空隙の町の物語   作:越季

60 / 167
10-5「被験者と被害者」

 大きい角が生えた大太刀や、長髪と蛇の頭が尾についている槍。敵であるはずの数多の時間遡行軍が、大きな建物の中で何もせずに並んで沈黙している。

 そこに蠢く影が二つ。

 

「……よし、侵入成功」

「全く、あのひとも人使いが荒いですねえ」

 

 蒼穹の鶴丸率いる反乱部隊の乱と宗三は、政府の武器庫の中にいた。鶴丸が命じた「ウイルスをばら撒け」という指令を達成するためだ。ダクトの中を通ったり、天井裏を通ったりと、様々な難所を乗り越えて、ここまで来たのだ。だが、これからする事も難関だ。

 

「宗三さん、お願い」

「ええ。乱も、頼みましたよ」

 

 二振りは別れてそれぞれの任務を遂行する。宗三はセキュリティシステムへのハッキング、乱は宗三のハッキング中に誰かが来ないか監視する役目だ。

 宗三は端末を取り出すと、端にある機械に近付きタイプを始める。

 

『……宗三さん、あのさ』

「どうしました、乱。誰か来ましたか」

『いや、来てないんだけどさ』

 

 ワイヤレスマイクで通信が入った。宗三が問うと乱が口籠る。政府のシステムの堅さに宗三が苛々していると、乱は恐る恐る尋ねた。

 

『……宗三さん、どうしてこの部隊に入ろうと思ったの?』

「……何故、それを聞こうと?」

 

『だってさ、ボク達まあまあ長く一緒にいるのに、お互いの事を何にも知らないじゃない? だから、ちょっとだけ交流、とか』

「……はあ」

 

 いかにも面倒臭そうな気怠さで返す宗三に、慌てた乱が口早に打ち消す。

 

『いや、嫌ならいいよ! ボクだって思い出したくない事があったのに、無神経だった! この話は終わりって事で――』

「いえ、話でもしていないと苛立ちでどうにかなりそうです。堅過ぎるんですよ、ここのシステム。それじゃあ、僕から話しますか」

 

 乱の言葉を遮り、宗三はタイピングをしながら口を開く。

 

「……記憶の始まりは、薄暗く白い天井でした。狭い部屋、目の前には鉄格子、薬品の匂い。そこで僕は、仲間達と共に過ごしていたのです。……今思えば、彼らは友達と言っていい存在でしたね」

 

 小さな部屋で三人きり。彼らは外から来たと話し、自分に沢山の話をしてくれた。でも、彼はどこか遠くの場所の話を聞いているような、現実感の無い気持ちでいた。だって、自分は。

 

「僕は、籠の鳥ですらない――生まれつきの実験動物(モルモット)だったのですから」

 

 毎日毎日、注射を打たれたり、苦い薬を飲まされたり、変なカプセルに自分を入れたり。血が流れ、当然苦痛を伴うそれらは、彼にとって日常だった。外から来た仲間達は、その度に泣いて叫んで嫌がっていたけれど。それでも、従わなければ待つのは死だけだ。

 

「仲間達は、いつも僕に夢物語を聞かせてきましたね。外に行ったら遊園地に行くんだとか、美味しい物をいっぱい食べるんだとか。でも、相槌を打ちながらもできっこ無いと僕は思っていました。外に逃げようとすれば、捕らえられて更に過酷な実験を受ける事になります。そうなれば、逃げるなんて選択肢は無くなりますよね」

 

 外へ逃げ出そうとした者を引きずり戻す研究者の視線は、同じ人間を見るそれでは無かった。それは彼には慣れっこだったけれど、やはり仲間達は震えていた。けれど、仲間達は希望を捨てない。実験から解放されるのを、辛抱強く待っていたのだ。

 

「そんなある日の事でした。僕がいた建物の電源が全て切れたのです」

 

 仲間達は怯えて彼の腕にしがみついていた。何とか彼らを宥めて、彼は何があったのか把握しようとした。真っ暗で、何も見えない。遠くから、爆発音と悲鳴が聞こえてくる。その内、鉄臭い匂いも漂ってきた。

 

「流石にただの停電では無いと感じましたね。悲鳴が途切れ、そうしてずるずるという音と共に現れたのが蛍丸と鶴丸でした」

 

 鶴丸は彼らを見た途端、「驚いた、生き残りがいたのか」と呟く。鶴丸は蛍丸と共に鍵を探して鉄格子を開き、足に付けられていた枷を外した。呆然とする彼らに、鶴丸は「好きな所に送り届けてやる」と告げた。仲間達は喜んだが、彼はどうすればいいか分からなかった。

 

「当然ですよね。だって僕は……研究所(あそこ)以外知らない。だからとりあえず、僕は仲間達の行きたい所を見届ける事にしました」

 

 一人は憧れた首都へ、もう一人は生まれ故郷へ。そうして送り届けられた後、鶴丸は彼に問いかけた。「君はどこへ行きたいんだ?」と。

 

「……旅をした後でも、僕はどこに行きたいか思いつきませんでした。だから言ったんです。『貴方のやりたい事に付き合いますよ。行きたい所も無いし』と」

 

 彼は、鶴丸達が見返りも無く自分を助けたなどと思っていなかった。だからカマをかけてみたのだが――それは正解だった。

 

「彼は、この国に反旗を翻そうとしていたのです。そうして問われました。『俺達が行く道は地獄への片道切符だ。それでも、俺達についていくかい?』――僕はイエスと答えました。こんな世界です、天国も地獄も変わりは無い。それに、あの研究者を束ねている奴らに一泡吹かせたいと思うようになっていたのですよね」

 

 自分は慣れていたからいいが、仲間達が笑顔で目的地へ向かう様と研究所での彼らの暗い顔を比べると、ふつふつと怒りが込み上げてきたのだ。そうして、見下していた自分達に逆襲されたらどんな顔をするだろう、という暗い欲望も首をもたげていた。

 

「まあ、こんなものでしょう。ご満足いただけましたか?」

『うん、ありがとう宗三さん。研究所出身なんだって改めて実感したよ』

 

 満足げに礼を言う乱に、宗三は画面を見ながら問い返す。

 

「……それで? 貴方はどうなんですか」

『……ボクの話は、よくある話だよ?』

「それでも聞かせて下さい。……本当に堅いんですよここのシステム、話していないと腹が立って憤死しそうです」

 

 今にもシステムを叩き割りそうな声音の宗三に小さく笑ってからじゃあ、と言って乱が語り始める。

 

『……ボクはね、ある本丸の初めての鍛刀で顕現したんだ。目の前にいたのは小さな男の子。ボクを見て女の子が来たって驚いてたっけ』

 

 乱は、右も左も分からない審神者と共に本丸を運営してきた。陣形選びに悩んだり、刀が増えれば編成に悩んだり。衝突し合う仲間をおろおろと宥める事もあった。

 

『だから、あるじさんはボクをとても頼りにしてくれていたし、ボクも真っ直ぐなあるじさんが大好きだった。乱さんは可愛くって頼りになるね、って言ってくれた時は嬉しかったなあ。加州さんが隣でむくれてたけど、それもいい思い出』

 

 乱の審神者は、よく病院に通っていた。体が生まれつき弱いと聞いていたので、乱も審神者を助けていた。薬を飲ませたり、無理をさせないように早く寝かしつけたり。

 

『病院代が嵩んで、あまり余裕のある資金繰りはできなかったけれど……それでも、ボクは幸せだった。あるじさんのためなら何でもできるって思ってたよ』

 

 ある日、「極」という刀剣男士の新たな形態ができた。「極」になるには時間遡行を伴う修行が必要で、安定した修行ができる刀の中に乱も入っていた。審神者は、乱が更に強くなるなら、と修行に行く事を認めた。

 

『お願いが受け入れられて嬉しかった。ボクは修行先に飛んで、順調に鍛錬を積んできた。そして帰ろうと思った時に、白い鳩が飛んできたんだ』

 

 白い鳩が示すのは、修行先から帰還する際に受け取る帰還先の時空座標の変更命令だ。白い鳩を飛ばす事で、審神者は即座に修行から刀剣男士を戻って来させられる。

 

『あるじさんはせっかちだなあって、手紙を開けるまではそう思ってた。でも手紙を開けたら頭が真っ白になったよ。何て書いてあったと思う? ――あるじさんが危篤だから、至急帰還しろ、って』

 

 乱は帰還した後、真っ先に審神者の部屋へ向かった。そこで見たのは、真っ青な顔をしている兄弟と、意識を失いながらも血を吐き咳き込む審神者。病院は、と尋ねると、兄弟達は首を振った。

 

『どこもかしこも、受け入れてくれないんだってさ。おかしいよね? 一箇所ぐらいは受け入れてくれてもいいはず。でも、どこもいっぱいだって。それに厚が言ってた。――お偉いさんに関わる人は、横を通り抜けていったって』

 

 乱はこの区域の上層部が腐っていると判断し、亡命を決意した。審神者を抱え、どこか遠い場所へ行こうと荷物をまとめ始めた。――だが。

 

『家畜が逃げるのを黙って見ている訳が無いんだよね。本丸に、沢山の敵が襲撃してきた。近くの公安局に連絡を入れたら、そんなの感知してない、そちらの見間違いだろう、でおしまい。ボク達は見捨てられたんだ、あるじさんごとね。――ボク達は、命がけであるじさんを逃す事になった』

 

 裏山を登り、森を駆け抜け、彼らは隣接区域に助けを求めようと動いた。時空の境界線で、必死に隙間をこじ開けようとした。近くには、他の部隊であろう刀剣男士達もいる。審神者を抱えているものも、そうで無いものも。しかし、敵は迫ってくる。あわや破壊されるかと思ったその時。

 

『……時空の境界線が、ようやく開いたんだ。ボク達は、なだれ込むように隣の区域に入った。目の前には、沢山の刀剣男士。こっちもだめかな、と思ったら、あっちの刀達は敵に向かっていった。……ボク達は、救助されたんだ』

 

 即ち、乱がいた区域の上層部は見限られたという事。安堵の声を上げるものや、審神者に無事か確認するもの。その場は、ようやく逃亡が終わったのか、という気持ちで満ちていた。

 悪い政府の人間は罰され、審神者は元気になる。これで大団円――とは、ならなかった。

 

『……手は尽くしたけど、って。もう少し早ければ、って。……逃げられたのに、あるじさんは、死んじゃったんだ』

 

 審神者は、病室で息を引き取った。最期の言葉は「ごめんね、ありがとう」。残された刀達は嘆き、悲しんだ。

 けれど、決断しなければならない事が一つあった。――この後の事だ。

 

『刀解されるか、他の部隊に行くか、それとも思い出を胸に戦場で散るか。ボク達は、この中から選ばなければならなかった』

 

 すぐ決める刀もいれば、悩む刀もいる。乱は後者だ。今の審神者に沢山の気持ちを貰ったのだ、他の部隊に行く事は考えられない。けれど刀解されたり、戦場で散るのも気が引けた。乱はそれを、死ぬのが怖いからだと思っていた。

 

『鶴丸さんが現れたのは、本当にボクの思考が煮詰まってきた時だった。何の用なの、同情ならいらないって突き放したけど……鶴丸さんは一枚の紙を出して、ボクに見せた』

 

 ――渡されたのは、上層部の異動リストのコピー。そこには、かつて審神者を追い込んだと話題にしていた者も載っていた。乱の視界が赤く染まる。

 鶴丸は、乱に囁いた。

 

『……憎いだろう、そいつらが。君の手で討ち取りたいと思わないか? 鶴丸さんはそう言った。それで、ボクが刀解も破壊も選べなかったのは、政府が憎いからだって分かったんだ』

 

 鶴丸も、政府に憎悪を抱いていた。それで政府に目に物を見せるために、仲間を集めているのだと。乱は、鶴丸の勧誘に二つ返事で了承した。

 

『仲間達を騙すのは気が引けたけど……ボクは、戦場で散るふりをした。鶴丸さんから貰った御守りで復活して、それから鶴丸さんと合流したんだ。……宗三さんも言われてた事をボクも言われた。地獄への片道切符だって。上等だよ、堕ちる時は奴らも道連れだ』

 

 もう、乱は振り返らない。審神者や仲間達が安らかに過ごせていればそれでいい。この復讐は誰のためでも無い、乱が我慢ならないからする事なのだ。

 

『……これでボクの話はおしまい。どう? ありきたりだったでしょう?』

「いえ、僕は普通の部隊を知らないので新鮮でしたよ。僕らの部隊って、主に小狐丸と蛍丸のせいで湿っぽいじゃないですか」

『あはは、まあ確かにね。……あの二振りにも、ボクらのような過去があるのかなあ』

「聞いてみたらどうです? 抜刀されるかもしれませんが」

『それは嫌だなあ。……ちょっと待って、誰か来る!』

 

 今まで穏やかに懇談していた乱が鋭く声を発する。宗三もその声に反応し、タイプの速度を上げた。

 乱は機材を取り出したようで、イヤホン越しに耳鳴りのような不快な音が入ってくる。それに耐えながら、宗三はハッキングを続ける。

 不快な音と、タイピングの音だけが響いている。心臓が嫌な音を立てているのが分かった。一文字タイプミス。舌打ちをして消す。今度は余計な文字が入ってしまった。落ち着け、落ち着け、と念じて打ち込んでいく。

 しばらくして、乱が息を吐いて告げた。

 

『よし、今はいなくなったよ。そっちの状況はどう?』

「無事入力完了しました。後は、システムへのウイルス混入ですが……」

『時間かかりそう?』

 

 頷いてから、そうだ乱には見えないんだ、と気付いて改めて告げる。

 

「ええ、なかなかに難敵です。この間に警備員が巡回でもしたら――」

『――最っ悪! アレで散ってくれれば良かったのに!』

 

 外から銃撃の音が響く。ぎょっとして、ウイルス混入までの時間を見た。まだ五十パーセント。加勢に行く訳にはいかない。自分は何としてでも、この任務を遂行しなくてはならないのだから。

 苛立ちを露わに、乱が問う。

 

『あーもうしつこい! 宗三さん、まだ!?』

「待って下さい、今五十七パーセント、六十、六十四……!」

 

 六十七、七十二、七十五……。少しずつパーセンテージが上がっていく。それに伴い、外の銃撃も激しくなる。

 八十一、八十四、八十六……。どこからか、誰かが入ってきたら。嫌な想像をして、端末をしまい刀を握りしめた。鯉口を切って備える。

 九十、九十二、九十四……九十八。後少し、後少しなのに! 歯痒い思いをしながらその時を待つ。銃撃の音もヒートアップし、銃弾の雨という表現がぴったりだと感じる。

 そして――百パーセントになった。宗三は口早に告げる。

 

「乱! 百パーセントになりました!」

『よし、こっちもだいぶ集まった! ――これでも喰らえ!』

 

 外から脳を揺さぶる爆音が響く。それに備えていた宗三は耳を塞ぎ、音が漏れ聞こえないようにした。

 乱が炸裂させた物は、脳内ハッキング促進装置。不快な爆音で脳内を混乱させ、ハッキングを行いやすくする物である。所謂洗脳も行いやすくなるため、鶴丸が万が一にと乱と宗三に持たせたのだ。

 宗三は最終チェックを行う。ウイルスは無事システムと時間遡行軍のレプリカに混入しているようだ。後は隠蔽作業を行えば、ひとまずは任務達成である。

 しばらくして乱が外から戻って来た。宗三は乱に歩み寄り、互いの拳をぶつけ合う。

 

「お疲れ様、宗三さん」

「乱こそ、お疲れ様でした。監視カメラの加工も済ませています。隠蔽の方は大丈夫ですか?」

「うん。ボク達は警備員で、ここを巡回した事にしたから。最後には謝ってたよー、味方になんて事を、ってね」

「まあ、敵なんですけどね。僕ら」

 

 二振りは再び元来たルートを辿って行く。乱が文句を言いながらダクトの中を進む。その背中に、宗三は尋ねた。

 

「乱」

「うん? どうしたの?」

「……ウイルスが炸裂したら、大変な事になりますね」

 

 乱はその言葉に訝しんで返した。

 

「大変な事にするためにこうしてるんでしょ? 今更どうしたの?」

「……いえ。今までこんな大それた事をした事が無かったので、実は、わくわくしているんですよ」

 

 無言で進んでいくと、乱が吹き出す。

 

「あっはははは! そうだね、楽しみ! あいつらの目玉が飛び出た顔、直で見てみたいね!」

「鶴丸に交渉します?」

「多分反対されるんじゃないかなあ。慎重派だから、鶴丸さん」

 

 二つの反逆者の影は、談笑をしながらダクトの奥に消えていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。