――ここで君達に殺し合って貰う。
――僕達は君を歓迎するよ、だから笑顔を見せてくれ。
――寒いね。寒くて……お腹すいたね。
――生きろ、×××。
――一緒に、ここから出よう。こんな所にいたら、大人達に壊される。
――大丈夫ですよぅ。いつか×××殿にも、暖かな陽差しを浴びられる日が来ます。
――何か気味悪いよね、×××さんって……。
――お土産話、沢山持って帰ってきてね。出来れば八十年分くらいあると、嬉しいな。
――煩い! あんたみたいな化物、生まれて来なければ良かったのよ!
――これからは、俺達がお前の「家族」だ。
――×××××をいじめないで! きゃっ……!
――絶対に、お前の事を許さない。
ああ、耳鳴りが止まない――
11-1「宴と、その裏で」
灯りがついていく城下町を歩いて、来た道を戻り滑莧園の門前に到着したまでは良かった。が、そこから清澄の江雪は立ち尽くす。ここからどうしよう。大人達にも内緒のパーティーなら、堂々と入るのは大人達にバレるだろう。どこから入ろうか。
うろうろと園の周りを歩いていると、正門から小さな影が現れた。
「……あれ!? 江雪だ! サトルはどうしたんだ?」
「……ソメゴロー君」
正門から堂々と出て来たソメゴローに、江雪は唖然としてしまった。大人達はどうしたのか。それを問い掛ければ、答えはすぐに返ってきた。
「あー、里親が来る日は大人達みーんな卒園する奴送り出しちまうんだよ。だから園の中には……スギハラ先生しかいないかな? 先生も今部屋で突っ伏して寝てるの見たから、今の内に入った入った!」
ソメゴローは江雪の腕を引き、園の中に引き入れる。運動場は昼間の賑やかさはなりを潜め、遊具だけが江雪達を見ていた。玄関から棟内に入り、階段を上がってパーティー会場であるソメゴロー達の部屋に向かう。
浮き立ちながら歩くソメゴローが語る事には、こうして「卒園」して行く子供が里親に送られて行く日に残された子供達がパーティーを開いて、悲しみや寂しさを思いっきり吐き出していくのだという。子供達が小遣いを貯めているのは、大抵がこの日の為だ。流石に酒は飲まないが、ジュースや子供用ビール、菓子や料理を並べて子供達ははしゃぐ。そうする事で、明日からの生活に寂しさを引きずらない様にするのだ。
辿り着いた部屋のドアを開けると、中では数人の男女が入り混じり菓子の袋を開けていた。
「あっ、お前ら狡い! 先に始めるなよー!」
「悪い、ソメゴロー。皆もう食べたいって言っててさ……」
「料理は持ってきたんでしょうね?」
膨れるソメゴローにサクヤが謝れば、ツクシが強気な口調で料理の受け渡しを迫る。部屋の中をよく見渡せば、ここにいる子供達の年齢は十歳前後だ。それよりも小さい子供は、もう眠っているのだろう。大きな子の特権は、こういう時に発動するらしい。
ソメゴローが廊下に呼び掛けると、現れた江雪に子供達がざわめく。
「え、嘘、何で江雪さんが戻って来てるの?」
「ソメゴロー、先生に告げ口したのか!?」
「するか! 料理を持って来てたから、多分サトルに頼まれたんだろ!」
なあんだ、と言って子供達は江雪に笑顔を向ける。
「江雪さん、先生には内緒だよ?」
「江雪もパーティーに参加していけよ! お菓子いっぱいあるぞ!」
「ねえねえ、料理の中身は何?」
群がられた江雪が包みを開くと、中にはオードブル容器に詰められたフライドポテト、唐揚げ、ソーセージ、エビフライなどが入っていた。江雪の周囲からわあっと歓声が上がる。
「早く食べたい!」
「手を伸ばさないで男子! 江雪さん、ローテーブルの真ん中にその容器置いてくれる?」
「分かりました」
ツクシが頼めば、江雪は頷きローテーブルに容器をそっと置く。それは子供達にとって神々しい食事を置かれたかの様に思えた。その間に子供達はローテーブルの周りに座り、ツクシは江雪の分の飲み物を注いでいく。
子供達は料理と菓子が並べられたのを見てから、一斉にソメゴローの方を向く。
「……えっ!? 俺かよ!」
「ほらほら、いつもの自信満々な態度はどうしたの?」
「よっ、お山の大将!」
「それ褒めてねーだろタイガ!」
やんややんやと囃し立てる子供達。それに突っ込みつつ、ソメゴローはため息をついてコップを持ち立ち上がる。
「……あー、今日はアズサとコタローが里親に引き取られる事になった。寂しいけど明日から二人がいない日を過ごせるように、ここで思いっきり寂しさや悲しさをぶちまけていけ! それじゃあ、乾杯!」
「かんぱーい!」
ソメゴローの音頭で一斉にコップが掲げられる。子供達は菓子やオードブルをつまみ、わいわいと話を始めた。
「それにしても、コタローがいなくなるとはなあ……」
「まだちっこかったのにな。いや、ちっこい方がいいのか?」
「あーあ、本当にいないんだね。何でアズサなんだろ」
「ツクシ、いっつもアズサと競争してたもんね。二人はこの園の中でも優秀だったから、それでアズサが引き取られたんじゃない?」
子供達の話に相槌を打ちながら、江雪もコップを傾ける。中身はオレンジジュースだ。爽やかな香りを楽しんでいると、ツクシが江雪に話しかける。
「ねー、江雪さんも何かここでの思い出話してよー!」
「そういや江雪、今年の始め頃にふらっと現れてから、ずーっとここに通ってるよな。アズサやコタローとも仲良くしてたし、思い出もあるんじゃないか?」
ソメゴローも江雪の話を聞きたがった。子供達の目が、こちらを向いてきらきらと輝いている。江雪は僅かに口元を緩ませて、コップをテーブルに置いた。
「……私がこの園に来たのは、友達からの紹介でしてね。当時の私は悲しい出来事があって塞ぎ込んでいたのですが、この園に来て心が洗われました。……世の中は私にとって、辛い事の方が多かったのです。でも、皆さんと遊ぶ事によって、それを忘れられたのはとてもありがたかった。……コタロー君は少し気弱でしたが、言うべき事は言える子でした。アズサさんは強い意志の持ち主で、誰かとぶつかる事も多かったですが、その意志を曲げなかったのは素晴らしいと思います。私は、二人が里親の下で楽しく過ごして欲しいと願ってやみません。二人には沢山の救いを頂いたのですから、なおの事です」
しん、と子供達が静まり返る。料理をつまむ者も飲み物を飲む者もいない。江雪はコップを握りしめた。少し、感傷に浸り過ぎたか。そう思っていると、不意にツクシが涙を零した。
「……アズサぁ……やっぱり、寂しいよぉ」
それから、声を上げて泣き始めてしまう。隣の女子が慌ててティッシュの箱を渡した。男子も思う所があるのだろう、俯いて誰も話さない。
一気に沈んだ空気になったのを感じて、頭をガシガシと搔きソメゴローが大声を上げる。
「あーもう、お前ら湿っぽ過ぎ! 江雪も言ってただろ、里親に引き取られる二人の幸せを願う為にこのパーティーがあるんだよ! 特にツクシ、お前が泣いてるのなんて性に合わないだろ! お前はいつもみたいに呑気な笑顔浮かべてりゃいいんだよ! お前が元気じゃなかったらアズサも里親の所で元気でいられないだろ!」
ティッシュで涙を拭っていたツクシは、目を腫らしながらもソメゴローを睨みつけた。
「……呑気って何さ、バカソメゴロー……」
「呑気は呑気だろ! 後タイガ達、いつものパワーはどうした!? お前達は俺と一緒に真っ先にバカやるのが当然の流れだろ! パーティーはいつだって俺達がバカやって明るくするもんだろうが!」
矛先を向けられたタイガは、ぐっと詰まりながらも何とか呟いた。
「……だってさ、やっぱり寂しいよ。コタローがいなくなっちゃうのはさ。ちびっこくて、おどおどしてたけど一緒に遊んでさ……悲しく無い訳が無いよ」
それっきり男子は黙り込み、ツクシは嗚咽を漏らし続けている。女子はツクシの涙を拭いつつも、困っている様子だ。部屋の中には、重たい沈黙が流れる。
しばらくして、サクヤがコップを持って告げた。
「……俺はソメゴローの言う事も一理あると思うよ。このパーティーはさ、確かに悲しみや寂しさを吐き出す場だけど、だからと言ってずっと湿っぽくちゃ葬式と変わらないよ。――滑莧園のアズサとコタローっていう存在の葬式とね。この回は、明るい未来に向かう二人のお別れ会の二次会であるべきだ。湿っぽくなるのは、一瞬でいいと思う」
子供達は、サクヤの言葉を何とか噛み砕こうとしていた。――今の雰囲気が葬式と変わらない、と言われたらもう返す言葉も無い。江雪も二人の葬式では無く、送別会である事を望んでいた。悲しさや寂しさに押し潰される事無く、子供達には未来を夢見て貰いたい。子供達の笑顔は、江雪の救いの一つなのだから。
コップを傾けるサクヤを見て、ソメゴローがぽかんと口を開ける。
「……サクヤが俺の言葉に同意してくれるとは思わなかった……」
「まあ、流石に暗過ぎたしね。ソメゴローはちょっとデリカシーなさ過ぎだけど」
「なっ! 俺は何とか皆を笑わせようとだなあ!」
「そのやり方がまずいって言ってんの。正論が通らない事もあるんだから」
「セーロンって何だよ、またサクヤは難しい言葉使って!」
「いや、正論分かんないの……?」
「何だよその目! どーせ俺はバカだよ、ここ一番のな!」
「何で堂々としてんのさ。自慢出来る事じゃないよ」
いつもの二人のやり取りに、ツクシがプッと吹き出す。それは子供達に伝播していき、部屋の中は次第に笑いに包まれる。それを見渡し、ソメゴローは腕を組んだ。
「そうだ、その調子だ! もっと笑い声でこの部屋をいっぱいにするんだ!」
「どこの熱血教師? それに笑い声が大き過ぎても駄目でしょ、先生にバレるよ」
「……あっ」
「先生の存在忘れるなよ……ソメゴローは相変わらずソメゴローだなあ」
「それどういう意味だサクヤ!」
ツクシがあはは、と濡れた、けれど明るい笑い声を上げる。それにつられて子供達も笑う。パーティーの雰囲気は、いつの間にか賑やかなものへと変わっていた。
江雪はそれに内心胸をなでおろしながらフライドポテトをつまんだ。
「すみません、私が暗い事を言ったせいで……」
「私が勝手に悲しくなっただけだよ、気にしないで。……ソメゴローとサクヤのやり取り、やっぱり安心するね」
ツクシが江雪に笑いかけてからしみじみと呟く。やいのやいのと漫才を繰り広げるソメゴローとサクヤは、確かにこちらを安心させる。子供達が元気だと、こちらも元気を貰える。元気な姿を見るのは、江雪の心に安らぎを与える。戦いから離れて久しいが、この日々が出来れば続いて欲しいと願っていた。
「……あれ? これ……」
タイガが部屋の隅にある物を見つけて拾う。それは、小さなクマのキーホルダーだった。それを見て、サクヤが顔を青ざめさせる。
「……これ、俺が渡したやつ」
「コタロー、忘れちゃったのか? 今から届けに行って、間に合うかな」
首を傾げるタイガからサクヤがキーホルダーを受け取り、ドアの前へと駆ける。
「――絶対間に合わせる! ごめん、しばらく抜けるから!」
「ちょ、サクヤ!?」
ツクシが止める間も無く、サクヤはドアを開けて勢いよく飛び出して行ってしまった。しーん、と部屋が静まり返る。ソメゴローはため息をつき、子供達に告げた。
「……サクヤの分は取り分けるか。サクヤが帰るまで待ってたら、多分冷めちゃうし」
「そうだね……」
ソメゴローがオードブル容器から料理を取り分けようとしたが、フライドポテトを多く取り分けようとしてツクシをはじめとした女子達と言い争いになった。男子はソメゴローと女子の喧嘩を煽っている。
江雪は子供達を宥めながらも、ふと思い浮かぶ。
――一期も来られれば良かったんですがね。
ここに来る前、蒼穹の一期にも連絡は入れた。返事は「近侍の仕事があるので、残念だが行けない」というものだった。近侍になれた事を祝いつつ、ここに一期がいたらどうなっていただろうと考える。
せめて写真を撮って送ろうと思いつき、江雪は子供達に許可を得ようと口を開いた。
*
「……間に合わせると言っても、どこにいるんだろう、コタロー」
サクヤは部屋を飛び出した後、あても無く棟内をうろうろと歩いていた。コタローが外に出るとしても、どこに行ったのかは分からない。だからまずは、棟内を探索する事にしたのだ。
先生の部屋に行き先が書かれている物が無いかと、スギハラの部屋に行き眠っている彼女を起こさない程度に探したが、それらしい物は見つけられなかった。
次は、施設長の部屋だ。普段は立ち入り禁止だが、緊急事態という事で許されるだろう。そう思って、サクヤは施設長の部屋のドアノブを回す。施設長が反応すればと思っていただけで、開く事は期待していなかったのだが――ドアノブを奥に押し込む事が出来た。それに驚愕しつつも、サクヤは施設長の部屋に入る。
初めて入る部屋の中は、家具以外がらんどうで、静かで、外からする鳥の声しか聞こえなくて――それがとても不気味だった。
早く出ようと思っていたが、本棚の後ろに不自然な隙間を見つけてしまった。近付くと、本棚を動かす事が出来そうだ。ごくり、と唾を飲み込み、サクヤは本棚に全身の力を入れて横にずらした。
ふう、と息を吐いて振り返ると、本棚があった場所に引き戸があった。微かに開いているその引き戸を、サクヤは慎重に開ける。
開いた先は、暗闇だった。目が慣れてくると、奥に伸びている通路があると気付けるが。サクヤは音を立てずに、ゆっくりと通路の中に入った。心臓がいやに音を立てている。つるりとした壁につけている手がじんわりと汗で滲んでいる。次第に、鼻をつく薬品の匂いがしてきた。
――どうしてだろう。引き返さなきゃいけない気がするのに、進む足を止められない。
ひた、ひた、と歩く足音が、小さく響いている。右手は壁に、左手は胸を押さえながら、長い通路の奥へと進み続ける。
そして、彼は辿り着いた。――見てしまったのだ。
「……え? コ……タロー……?」
思わず呟いてしまった口を急いで押さえつけるが、もう遅い。
そこには、白衣の大人達がいた。数多の機械を操作している大人と、ある物を囲んでいる大人。部屋は機械の画面でぼんやりと明るい。それに妖しく照らされる大人達は、音の方向――呟いたサクヤの方を見ていた。
そして、囲んでいる大人達の中央にいたのは――
「……被験体15737番の侵入を確認。機密保持の為、処置の許可を申請します」
大人の一人が通信機器でどこかへと連絡を取る。それに呼応するかの様に、大人達の手が一斉にサクヤの方へ伸ばされた。
サクヤは一歩下がり、身を翻して走り出す。先程歩いた通路を懸命に駆ける。大人達の複数の足音が聞こえてきた。後ろを見る事をせず、サクヤは走り続けた。
大人達は何事か話している。それが聞こえる距離になってしまった事に焦り、サクヤは更に走るスピードを上げる。はあ、はあ、と息が切れているが、それを気にしている余裕は無い。
――何だよ、何だよアレ! コタローが、何で……
混乱する思考の中にいながらも、サクヤは通路の入口である引き戸の前に辿り着く。開けて飛び出そうとするが――開かない。力を思いっきり出して引いてもびくともしない戸を、サクヤは何度も何度も引っ張る。しかし――
「……全く、賢すぎるのも考え物だな。こうして行き着く者が出てしまう」
コツ、と足音がすぐ後ろまで迫る。ばっと振り向くと、白衣の大人達がこちらを見下ろしている。その視線はあまりにも冷め切っており、同じ人間を見ているとは思えないほどだった。サクヤは、往生際悪く大人達に叫ぶ。
「……何なんだよ、あんたら! コタローに何をしたんだ! いや、コタローだけじゃない――
大人達はそれに答えず、ただ蔑んだ視線を向けた。
「ほう、思っていた以上に賢いな。――だが、それはお前の知る必要の無い事だ。これからお前も、19688番と同じ存在になるのだから」
連れて行け、という命令に従い、白衣の大人達がサクヤの腕を掴んで引きずって行く。サクヤは激しく抵抗したが、所詮は子供。大人の力に打ち勝てず、どんどん奥に連れられて行った。
大人達は処置台にサクヤを固定した後、彼に注射針を刺した。
――ソメゴロー、ごめん。俺、約束破っちゃうな。
サクヤの意識が薄れていく。瞼の裏に、桜の花弁が舞った様な気がした。