、美味しかった。……コタロー、行っちゃうのか」

 

 後半はぽつりと微かに聞こえる音量で呟いていた。普段冷静な彼も寂しく思っているのかと思い、江雪に提案された事を告げる。

 

「今日は、夕方までいる事にしたよ。寂しさを埋める様に、一緒に遊ぼう」

「本当? 一期さん、夕方までいてくれるの?」

「江雪殿に提案されてね。サクヤ君も遊んでくれるかい?」

「うん」

 

 サクヤも涙の跡を残しながらもにこりと頷いて見せる。一期とサクヤは皿を片付けて、外へ出ようと江雪と合流する。江雪と一期に挟まれる様に、サクヤは歩いていた。玄関に着いて、靴を履きながらサクヤは俯く。

 

「……力になるとは言ったけど、どうやって助けを求めているのを聞けるのか、分からないんだよね」

「……まあ、現世に行く可能性もありますからね。どうやって連絡を取るのか分からないなんて事――」

「だってさ」

 

 サクヤが江雪の言葉を遮り、不審そうに言った。

 

「マコトも、ミクも、トツカも、アミも……今まで卒園した奴ら全員、()()()()()()()()()()()()()()()んだ。……便りがないのは良い知らせ、とは言うけどさ、やっぱりちょっと寂しいよね」

 

 外では子供達が、バレーボールをしようと準備をしている。傾き続ける日差しに照らされるその無邪気さが、悲しい程眩しかった。

 

***

 

「長谷部、行かなくて良いのか?」

「……あいつらがいる。だから行かない」

「強情だなあ」

 

 滑莧園の木々の間、その上に春光隊の薬研と長谷部はいた。その視線の先には、バレーボールをする一期と江雪、子供達にスギハラ――そして、コタローとアズサの姿。

 

「……行く先が分かっているのに、何もできないのは歯痒いよな」

「……そうだな。今の時点で、俺達にできる事は何も無い」

 

 打つ手なしと判断した二つの影は、滑莧園から遠ざかろうとする。長谷部は一言だけ、小さく冷え切った言葉を投げかけた。

 

「無知の嘘つき程、性質の悪い物も無いよな」

 

 その言葉の後、木々の間に影はもう無かった。

 

***

 

 ギイ、ギイ、と月光に照らされながら椅子が鳴る。深い森の奥にあるぼろ家で、蒼穹の鶴丸は刀達を集めていた。

 

「集まってくれてありがとうな。今日は、君達に頼みたい事があって来て貰った」

 

 椅子を囲う様に座る五振りは、今日もいつも通りだ。真面目な顔で話を聞く堀川、三つ編みを弄る乱、鋭い目で睨む蛍丸、ぶつぶつと呟き続ける小狐丸、気だるげにして見せる宗三。

 鶴丸は端末を取り出すと、起動させ画面を出した。乱が画面を覗こうと首を伸ばす。

 

「まずは乱と宗三な。三日後、ここの警備が手薄になる時間がある。そこの隙をついて、ういるすとやらをばら撒いて貰いたい。できるか?」

 

 鶴丸が出して見せた地図は――政府の武器庫。そこには対刀剣男士用の武器や、時間遡行軍のレプリカが置かれているはずだ。そしてそれを管理するシステムを、ウイルスを用いて破壊せよ、と鶴丸は言っているのだ。

 気だるげなまま、どこを見ているか分からない目をして宗三は了承する。

 

「……まあ、僕はできますけど。乱は何の担当なんですか?」

「乱は周辺の警戒だ。政府の奴が近付いたら、さりげなーく遠ざけてくれ」

「さりげなくっていうのが凄く難しいと思うんだけど……分かった」

「後で補助機器を用意する。頼んだぞ」

 

 宗三と乱が頷くのを確認し、鶴丸は次に眼光鋭い蛍丸と一見話を聞いている様には思えない小狐丸の方を向く。

 

「小狐丸、蛍丸。君達には、研究所の破壊を頼みたい。君達の様な存在を、もう生み出したく無いだろう?」

「……本音は何なの」

 

 鋭い視線のまま蛍丸が問いかけると、鶴丸は大袈裟に肩をすくめて見せた。

 

「いやいや、今言ったのも本音だぜ? ……だが、これ以上戦力が増えて欲しく無いっていうのもあるな。よっぽどの事が無い場合、審神者は刀剣一振りずつ、同じ刀は育成しない。新しい刀が来て、戦力を増やす事になるのは避けたいんだ」

「……秘宝の里も開かれるし?」

「そうだな」

 

 しばらくの沈黙の後、蛍丸は目を閉じる。

 

「分かった。小狐丸(バーサーカー)には適当に言っとく」

 

 酷い呼び名に苦笑いしながら、鶴丸は最後に体育座りのままこちらを見ていた堀川の方を向く。

 

「堀川。例の物は集めて来たか?」

「はい、この通り。相変わらず、僕を泳がせているのかって思うくらい何も言われませんね」

 

 堀川が懐から袋を出し、鶴丸に渡す。それは、研究所跡地で集めた『幽霊』の鍵となる物達。中を確認した鶴丸は頷き、堀川に笑んで見せた。

 

「ありがとう、堀川。……泳がせられているかもしれないってのはあるな。くれぐれも慎重に、政府側の情報を集めて来てくれ」

「はい」

 

 真面目な顔を崩さずに、堀川は刀を握った。乱はそれを見て、不服そうに言う。

 

「ボクもさー、どっかの部隊に潜入したいよ。この森の中、物騒なんだもん。明るい所で活動してみたい」

 

 可愛く膨れる乱に、鶴丸は脅す様に乱に顔を近付ける。

 

「そうだなぁ、猩々木庵……あの居酒屋なんかはどうだ? 人がいっぱいいるし、明るい所で動けるぞ」

「……それって、あの情報屋姉弟がいる所でしょ。やだよ、あの姉弟おっかないし。というか鶴丸さん、ボクを基本的に森から出す気無いよね?」

 

 目つきが悪くなっていく乱に、鶴丸は顔を離し両手を上げて降参の意を示した。 

 

「悪いな、できるだけ自由に動けるのが必要なんだ。要は遊撃だな。それができるのは極めている君だけなんだ、すまない」

「……まあ、頼りにされているのは嬉しいけど」

 

 目つきを元に戻した乱に再度「悪いな」と言って、鶴丸は立ち上がり五振りに宣言した。

 

「君達がやっている事は、どれも政府に打撃を加えるものばかりだ。憎き政府に――全てを奪った政府に、目に物を見せる為に君達はいる。それを決して忘れないでくれ」

 

 月光に妖しく照らされ一種の支配者じみている鶴丸。五振りは彼の言葉に、確かに肯定して見せた。


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