空隙の町の物語   作:越季

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☆☆☆
 こどもたちは、おびえながらころしあいをつづけていました。『かれ』もしにたくなかったので、たくさんのこどもたちをころしました。そのたびに『かれ』のこころのなかのひとはふえつづけます。
 そんなあるひ、『かれ』はなかなかこどもたちをころさない、ふしぎなおとこのことともだちになりました。そのともだちは、『かれ』をかいぶつとよぶこともなく、『かれ』のはなしをきいてくれて、いつもにこにことわらっていました。
 ともだちと『かれ』はやくそくをかわしました。いつかいっしょに、ここをでようと。こんなばしょに、いつまでもいたらたましいまでこわれてしまうといって。そのやくそくをはたすひを、『かれ』はたのしみにまっていました。
 しかし、それをみのがすおとなではありません。おとなは、にげだそうとしたふたりをあっというまにつかまえて、はなればなれにしました。そして、おとなが『かれ』にちゅうしゃをうつと、『かれ』はすぐにねむたくなりました。
 ……きがつくと、あしもとにともだちのからだがちだまりのうえによこたわっていました。『かれ』はこんらんします。なんで、どうして。そして、さいごのちからをふりしぼったのか、かすれたこえでともだちはいいました。
 ――うらぎりもの。ぜったいに、おまえのことをゆるさない。
 そういって、ともだちはいきたえました。『かれ』がどんなにすがっても、あやまっても、ともだちがはなすことも、わらうことももうありません。おとなはなきくずれる『かれ』をひきずって、えきたいがはいったまるいつつのなかに『かれ』をいれました。


第十話「初めての近侍、惨劇の前触れ」
10-1「初近侍」


 戦装束に袖を通して、襟を正す。髪は変では無いか、装束に皺は無いか丹念に調べて、よし、と気合いを入れ一期は自室を出た。

 廊下を歩きながら外に目をやると、まだ夜の色調を残した空が下から少しずつ朝に染められていくのが見えた。本丸内はまだ本格的に目を覚ましておらず、微かな寝息やいびきが聞こえる他は静かだ。きし、きし、と床が軋む小さな音も大きい物に思えた。

 寝ているものを起こさぬ様静かに進み、一期はある部屋の前に到着した。中からは大きないびきが響いている。すっと入り、中にいた人物に声をかける。

 

「主、おはようございます」

「……んあ? 一期か?」

「はい。一期一振、只今参りました。起床の時間です」

「もうそんな時間かあ……って、お前さんは随分早いな」

 

 寝ぼけ眼の審神者は、一期の様子を見て起床時間を推測する。一期は目が完全に開き切っており、動作もしっかりとしたものだ。背筋を綺麗に伸ばしたその様は、まさに粟田口の頂点に相応しい。

 一期は、強い意志がこもった笑顔で、審神者に告げる。

 

「当然です。初めての近侍で、寝坊するなんて事があってはなりませんから」

 

 ――今日は、蒼穹の一期一振が初めて近侍を務める日だ。

 

 

 昨晩の事。夕食前の時刻に遠征から帰還した一期は、玄関正面に弟達が集まっているのを見て、始めは自分を迎えに来たのかと考えた。しかし、弟達は正門から背を向けているし、何より彼等は割り当て表を見て何やら騒いでいる。

 

「……また演練で氷雨隊とかち合ったのでしょうか」

「さあな。主への報告はやっておくから、聞いてきたらどうだ?」

 

 和泉守はそう提案して、さっさと歩いて行ってしまった。一期は和泉守に礼を述べてから弟達の下へ向かう。近付いてみると、弟達のざわめきが鮮明に聞こえる。

 

「――ついに来たか、いちにいの――」

「――おめでとうって言った方が――」

「――でも、大変なんでしょ? 近侍って」

「確かに少し大変ですけど、あるじさまと仲良くなれるのは……あっ、いち兄が帰って来ました!」

 

 五虎退が振り向いて声をあげた。すると弟達が一斉に振り返り、一期の下へ駆け寄って来る。弟達は一斉に一期へ思い思いの言葉を口にする。

 

「いち兄、おめでとうさん」

「いち兄、ついに当番が回って来たね!」

「え、えっと……ちょっと大変ですけど、いち兄なら大丈夫ですよね」

「いち兄、おやつの量増やしてくれって主に交渉してくれよー!」

「おめでとうございます、いち兄。……包丁、それは自分で交渉しなさい」

「おめでとうございます! 立派に当番を務める姿を見るのが楽しみです」

 

 わーわーと一斉に話すものだから、一期は何が何やらだ。混乱している一期を見て、輪の外から骨喰と鳴狐が兄弟達を制止させる。

 

「兄弟達、一旦落ち着け。いち兄が困っている」

「一期殿の耳は二つしか無いのですよぅ。一振りずつしっかりと話さないと、流石の一期殿も困惑してしまいます」

 

 二振りの言葉に、ぴたっと弟達が話すのをやめた。静かにはなったが、興奮を湛えた目でこちらを見ている事から、一期が問えばまた一斉に話し出すに違いない。一期は割と冷静だった骨喰と鳴狐に尋ねた。

 

「一体、何があったんだ?」

「明日の割り当て表を見れば分かる」

「さあさあ皆様、割り当て表までの道をお空け下さい」

 

 弟達はさっとどいて道を作る。靴を脱ぎ、割り当て表へと近付いて端から見ていく。手合わせ、畑当番、馬当番、料理当番、掃除当番、そのいずれにも一期の名前は無い。そして、一番端。

 

 ――近侍、一期一振。

 

 ぼうっとその名前と割り当てを見つめる。何だか、あまり実感が湧かない。色々な事があったせいで、こんなに早く来るのかという気持ちが抜けないのだ。まだまだ先の事なのだと、何となく他人事の様に思っていた。

 ――けれど。

 

「いち兄、本当におめでとう!」

「ある程度強くならないと、近侍当番も回ってこないからなあ」

「近侍を任せるに相応しい強さを得たという事です。僕らとしても、誇らしいですよ」

 

 弟達の言葉が、少しずつ染み込んでいく。そうして実感した。――明日は近侍になると。そう思えば、背筋が伸びる様な緊張感と、本格的にここの戦力として認められたという喜びが込み上げてくる。顕現してから二ヶ月程、長い様な短い様な複雑な感覚。そして緊張感とやる気とが入り混じって、一期にも不思議な高揚感がもたらされた。

 

「いち兄、明日は頑張ってね! でも、今日はゆっくり休んで」

「そうですよぅ一期殿。今日は夕餉をしっかりと食べて、早めにお休み下さい。近侍の一日は早いですから!」

 

 乱と鳴狐にそう提言され、一期はそうだね、と言ってから弟達を笑顔で見渡す。

 

「お前達、ありがとう。初めての近侍、立派に務めて見せるよ」

 

 弟達達がわあっと興奮した歓声をあげて、またわーわーとそれぞれ話を始める。それに一振りずつ話せ、と骨喰が注意し、鳴狐も宥める。一期の周りは良い子で元気な兄弟でいっぱいだと、そう信じていた。

 ――この時に、いやもっと早く気付けていたら、どうなっていただろう。

 一期は後に何度も後悔する。――遠巻きに一期達を睨み付ける、()()()の存在に気付かなかった事を。

 

 

 寝巻きから礼装に着替えた審神者は、システムを立ち上げながらまだ眠そうな声で告げた。

 

「さて、まずはもうすぐ帰ってくる遠征部隊の出迎えだな」

「はい。……噂をすれば、ですね。出迎えましょうか」

 

 遠くから賑やかな声がしてくる。共に立ち上がって遠征部隊を迎えに玄関へ向かう。軋む廊下を歩きながら、一期は審神者に問いかけた。

 

「遠征部隊がいつ帰ってくるかというのは、どうやって分かるのですか?」

「あー、一期は知らないか。まあ別に隠していた訳じゃねえんだけど。まあ要は、この本丸全体の管理システムのおかげだな」

 

 ――本丸管理システム「刀剣乱舞」。審神者になる為の教育課程を修了した後、審神者に配布される物品の一つだ。これ一つで、出陣編成の刀剣男士への通知、刀剣男士の大まかな状態の確認、当番の設定、遠征帰還予定の表示、更には景色の設定までできてしまう。他には今まで顕現した刀剣男士の記録をまとめた「刀帳」の閲覧や、政府から戦績を受け取ったりもできる様だ。

 

「なるほど、とても便利ですね」

「まあ報告書は提出しなくちゃならねえんだけどな……おー、お前達お帰り!」

 

 玄関では、遠征部隊が資材の確認をしていた所だった。陸奥守吉行が審神者に向かって手を振って見せる。

 

「ようまとめて来たぜよ。……つくづく思うけんど資材がこがな形なかが不思議ちや」

「まあ本物の木炭やらを大量に置く場所も無いからなあ」

 

 資材と呼ばれる物――数枚の板状の物は首をひねる陸奥守から苦笑いする審神者に手渡された。

 資材は刀剣男士の顕現や修復に用いられるが、その正体は物体の発するエネルギーが様々な工程を経て圧縮された物である。刀剣男士が遠征先で戦闘などを行う事によってエネルギーが生まれ、圧縮される。成果物は媒体に記憶され、小さな形状になる。どういう理屈でそうなるのかは科学者やらにしか分からないだろう。実際審神者は教育課程でさらっと解説されたものの、全く訳が分かっていない。だが審神者が務まっているのだから、これは審神者にはあまり必要の無い情報なのかもしれない。

 

「主さん、こっちは大成功だ! 手伝い札二枚!」

「こっちは普通の成功。手伝い札は持ち帰れなかったよ」

 

 愛染が手伝い札を差し出し、大和守は資材だけ手渡した。よくやった、と審神者はそれぞれの隊長の頭を撫で回す。愛染はやめろよーと不服そうに叫び、大和守は困った様に笑う。

 成功と大成功の違いは、帰還時の時間遡行でどれくらい資材を持って帰れるかだ。どんなに沢山資材を集めても、時空移動の際に時空の隙間に資材が落ちる。落ちた量がどれだけ少ないか、それが二つを分ける違いである。コンディションが万全だと大成功になりやすいと統計が出ている為、コンディションを整えてから遠征に出す審神者も多い。

 

 資材を全遠征部隊から受け取った審神者は、労りの言葉をかけてから一期に振り返る。

 

「よーし皆お疲れさん、ゆっくり休んでくれ! 一期、報告書をまとめるぞ」

「はい」

 

 再び審神者の部屋に戻る。審神者は大きな文机の前に座ると、パソコンを立ち上げ文書作成ソフトに記入し始める。一期は資材の量や部隊のコンディション、成功か大成功かをシステムで確認しながら審神者に伝えていく。審神者は相槌を打ちながらまとめている。

 しばらくして、審神者が背伸びし唸り声を上げた。

 

「よし、報告書はこのくらいでいいだろ。少ししたら戦績も届くはずだ」

「お疲れ様でした。……あ、文が届いた様ですよ。早いですな」

「まあ半自動だからなあ。持ってきてくれるか?」

 

 了承し、審神者の部屋を出る。郵便箱から戦績と思われる封筒を出し、審神者の下へ持っていく。

 本丸はもう目を覚ましていた。あちこちから話し声が聞こえてきたり、身支度を済ませたもの達がすれ違ったりする。一期は審神者を起こした時とは本丸の雰囲気がまるで違う、と感じていた。まるで、建物自体も眠ったり起きたりしている様に思えてならないのだ。一期は欠伸をする本丸を想像し、くす、と小さく笑い声を漏らした。

 審神者の部屋に戻ると、審神者はシステムを見ながら何やら感慨深そうな顔つきをしている。

 

「文をお持ちいたしました。……主、どうなさいましたか」

「ああ、一期。いやあ、俺は結構遠くまで来たなあって思ってな。ちょっとこっち来い」

 

 手招きをして、システムを覗く様告げる審神者に一期は彼の横からシステムの画面を見る。

 そこに映されていたのは、所属している刀剣男士の情報だ。顕現順に、練度やコンディションが表示されている。一期は粟田口派の名前を探した。乱、前田、薬研、五虎退、鯰尾、骨喰、平野、厚、鳴狐……顕現した順番としては、そんな感じだった。

 きょろきょろと目が動く一期を見ながら、審神者がぽつりと呟く。

 

「……俺さ、前に一振り破壊に追い込んじまったんだよな」

「え?」

「充分に練度上げをしようとしすぎて、検非違使が現れる様になっちまったんだよ。あの頃の俺は、検非違使との戦い方をよく分かっていなかった。……あの時、敵大将まで後少しってところで進軍できるっつーそいつの言葉を鵜呑みにしちまったんだ。……圧倒的だったよ、検非違使は。破壊されたそいつの悲痛な声が、言葉が、今でも忘れられねえ。だから、出陣させる奴らにはお守りを持たせる様にした。懐が寒くなったが、あの時の事を思えば屁でもねえ」

 

 ぽつぽつと連なる言葉は、苦しみを絞り出すかの様だ。審神者は今でも後悔しているのだろう。短気だが情に溢れた人間だ、その事に関しても相当自分を責めたに違いない。

 審神者が、一期に深く頭を下げる。

 

「すまなかった。……俺が破壊に追い込んじまった奴は、お前の弟なんだ。俺の采配ミスで、お前の弟を折ってしまった。お前さんには、顕現した時から謝ろうと思っていた。本当に、本当に申し訳ない。気が済むまで、俺を殴って貰っても構わない」

 

 審神者は頭を下げた切り動かない。審神者がこんなに悲痛な声を出すのは、初めて聞いた。彼には慰めではなく、本心から話した方がいいだろう。

 

「頭を上げて下さい。確かに主にも過失があったのかもしれませんが、自分の状態を把握せず、行けると慢心して進軍させてしまった弟にも責任があります。当時はそれぞれが未熟だった、それだけの話です。ですから、必要以上に罪悪感を抱えなくていいんですよ」

 

 審神者は一期の言葉に頭をゆっくりと上げる。それでも暗い顔で俯いたままだ。一期はパンッと手を叩き、審神者の顔を上げさせる。

 

「過去の事は過去の事。それよりも、これから失敗を重ねない事が重要です。主には沢山勉強して頂き、そして私達を勝利へと導いて貰いたい。それが、私の本心です」

 

 審神者は呆然として、真剣な表情の一期を見つめている。そのままの状態がしばらく続いた後、審神者は小さく息を吐いた。

 

「……そうだな。過去に囚われて失敗したらそれこそ腹切り案件だ。悪いな一期、俺の懺悔に付き合わせちまって」

「いえ、話して頂けて良かったです。黙っておられたら、手討ちにしていたかもしれませんから」

「おっかねえなあ。流石は一期一振だ」

 

 冗談を言い合いながら、ようやくその場の雰囲気が緩む。ふと思い至り、一期は審神者に尋ねる。

 

「それで、折れてしまった弟というのは……」

「ああ、それは――」

「あるじさん大変! 鯰尾兄に馬糞ぶっかけられちゃった加州さんが、それを笑った大和守さんと大喧嘩してるの! お願い、一緒に止めに来て!」

 

 審神者の声を遮り、乱が部屋に駆け込んで来る。審神者は今行く、と告げて駆け出そうとして、一期に手を合わせた。

 

「悪い一期、話は後で。……おーい、お前達何喧嘩してんだー!」

 

 今度こそ足音が遠ざかり、一期だけがその場に残される。

 一期はそのままになっているシステムに視線をやる。見てみたい衝動に駆られたが、いやいや覗いちゃだめだろうと首を振る。はあ、とため息をつき、報告書を片付けておこうと一期は文机の前に座った。

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