空隙の町の物語   作:越季

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11-5「援軍」

 蒼穹の一期は、執務室で審神者に外出許可を申請していた。しかし、正座をして一期に向かう審神者の反応はよろしく無い。

 

「……だからなあ。お前さんがそこで折れでもしたら、今度こそお前さんの弟達に合わせる顔が無いっての。政府に通報もしたし、後はお上に任せようや」

「しかし江雪殿が折れたら、私はこの先ずっと後悔する事になります! 友達からの救助要請を跳ね除けるなんて、私には出来ません!」

「俺もその気持ちは分かるが。……お前さんが友達を思う様に、ここの奴らもお前さんを大事に思っている。ましてやお前さんにはお前さんを慕う弟達が沢山いるだろう。そいつらの気持ちも汲んでやれって話だ」

「ですが……!」

「それに、夜は太刀の力が大きく落ちる。厳しい事を言わせてもらうが、お前さんが行ってもあまり力にはなれんと思うぞ。……俺はもう、誰一振りとして折りたく無いんだ。分かってくれねえか、一期一振」

 

 悲痛な面持ちで拳を握る審神者に、一期も言葉に詰まる。

 分かっている。一期だってこの本丸の兄弟や仲間達を大切に思っているし、今から飛び出して何かあったら、本丸の皆は心配するだろう。それを蔑ろにしたい訳では無い。だが、友達の危機に何もせずにいられない程一期は安定した心を持ち合わせていない。江雪の事を侮っている訳では無い。けれどもし彼に何かあったら、永遠に悔やみ続ける事になるだろう。

 歯噛みする。せめて、他の一期一振の様にもう少し冷静になれたなら――

 

「ならば、短刀や脇差が同行したらいいのですね?」

 

 執務室の外から、声が響く。それは一期にとって愛おしい、兄弟の声だった。目の前の審神者が驚きで目を見開く。一期が振り向けば、そこには明るい茶髪を切り揃えた短刀と、銀髪の脇差が立っていた。

 

「……聞いていたのか、前田。それに、骨喰も」

「はい。すみません、無作法でしたね」

「悪かった」

 

 前田と骨喰は謝罪をしてから、呆けている一期の斜め後ろに座り、審神者に提案する。

 

「僕達は練度もそれなりにあります。確かに僕達は政府の刀達に比べれば弱いかもしれません。でも、数々の経験を積んで、戦況も見極められると思っています」

「いち兄も強くなった。だが、俺達も強くなっているんだ。それに、いち兄がここまで同じ刀派では無い刀に肩入れするのも珍しい。俺達は、それを尊重したいんだ」

「危険だと判断したら、すぐに撤退します。ですから主君、僕達に出陣許可を頂けませんか」

 

 二振りが頭を下げて、審神者に請う。一期も改めて出陣の許可を求めた。

 

「お願い致します。私達に、滑莧園への出陣許可を。二振りは短刀と脇差、強い戦力になる事は私がよく知っています。――城下町の平穏を取り戻す為にも、どうか」

 

 低頭する三振りに、審神者は深く息を吐き、三振りに背を向けて文机を漁る。そのまま頭を上げずにいた一期達に、何かが降って来た。

 

「頭を上げろ、三振り共。……お前達の思いはよく分かった」

 

 言われた通りにした一期は、目の前に落ちていた物を見て仰天する。それは、白い御守り。破損箇所を完全に直して、万全の態勢にする事が出来る代物。背後の二振りも、驚愕の声を漏らした。

 

「主君、これは……!」

「……とっておき、だったんじゃないのか」

 

 手に白い御守りを握り、審神者を見つめる三振り。審神者は観念した様に口を開いた。

 

「……言っただろう、友達が大事な気持ちは分かるって。俺だって、見捨てる事を積極的に勧めようとする程冷酷じゃねえ。ただ、一期が単独で滑莧園に行って、折れてしまうのが怖かっただけだ。弟達を遺して折れてしまって、弟達に責められるのも怖かったのもあるな、情け無い話だが。だが前田と骨喰、お前さん達がここにいるって事は、粟田口派は一期の想いを肯定したのが大半だったんだな?」

「……はい、確かに粟田口の面々で話し合いました」

「なら、俺からは何も言えねえよ。お前さん達は刀だが、今は心がある。お前さん達の考えを無視して、俺がお前さん達の意思を握り潰す何て事は出来ねえ」

 

 呆然と審神者と前田の言葉を聞いていた。大切な御守りが、大きな力を感じさせる。まるで、審神者からこの心を肯定されたかの様だ。

 一瞬顔を緩めていた審神者は表情を引き締めて、三振りに命じた。

 

「その御守りは、デッドラインだと思え。刀装が一つでも壊れたら撤退、一つでも御守りが壊れた時点で何が何でもその場から離れろ。あくまでお前さん達は政府の刀が来るまでの時間稼ぎだ。――一期一振。お前の友達の力になって来い。前田と骨喰はサポートに回れ。全員、必ず生きて帰還するように」

 

 一期の言葉と共に、三振りは深く頭を下げた。

 

「――かしこまりました。必ず、主の下へ帰ります」

 

 

 夜の城下町は酒気と喧騒で満ちていた。顔を真っ赤にして千鳥足で歩く者、そこまで行かなくても気分が良さそうに足取り軽く歩く者。その合間を縫って三振りは駆けていた。人々にぶつからないのは流石刀剣男士といった所か。

 

「……しかし、主と話している時間はあまり長く無かったと思うのだけどね。いつの間に話し合いをしたんだい?」

 

 滑莧園に向かいながら、一期が弟達に問い掛ける。その疑問に答えたのは前田だった。

 

「通りすがった兄弟が話を持って来てくれたんです。それでいち兄の友達が危ない事を知りまして」

「兄弟? それは一体誰が?」

「それは……あれ? 誰が話してくれたんでしょう……? 確かに、粟田口の刀だったと思うのですが……」

 

 首をひねる前田に、一期も少し訝しむ。前田がこんな事で誤魔化しをするとは思えない。本当に思い出せないのだろう。それなら、一体どうして粟田口の内の誰が伝達したのか分からないのか。そう言えば、審神者の部屋へ向かう途中で誰かとすれ違った気がした。もしかしたら、彼が教えてくれたのかもしれない。でも、それが思い出せない事に繋がるのだろうか。

 物思いにふけっていた一期は、骨喰の言葉で現実に戻る。

 

「見えて来た、あそこが滑莧園だな?」

「ああ、あの場所で――っ!」

 

 顔から血の気が引く。滑莧園からは、赤々と火の手が上がっていた。本能的な恐怖を何とか振り払い、一期は正門へと走る。

 正門の前に、火の赤さに照らされた子供達が集まっていた。それは滑莧園にいる子供達の総数と一致しない。一期は子供達へと叫んで、駆け寄った。

 

「皆、無事か!?」

「一期さん!」

「一期! 中で、江雪が……!」

「まだサクヤが見つかってないの! どうしよう、生きてる子だけでも町に逃げようと思ったのに……!」

「ツバキが、ツバキが……うっ、うわあああん」

「皆さん、落ち着いて下さい! 一人ずつ、ゆっくりと状況を教えて貰えますか?」

 

 前田が凛とした声を上げ、子供達の視線を集中させる。混乱している子供達を代表して、ボブカットの少女が子供達の前に出た。

 

「……貴方は、一期さんの弟?」

「はい、前田藤四郎と申します。こちらは骨喰藤四郎です。兄の一期一振が江雪さんから異変を知らせる連絡を頂き、補佐として僕達が共に駆け付けた次第です。貴方の名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「……私はツクシ。よろしくね、前田……さん、骨喰さん」

 

 ツクシは前田と骨喰にぺこりと一礼する。骨喰は軽く頷き、前田も一礼する。骨喰がツクシに向かって、落ち着かせる為か比較的穏やかに話しかけた。

 

「お前がこの中で一番冷静そうだ。教えてくれ、ここで何があった?」

 

 ツクシは背後で泣いていたり顔を青ざめさせていたりする子供達を見ながら、悲痛に顔を歪める。

 

「……私達、ある部屋に集まってパーティーをしていたの。そしたら、サクヤが今日卒園する子の忘れ物を届けに行って……でも、しばらくしても帰って来なくて、その後ノギクがサクヤを探しに行ったの。そしたらノギクも戻って来なくて……今度はソメゴロ―――そこでサクヤ探すって暴れてる奴ね、そいつが探しに行ったら……スギハラ先生が、死んでいたらしくて」

 

 スギハラが死んだ。それは、一期の中で決して小さくは無い衝撃をもたらした。刀は母親を持たない。けれど、スギハラの姿勢は確かに子供達の母親なのだと思わせるのに充分なものだった。余所者の自分でもそんな風に思うのだ、子供達にとってのショックは如何程か。ツクシは続ける。

 

「先生が死んでいるのを確認した後、ソメゴローは悲鳴がした部屋に向かったの。そしたら、ノギクが、……白いロングヘアーの刀を持っている男に斬られている真っ最中だったって。ノギクはソメゴローを逃がす時間を与えてくれたらしいけど、生きてるかは、もう……」

 

 そう言って、ツクシは俯いて嗚咽を漏らし始める。必死に涙を堪えながら証言を続けようとする彼女の背中を、前田が支えていた。

 滑莧園の子供までもが犠牲になった事に悲憤せずにはいられない。一期がここに来る度に笑顔で迎えてくれた少女にはもう会えない。それが酷く辛く、白髪の男――間違い無く刀剣男士だろう――へどうして平穏な子供達の園を狙った、と詰問したくて仕方が無かった。

 

「……ソメゴローは、私達の所に戻って来て、江雪さんに戦えるか聞いた。江雪さんは、私達を逃がす為に、今も戦っているの。私達は逃げながら、他の子達を窓の外から探したけど……どこの部屋のカーテンも血塗れだった。多分、生き残っているのは、ここにいる子達だけなんじゃ――」

「――サクヤは生きてる! あいつは簡単に死ぬ奴なんかじゃないんだ!」

 

 ツクシの声を遮り、癖っ毛頭の少年が叫ぶ。彼は少し長い髪の少年に羽交い締めされており、それでもそこから逃げだそうと暴れていた。

 

「落ち着け、ソメゴロー! 今中に入っても江雪の邪魔になるだけだ!」

「タイガ離せ! あいつは絶対に生きてる筈なんだ、こんな所で死ぬ奴じゃないんだ!」

「だからってあの火の中に入るのか!? 一期達も来たし、後は任せよう! お前が死んだら、誰がサクヤを迎えるんだよ!」

「畜生、畜生……!」

 

 ソメゴローはぼろぼろと涙を流しながら、園内を見つめる。途端、運動場に面しているガラス戸が割れて、中から二つの影が飛び出した。

 影の一つである江雪は戦装束が所々破れており、荒く息を吐きながらもう一つの影――小狐丸を睨みつけていた。小狐丸も口からぺっ、と血を吐いており、距離を置き身体中の傷に見合わない爛々とした視線で様子を窺っている。

 

「……スギハラさんの血を吸い、子供達の血を吸い……どこまで血を求め続けるのですか……!」

「ふん、母様と私の邪魔をする奴等が悪い。お主もここで引けば、命を見逃してやってもいいぞ」

「……そうして私がいなくなった後、狙うのは子供達でしょう! それを分かっていて、引く事など出来ません!」

 

 はん、と鼻で笑って、小狐丸が刀を前に突き出す。それを紙一重で避けて、江雪も袈裟懸けに刀を振るう。攻勢と守勢が目まぐるしく変わる。火の音と金属の音が、やけに鮮烈に聞こえた。

 

「僕達も行きましょう、いち兄。火が激しいですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。骨喰は大丈夫かい?」

「……大丈夫だ。だが、ソメゴローが暴れているのが心配だ。俺は、子供達の側から遠戦を仕掛けるが、それでも大丈夫か?」

「確かに子供達は気になるね。骨喰、頼んでいいかな?」

「任せてくれ。――刀装、展開」

 

 骨喰が刀装玉から小さな兵士を生み出す。兵士達の手には、弓が握られている。兵数は計十六。子供達は目を丸くして、手品じみた光景を見ていた。

 

「標的は小狐丸だ。――行け」

 

 その一言で兵士は弓を構え、次々と矢を放っていく。小狐丸はこれを察し、自らの兵で防衛する。

 

 怯んだ一瞬を、前田は見逃さなかった。すぐさま兵の隙間を縫い、小狐丸の腕を狙う。小狐丸は大きく下がり態勢を立て直そうとするが、前田の猛攻は止まらない。足を、脇を、首を。素早い動きで小狐丸を翻弄し、少しずつ態勢を崩していく。

 しかし、小狐丸は猛攻を受けているのに目を光らせた。それに気付いた前田は小狐丸の胴体から離れようとしたが、大きく刀を振るわれ、展開していた兵を大きく削られる。

 

「……全く、無粋な輩の多い事よ」

 

 小狐丸は苛立ちを隠さずに足をトントンと鳴らしている。前田の額に一筋、汗が流れた。

 ――太刀には不利な夜戦の筈なのに、相手の戦意が全く落ちていない。

 むしろ、目がますます輝いている様な気もした。相手は殲滅するまで戦う気だ。何がそこまで彼を駆り立てるのかは分からない。けれど、これは早急に抑えなければ危険だ。

 一期が江雪の下へ走り、ふらついている江雪を支える。

 

「江雪殿! ご無事ですか!?」

「……まだ大丈夫です。来てくれてありがとうございます、一期」

「気にしないで下さい、友達なんですから。前田、私の加勢はいるか?」

「……いち兄、来ては駄目です。短刀の僕が思いっ切り重歩兵を削られたんです、太刀では重傷にされるかと」

 

 焦燥感に満ちながらも冷静に判断を下した前田の言葉に、一期は声を出せなくなった。前田も乱よりは少し遅いが、蒼穹隊の創設期からいる古参組だ。練度も相応に高い。その彼の刀装を小狐丸に大きく削られ、この判断を下したのだ。小狐丸の脅威は推して知るべしだろう。

 

「……私では、力になれそうに無いですね」

「いいえ。貴方が来てくれたのは勿論、戦力として前田と骨喰を連れて来て頂けて嬉しいです」

 

 江雪の顔を見ると、確かに少し安堵の表情が浮かんでいる。友の心に僅かな余裕を生み出せたのなら、来た甲斐があるというものだ。しかし江雪はすぐにその顔を曇らせる。

 

「……あの小狐丸は正気の沙汰ではありません。ほぼ重傷で恐らくは立っているのもやっとの筈なのに、『母様、母様』と呟きながら立ち上がって来るんです。誰を求めているのかは分かりませんが、子供達を狙う以上私も引けなかった」

 

 不死身なのかと疑いたくなりますね、と江雪は付け加えた。少し離れた所へ視線を向ければ、未だ前田と小狐丸が睨み合っている。戦況は膠着状態だ。

 

「一期、子供達の避難誘導を。初対面の骨喰一振りでは子供達も不安がるでしょうからね。せめて小狐丸から遠い場所へ移動出来れば……」

「分かりました、すぐに――」

「邪魔者を逃がす私だと思うたか?」

 

 一期が子供達の所へ向かおうとするのを遮り、小狐丸が兵を展開させる。兵数は僅か六であったが、それを見て江雪と一期は愕然とし、前田は問いただす様に叫んだ。

 

「何故――何故、太刀である貴方が銃兵を指揮出来るのですか!?」

 

 それには答えず、小狐丸は兵達の銃口をある方向へと向ける。向けた先は、正門から離れようとしている子供達。一期は気が転倒しながらも正門へ叫んだ。

 

「骨喰! 子供達を守れ!」

 

 叫びは届き、骨喰は銃口が己の方へ向けられているのを確認した。が、兵を展開する僅かな時間で銃弾が飛んでくる。展開途中の兵の間をすり抜けた弾丸は、骨喰の近くにいたツクシに当たろうとしていた。

 ツクシは恐怖で体を震わせる事しか出来なかった。彼女の死への恐怖を嘲笑う様に、目の前に弾丸が迫ってくる。目を閉じて固まるしか無かったツクシに、横からドン、と押される衝撃を受けた。その勢いのまま、ツクシは尻餅をつく。

 目を開くと、視界いっぱいにタイガの姿が映った。

 

「ツク……シ……大丈夫か?」

 

 頷こうとしたツクシは、何かに耐える様に声を震わせ、顔をしかめるタイガの様子を訝しむ。

そして視線を顔から下に移すと――タイガの腕から、血が滴っていた。

一気に平静が失われたツクシは悲鳴を上げてタイガに取りすがる。

 

「タイガ! 何で、何で、私を庇って……嫌、嫌だよ、タイガが死んじゃうなんて……!」

「……体に傷でも付いたら大変だろ。撃たれたのは腕だけだから心配すんな、()()()()

 

 かつての呼び方でツクシにおどけて見せるタイガは、まだ痛みが引いていない様だ。ツクシは慌ててスカートのポケットからハンカチを取り出しタイガの腕に巻こうとする。

 タイガが撃たれた事によって、子供達の間にも恐慌が広がった。あらぬ方向へ駆けていこうとする者や、その場にうずくまって震える者、タイガの傷を過剰に心配する者などに分かれた。

 骨喰は慣れないながらもそんな子供達を何とかまとめようとし、そして再び背後から銃弾が飛んでくる気配を察して兵を完全に展開させる。兵数をかなり削られながらも、今度は子供達の防衛に成功した。

 

「お前達、一度集まれ! 兵達の内側から出るな!」

 

 恐慌状態の子供達を集める骨喰を一瞥し、小狐丸はまた鼻を鳴らす。

 

「おお嫌だ、あの様な不快な声を上げて。何故母様は私ではなく(わっぱ)共を構っていたのであろうな」

「貴方がそうさせたんでしょう! 何故何の罪も無い子供達を傷付けるのですか!?」

 

 距離が無かったなら胸ぐらを掴んでいたであろう剣幕で一期は小狐丸に問いただす。それにも嘲笑し、小狐丸は刀を下ろして言い放つ。

 

「母様と私を邪魔する害虫は、一人残らず殺す。私と母様は共にある運命なのだから、それを歪めようとする者を排除するのは自然の摂理。それが何故分からぬ? 運命を歪める者を殺めるのはお主達も同じでは無いのか?」

 

 殺人鬼の言い分と己がこうして存在している理由を強引に繋げ合わされて、一期と江雪は一瞬何を告げられたのか理解出来なかった。理解したく無かった、というのもあったのかもしれない。動けたのは、小狐丸と対峙していた前田だけだった。前田は小狐丸の懐に入り込もうと地を蹴り、小狐丸は刀でその刃を受け止める。

 

「我々は国を正しい形に保つ為にこうして存在しているのです! 貴方の身勝手な因縁と我々の使命を同一視しないで頂きたい!」

「国など私にはどうでもいいが、その使命とやらが身勝手では無いという確証はどこにある? お主達も私と同じ、各々の都合で動いているに過ぎん。そこに上下などありはせん。自分が『崇高な理念』で動いていると勘違いしているのではないか?」

「……(わらべ)殺しが、詭弁を並べて……!」

「ならば私はこう返そう。『()()()()()()()()()()()』、とな」

 

 睨み合う前田と小狐丸。一期は小狐丸の言葉に違和感を覚えて彼を見た。まるで、己が刀では無いかの様な言い方だ。外見はどう見ても演練で見かける小狐丸そのもので、普通の小狐丸も母などとは言わないだろう。しかしよくよく目の前の小狐丸を見てみると、どうしようもない感覚を覚えてしまう。まるで、己の存在を否定されてしまいそうなその違和感。

 一期は知っている。それは、春光隊の彼と初めて会った時に感じた――

 

「……ちご、一期! 大丈夫ですか?」

 

 思考の海から一気に引き上げられる。眼前に江雪の心配そうな顔があった。一期は一旦思考を止めて、江雪に微笑んで見せる。

 

「少し思案に暮れてしまいました。敵前なのに申し訳ない」

「いえ。……骨喰の兵数が残り僅かです、前田を引き上げさせて子供達の所へ行きましょう。私も兵を失いまして、多分これ以上攻撃を受ければ中傷になります。その前に、子供達を安全な場所へ連れて行きたいんです。撃たれたタイガ君を早く病院で手当てして頂きたいですし」

 

 前田と斬り合いをしている小狐丸に聞こえない様にか、江雪の話す声は小さい。一期は考えを巡らせた後、江雪の提案に懸念を示した。

 

「……多分、あの小狐丸殿は追いかけて来るのでは?」

「滑莧園の子供達は足が速いです。恐らく、前田の後を追えるくらいに。迅速に城下町中心部へと向かえば流石の小狐丸も容易に刀を振るえないでしょう。彼はここで事を済ませたいみたいですからね」

「前田を追える? それは、また……」

「かなりの鍛錬を重ねているみたいですからね、子供達は。……刀装が完全に無事なのは貴方だけです。子供達を守って頂けますか」

 

 刀装が無事だという事は、ある程度のダメージなら刀剣男士に通らないという事だ。一期の刀装は小狐丸と戦闘していない為万全だ。子供達の後ろにつき兵で小狐丸の攻撃を防げば、子供達を守り切れるだろう。

 一期は江雪の提案を了承し、前田に声をかけようとした。

パキン、と音がしたのは正にそのタイミングだった。前田の刀装が壊れたのだ。

 ――刀装が一つでも壊れたら撤退。

 審神者の命令を理解していた前田は一期に目配せをして、少しずつ後退し始める。ここぞとばかりに前田へ攻撃を仕掛けて来る小狐丸を受け流しているのを横目に、一期と江雪は子供達の下へと駆ける。

 

「――逃がすか」

 

 そう言って小狐丸が、兵に一期達へと銃口を向ける様命ずる。走る一期はそれに気付き兵を展開しようとするが、前田が兵へと斬りかかり、注意を彼に向けてしまう。

 

「前田!!」

 

 一期が悲痛な声を上げる。銃兵の弾丸を一身に受けた前田は、身体中に深い傷を作った。覚束ない足で身体を何とか立ち上がらせている前田は、一期に叫ぶ。

 

「いち兄は刀装の保全を! これ以上子供達に傷を付けてはなりません!」

 

 満身創痍でも、前田は小狐丸から視線を外さない。一期は弟の覚悟に応える為に子供達に駆け寄り、兵を一部展開させる。江雪は気疲れが一気に来たのかその場に座り込んでしまい、ツクシに支えられている。

 骨喰が一期に近寄って端的に告げた。

 

「タイガの状態が危険だ。早く病院に行った方がいい」

「分かっている、前田が撤退するのを手伝ってからだ。骨喰、これを」

 

 骨喰に手渡されたのは、盾兵の刀装玉だ。骨喰は丸い目を更に見開き、一期に問い掛けようとするが――既に一期はその場にいなかった。骨喰はこれで子供達を守れと言われたのだと解釈し、手の上に刀装玉を乗せる。

 

「……刀装、展開。タイガ、大丈夫か?」

「……まだ苦しそうだ。なあ、大丈夫なのか?」

 

 タイガの側にいたソメゴローが心配そうに声を震わせる。タイガの事や前田の事、それと自分達が無事でいられるのか。そんな懸念が窺い知れる声だった。骨喰はぽん、と彼の頭に手を置き、不器用に頭を撫でる。

 

「大丈夫だ。兄弟達を信じろ」

 

 骨喰は小狐丸達の方へと目を向ける。前田は引き下がりながらも戦っており、一期も弟の下へ駆け寄ろうとしている。小狐丸は苛立ちを隠さず、けれど確実に前田を追い詰めていく。

 

「全くしぶとい小童よ。そろそろ終いにするか」

 

 前田は短刀を構え、切り傷だらけの身体を奮い立たせる。一期は自分が今出せる全力で疾走し、前田の背中に手を伸ばしていた。

 しかし時間は一期を待ってはくれない。小狐丸は刀を構え、前田を斬り捨てようと動く。前田が刀を受け止めようとする。この状態では御守りを使う事になるだろう。

 ――主君の命を守れなくなってしまうな。

 そう覚悟した前田は――しかし、飛び込んで来た言葉に驚愕する事になる。

 

「――投石兵、行け!」

 

 その凜とした声と共に、前田と小狐丸の間に石の雨が降り注いだ。小狐丸はそれを避け、その間に一期が前田に追い付き、思い切り後ろに下がらせる。その合間にキン、と音が鳴る。砂埃が晴れれば、その音が小狐丸と何ものかの刃がぶつかり合った音だと分かった。力負けした小狐丸が後ろに下がり、切り結んだ相手を瞋恚の目で睨む。

 

「……次から次へと」

 

 小狐丸の相手はその視線を物ともせず、ぐるりと見やり血塗れとなった園内に少し顔を曇らせる。

 

「――少し遅かったか。長谷部、悲しんでるだろうなあ」

 

 相手は一期に顔を向ける。一期は前田を背中に隠しながら、その相手を見て驚喜した。

 

「よう、蒼穹のいち兄。相変わらずで何よりだ」

 

 薬研藤四郎――春光隊の短刀は、一期へ不敵に笑んで見せた。

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