空隙の町の物語   作:越季

65 / 167
11-3「残虐な侵入者」

 蒼穹の一期は、自室前の縁側から月を見上げていた。無事に近侍の仕事も終わり、後は眠るだけとなったが、何となく空を見上げたくなったのである。

 今日はいい天気で、少し欠けた月がよく見える。月見酒と洒落込みたい所だが、生憎酒の類は弟達に没収されている。なので、今飲んでいるのはただの緑茶だ。

 月を見ていると、夕方の会話が思い浮かぶ。

 ――分かり合えるは綺麗事、か。

 自隊の鶴丸の言葉だ。彼の迫力に圧倒されて、一期は何も反論出来なかった。それが悔しくて、もどかしい。

 確かにそうかもしれない。氷雨隊の鶴丸と一期が相容れない様に、世の中皆仲良しこよしなんて甘い幻想は一期だって抱いていない。

 ――けれど、話さなければ何も始まらないじゃないか。

 よっぽど話が通じない相手でなければ、まず話さなければならないだろうと一期は思っている。必ずどこかに、落とし所がある筈、と。――武力で全てを解決するのは、流石におかしいだろう。

 自隊の鶴丸は、何故あの様な思想を抱いているのだろうか。政府で何かがあった? それとも――

 背後から僅かに振動音がした。それは、文机の引き出しの中にある端末からした音である筈だ。そういえば、今日は子供達が大人達に内緒でパーティーをしていると清澄の江雪が話していた。その写真でも送ってくれたのだろうか。

 一期はそんな微笑ましい想像を浮かべて端末を取り出し――そして、通知を見て固まった。

 

『たすけてください』

『こどもたちが、おそわれて』

『だれか』

 

 送信相手は思った通り、江雪からだった。しかし、その文面が穏やかでは無い。江雪はこんな冗談は言わない。それに、この細切れの文章は――

 一期はすぐに戦装束に身を変えて、審神者の部屋へ向かう。道中で誰かとすれ違った気がしたが、気にも留められなかった。

 

***

 

 時は、少し遡る。

 

 喋りながらサクヤを待っていた子供達と江雪であったが、彼はなかなか戻って来ない。その事に痺れを切らした一人の女子が、立ち上がって鈴の鳴る様な声でわざとらしく告げる。

 

「……ねえ、サクヤ君遅いよね? しょうがないなあ。私、ちょっと探しに行って来るよ」

「ノギクさん。探すなら私が……」

「いーの! 江雪さんは座ってて、園の中ぐるっとしたらすぐ戻るから!」

 

 江雪が止める間も無く、女子――ノギクは三つ編みをなびかせて走って行ってしまった。そのあまりの速さにぽかんとしていると、ツクシが耳打ちする。

 

「ノギク、サクヤの事になるとすぐこうなるんだよ。ソメゴローがいない時は、ぷんぷんしながら追いかけてるの。多分、サクヤの事好きなんじゃないのかなあ」

「……そう言えば、以前からその様な傾向がありましたね。でも、決めつけるのは良く無いのでは?」

「本当に嫌いかもしれないって? ふふ、そんな事無いんだよ。ノギク、バレンタインの時めちゃくちゃ張り切ってたからね。一つだけの特別チョコ、渡してるの見ちゃったんだ。あ、これは内緒だからね?」

 

 彼女への配慮なのだろう、ツクシはソメゴローに聞こえない様にひそひそと友達の秘密を打ち明ける。恋の話は、いつの世代も女子の興味を惹くらしい。素直じゃない乙女心は、江雪にとって少し難解だ。

 ソメゴローが、身を寄せ合っているツクシと江雪を見て近付いてくる。

 

「なんだよー、江雪独り占めすんなよツクシ」

「ふふーん。コイバナはソメゴローには早いでしょ。もうちょっとイケメンになって出直してきな」

「なっ、江雪はそんな話よりスペレンジャーの話の方がいいに決まってるだろ! 後遠回しにブサイクって言ってないかお前!?」

「言ってない。被害モーソー激し過ぎ」

「くそっ俺がバカだからって偉そうに! お前がこないだのテストで赤点だったの知ってんだかんな俺!」

「大声で言うな! それにドベのあんたにだけは言われたく無い!」

 

 ぎゃあぎゃあと喧嘩を始めたソメゴローとツクシを、江雪は宥めすかしてみるものの、「ちょっと黙ってて!」の一言で押し留められてしまう。いつもの事だと男子は流し、女子も今回は宴に集中する事に決めた様だ。

 喧嘩の声を背景に、ちびりちびりとジュースを飲み続ける江雪。しかしまたしばらく経ち、ふと時計を見て不安が過ぎる。

 ――ノギクさんも、帰ってこないですね。

 同じくそれに気が付いたタイガが、喧嘩中の二人に向かって声を掛ける。

 

「おーい、お前ら大概にしろー。ソメゴロー、サクヤとノギクの様子見に行ってくれよ。ツクシ、ジュースはこれで最後?」

「……まだあるけど」

「じゃあまた一本出すか。ソメゴロー頼むよ。もしかしたらコタローとまだ別れを惜しんでるのかもしれないけど、先生に見つかったら大変だ。その前にこっちに戻って来させないと」

「……分かった」

 

 ほい、とタイガから懐中電灯を手渡され、ソメゴローは部屋の外へ出る。寄り道すんなよー、とタイガに言われてうるせえ、と叫び返す声がした。

 タイガの狙いは恐らく、二人を分断して頭を冷やして貰うのが目的だろう。しかし、江雪は戻って来ない二人と、一人で行ってしまったソメゴローが心配で仕方ない。

 

「……大丈夫ですかね。もしソメゴロー君が戻って来なかったら私が行きます」

「まあそうだな、次は江雪に頼むよ。……おーいツクシー、機嫌直せー」

 

 膨れるツクシの肩を叩くタイガ。その光景を見ても、江雪の不安は消えなかった。

 

 

 ソメゴローは階段の先を懐中電灯で照らしながら、ぶつぶつとぼやいていた。

 

「何だよ、ツクシの奴。俺はハゲじゃねーっての、じじいになってもふさふさ頭のままだっての。……サクヤも早く帰って来いっての」

 

 最後の一言には、寂しさと不安が滲んでいた。それを振り払う為に足音を立てない様注意しながら、ゆっくり階下に降りて行く。

 踊り場にある窓から月光が差し込んで、ほのかに明るい。それでも静まり返った夜の家を進むのは、昼間の賑やかさとは打って変わりひょこっと変なものが出てきそうな不気味な雰囲気があって少し怖い。例えば、幽霊とか、泥棒とかが襲って来たら――

 

「いやいや、怖くねーし! さっさと二人を見つけて――」

 

 そこでソメゴローは、ある異変に気が付き独り言を打ち切る。一階は、大人達が集まる場所もある筈だ。なのに、あまりにも()()()()()

 この時間帯は子供達にとって深夜といってもいいものではあるが、大人にとっては会議や打ち合わせ、大人達だけの宴会などがあってもおかしくは無い時間なのだ。それはパーティーがある日以外に起きていた事もあるやんちゃ坊主のソメゴローも知っている。

 それに、人の気配が全く感じられない。大人達が寝ているだけならいいのだが、原因不明の胸騒ぎがしてならない。ソメゴローは慎重に懐中電灯で廊下を照らして明かりが灯っているスギハラの部屋へと歩みを進める。

 理由の分からない胸騒ぎが、いよいよ明確になってきた。近付く度に、鉄臭さが強くなるのだ。鼻をつく臭いに自然と足取りが重くなる。それでも部屋の前に辿り着き、ソメゴローはスギハラの部屋を覗き込み、そして――絶句した。

 

「な――何だよ、これ……!」

 

 スギハラの部屋の床は、赤黒く染まっていた。根源を辿ると、そこには腹を裂かれ、血を流し机の前に崩れ落ちているスギハラの肉体があった。ソメゴローは彼女に恐る恐る近寄る。

 

「せ、んせい……?」

 

 スギハラからの返答は無い。表情を見ると、目から光が消えて、顔から血の気が引いている。口からも血が流れており、固まったまま微動だにしない彼女の生存は絶望的だとソメゴローにも分かった。

 ソメゴローは懐中電灯を手放し、その場にへたり込んだ。血の海の上に座り込んだ為、足や手に血が付いてしまう。だが、そんな事に気を回している余裕は無かった。

 数時間前までアズサとコタローの別れを惜しんでいた人が、昨日まで笑顔で子供達に接していた人が、やんちゃをしている自分を叱っていた人が、今はもう、物言わぬ死体に変わってしまった。それに思い至って、ソメゴローは頭を抱える。

 ――何で? 何で、先生がこんな状態になったんだ? だってパーティーの前だって、いつもの様に早く寝なさいって言ってたのに――

 混乱を極めるソメゴローの思考を遮るかの様に、今度は悲鳴が飛び込んでくる。その特徴的な声質に覚えがあった。

 

「――ノギク!?」

 

 床に落とした懐中電灯を掴み、立ち上がる。部屋を出ようとして、一瞬だけスギハラの遺体に振り返る。

 

「先生、ごめん。後でもう一度来るから……!」

 

 そう告げて、声のした方へ走り出す。今自分が出せる全力で駆け抜け、何の部屋か確認しないまま、息を切らしてドアを開ける。

 月光に照らされ、一人の男が立っている。それは、白く長い髪に血を吸い込ませ、右手に血を滴らせた刀を、左手には白衣の男の首根っこを掴んでいた。

 彼の背後を見ると、数人の白衣を着た人間が折り重なって倒れており、その場を血で染めていた。

 そうして最後に、男の視線の先を追えば――腹を裂かれたノギクが、壁に倒れ込んでいた。ノギクの息は小さく、呼吸をする度に口から血が出ていた。

 様々な感情の末に呆然と立つソメゴローを見て、白髪の男が呟く。

 

「……まだ邪魔者がいたのですね。母様は見つからないし邪魔者は多いし、あの鳥に騙されたか。まあいい。母様の周りの邪魔者は、全て排除しなくては」

 

 ぽい、と白衣の男を投げ捨て、白髪の男はソメゴローの方を向く。鋒をこちらに向けてニタリ、と酷薄な笑みを浮かべるその様に、ソメゴローは口にしようとした数多の罵詈雑言を封じられた。

 ――何だ、こいつ……シリアルキラーって奴かよ……

 気迫に押されて、思わず一歩下がってしまう。白髪の男も一歩ずつこちらに近付いてくる。

 男が刀を構え、ソメゴローを斬ろうとした――その時。ゴン、と男の頭に何かがぶつかった。男が刀を下ろし、振り返って投げられた方向を見る。ソメゴローも痛みが襲って来なくなった事を訝しみ、目を開く。

 

「……まだ生きていたのか」

 

 男の足元に、卓上時計が落ちている。ノギクを見ると、振りかぶった手をそのままにはあ、はあと痛みに苦しみながら息を切らしていた。ソメゴローに背を向けて、男はノギクの方へと歩く。ノギクは顔を上げ、ソメゴローに視線だけを向け、口を小さく動かした。

 ――こうせつさんに、たすけを。

 ソメゴローはノギクが命懸けで作った時間を受け取り、踵を返した。

 ノギクはそれを見届けて、振り下ろされる鋒を受け止める様に目を閉ざした。

 

 

「……ソメゴロー、遅いよな?」

「どうしたのかな……もしかして先生に見つかったとか」

「それやばいじゃん。ゴミとか隠した方がいいかなあ」

 

 子供達はそう口にしながら片付け始める。その顔には不安の色が浮かんでいた。江雪も流石に次は自分が見に行こうと提案する事を決めて、片付けを手伝う。

 

「一気に三人もいなくなると……何か部屋が広く感じるね」

「うん……八人でも普段は狭く感じるのにな」

「何があったのかな……三人とも説教されてるのかな」

 

 ボソボソと囁き合いながら部屋を片付ける子供達。江雪が時計を見ると、針はもう既にサクヤが部屋を出てから四十分経過している事を示していた。

 江雪がそれを見て口を開く。

 

「あの、そろそろ私が探しに――」

 

 ドアが勢い良く開き、バタン、という音と共に閉ざされる。ドアを背にはあはあと荒く息をするソメゴローは、その顔を青ざめさせていた。

 

「ソメゴロー!」

「ソメゴロー、サクヤとノギクは――」

「静かに! ――奴に見つかる」

 

 ソメゴローはこちらを心配そうに見つめる江雪へ静かに迫った。

 

「江雪! お前戦うのが嫌いなだけで戦えるんだよな!?」

 

 その表情に、いつもの明るさは無い。揶揄う様子も見受けられず、子供達はソメゴローを見たまま固まった。江雪がソメゴローに問う。

 

「……何が、あったんですか」

「――スギハラ先生が殺された。呼吸もしてなかったから間違いないと思う。こっちに来る時間を稼いでくれたノギクも、多分……」

「……は? 先生が、殺された?」

「ノギクが、殺された? ちょっと、ソメゴロー冗談――」

「ツクシ声落とせ! 奴は多分、こっちに来る!」

 

 いつにも増して顔を強張らせ殺気立たせるソメゴローに、ツクシは言葉を呑み込む。八人の子供達は、ドアを抑える様に立ち、足に血が付いているソメゴローの様子を見て、口をつぐむ事しか出来なかった。江雪は拳を握り、ソメゴローに尋ねた。

 

「……犯人は、どんな様子でしたか」

「……白くて長い髪をして、何か『母様』とか言ってた。それと――刀を持ってた」

 

 それを聞いた途端、江雪は戦装束に身を変え、刀を左手に握った。右手で端末を握りソメゴローに告げる。

 

「ソメゴロー君、扉から離れて下さい。相手は、私と同類の可能性があります」

「どういう事だ?」

「――扉を切り裂けるかもしれないという事です。開かない様にするのはありですが、貴方まで切り裂かれるのは頂けません」

「じゃあ、どうすればいいんだ」

 

 端末から三振りに救援を求めようとするが、焦りが出ているのか上手く操作出来ない。焦燥のまま江雪は衝撃が抜け切っていないソメゴローに指示を出す。

 

「こちらに来る、という可能性が高いのなら、この部屋で相手を迎え撃ちます。その足の血で、相手も真っ直ぐこちらに向かって来るでしょう。確かこの部屋の窓から、外に出られる筈ですね? 皆さんは、外に出てから他の子供達を連れて避難を」

「避難って、どこに」

「……とりあえず、城下町の真ん中に行こう。そこなら人も多いし、警察を呼んで貰えるかも」

「それで決まりだな。じゃあ江雪、悪いけど任せたよ」

 

 江雪は頷き、端末をしまいドアに注意を向ける。子供達は窓を開けて一人ずつ外へ出て行く。ずり、ずり、とこちらに向かう足音が聞こえる。江雪は抜刀して、戦闘態勢に入る。最後の一人であるソメゴローが窓枠から外に出た途端、ドアが真っ二つに割れた。

 男――小狐丸は、縦に裂かれたドアを蹴飛ばし、部屋の中へ侵入しようとして、目の前で刀を構えている江雪を見た。

 

「……刀剣男士……やはりあの鳥は一度吊るさねばならないな」

 

 舌打ちした小狐丸は、ポニーテールの少女の遺体、その襟元を掴み引きずっていた。彼女の遺体から流れ出た血が、廊下の床に歪な線を引いている。

 江雪は視界が赤く染まるのを感じながらも、目の前の返り血に塗れた殺戮者の言葉を聞いていた。

 

「まあいい。私と母様の邪魔をする者は、全て殺す。今までと同じ事だ。邪魔者を殺せば殺すほど、母様との距離が縮まる。ふふ、私は必ず、母様の下へ帰りますからね……」

 

 ――無意識のうちに動いていた。小狐丸と江雪の刀身がぶつかり合う。しばらく鎬を削った後、江雪は力を入れて相手を押し込め、力負けしたと察した小狐丸は後方の廊下に下がった。

 ふつふつと、江雪の中で更に怒りが込み上げる。その源は、いつの間にか投げ捨てられた少女の体であったり、廊下に点々と横たわる動かない小さな体であったり、ソメゴローが知らせた事が事実であると分かったからだろうか。

 

「……貴方が、スギハラさんと子供達を」

「ん? ……ああ、邪魔者共の事か。そんな者共の名など気にもしなかったわ。私の目の前にいたのは弱き邪魔者のみ。すぐに朽ち果てる者の名を知るなど、無意味な事であろう」

 

 今、彼は何と言ったか。スギハラと、子供達の命が、弱くてすぐに朽ち果てる無意味な物だと?

 ぶちり、と脳内で何かが切れたのを感じる。柄を強く握り、江雪は吼えた。

 

「――尊い命を無意味と断じ、いたずらに散らすその有様、見過ごせる物ではありません。貴方は、ここで仕留めます!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。