空隙の町の物語   作:越季

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10-7「惨劇の前兆」

 陽が傾きだして、空が橙色に染まっている。まだまだ近侍の仕事は続くけれど、今は休憩時間だ。蒼穹の一期は、端末を取り出しチャットアプリを開いた。

 

『畜生鶯丸呪ってやる! 具体的には箪笥の角に足をぶつける呪いをかけてやる!』

『やれるものならやってみろ。呪い返してやる』

『荒れてますね……鶴丸は雲霄の三日月に会った事が無いのでしたか、意外ですね』

『前連れて行った時三日月は不在だったからな。今日が初対面だ』

『あんなに怖いなんて聞いてねえぞおい! 本気でちびるかと思ったわ!』

『飛び上がった鶴丸は芸術的だったな。今思い出しても笑える』

 

 鶯丸の発言の後、鶴丸が泣いているひよこのスタンプを押した。それを見て一期の頰が緩む。

 ――ああ、この雰囲気、安心するなあ。

 和みながら、トークに混じろうと画面をタップする。

 

『こんばんは。つるまるどの、たいへんでしたね』

『一期! 鶯丸に嵌められた俺を慰めてくれぇ! 嬉しい驚きだと思ったのに恐怖体験するなんて聞いてないぞ本当に!』

『鶴丸、大概になさい。一期もそんな風に詰め寄られて鬱陶しいと思ってるでしょう。ちょっと当てられたくらいで大袈裟な』

『鶴丸が大きく跳躍した話をしようか。その方がいい』

『君達本当に呪うぞ!!』

 

 くすくすと笑い声を思わずあげてしまった。やはりこちらの鶴丸は安心できる。でも、彼には話しておかなければならない事がある。

 一期は鶴丸との個別部屋に、こう打ち込んだ。

 

『つるまるどの、ちかぢかてあわせをしていただけませんか?』

 

 すぐに既読マークが付き、それからしばらく待つと、鶴丸が返信してきた。

 

『どうしたんだ? 俺は別に構わないが……強くなりたいなら、焦らない方がいい。一期なら、すぐに練度上限に達するさ』

 

 気遣いを見せてくれるのはありがたいが――そんな猶予は恐らく無い。

 

『いえ、できればすぐに。……おそらく、わたしはうちのたいのつるまるどのとたいりつすることになるでしょう』

『どういう事だ?』

『……わかりません。でも、わたしのかんがつげるのです。いずれ、そうなると』

 

 手の震えが止まらない。吐いた息も頼りなく漂う。

 頭の中で警報が鳴るのだ。自分の知らないどこかで、取り返しのつかない何かが起きると――

 

『分かった、少しでも相手の手の内を知った方がいいもんな。俺はそっちの『俺』をよく知らないし、戦い方もズレがあると思う。それでも構わないな?』

『はい、おねがいします』

 

 多分、賽は投げられている。自分は、できる限りの準備をするだけだ。

 

***

 

 氷雨の鶴丸は、蒼穹の一期との個別部屋を閉じて、端末をスリープ状態にした。懸念事項は増えるばかりだ。

 引き出しを開け、紙片を取り出す。相変わらず赤錆びていて、文字はあまり読めないけれど――この紙片が、何かに繋がると信じたい。

 鶴丸は刀を握り、窓から外へ飛び出した。――真実へと繋がる糸を、掴むために。

 

***

 

『江雪、そういえば今どこだ? 一期も鶴丸もいなくなってしまったし、これから二人だけで飲みにでも行くか?』

『今は城下町です。……飲むのは、全員揃ってからがいいですね』

 

 雲霄の鶯丸は、江雪と個別部屋で話していた。相変わらず部屋の外はバタバタしているけれど、鶯丸にとってはただの背景だ。

 ――氷雨隊の堀川国広に、背信の疑いがかかっている。

 鶴丸もいずれ知る事になるだろう。その時、彼にどう接すればいいのだろう。それに、江雪が滑莧園の真相を知ってしまったら――

 次の会が湿っぽくならないといいな、と願いながら、鶯丸は茶を口に含んだ。

 

***

 

 城下町にてチャットアプリを閉じた清澄の江雪は、暗くなった空を見て本丸へ戻ろうと思い歩みを進めていた。

 今日はコタローとアズサのお別れ会があった。いよいよ里親に引き取られる二人に、子供達は涙を流して別れの言葉を贈った。江雪も、目が潤んでしまったのを覚えている。

 明日から二人がいなくなるのか、と物悲しさに浸っていると、後ろから声をかけられた。

 

「……江雪さん、どもっす」

「貴方は……サトルさん?」

 

 うす、と言って、台車を引いているサトルは小さく頭を下げる。彼は、猩々木庵の料理人見習いだ。時折、こうして料理や弁当を運ぶ事もしているが。

 サトルが、目を逸らしながら江雪に尋ねた。

 

「……江雪さん、今暇っすか?」

「もう本丸へ帰る所ですが……どうかしましたか?」

 

 サトルは台車の荷物を探ると、一つの包みを江雪に差し出した。

 

「……これを、滑莧園の子供達に運んで欲しいんすよ。今日、お別れ会があったんすよね? こういう時、子供達が大人に内緒でパーティーを開くみたいで……これがそのパーティーで出される料理なんすけど、俺これから他の所にも配達に行かなくちゃいけなくて……江雪さん、よければ頼めないっすか?」

 

 しばし悩んだが、子供達のためだ。江雪はその頼みを引き受けた。

 

「分かりました、これを子供達に届ければいいんですね?」

「すんません、お願いします」

 

 江雪は再び元来た道を歩いて行く。パーティーがあるなら、蒼穹の一期も呼ぼうと端末を取り出す。その足取りは軽かった。

 ――自分が悲劇の目撃者になるなど、この時の江雪は思いもしていなかったのだから。

 

***

 

 遠ざかる江雪を見て、サトルは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 ――サトルが話していた事に嘘は無い。ただ、真実を話さなかっただけで。

 当然これは忌々しい陰謀家の姉、ハルカの差し金だ。

 

「……糞姉貴の嫌がらせ、不発に終わるといいんだけどな……」

 

 そうならないだろうと諦めつつ、サトルは台車を引いて江雪とは逆の方向に歩いて行った。

 

***

 

 ――蒼穹の一期に言っていない事がある。確かに話の筋はあの通りなのだが、鯰尾は一部出来事を省略して話したのだ。省いたのは、「森」へ行く事にしたもう一つの理由。近い内に、話す事になるだろうが。

 それは、審神者が最期の言葉を告げた時。

 

「そうですか、良かった……それと、ぬいぐるみを使うのなら、もう一つお願いしてもいいですか?」

 

 何だろうと思いながら、五振りは頷く。礼を述べてから、審神者は「お願い」を告げる。

 

「あの方は……あの人は、私以上に辛い思いをしてきました。私は、本当はあの人に幸せになって欲しかったんです。だけど、私は皆様の主だから。なかなかあの人だけにかかりっきりにする訳にはいかなかった」

「主……何を言っているんですか?」

 

 鯰尾が、不審さを隠さずに問う。審神者は顔をこちらに向けて、淡い微笑みを浮かべる。

 

「長谷部さんの事を――×××××の事を、皆様にお願いしたいんです。皆様がこの世界に生まれてきて良かったと私に思わせてくれたように、あの人にもそう思って貰いたいんです」

 

 審神者の言葉に、五振りは固まる。鯰尾は、頭の中で様々な事象が組み立てられていくのを感じながら、愕然とした。――灯台下暗しとは、この事じゃないか。

 どさり、と物が落ちる音が後ろから聞こえる。それはあまりに大きく、病室に響いていた。振り向くと、目を見開き、顔を強張らせた長谷部が立っていた。

 

「……どういう事ですか」

 

 長谷部がベッドに近付く。落ちた荷物など見向きもせず、真っ直ぐに審神者の下へ向かう。

 

「今の……っどういう事ですか。貴方が、俺の……それは、本当に――どういう事なの、ねえ!」

 

 震える声で叫ぶ長谷部の口調は乱れている。それを笑うものは誰もいない。それどころか五振り全員が、悲痛な面持ちで俯いていた。

 ――もっと早く気付けていれば。そう思っても、もう遅い。彼女の命の火は、今にも消えようとしているのだから。

 

「――×××××、ごめんね」

 

 審神者が、長谷部の頰に力無く手を伸ばして涙を拭う。

 

「私ね、×××××に幸せになって欲しかった。地獄の様なあの場所で、ずっと×××××に幸せを貰ってきたから、それを少しでも返せればと思ったの。……でも、私は審神者になった。私情で一人だけにかかりっきりにする事は、どうしてもできなかったの。……×××××。いっぱい泣いて、いっぱい怒って、いっぱい笑って、いっぱい皆に頼ってね。それは、きっと大きくなるのに必要な事。――幸せになるのに、必要な事」

 

 力を失い落ちようとする審神者の手を、長谷部は震えながら握った。彼の目は今にも涙が溢れそうだ。審神者は、今にも閉じそうな目を何とか開いて、長谷部に伝える。

 

「……お土産話、沢山持って帰ってきてね。できれば八十年分くらいあると、嬉しいな」

 

 審神者の目が閉ざされ、病室に絶命の電子音が響く。審神者の手を取って慟哭する長谷部を、誰も止める事はしなかった。

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