空隙の町の物語   作:越季

73 / 167
12-4「witness/薬研藤四郎『出来損ないの自分に』」

 大広間中に囁き合う声がする中で、薬研藤四郎は大広間の入口に立つ、かつて同じ主の刀だったへし切長谷部を観察していた。

 へし切長谷部。勝気で皮肉屋、物騒な物言い。けれど純粋で心に秘めている忠誠心は本物。それが世間一般のへし切長谷部の性格だと認識している。薬研もまた、それからさほど外れていない印象を抱いていた。

 しかしどうだろう。現れた長谷部は顔を下に向け、大広間にいる刀達と目を合わせようとしない。どこかおどおどして勝気とはかけ離れた様子に、薬研は推察する。

 ――前の本丸で虐められて、性格が歪んだか。

 心を持ったばかりの刀が虐めや虐待を受ければ、容易く性格は歪むだろう。虐待を受けていたと思われる審神者を世話して来た薬研は、長谷部もそうなのかもしれないと判断した。

 さて、どうしたものか。かつて同じ主を戴いた仲間を、どの様に扱おう。静観するか、介入するか。長谷部を見ながら考えていると、審神者が内番の編成を発表していた。慌てて隣の五虎退に確認すると、薬研は今日の内番担当に含まれていないと分かった。ほう、と息をついた直後、審神者が出陣編成を発表し始める。

 

「今日は三条大橋に出陣して頂きます。編成は隊長に薬研藤四郎さん、以下今剣さん、愛染国俊さん、厚藤四郎さん、鯰尾藤四郎さん、へし切長谷部さんです。長谷部さん、早速で申し訳ありませんが、よろしくお願いしますね」

「……お任せ下さい」

 

 やはり覇気の無い返事に刀達は訝しむ。審神者と長谷部が席に着くと刀達は疑問を脇に置いて、食前の挨拶をしてから箸を持った。

 薬研は、長谷部の更なる異常に気付いて箸の進みが遅くなっていた。

 ――出陣編成に組み込まれたのを聞いた時、彼の顔が一瞬強張った事に。

 

 

 今回の戦場である三条大橋は、橋の上の敵は弱いが大橋と名が付くだけあって戦闘回数が多い。その為短刀は兵を消耗しやすく、また時折橋の上にも槍が出る為撤退に追い込まれる事が多い。しかし夜戦であるので運が良ければ遠戦は夜の闇に紛れて回避が出来る。三条大橋は、審神者の采配が問われる戦場の一つであると言えよう。

 

「ふふふ、きょうこそはてきのたいしょうをうちとりますよ!」

「潜んでなかなか出て来ないからなあ。……あっおい愛染、飛び出すなよ! まだ偵察出来てねえんだぞ!」

「離せ厚! 祭りの気配を逃すオレじゃねえ!」

「だから情報が出揃ってからだ!」

 

 わあわあと賑やかな短刀三振りを見てから、薬研は背後にいる鯰尾と長谷部に目を向ける。

 

「鯰尾兄、長谷部の補佐は頼んだ。長谷部、あまり功を急ぐんじゃねえぞ」

「分かった、こっちは任せて」

「……」

 

 鯰尾がやけにしっかりと頷いたのも気になるが、黙ったまま目を伏せて刀を握り締めている長谷部も気がかりだ。しかしここは戦場。敵の気配が近付いた事を察して、薬研は声を張り上げる。

 

「陣形は分かったか?」

「わかりましたよ、かくよくじんです!」

「よし。こっちは魚鱗陣でいいな、大将?」

 

 審神者からの了承が得られると、薬研は突撃の許可を隊員に与える。真っ先に今剣と愛染が飛び出し、遠戦を避けながら敵に組みついて行く。厚はその後に続いて、敵の懐に入って刀を通す。鯰尾は敵と切り結び、力押しで斬り伏せた。

 薬研も周囲を窺いながら戦闘に入ろうと、背後にいる長谷部に振り返る。

 

「長谷部、鯰尾兄の所に――」

 

 そこで、長谷部の様子が更におかしくなっている事に気が付いた。抜刀はしているものの、両手で柄を握り締めてカタカタと震わせている。夜闇の中でも顔が青ざめていると分かる程で、異常を察知した薬研は長谷部の下へ駆け寄った。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 長谷部の目は薬研を見ていない。その視線の先には――歩み寄って来る敵の打刀。視線を固定させたまま、長谷部はか細い声で何事か呟いている。薬研が耳を澄ませると、こう聞こえた。

 

「……違う、あれは敵、味方じゃない、()()()じゃない、なら斬らなきゃ、斬らなきゃ、殺される、痛いのは嫌だ、嫌だ――」

 

 錯乱した様な言葉に声を失っていると、長谷部は敵の打刀へ駆け出し、素早く斬り捨てた。敵の打刀が、風に乗ってその体、血さえもさらさらと消滅させて行く。

 見事な剣技だ、と感心する。「圧切」の名に相応しい戦い方は、流石としか言い様が無い。しかし彼は、誇らしくするでも平然としているでも無く、何か化物を見たかの如く顔を青ざめさせ体を震わせている。それから間も無く、長谷部は荒い息をしながらその場にしゃがみ込んだ。

 

「長谷部!? ……鯰尾兄、そっちはどうだ!?」

「こっちは無事に終わったよ。……あっ、長谷部さんの事忘れてた! そっちは――」

「長谷部の様子が変だ、すぐに撤退するぞ!」

「えっ!? ……皆、帰還準備を!」

 

 返り血に塗れている短刀三振りに声をかけ、鯰尾は薬研達の下へ集める。集まった三振りの短刀はこれ以上戦えない事に不満の声を上げかけるが、頭を抱える長谷部にぎょっとして三者三様の言葉をかける。

 

「はせべさん、だいじょうぶですか!?」

「おいおい、真っ青じゃねえか……さっきまで何とも無かったよな?」

「ああ、そうだな……薬研、オレは体調の事はよく分からないから、長谷部の事頼んだぞ」

 

 ああ、と頷き薬研は帰還準備を進める。景色が歪み本丸の正門に戻ったと分かった直後、長谷部は糸が切れた様に崩れ落ちた。本丸内から駆けつけた審神者は狼狽し、薬研に頼んだ。

 

「や、薬研さん、すぐ医務室に……!」

「ああ、分かってる。鯰尾兄、手伝ってくれ」

「了解」

 

 鯰尾が長谷部を背負い、薬研は先に医務室の準備をしようと走り出す。その直前、

 

「ごめ……なさ……」

 

 果てしなく弱々しい、そんな声が聞こえた。

 

 

 医務室は、手入れ部屋を使うまでも無い怪我や病気をした際に用いられる。医務室の主は薬研。少々医術の心得がある彼は風邪や熱中症などなら何も見ずに手当てやアドバイスをする事が出来るが――

 ――心の病なら、少し調べないとな。

 医務室の扉を開け、ベッドの準備をしながら考える。心はとても繊細だ。丁寧に扱わなければ、症状が悪化しかねない。薬研に心得があるのは怪我や内科で診られる物だ。心の病は今の主の為に得た、後付けの知識になる。だから逐一確認しなければ、間違えた診断を下しかねないのだ。

 ベッドを整え終えるとドアが開き、長谷部を背負った鯰尾が現れた。

 

「鯰尾兄。長谷部はどうだ?」

「気を失っちゃった。……長谷部さん、滅茶苦茶軽いよ。前の本丸で、ちゃんと食べてたのかな」

「色々懸念事項はあるが……とりあえず、そこの寝台に横たえさせてくれ」

 

 薬研がベッドを指差すと、鯰尾はゆっくりと運んで起こさない様に慎重に横たえさせる。歯を食いしばり魘されている長谷部を、二振りは心配そうに見やった。

 

「……歌仙さんも様子見に行くってさ。そりゃそうだよね、新入りがいきなり倒れたんだから」

「大将も顔真っ青にしてたしなあ……」

「……ごめんなさい、か。長谷部さんは……」

 

 言葉をそれ以上紡げず、二振りは黙する。長谷部の悲痛な声を聞きながら、互いに考えている事は何となく分かっていた。

 ――この長谷部は、何かが違うと。

 

 

 深夜、ほとんどの刀が寝静まった頃。薬研は念には念を入れて、医務室で寝込んでいる長谷部の様子を見に行こうとしていた。薬研はずっと気にしていたが、出陣していない周囲の刀は長谷部が倒れた事を聞くと最初は驚いていたが、次第に気にしなくなり、夕飯時には話題にも登らなくなった。まるで、最初からそんな事は無かったかの様だ。

 薬研はそれを過剰に気を揉む性質のある審神者への配慮だと判断し、然程深く考える事は無かった。ただ、長谷部の体調は気がかりだった為、こうしてこっそりと廊下を歩いている。

 医務室が見えて来た時、薬研の耳に音が届いた。苦しそうに咳き込むその音は、医務室に近付く度に明瞭になる。走って医務室の前まで行くと、液体がビニール袋に流れ落ちる音がした。薬研は急いでドアを開ける。

 

「長谷部!」

「……っ、げほっ、うぇ……っ」

 

 ベッドの上にいる長谷部は、脇にあった袋に嘔吐していた。薬研の存在に気が付くと、ゆっくりと頭を持ち上げる。口の周りには吐瀉物が付いており、目に怯えの感情が浮かんでいる。

 

「……すま、ない……」

「そんな事言ってる場合か! 何で早く呼ばなかったんだ!」

「……迷惑、かけるかと、思って……っげほっ、おえ……っ」

「とりあえず落ち着いたら洗面所行ってうがいだ! 迷惑なんて考えるな、こういう時は一刻も早く呼べよ!」

 

 長谷部の態度で確信する――この長谷部は虐待を受けていたと。

 昔の仲間は助けなかったのだろうか。迷惑をかける、という物言いから周囲の対応の良さは窺えなかった。かつていた場所では、こうして密かに苦しんでいたのだろうか。苦しさをさらけ出せ無い程、彼は孤独だったのだろうか。

 ――ここに来た以上、そんな思いはさせねえぞ。

 長谷部が孤独になれば、周囲に不健全な関係性を築き上げかねない。それは審神者の精神衛生上かなり良くない事だと言えるだろう。何より他者の感情と共鳴しやすい審神者の影響なのか、孤独の闇に沈む彼を想像してしまった薬研は彼を放置する選択肢を選べない。

 誰もが安心出来る環境を整えなければ、審神者も刀達も苦しむ一方だ。

 紙コップを持ち、長谷部を何とか支えながら、洗面所へ向かう。床が軋んで音を立てているのが煩わしい。よろよろと歩きつつ、薬研は長谷部に問いかける。

 

「長谷部。お前さん、脂っこいのは嫌いか?」

「……? そんな事は無いが」

「そうか。今日の夕餉、結構脂っこかっただろ。だから気分が悪くなったのかと思ったんだが」

「いや……そうじゃなくて、……」

 

 長谷部は口を開閉させた後に言葉が見つからなかったのか、黙り込んでしまう。薬研は追及せずに、視線を前に向けた。

 洗面所に到着した薬研は長谷部に紙コップを渡し、うがいをする様に指示する。長谷部は何も言わずに従い、口をゆすぎ、ガラガラと喉を洗う。それを数回繰り返し、はあ、と息を整えた長谷部は大分顔色が良くなっていた。

 

「……いつもこうなんだ。戦場に出ると、必ずこうなる」

 

 ぽつりと長谷部が零す。薬研は軽く驚きながらも真剣な表情で先を促した。長谷部は紙コップを握り潰し、内心を吐露し始めた。

 

「短刀や脇差は大丈夫なんだ。人の形をしていないから。打刀以上になると、人の形をしているだろう? ……あれを見てしまったら手が震えて、逃げたい衝動に駆られてしまうんだ。手合せなら平気だと思ったけど、……斬りかかって来られたら、駄目で……っ! 何でか分からない、前の本丸でも治せと言われたけど、どうすればいいか分からなかった! それが苦しくてたまらない! ……俺は、出来損ないの刀なんだ……!」

 

 一気に恐怖を吐き出し、涙を落とし始める。すすり泣く長谷部の背を撫でながら、薬研は今度こそ動揺していた。

 ――好戦的な筈の長谷部が、人型を斬る事に怯えている。

 薬研が演練で見て知っている長谷部というのは、戦場に積極的に出たがり、真っ先にこちらへ突っ込んで来る鉄砲玉の様な存在だ。ギラギラとした顔付きでこちらに斬りかかる姿は、その装束とは裏腹に血の花が良く似合う。何度も演練場で長谷部と当たって来たが、誰一振りとして例外は存在しない。――少なくとも、人型を斬る事をこれだけ恐れる長谷部は、見た事が無かった。

 長谷部には有り得ない性質を持つ、長谷部と同じ姿をしている存在。普通に接していたら困惑どころの騒ぎでは無い。そんな彼をどう扱うか背中をさすりながら考えて――結局、薬研は深く考える事を止めた。

 ――こいつはこいつだ。人斬りを怖がる性格だって、個体差の範囲に含まれるだろう。それを尊重しようじゃないか。

 

「戦うのが嫌いな刀は出来損ないか? そんな事は無いだろう。いいじゃねえか、時間は嫌になる程あるらしいぜ。その間の時間で治すもよし、別の楽しみを見つけるもよしだ。今はもう斬るだけの存在じゃないみたいだしな、俺達は」

「……でも、敵を斬る事が、顕現した理由なのに……」

「どこぞでは時間遡行軍との戦いに参加せずに、傷付き疲れた刀達を保護している本丸もあるらしいぜ。俺っちは戦う、お前さんはこの本丸の運営を手伝う。役割分担って奴だな。そんな感じでいいんじゃねえか?」

「……そう、かなあ」

「そうそう。……だからそう自分を責め過ぎるな。見ているこっちまで悲しくなって来るからな」

 

 背中をぽんぽんと叩き、長谷部を見上げる。不安げに揺れる瞳から涙を一つ落とした後、長谷部は目を袖で拭った。

 

「……ごめんなさい」

「あー、その謝り癖も治した方がいいな。今、お前さんは何か悪い事をしたか? ここまで付き合った事に関してなら、これも俺の仕事だ。謝られる筋合いは無えよ」

 

 濡れている目をぱちくりとさせた後、長谷部は潰れた紙コップをいじりながら薬研にたどたどしく言い直した。

 

「……ありがとう」

「おう、それでいい。さ、吐き気は治ったか? 医務室に行って、どの薬飲むか決めないとな」

 

 薬研は身を翻し、洗面所から出た。長谷部が雛の如くついて来ているのを確かめた後は、振り返らずに進んだ。

 

『そう、かなあ』

『ごめんなさい』

『ありがとう』

 

 ――そんな長谷部の言葉遣いに違和感を覚えた事を、悟られない様に。

 

***

 

「過去に何の関係も無い夢……私も見た事があります」

「そうか。何回にもわたってだな?」

「はい……長谷部殿に関わる話という事は、その夢も重要なのですね?」

「その通りだよ。長谷部さんは勿論、秋田さんにも直結する話だ。鯰尾さん達は長谷部さんを特殊な形で迎え、気にかけていたからその異常性に早く気付けたみたいなんだ。私が来た頃には長谷部さん、すっかり馴染んでいたからね。何も知らなかった私は少し困惑したよ」

「一期が顕現して間も無い頃の石切丸や俺と同じ情報量だとしたら、そっちの審神者は何も知らないんだろうな。知っていたらとっくに手を打っている筈だ。……広めたいのか隠したいのか曖昧なんだよな、政府も」

 

 ずず、と獅子王がストローでドリンクを啜る。備え付けのテレビには、有名アーティストとのコラボCMが映し出されていた。

 

***

 

「……長谷部さん、戦うのが嫌いだったんですか?」

「正確には刀を握れない、だな。今もそうだ、長谷部は遠戦でしか攻撃出来ない。戦える様になっただけ、少し良くなったのかね。……少し複雑だが」

「え、えっと、戦えなくて、酷い目に遭ったりとかは……」

「後で長谷部さんに聞いたら、転々としてきた本丸の中で酷い扱いを受けていた所もあったみたいだよ。腫れ物に触る様な扱いを受けていた所もあったらしいし……結構色々だったんですよね?」

「そうだな」

「えっと……長谷部さん、イメージ違いますね」

「正直に言っていいよ、普通のへし切長谷部とかけ離れ過ぎだって。当人ももう受け入れているしね」

「その通りだけど、俺が言うべき事じゃないのかそれ」

 

 大きくない部屋の中、敷き詰められた座布団の上で三振りの施設利用者は身を乗り出す。春光隊の四振りはそれぞれの疑問に答えながら紙コップにジュースを注いで行く。

 再び満ちた紙コップに口を付けながら、長谷部は付け加える。

 

「まあ、()()()()が納得しているのかは分からないけど……でもこうしていられるのなら、ある事を許されているのかな」

「長谷部、()()()はあんたが消える事こそ許さないと思う。あんたが倒れた時かなり心配してたんだぜ、()()()

()()()……?」

 

 秋田が首を傾げると、薬研はおっと、と言って彼に申し訳無さそうな笑みを向ける。

 

「悪いな、急にこっちの話をしちまって。()()()の事も話して行くうちに分かると思う。それじゃあ、話を続けよう」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。