空隙の町の物語   作:越季

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12-2「嘲笑/導入」

「……一朝一夕で許す筈も無いか……」

 

 肩を落として呟く。当然だと分かっていても、やはり秋田に拒絶された事にショックは隠せない。まだ起きたての森を歩いていると、一期の姿は目を引くのか彼方此方で囁き声が聞こえる。それすらも自分を責めている様に思えて気が滅入った。

 足取り重く進んでいると、そこで意外な人物と遭遇した。

 

「あら? 貴方は蒼穹隊の一期さんですか?」

 

 鈴の鳴る様な声に振り返ると、そこには髪を下方で結っている女性がピンク色の傘を差して立っていた。一期はあっ、と声を上げ女性の名を思い起こす。

 

「貴方は……ハルカさん、でしたか」

「名前を覚えて頂けて嬉しいです。森の外へ出る所ですか? 私もちょうど()()から帰る途中だったので、そこまで一緒に行きましょう!」

 

 女性――木枕遥(コマクラハルカ)は、人の良さそうな笑みを浮かべてそう言った。一期の隣に走って並び、ふう、と一息つく。

 その姿はいかにも「頑張り屋の居酒屋店員」と言った風にしか見えない。しかし一期は知っている。彼女が陰で情報の売買を行っている、所謂「情報屋」だという事を。彼女の本性も又聞きだが把握している。本当に、そうは見えないのだけれど。

 警戒心と僅かな好奇心を表に出さない様に努めていると、ハルカが話しかけて来た。

 

「一期さんは、どうしてこの森に?」

「……えっと、実は少しここの方に礼を欠いた事をしてしまいまして、そのお詫びに」

「わあ、お疲れ様です。こんなに早くに起きて謝罪しに行くなんて、余程大事になったんですね」

「あ、はは……」

 

 ハルカは力無く笑う一期の顔を覗き込む。いきなり目の前に女人の顔が現れた事に驚いた一期は、唐突にに発せられた言葉に首を傾げた。

 

「でも、気を付けて下さいね」

「はい?」

「謝罪なんて、真意を込めなければただの自己満足です。どれだけ土下座しても、逆にわざとらしく見えて心が離れてしまうもの。いじめとかの加害者がする誠意が込められていない謝罪程、人を腹立たせる物も無いですからね」

「はい、心得て――」

「それに」

 

 一期の言葉は、強い調子で話すハルカの言葉に遮られる。一期はその事を少し不快に感じたが――ハルカの表情を見て慄く。彼女は先程の人間らしい表情とは打って変わり、不気味なからくり人形の様な笑みを浮かべていた。こちらを蔑み嘲笑しているのを皮一枚で覆い隠し、まるで滑稽な劇を見ているかの様なその顔は、長い間この世にあった一期の記憶にもそうそう無い。

 

「神経を逆撫でして被害者の心を更に傷付けて、被害者が加害者に報復する、何て事例もありますからねー。一度打つ手を間違えると悲惨な事になりますよ。何せ加害者はいじめを楽しんでいる事が多い訳ですからね。そう簡単にその価値観は変えられない。一度いたぶる立場を味わった者は、その旨味から逃げ出せないですよ。いたぶられる立場を味わった者は何とかしてそこから逃れようとする」

 

 ハルカは誠意を込めた謝罪について話していた筈だったが、いつの間にか話がズレている様に思えてならない。関係の無い事例について話している筈なのに、何故己の心臓の前に刃を突き付けられている気持ちになるのだろう。彼女は続ける。

 

「誰だって生贄にはなりたくない。でも加害者にもなりたくない、という現実の無視を主体とした傍観者もそこから生まれる訳ですね。自分は何もしていない、だから悪くない。そうして傍観者は遠回しにいたぶっている事から目を逸らし、場合によっては被害者の恨みを買う事になります。被害者にとっては、その環境の全てが敵に思えてくるでしょうね。だから自殺などが起こる訳で」

 

 そして、致命的な一言がハルカの口から歌う様に紡がれた。

 

「……無視して安寧を得ていた事実が目の前に突き付けられると苦しくて逃げたくなるでしょう? 被害者はどうなのでしょうか。傍観者を殺したい程恨んでいるかもしれない。その恨みはさぞかし大きいのでしょうね。傍観者も現実を無視していた事が暴かれて、全てを無かった事にしたい衝動が燻っているんじゃないんでしょうか?」

「……っ私は、そんな事は考えていない! 無かった事になど、する訳が無いでしょう!」

 

 ハルカは楽しそうに口に手を当てる。一期は彼女のペースに乗せられている事に気付いていない。その証拠に、彼女が話してもいない真実を揶揄している事に思い至ってもいないのだから。

 

「口で言うだけなら簡単ですよねえ。プライドが変に高い人は自分可愛さに過失をみっともなく否定しますが、貴方は満点の口だけ回答を導き出した訳です。よく出来ました」

 

 クスクス、と嘲笑われいよいよ一期は傘を投げ捨て、抜刀しハルカに斬りかかってしまう。己でもまずい、と思ったが、斬った感触は感じられなかった。目の前にハルカはおらず、辺りを見渡すと彼女は木の上にいつの間にか立っていた。

 

「あらあら、一般人に刀を振るうなんて野蛮ですね」

「貴方は……っ!」

「怒りのぶつけ先を間違えていらっしゃるのでは? 私は世間話をしただけ。何でかそれに反応して怒って斬りかかられるのは流石に私も傷付きますよ」

 

 よよよ、と演技がかったよろめき方をするハルカ。白々しい、と叫びたくなるのを一期は喉元で抑える。それに更に追い討ちをかける様にハルカは言った。

 

「過去の過失から逃げようとする姿は本当に見苦しいですねえ。謝ったらはいおしまい、で済む程世の中甘く無いですよ。被害者から大切な物を差し出せと言われた時、貴方は従えますか? 今の貴方はただお菓子で釣ろうとしているのと変わりがありませんよ」

 

 ハルカは口元を手で押さえ、いびつに表情を歪ませる。一期は苛立ちながらも、睨み付ける事しか出来ない。

 自分の弱い所を突かれた怒りと、謝るだけでは駄目ならどうすれば、といった戸惑いが一期の中で渦巻き刀を振るう先を曇らせる。詭弁と皮肉に満ちた彼女の調子に乗せられていた一期は、冷静さを欠いたまま口を開こうとし――

 

「糞姉貴、いい加減にしろ」

「一期、大丈夫か!?」

 

 飛び込んで来た二つの声に口の動きを止めた。背後を見ると、透明な傘を差した獅子王と石切丸がこちらに駆け寄って来ていた。二振りとも全力で走って来たのか、荒く息をしている。もう一つの声に反応したハルカの声が、つまらなさそうに降って来た。

 

「何よ愚弟、ここまで来て何の用事?」

「店主が呼んでる、いい加減戻って来いとさ。ったく、面倒事起こしやがって……すんません、一期さん。不快だったでしょう、糞姉貴と話すの」

 

 抜刀している一期を見てもう一つの声の主、サトルは彼に紙を手渡す。見ると「おつまみ一品サービス!」と書かれたクーポン券だった。クーポン券を渡した後、サトルは申し訳無さそうに目を伏せた。

 

「その様子じゃ、糞姉貴に色々言われたみたいっすね。糞姉貴の戯言をあまり真に受けないでくれると嬉しいっす。……本当はもっといいの渡したかったんすけど、手持ちがそれしか無くて」

「……有り難く受け取りますね」

 

 うす、と言った後、サトルはハルカに行くぞ、と告げ黒い傘に顔を隠す。ハルカは木から降り立ち、しばらく歩いてから置き土産にこう言い残した。

 

「一期さーん! 猩々木庵をご贔屓にお願いしますねー!」

 

 遊び尽くした子供の笑みを浮かべてハルカは手を振る。先程の雰囲気など無かったが如く、明るい看板娘の声で店の宣伝をしてのけた彼女は、足取り軽く去って行く。

 納刀した一期は、息を整えた石切丸に話し掛けられる。

 

「一期さん、抜刀していたって事は……サトルさんの言う通り相当きつい言葉を投げかけられたらしいね」

「……私は、秋田に許されない事をした。分かっているんです。ですが、……っ」

「あいつの言う事を気にし過ぎるな。こうして心を乱しているのを見せれば、あいつの思う壺だ」

 

 獅子王がハルカの去った方向を睨んでそう言った。その言葉を受けても、一期の心は凪ぐ事は無かった。刀を握る手からは力が抜けないのに、今にも崩れ落ちてしまいそうな程足元が覚束ない。獅子王は石切丸と顔を見合わせ、それから一期の背中を軽く叩いた。

 

「そう自分を責め過ぎるな。一期は自力で秋田の事に気付けただけ上等なんだよ。……俺達がお前を追いかけて来たのは、少し秋田の……()()()の事を詳しく話そうと思ったからなんだ」

「達……?」

 

 そう、と石切丸が首肯し、それから提案する。

 

「ここじゃ落ち着かないだろうから、場所を移そうか。少し長い話になるけど、時間は平気かい?」

「はい」

「よし、じゃあ行くか」

 

 三振りは森の外に出て、人が行き交い始めた城下町を歩く。

 秋田と、彼と同じ様な刀達の事を知る事が出来れば、何か糸口が見つかるだろうか。暗い思考が抜けないまま、一期は二振りの後をついて行った。

 

***

 

 春光隊の二階にある一室で、三振りの刀が話していた。

 

「大丈夫か、秋田。悪い、いきなり突っ込んだ事聞いて」

「……はい。すみません、泣いてもどうしようも無いのは分かっているのに……」

「泣ける時は泣いちゃうのが一番だよ。まああまり大声だと近隣の家の人とかがびっくりしちゃうと思うけど」

 

 目を腫らして俯いている秋田の頭を鯰尾は撫でる。薬研はティッシュ箱を手渡し、ノートに何事か記入し始めた。秋田はそれを横目で見ながら、ティッシュで鼻をかんだ。

 とんとん、と階段のある方向から複数の足音がする。その後ドアをノックされて、はーい、と鯰尾が返すとドアが開いた。ドアを開けた歌仙は、後ろにいる三振りに先に中に入る様に勧める。

 

「二振り共、秋田とは初対面か? なら、挨拶してくれ」

「え、えっと、初めまして、秋田。僕は、五虎退です」

「僕は小夜左文字。……目が腫れているけど、大丈夫?」

 

 紙コップを手にしている長谷部に促されて名乗る「施設利用者」は、秋田の表情を見て心配そうに見つめる。秋田は目を袖で拭い、顔を上げた。

 

「……秋田藤四郎です。初めまして」

 

 それだけ言うと秋田は膝に顔を埋めてしまう。おろおろとする五虎退とただじっと見る小夜に、鯰尾は座布団を敷きながら言った。

 

「まーとりあえず全員座って座って! どこでもいいよー、後飲み物も取ってこないと! ちょっと待ってて下さいね!」

「鯰尾、飲み物は持って来たよ。林檎の果汁なんだけど、秋田は大丈夫かな?」

「……はい」

「よし、じゃあ俺が配ろう」

 

 長谷部が重ねられた紙コップを外して、歌仙がジュースを注ぎ全員に手渡して行く。行き渡ったと分かると歌仙はドアから近い座布団の上に座り、ぐるりと辺りを見渡す。

 

「さて。こうして集まって貰ったのは、秋田、五虎退、お小夜の三振りに自分の事を理解する手助けをしようと考えたからなんだ。君達には他の刀剣男士とは違う()()がある事は、何となく感じているだろう? それの解答の一例を、これから話そうと思う」

 

 五虎退と小夜は首を傾げているが、秋田は顔を持ち上げて問う。

 

「……僕は、他の方とは違うんですか」

 

 その表情は不安と何かに縋る様な物だった。それに微笑んで歌仙は答える。

 

「うん、少しだけね。君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その点から君は良くない扱いを受けてきたのかもしれない。だからと言って、君がこの世界にいてはいけないと言う訳じゃないんだ。君の様な存在は、今も生きている。これから話す事は、ある存在が自分の特性を受け入れるまでの話だ。少し長い話だけど、聞いてくれるかい?」

 

 五虎退と小夜は理解しきれていないながら、秋田は膝の前で組んだ手を握り締めながら頷いた。

 

「それじゃあ、始めよう。――まずは、僕から話そうか」

 

***

 

 カラオケボックス「ビンカ・マジョール」の一室。店員がワンドリンクを運んだのを見送ってから、石切丸はグラスを持った。

 

「……まず前置きとして、私と獅子王さんは一連の出来事に区切りが付いてから春光隊の一員になった。だから今から話す事はほとんど伝聞だ。事実とは多少異なる事もあるかもしれない」

 

 獅子王と一期もドリンクを飲み始める。獅子王はストローから口を離して付け加えた。

 

「でも、この事は秋田達にも繋がる事だからな。結構重要な話だぜ? それと、この話は出来る限り口外しないで貰えると助かる。……本当は広めたい所なんだけど、色々しがらみがあってさ」

「その……春光隊の審神者殿の話なら以前伺っておりますが、それとは別の話になるのでしょうか」

「少し違う、けれど重なる所もある話かな。えーと、誰の話から始めようか」

 

 石切丸がうーん、と考え込んでいると、獅子王がグラスをテーブルに置いてから提案する。

 

「鯰尾の話からはどうだ? 時系列的に一番早いだろ」




 さあさあ皆様、お手を拝借。
 これから語りますのはとある少年と付喪神の物話。
 慟哭と嗚咽の道の果てに安らぎを得た、ある存在の物語――。
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