空隙の町の物語   作:越季

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10-2「最終兵器の実力」

 陽がまだ完全に顔を出す前。晦冥研究所からさ程遠くない場所で、氷雨調査部隊は集まっていた。

 本日の任務も『幽霊』退治だ。任務は任務なので真面目にやるが、調査部隊の面々も少しうんざりしている節があった。ここ数日何度も『幽霊』の処理に追われていたのだ、飽きてくるのも頷ける。

 しかし、今日はそうも言っていられなかった。何故ならば――

 

「はーい、今日の調査は俺が指揮を執りまーす。……三日月、まだ会議は終わってないから!」

「はっはっは、そうだったか?」

「しっかりしてよ、本当に……」

 

 マイペースぶりを発揮する三日月に、加州が項垂れる。調査部隊は全員、いつもなら口を挟む長谷部さえも、何も言わない。言えない。

 そう、今日は雲霄の第一部隊と合同で調査をする事になったのだ。何故かは分からない。話を持ってきた氷雨隊の審神者でさえも、調査命令の紙を見た途端に顔を引きつらせていたと蜂須賀が言っていたのだから。

 それに、何故か部隊にいないはずの三日月宗近までもが一緒に来ている。彼は、対刀剣男士に特化している『最終兵器』だ。雲霄第一部隊と最終兵器。前者だけでもひっくり返るものであるが、後者を見た調査部隊は、ひっくり返る事すらできなくなった。

 

「……何だい、アレは」

「……強い霊気を感じるねえ……アレは本当に刀剣男士かい?」

「……気配を悟らせない様にしているのに、こちらが気付いた途端、殺気を向けられる気がしますね……」

「……今は従う他あるまい。従わなければ、全員殺されるぞ」

「……そうですね」

 

 五振りはそう囁き合う。当然だ、遠慮無しに近付けば切って捨てられそうな気配を漂わせているのだから。鶴丸も、三日月が発するあまりにも強い迫力に押し潰されそうな感覚を覚えていた。

 ――こんな驚きはいらなかったぜ、鶯丸……!

 鶴丸は昨晩チャットアプリで『明日はちょっとした驚きがあるぞ』とだけ送って来た鶯丸を睨み付けた。彼はそれを笑顔で受け流す。再び三日月を見るが、のほほんとして見せているもいつ表情が反転するか分からない恐ろしさを感じて目を逸らした。見られていた事に気が付いた三日月は鶴丸に近寄ってにこにこと口を緩ませる。

 

「鶴丸、どうかしたか? 気分でも悪いか?」

「……いや、その、だな……」

「そういえば、そなたは一期とよく喧嘩をしているらしいではないか。いかんぞ、本丸内の空気を乱すのは。無理に仲良くする必要は無いから、無関心でいる様に努めるのだな」

「……ああ、分かった」

 

 ぎこちない声しか出ない。三日月はあまり感情を乱す事は無いものの、乱さないからこそ無感情で折る事もできる可能性もあるのだ。それを考えると、下手な答えは返せそうに無い。自分の本丸にいる三日月などただの可愛いクソジジイだった、そう思い知らされる。

 雲霄の加州が二振りの様子を見て、三日月の首根っこを掴んだ。

 

「三日月、氷雨隊の鶴丸で遊ばない!」

「はっはっは、すまんな。どうも我が隊の鶴丸はつれなくてなあ。つい他の隊の鶴丸に構いたくなってしまった」

「大概にしてよ、自分の力分かってるでしょ? これから戦闘なのに戦意喪失されたらたまらないよ!」

 

 性質の悪過ぎるクソジジイだ、鶴丸はがっくりと肩を落とす。それから遠巻きにしていた調査部隊を睨み、ずかずかと歩み寄って声を押し殺した叫びをあげた。

 

「君達なあ! 少しは助太刀してくれよ、アレに一振りで立ち向かうのは無理がある!」

「いやだって……ねえ?」

「……僕達が口を出して、悪化させたら大変ですから」

「いい薬になっただろう。これで一期一振との喧嘩も収まればいいんだがな」

「長谷部、君なあ……!」

 

 こそこそと話していると、加州がごほん、と咳払いをして全員の視線を集めた。

 

「それじゃあ改めて説明ね。晦冥研究所周辺に『幽霊』が出現したっていう報告があった。俺達の任務は四手に別れて『幽霊』の討伐及び出現した理由の調査をする事。細かい事でもいい、気付いた事があったら報告して。恐らく『幽霊』は強くないけど数が多いと思う、油断は絶対にしないで。それじゃあ、班分けするよ」

 

 そうして班分けの結果、鶴丸は鶯丸、三日月と同行する事になった。その結果に鶴丸は頭を抱える。

 

「……驚きゃいいのか安心すりゃいいのか分からないな」

「はっはっは。よろしく頼むぞ、氷雨の鶴丸」

「変な気さえ持っていないのなら三日月は心強い味方だ。まあ力を抜け」

「抜けるか!!」

 

 散開して建物周辺を見て回っていると、早速『幽霊』が現れた。鶴丸が構えようとすると、鶯丸に制される。

 何故だと思っていると、三日月が鯉口を切り――次の瞬間、納刀していた。『幽霊』の方を見ると、叫び声をあげながら消滅していくのが見えた。「鍵」となる物――恐らくはストラップ――は、真っ二つに割れている。

 

「ふむ、こんなものか。手応えが全く無いな」

「三日月の力は『幽霊』にも通ずるか。なら、俺達の出番は無さそうだな」

「なっ……」

 

 ――こいつ、本当に太刀か? 剣筋が全く見えなかったぞ!

 驚愕を隠せず惚ける鶴丸の眼前で、鶯丸が手を振る。現実に戻って来た鶴丸は、鶯丸を引きずって三日月に聞こえない位置まで連れて行く。

 

「おい、何だアレ」

「何って、三日月宗近だが」

「そうじゃない! 何だあの剣筋、あの見えない一太刀で根付と『幽霊』両方やったのか!?」

「まあ、うちの三日月は規格外だからなあ。そうそう真似できるとは思わない事だ」

「真似できるか! 『幽霊』は鍵になる物を斬らないと倒せないだろ? あの小さいのを一発で、しかも見えない程の早さで斬ったってのが規格外過ぎるんだよ!」

 

 肩を組み話す二振りを見て、三日月がそわそわとしている。そうしてこっそり近付くと、二振りの背中をポンと叩いた。

 

「何を話しているんだ? じじいも混ぜろ」

 

 その瞬間、鶴丸は背後にキュウリを置かれた猫の様に飛び上がり声にならない悲鳴をあげる。

 鶯丸は口を押さえて震え出した。

 

「鶴丸、そこまで驚くな。面白くて笑いそうだ」

「いや驚くだろうというか笑うな! 気配を全く感じさせなかったぞ!? どこまで規格外なんだこの三日月!」

「はっはっは。鶴丸は愉快だなあ」

 

 鶯丸と三日月がにこにこと笑っている。これだからジジイ共は、と鶴丸は内心で二振りの事を言えない悪態をつく。

 背後から襲いかかって来る幽霊を、三日月は笑顔のままでほぼその場から動かずに見事な太刀筋で倒していく。鶴丸はもう観戦を決め込む事にした。

 

「あー、『幽霊』がスパスパと切れていくなあー」

「処理落ちしたか。まあ当てられたのなら仕方ないな」

「なー暇だし何か話そうぜー」

「俺は構わないが。三日月は……久々の戦いを楽しんでいる様だから放っておくか」

 

 鶴丸は、軽快に『幽霊』を切っている三日月を眺めながら言った。

 

「……蜂須賀、何で記憶を消されたんだろうな」

「……それは」

「一期の記憶は消されなかった。それは良かったと思う。でも、何で一期は消されなかったんだ? 蜂須賀と何か違いがあるのか? 俺達は、同じ刀剣男士のはずだろう」

 

 鶴丸は、ずっと考えていた。何故蜂須賀が記憶を消されたのかを。敵に繋がる情報なら、持っていた方がいいはずだ。記憶を抽出したと言っても、鮮明さには限度がある。だったら、彼が思い出すのを待つのもありであるはず。それなのに、全て消された。事件の事も、妹を名乗る少女の事も。

 鶯丸は俯いて、口を閉ざしている。彼は理由の見当はつけているが、それは機密情報に繋がる物だ。政府に協力しているとは言っても、一般の部隊員である鶴丸に言えるはずが無い。例え友達であろうとも、言えない事もあるのだ。それが少し、心苦しいのだけれども。

 沈黙する二振りに、三日月が納刀しながら告げる。

 

「それは、知らない方がいい事に気付いてしまったからに決まっているだろう」

 

 鶯丸が顔を上げ、三日月を咎める様に睨む。鶴丸はゆっくりと顔を上げ、三日月を見つめる。

 

「それは、どういう事だ」

「そなたは聡い。今までの事を繋げれば、大体の見当はつくのではないか?」

「三日月、喋り過ぎだ」

 

 鶯丸が鋭く三日月を制する。鶴丸は驚いた。鶯丸がこんなに厳しい口調で言う所など、見た事が無かったのだから。鶯丸の鋭い眼光を物ともせず、三日月は穏やかに笑う。

 

「鶯丸、遅かれ早かれ同じ事だ。いずれその鶴丸は真相に辿り着くだろう。俺は、少しだけそれを早めただけだ」

「……知らない方がいいのは、鶴丸だって同じだ」

「友が大切か。それはとても良い事だ。だがな」

 

 三日月は笑みを消し、憂うような、窘める様な表情で続ける。

 

「――過保護なのも考え物だ。特に氷雨の鶴丸は機密事項に関わる事もあるのだから、『知らなかった』で済まない事例もあるかもしれない。その時はどうする? ……無知の苦しみは、思っている以上に辛い物だ」

 

 鶴丸は、三日月と鶯丸のやり取りを見ている事しかできなかった。――機密事項。蜂須賀の件は、それに関わる事なのか。何も言えない鶴丸に、三日月はまた先程の笑みを浮かべて言う。

 

「知る事で苦しむ事もあろう。だがそなたはとても聡く、強い。真実を知っても苦しみから早く抜け出せると、俺は信じているぞ」

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