空隙の町の物語   作:越季

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10-6「悩むもの、煽るもの」

「全員集まった? それじゃあ戦果を確認するよー」

 

 雲霄の加州が手を上げて全員の視線を集める。まずは俺達からね、と加州はメモ帳を取り出す。

 それぞれの班による戦果報告を右から左に流していた氷雨の鶴丸は、脳内で思考を巡らせていた。

 ――蜂須賀は知らない方がいい事に気付いてしまった。それは一体何だ?

 鶴丸が知っている事は、一期が共に連れ去られた事、犯人がどこからか「町」の時空座標値を手に入れていた事、政府産の時間遡行軍を用いていた事、それが誰かによってもたらされた事。消すに値しそうな事もあるが、どうも何かが引っかかる。それ以外何があるのか?

 ――そういえば、犯人は狂人だった。

 犯人は蜂須賀を兄と勘違いして拉致した。そして蜂須賀に丁寧に接して、一期の事は縛っていたという。それに煮え立つような怒りを思い起こしてしまい、いや今は感情的になるな、と首を振る。

 ――19478番の時も、怒りが込み上げて来たんだっけか。

 以前訪れた研究所跡地で見た胸糞悪い研究報告書。その時も、怒りのあまり機械を壊してしまったのだ。他の「鶴丸国永」はもっと悟っているのだろうかと落ち込んで、いやいやそうじゃないだろうと頬を叩く。いきなりの行動に、隣の小夜がびくっとして鶴丸を見た。

 ――今までの事を繋げれば……。

 鶴丸は、様々な事を思い浮かべた。反逆しようとした審神者達、胸糞悪い研究所、誘拐された蜂須賀、『幽霊』……これらが全て繋がるとは思っていないが、どれかが繋がる事はあるかもしれない。

 

「……る、鶴丸! 聞いてる!?」

 

 加州の声で、現実に引き戻される。はっとすると、全員が訝しげに鶴丸を見ていた。視線が集まっている事に軽く驚き、すまんすまん、と笑って頭を掻く。

 

「考え事をしててな。何だったか?」

「もー、ちゃんと聞いててよねー。……ここの『幽霊』は、以前調査部隊に退治して貰った奴みたいに何か話そうとしている傾向があった。意思の疎通はできなかったけど、これも報告する方向でいいよね、って話してたの。鶴丸はどう思う?」

「あーそうだな、俺も報告した方がいいと思うぜ」

 

「よし、全員報告した方がいいって出たので、これも報告しまーす。後、誰か話しておきたい事はある?」

 

 誰も手をあげる気配が無い。加州はぐるりと見渡してから告げた。

 

「じゃあ今回はこれで解散ね。皆お疲れ様。氷雨隊も協力ありがとう。ゆっくり休んで」

 

 そう言って雲霄隊は去っていく。三日月は調査部隊ににっこりと笑ってから隊の最後尾についた。それを見送った後、調査部隊から力が抜けていく。

 

「……いやあ、あの三日月はやばかったね」

「……いつ怒り出すか、分からないのが不気味でしたね」

「あれが最終兵器……その名にふさわしい迫力だ」

「……流石に堪えたな。それくらいしないと牽制にならないが」

 

 調査部隊は歩きながら三日月について話している。鶴丸はそれに頷きつつ、考えをまとめていた。

 ――近いうちに、19478番の事を調べに行こう。

 鶴丸は自室の引き出しの中にある赤く染まった紙片を思い浮かべて、そう決意した。

 

***

 

「……三日月、氷雨の鶴丸に何したの」

「少しお節介をしただけだ、気にする程でも無い」

「それにしてはずっとぼーっとしていたみたいですが……」

「干渉はなるべく控えて頂きたい。貴方の言葉は、あまりにも強過ぎるのだから」

 

 雲霄隊は帰路を行きながら三日月を問い詰めていた。彼は今日いきなり「俺も行くぞ」と告げて本当について来たのだ。マイペース極まりないこの自称じじいは、影響力が強いため普段は本丸から出ない。それなのに今回の任務について来た事に、部隊員全員が裏を感じずにはいられない。

 

「はっはっは、よきかなよきかな」

「良くねえ! どうすんの鶴丸が変な事したら!」

 

 マイペースさを発揮する三日月に怒鳴りつける加州。部隊員は苦笑いを浮かべているのがほとんどだ。

 しかし、いきなり三日月が立ち止まる。不審そうにする部隊員を尻目に、周囲を見渡してから咳払いをして注意を自らに向けた。

 

「……俺が今回ついて来たのはな、主にある任務を託されたからなのだ」

「へ? 何いきなり……主からの任務? 三日月に?」

 

 一体どういう事だろう。強い『幽霊』が出るかもしれないとでも言われたのだろうか。しかし、その指摘に三日月は首を振る。

 

「まあ、何か引っかかれば御の字と言った所だったのだが……見事に釣れたな。皆は見ていたか? 俺が現れた時の氷雨隊の反応を」

「皆驚いてましたが……」

「うん。びびってたし、普通の反応じゃ……」

「……三日月殿、それは真であるか?」

 

 山伏が、厳しい口調で問う。それに頷き、三日月は種を明かした。

 

「山伏は気が付いていたようだな。……俺は刀剣男士に畏怖の感情を与える事ができる。それに抵抗できるのは、狂人か、外道に堕ちたかだ。そいつは瞬きの間だったが、反応が遅れた。周囲の反応を見てから合わせたのだろうな」

「……それって――」

 

 加州が震える声で呟く。部隊員はもう、誰も笑いを浮かべていない。

 

「氷雨隊の堀川国広……あやつ、外道に堕ちたか。周囲を洗うように、進言した方がいいだろうな」

 

***

 

 審神者から戦術にまつわる本を持ってくるように言われた蒼穹の一期は、書庫で目的の物を探していた。書庫の一角にある本を数冊手に取り、よいしょ、と掛け声を出して持ち上げる。そのまま入口に向かい、戸を開けようと本を一度床に置こうとした瞬間、ガラガラと戸が開く。

 目の前にいたのは、鶴丸だった。

 

「先客がいたとは驚きだ。よっ、一期」

「……こんにちは、鶴丸殿」

 

 仮面のような笑顔は相変わらずだ。一期は一礼をして、鶴丸の横を通り過ぎようとする。

 しかし、鶴丸は何故か一期の後ろについてきた。何も言わず、けれども背中に視線が突き刺さっているのが不快で、一期は鶴丸の方を向く。

 

「……何か用ですか、鶴丸殿」

「いや、俺もこっちに用があるんでな」

「そうですか」

 

 再び沈黙が落ちる。それでもやはり背中に視線は突き刺さっており、何か言いたげな雰囲気が伝わってくる。氷雨の彼とは違う足音が何故か不気味に感じられて、一期はもう一度振り返った。

 

「……あの、何か話があるなら手短に――」

「なあ一期」

 

 鶴丸の声と表情に色彩が無くなっている。前回の問答の続きだろうか。一期は覚悟を決めて、鶴丸を見据えた。

 

「君には、大切な存在があるか?」

 

 唐突に何だろう。疑念と緊張を手放す事の無いように、一期は答える。

 

「……弟達と、主と、友達ですな」

 

 それは迷い無く答えられた。自分の事を慕う弟達は愛しい存在であるし、主無くして自分は存在できない。友達という概念は顕現してから理解したが――刀派の繋がりも無い存在と好意的な関係を結べるのは、尊い事だと思えた。

 鶴丸は、更に一期に問いかける。

 

「その大切な存在達と対立したら、君はどうする?」

 

 穏やかでは無い仮定だ。一期はしばらく考えてから告げる。

 

「まずは、対話を試みるでしょう。今の私達には口があります。心を伝えられる器官があるのです。それをまず使わずして、何を使いましょう」

 

 人の形を取った利点はこれだ。物言わぬ刀だった頃には考えられないが、今は心を持ち、それを伝える手段がある。出陣したい、手入れして欲しい、遊びたい。様々な欲求を伝える事ができるのだ。――感情に振り回される事も時々あるが。

 鶴丸は問いを重ねる。

 

「その対話が無意味に終わったとしたら? 否定され、拒絶され、その大切な存在が離れて行ったら、君はどうする?」

 

 ――答えられなくなった。一期は無意識の内に、自分の思いは必ず通ずると思い込んでいたのだ。人間によくある傲慢さ。それを否定され、一期の思考は停止してしまった。

 

「……正直に言うとだ。俺は、人は必ず分かり合えるなんて綺麗事にはうんざりしているんだ。同じ存在でない以上、必ず齟齬は生じる。それを無理矢理噛み合わせても、いずれ崩壊していくだけだ。それで苦しむ事になるなら、最初から繋がりなんて無い方がいいと思わないか?」

 

 鶴丸の言葉に、どうしてか反論できない。どこか穴があると分かりつつも、その暗い底無しの洞穴を思わせる表情に、怖気付いてしまった。本を持つ手が震えている。

 やはり、この鶴丸とは仲良くなれそうにない。

 後ろから声がする。審神者の物だ。救いを求めて一期は声の方を向いた。

 

「遅くなって申し訳ありません主、本をお持ちしました!」

「うおっ!? びっくりした! ……珍しいな、鶴丸が部屋の外にいるなんて」

「何、書庫に行ったら一期がいたもんで、ちょっと話をしただけさ」

 

 じゃあな、手をひらりと振り鶴丸は去って行く。確かに審神者の部屋を通り過ぎたが、自分を揺さぶるために話しに来たのではと疑ってしまう。

 

「……何かあったのか?」

「……いえ、私が未熟で、鶴丸殿の問いに答えられなかっただけです」

「一期が未熟ってんなら、俺なんか単細胞だろうな。何せ人を殴って審神者になったんだから!」

 

 あっはっは、と豪快に笑いながら自虐をかます審神者に、何とか心の安定が取り戻されていく。ほう、と息を吐き、一期は審神者に尋ねた。

 

「鶴丸殿は……顕現した時からああなのですか?」

「ああって?」

「……何か、他者を寄せ付けないような。説明が難しい、あの感じです」

「うーん……悪い一期、俺も分かんねえんだわ」

 

 解せない答えに審神者の顔を見る。審神者は、困ったような、憂うような複雑な顔をしていた。

 

「……実はな、あの鶴丸、うちで鍛刀した訳じゃない。かと言って、戦場で拾って来た訳でもない。政府からの貰い物なんだよ、あいつは」

「……そうなのですか?」

「ああ。だから、ここに来る前の事は分からない。政府の『強い戦力になる』っつー言葉につられて引き取ったんだ。……だがあいつ、あんまり丈夫じゃないらしくてなあ。部屋に引きこもってる事が多いんだよ。近侍もやりたがらないしな。だから俺も、あいつの事はよく知らない。主の名が泣くがな」

「……いえ、そんな事は」

 

 鶴丸が消えた方向を見る。風が強く吹き、廊下の上に枯れた葉が落ちて来た。

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