空隙の町の物語   作:越季

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11-6「殺された魂」

 窓ガラスが一太刀の振りで割れていく。氷雨の鶴丸と小夜はガラスの破片を避けつつ、目の前に迫る大太刀――蛍丸の攻撃をいなしていた。

 

「ったく煌々と電気がついているにしても、室内でこれだけ動けるって怖すぎるだろう!」

「あの大きさの刀身をここまで振り回せるのは……相手は建物を壊してもいいって思っているというのもあるでしょうけど」

 

 蛍丸は先程から二振りの度肝を抜く戦い方を見せつけていた。天に向かって刃を振り上げ天井を落として二振りの脳天を狙ったり、床を砕いて足元を不安定にした上で突きを繰り出して来たり、窓ガラスを割って避けさせるしかない二振りに自分の受ける傷は度外視で突っ込んで来たり。

 時間遡行時は、建設物の破壊を禁じられている。歴史改変に繋がる恐れがある為だ。そのため、室内での戦闘において大ぶりの刀種はあまり編成されない事が多いのだが――この蛍丸は、室内破壊の禁忌を破っている。しかもその戦術に慣れているのか、その行動の一切に躊躇が無い。

 出来る限り室内を壊したく無い二振りと、壊す事に躊躇いが無い蛍丸。二振りは次第に圧され始めていた。

 

「まだ死なないの? いい加減無様な死体になって欲しいんだけど」

「俺達にも、やるべき事があってな!」

 

 鶴丸は正確に突いて来る蛍丸の鋒を紙一重で避け、相手の鍔を己の鍔で引っ掛け、蛍丸の動きを一瞬止める。その一瞬で小夜が鶴丸の肩へ飛び、蛍丸の右腕を斬らんと跳ねる。蛍丸はそれを察して刀を引き、小夜の刃を受け止めた。

 

「うっざいなあ……!」

「……っ!」

 

 大きく刀を振り下ろし、小夜を床に叩きつける動作をする。小夜はバランスを崩すも床に落ちる前に態勢を立て直し、さっと後ろに下がる。

 小夜は距離を保ったまま、蛍丸に問い掛ける。

 

「何故、ここまでやるの?」

「何故? 全ては敵を殺す為。それはお前達も同じでしょう? 何度も聞くとか、そんな体で痴呆でも始まった?」

「……でも」

 

 小夜は息を吸い込み、声を張り上げ告げた。

 

「貴方は()()()()()()()()()()? 価値観は刀のそれとは違う筈。なのに――なのに何故その心は普通の人間とかけ離れてしまったの?」

 

***

 

「春光の薬研! お前がいるという事は――」

「ああ、鯰尾兄と長谷部もいるぜ。この園からの通報を長谷部が聞き取ってな。なるべく早く来たつもりだったが、犠牲者は出ちまったみたいだな」

 

 春光の薬研は刀を抜いて小狐丸を睨みつけた。小狐丸も忌々しげに薬研を睨み返す。

 

「こうまで母様との間を邪魔される。全く腹立たしい事この上ないわ」

「同感だな。俺達もちび達を殺された事に、はらわたが煮えくり返っている所だ」

 

 そうして、再び刃が交わる。

 小狐丸が薙ぎ払おうと振るったその先に薬研はいない。目を見張る小狐丸は薬研がいた場所に砂埃が舞っているのを発見し――背後から殺気を感じ取り、素早く後ろからの突きを避ける。

 肩を狙った一撃は避けられたが、薬研も怪我は負っていない。再び投石兵に命じて石を飛ばし、小狐丸の兵を削る。暫し睨み合いが続き、それから二振りは同時に動き出した。

 キィン、と金属音が響き、刀身がぶつかり合うのが見える。身体中に傷を負っている小狐丸は、万全の状態である薬研に力負けしてよろけてしまう。薬研はそれを見逃さず、すかさず足払いをかけて転ばせた。脇腹に穴を開けようとする薬研の攻撃は、しかし体を反転して避けられる。

 

「いち兄、今の内にちび達を逃がせ!」

 

 薬研の張り上げた声に一期は頷き、刀装を展開させて前田と共に正門へ向かう。正門では子供達が身を寄せて盾兵の内側にいた。ぼろぼろの前田を見て、ざわめきが広がる。

 骨喰は一期の顔を見て、表情を少し緩める。

 

「戻って来られて良かった。いち兄、前田、あまり無茶はしてくれるな」

「任せて悪かったね。さあ、城下町に行こうか」

 

 そうして子供達の数を改めて数えようとした――その時。

 

「誰だ!?」

 

 薬研の声に全員が園内を見る。対峙する薬研と小狐丸の前に、二つの影が現れたのだ。

 

「……五虎退と小夜すけ? 何でこんな所に」

 

 疑問を浮かべる薬研を尻目に、小狐丸が二振りに向かって刃を振り上げる。薬研が滑り込んで刃を食い止める。二振りは慌てて避けながらこう言った。

 

「ぼ、僕達、気付いたら近くの森にいて……声が聞こえたから、近くに誰かいるかなぁって思って……」

「……何でここにいるか分からないんです。その白髪の太刀が、仇ですか? なら、協力します」

 

 五虎退は踵から足を踏み出し、小夜は軽く髪を弄りながら薬研に助力を告げる。しかし、薬研はそれを突っぱねる。

 

「練度が低いなら足手まといだ。……ああ、そういう事か。長谷部!」

 

 呼び声と共に再び石の雨が降り、砂埃が舞った。その一瞬で、木の上から紫色のカソックを纏った男が二振りを抱えてまた木の上に消える。

 

「……迷子ですかね? あの二振りは」

「そうかもしれないね。さて、改めて点呼を――」

 

 前田と一期が何気なく話した後、子供達の方を向くと、様子が少しおかしくなっていた。園の中を見て、囁き合っている。

 

「……あの白い髪の子、まさか……」

「いやいや、外見が違い過ぎるよ、別人じゃ……」

「でも……」

 

 訝しみながら話し合う子供達。前田と骨喰は首を傾げながら子供達の数を数えている。

 その中で一際顔色が悪くなっていたのは――

 

「――コタロー? サクヤ……?」

 

 ――この中で誰よりも元気な筈の、ソメゴローだった。

 

***

 

 蛍丸は、氷雨の小夜の問いに鼻で笑って答える。

 

「そんなの決まってる。()()()()()()()()()()()()。でも、悪い事ばかりじゃないかな。だって、復讐するのに普通の倫理観なんて邪魔なだけだし」

 

 まるで刀剣男士が人間の倫理観を解していない様な言い方だが、実際は勿論違う。現代まで残っている刀は当然現代の倫理観を知っているし、現存していない刀も知識としてその倫理観は把握している。当然、彼等は戦場以外でそれに沿うのも忘れない。

 氷雨の鶴丸は顔をしかめて蛍丸に苦言を呈する。

 

「……俺達をただの殺人鬼と一緒にしないで貰いたいな。俺達も俺達なりの矜持でもって刀をやってるんだ、そこらの人斬り包丁と同一視されるのは腹立たしい」

「人を殺す道具の時点で上下も無くない? お高く纏っていても結局は人の命を絶つ事しか出来ないのに、矜持って。ハッ、笑えるね」

 

 ケタケタと笑う蛍丸に、鶴丸はいよいよ表情を無くしていく。それは身近なものが見れば怒りに触れた事が一目で分かる顔だった。

 

「……君、()()()()はどうした? いくら蛍丸でも、そんな事は言わない筈だ。その魂を、矜持を、どこで失くした?」

 

 蛍丸は、また普通の蛍丸ならまず有り得ない歪な笑顔を浮かべて告げる。

 

「そんなの、とうの昔に()()()よ。何か悲鳴上げてたけど、邪魔だしね。心を持ったばかりの刀をねじ伏せるのは簡単だったよ……っと」

 

 鶴丸は蛍丸に斬りかかるも、あっさりと避けられる。鶴丸の斬撃の軌道が乱れ始めている。小夜はぎょっとして鶴丸を抑えた。

 

「鶴丸さん、落ち着いて下さい!」

「19478番、君は蛍丸を――刀の魂を殺したのか!? 蛍丸の記憶を、想いを――人が語り継いだ物語を、全部踏み躙って!」

 

 刀剣男士は、人々が語り継いだ『物語』によってこの世に在る事が可能になる。

 物が語る故、物語。

 それは誰が言ったものかは分からない。だが鶴丸は、その言葉を結構気に入っていたのだ。自分がこう永く存在している意味が、かつての大切な過去を語る為に――人々が己に託した想いを、背負っているからだと思えて。

 だが、この蛍丸――19478番は、それを体現する存在を殺した。そして人としての倫理観を共に捨てて、この刀を復讐に使う事にしたのだ。己の物語を無かった事にされ、歪な物語で上書きされる蛍丸の無念はどんなにか。

 しかし目の前の蛍丸を象る存在は、そんな鶴丸の叫びにことりと首を傾げていた。

 

「所詮、物は物じゃん。どんな形であれ、使われた方がいいんじゃないの? ――後」

 

 蛍丸はその顔を憎悪に染め、鋭い視線で鶴丸を刺した。

 

「その呼び名で俺を呼ぶな。――やっぱりお前から殺してやろう」

 

 鶴丸も、この存在を殺したいと感じていた。刀の魂を踏み躙って、通った道を憎悪で汚す。小夜の様に復讐心を自制出来るならいい。しかし、目の前の存在は自制などせず、その憎悪のままに動いている。それが、周りにいい影響を及ぼすとは思えなかった。この存在を肯定してしまえば、自分達の心まで否定されてしまう。

 そうして再び大太刀が振りかぶられ、二振りが衝突しそうになったその時だった。

 

「――通報にあった蛍丸ってあれだよな?」

「うん。氷雨隊と思われる鶴さんと小夜ちゃんも一緒だ、間違い無いね」

「よし、推して参ろう」

「あっ、長曽祢兄ちゃん待ってよー! 太鼓鐘と博多、頼んだぞー!」

 

 ガラスの無くなった窓枠から銃弾が飛んで来て、壁に当たっていく。衝突寸前だった二振りはその銃弾を避け、鶴丸は窓枠から入って来る刀達を見た。白い服に青いマントをなびかせる短刀、粟田口の戦装束を身に纏い赤縁眼鏡をかけた短刀、そして白黒のだんだら羽織が特徴的な打刀。

 三振りは一斉に蛍丸に斬りかかる。短刀達は壁を伝いながら空間を跳ね回り、蛍丸に傷を負わせていく。打刀は鍔迫り合いに持ち込み、蛍丸の刀を固定させた。

 

「氷雨の鶴丸と小夜だよな? 大丈夫か?」

 

 窓枠の外から緑色の上着を纏った槍――御手杵が顔を覗かせる。その後ろから、眼帯をしている太刀――燭台切光忠が現れた。

 

「外見はそこまででも無さそうだけど……どこか痛い所は無い?」

「ああ……無いな。小夜坊は?」

「僕も、ありません」

「そっか、それは何よりだ。とりあえずここは僕達に任せて。……でも、何でここにいたかは後でじっくり聞かせて貰うからね」

 

 迫力ある顔で凄まれて鶴丸は乾いた笑いを浮かべる。小夜も視線を少し逸らした。

 目の前では激しい戦闘が繰り広げられている。それを遮る様にひょこっと現れたのは、青い着物を着た脇差――浦島虎徹。

 

「二振りとも、怪我が無くて良かったー! でも心配だから、俺が本丸まで送っていくよ!」

「……戦闘に加わらなくていいんですか」

「あーうん、今は三振りで何とかなってるし。――それに多分、あいつはそろそろ引き下がるよ」

 

 小夜が尋ねると、浦島は無邪気な笑顔で答え戦場を見る。

 鶴丸もそれに倣うと、確かに蛍丸は少しずつ後退していた。斬りかかる短刀達をやり過ごしながら打刀の斬撃を受けている。しかし、ふと目線を横にやって舌打ちをすると、大きく刀を振りかぶり三振りを吹き飛ばす。大きく後退した三振りを横目に、蛍丸は近くの窓枠から外に出た。

 

「あっ、待て!」

「逃がさんばい!」

 

 短刀達がその背を追おうと窓枠に足を掛けると、地面からカチカチ、と音が響いている事に気付き一度足を止める。その直後、窓枠から身を乗り出して外側の壁を大きく蹴った。一気に闇の中へと消えて行った二振りを、鶴丸は呆然と見守っていた。

 

「……弾丸みたいだなあ、あの二振り」

「そうだよねー。まあそんな訳で、話を聞きながら送るから」

「……窓から跳躍したのは、足下の爆弾のせいですか」

「だろうね。爆弾が破裂しない所まで抱えるから。御手杵さんが」

「俺ぇ!?」

 

 図体がでかいとこんな時あれだよなあ、と呟きながら御手杵が鶴丸と小夜を抱える。後ろから白黒だんだら羽織の打刀――長曽祢虎徹が、鶴丸に話しかけた。

 

「氷雨の鶴丸、ここで何をしていた?」

「あ、えーっと」

「そうそう、それを聞かないといけないよね。貞ちゃんと博多君が追ってくれている今、僕達も任務を遂行しないと」

「……」

「長曽祢兄ちゃん、あんまり厳しくしないでね?」

「少なくとも、俺が二振りを下ろすまで待ってくれねえかなぁ」

 

 政府の部隊が鶴丸達に迫る中、鶴丸はいい言い訳を考えていた。

 ――今夜邂逅した蛍丸を忘れる訳にはいかない、と。

 

***

 

 蒼穹の一期は、ソメゴローの言葉に我が耳を疑った。

 先程春光の薬研の前に現れた五虎退と小夜左文字。その二振りを見て、ソメゴローが滑莧園の子供達の名を呟いたのだ。

 

「何を、言っているんだい。ソメゴロー君」

「……コタローは歩く時、踵から足を下ろす癖がある。サクヤはいつもツンツンした髪が気になってるのか、髪を弄る癖がある。それ以外にも色々あるけど――何で、コタローとサクヤが、あんな格好……」

 

 震える声で、ソメゴローは告げる。まるで、何かから目を逸らしたいかの様に――

 

「ただの、そっくりさんじゃないかな。刀剣男士にも色々個体差があるし、そういう癖を持っているものもいるんじゃ――」

「じゃあ何で、あいつらの癖がことごとくコタローとサクヤの癖と同じなんだよ! 俺はあいつらとずっと一緒にいた、だからあいつらの事はよく知ってるんだ! 何で、何で……」

 

 そう言ってソメゴローは頭を抱えてうずくまってしまう。骨喰はおろおろとした様子で手を伸ばすか伸ばすまいか迷っている。前田も困った様に一期を見る。一期も改めてソメゴローの言葉を否定しようとした途端、

 

「――一期さん。私達も、同意見」

 

 ツクシが江雪を支えながら厳しい顔で前に出て、ソメゴローの言葉を肯定した。一期は愕然とした表情で、子供達を見渡す。全員、じっと一期達を見つめている。

 

「私達も、ずっと二人と一緒にいた。家族みたいに育って来た二人の事を、見間違える筈が無いの。その全員が、ソメゴローと同意見。ねえ、これってどういう事なの?」

 

 じっと見つめて来る視線が、まるで一期達を問い詰めているかの様だ。

 そう言われても、一期には分からない。どうしてコタローとサクヤが刀剣男士の格好をしているのか、まるで刀剣男士そのものの言葉遣いは、本当にどういう事なのだろう。

 ツクシに支えられうなだれている江雪に、縋る様に一期は尋ねた。

 

「……江雪殿。私には、何が何だか分かりません。江雪殿は、何か知っていますか?」

 

 持ち上げられた顔を見て、一期は立ちすくむ。江雪の顔は、血の気が引いて真っ白になっていた。

 

「……私も、短いながら、子供達と一緒にいました。私も――あの二振りは、コタロー君とサクヤ君にしか見えません。……本当に、どうなっているのでしょう」

 

 江雪は震える手で顔を覆う。そうして小さく、嗚咽を漏らし始めていた。

 一期は、混乱を極めながらも思考を巡らせる。子供達は満場一致であの二振りをコタローとサクヤだと見なしている。長らく一緒にいた子供達の言葉と、江雪の悲痛な姿。

 ――傷付きたく無ければ、滑莧園には近寄るな。

 かつて、春光の長谷部に言われた事。それが駄目押しになった。

 

「……ここは、まさか――」

「まだいたのか」

 

 背後から凛とした声がする。恐る恐る振り返れば、そこには一期に忠告した張本人である、春光隊の長谷部がいた。その横には、五虎退と小夜。子供達は、一斉に五虎退と小夜に駆け寄る。

 

「コタロー! 里親の所に行ったんじゃ無かったの!?」

「サクヤ、行こう! ここにいたら危険だ!」

 

 子供達の中から、ツクシがふらりと長谷部の前に現れる。長谷部は気まずそうに、ツクシに言った。

 

「……久しぶりだな、ツクシ」

「うん、久しぶり。……長谷部さん、正直に教えて。あの二人は、コタローとサクヤなの?」

 

 長谷部を鋭い視線で見るツクシ。長谷部の後ろで、五虎退と小夜は困り切った表情で子供達に告げていた。

 

「えっと……僕は、五虎退なんですけど……」

「僕は小夜左文字。サクヤって、誰の事?」

 

 長谷部はその困惑と動揺に満ちた光景を見ながら、苦痛に歪んだ表情でツクシに明確な回答をして見せた。

 

「――そうだ。尤もこの通り、その記憶は消えているがな」

 

 ツクシは衝撃と絶望、そしてどこか得心した感情を顔に浮かべてよろめいた。

 一期もまた感情が大きく揺さぶられるのを感じていた。ここには時折訪れていたが、先程まで()()()に全く考えが及ばなかった。数少ない来訪回数でそれを見破れというのが無茶なのだが。

 

 ――ここは……審神者及び刀剣男士育成機関。

 

 考えが突飛過ぎるかもしれない。けれど、一期にはもうそれ以外に思い浮かばなかった。審神者には様々な規制がある。手紙の内容次第では、相手に届かない事も有り得る。そして記憶を失って刀剣男士の姿になったコタローとサクヤ。それを考えると、滑莧園を出た子供達から手紙が届く筈も無いのは明確だ。

 目眩がする。今までここの少年達は未来を、希望を信じて生きて来た筈だ。けれどそんな彼等に待ち受けているのは、人間としての生の終焉と、果ての見えない戦いへの参戦。自分は刀だ。戦える事が嬉しいし、それに誇りも感じている。だが、それを人間の少年達に押し付けたかった訳では無いのだ。子供達には戦いから少しでも遠い所にいて欲しかった。それを一際強く感じているであろう江雪の姿は絶望に満ちていて、止まらない涙があまりにも悲痛だった。

 

「……嘘、だろ。サクヤが、サクヤが――」

 

 話を聞いていたソメゴローは頭を抱えたまま、沈痛な声を漏らした。小夜は彼に近付き、ごく普通に声を掛ける。

 

「えっと……君、大丈――」

 

 手を伸ばしかけた小夜は、いきなり胸倉を掴まれて目を丸くする。胸倉を掴んだソメゴローの目には――憤怒と憎悪の炎が揺れていた。

 

「――何で……何でサクヤを()()()んだよ! サクヤと、一緒に世界を見て回るって約束したのに、お前が、全部壊したんだ! 返せ、返せよ! サクヤを――俺の相棒を返せ!!」

 

 憎悪と無念を叫ぶソメゴローに、小夜は理解出来ていない表情を向けていた。小夜は復讐の刀だ、憎悪の念は分かるが、それが何故自分に向けられているのか図りかねているのだ。

 それに苛立ったソメゴローは、思いっきり手を振り上げ――

 

「冷静になって、ソメゴロー」

 

 ――誰かにその手を掴まれた。ソメゴローが振り向くと、まだ悲しみが抜け切れないながらも、真剣な表情をしたツクシが振り上げた手を力強く止めている。

 

「混乱しているのは()()()だって同じ。誰のせいでも無く親友を失って怒りのぶつけ所が分からないのは理解出来るけど、何も分かっていないその人を責めるのは筋違いだよ。それと、今まで知らなかった江雪さんと一期さんや、理由があって話せなかったんだと思う長谷部さんに怒りをぶつけるのも見過ごせない。後で話を聞くから、今は避難する事を優先しよう」

 

 感情を押し殺しながら淡々と話すツクシに、衝動のままソメゴローは詰め寄った。

 

「……ツクシはっ、何でそんなに落ち着いていられるんだよ! コタローとサクヤがいなくなって、悲しく無いのかよ!?」

「悲しく無い訳無いでしょう。悪く無い、私達と同じくらい悲しんでくれている人に怒りをぶつけるのが駄目って言ってるの。あんたは頭に血が上り過ぎてる、それで責める相手を間違えるんじゃ無いよ。……薬研さんの時間稼ぎにも限界がある、駄々をこねていたら置いていくからね」

 

 ツクシはそう言って江雪の所へ戻り、再び江雪を支えて立ち上がる。ソメゴローは歯を食いしばり、それからツクシの後についていった。

 一期は呆然と立ち尽くしていたが、長谷部に背を叩かれ我に帰る。

 

「お前も避難しろ。恐らくもうすぐ政府の部隊が到着する」

「そう、ですね。……長谷部殿、大丈夫ですか? 顔色が良くありませんが……」

 

 長谷部の顔色は愁傷と無念を混ぜた様な物だった。それに加えて、体の重心がぐらついている。

 

「……ツクシは、前々から優しい子だと思ってたが。責められない事は、やはり辛いな」

「長谷部殿に、何の非があると言うのです?」

 

 長谷部は己を嘲笑する力無い笑みを浮かべて、小さく吐き捨てた。

 

「知ってたのに言わなかった事、滑莧園の子達を救えなかった事。それが、俺の非だ」

 

 園の中は未だに炎が渦巻き、鎮火する気配は無かった。

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