空隙の町の物語   作:越季

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13-3「witness/薬研藤四郎『何も知らない自分は』」

「……こりゃあ、どうなってんだ」

「俺が聞きたい、薬研」

 

 日差しを遮り町を仄暗く染める曇天、落書きで塗れたシャッターの下りる店が並ぶ薄汚れた大通り、目から光を失くし力無く歩く人々、路地裏に蹲りぎらぎらした眼差しで何かを待っている子供達。

 薬研と骨喰は、そんな知らない町の商店街で目を覚ました。

 索敵がてら商店街を歩いてみるが、誰も彼も身なりが悪く覇気が無い。希望に満ちている者と一人もすれ違わず、からからと足元で転がるビール缶をはじめとしたごみを拾う清掃員もいない。それらが余計にこの大通りの空気の重たさを増していた。

 

「……貧民街といった所か。あの本丸と何の関係があるんだ?」

「狭霧隊の審神者がここの出身とか……あり得ねえか、資料には上流階級の生まれだと書かれていた筈だ」

「そうだな。政府の機密文書でそこを偽る必要は無いだろう」

 

 政府の資料ではそこそこ社会的地位の高い素封の家の人間と記載されていた。電柱に書かれている町の名前などは一文字も出ていない。商店街のある町と繋がっているのなら、それも資料に記載されていただろう。それが無いのなら、狭霧の審神者はこの商店街とは無関係だと断定出来る。

 いよいよ訳が分からず、二振りが途方に暮れかけていると――

 

「――散れ散れ、糞餓鬼共! 金の無い奴にやる果物は無いよ!」

 

 品の無い響きを纏った怒鳴り声が耳に入って来た。骨喰がぎょっとした表情でそちらを見る。薬研も声の方へ目をやった。

 どうやら八百屋の老いた女店主が、果物を強請る子供達を追い払っているらしい。バットを振り回している女店主から蜘蛛の子を散らす様に子供達は走り去って行った。しかしその中の一人が果物を握りしめて逃げたらしく、女店主は怒髪天を衝く勢いで怒号している。

 そんな一幕を人々は軽く見ただけで目を向ける事無く歩いている。女店主を気にする事もせず通り過ぎて行く光景は、この町にとっての日常なのだと察する事が出来た。

 薬研達もここに情報は無さそうだと思って歩き出そうとした。

 

「……すみません」

 

 少年の声に足を止める。か細いその声が何故か気になって、薬研は再び八百屋の方を向く。そこには、二人の子供が立っていた。

 声の主は伸ばしっぱなしの髪、腕や足に包帯を巻いた少年。彼と手を繋いでいるのはこれまた伸ばしっぱなしの髪をした少年より背の低い少女だった。頼り無い雰囲気を醸し出す二人から、どうしてか目を離せない。

 女店主は怒鳴り散らすのを止めて、子供達を見下ろした。

 

「……トシキとトモエか。母親はどうした?」

「いつも通り、集会に行きました。それよりも、買い物をしたいんですけど」

 

 ふん、と鼻を鳴らし女店主は二人に告げた。

 

「さっさと奥に入りな。いつもの奴を買うんだろう? 入るまで油断するんじゃ無いよ」

「ありがとうございます。ほら、トモエも」

「……――」

 

 少女の声はこちらまで聞こえなかった。しかし頭を下げている事から、礼を述べているのが分かる。

 子供達は左右をさっと見渡してから、店の中へと入って行った。それに続き女店主が中に入り、ガラガラとドアを閉めた後に施錠した。

 薬研と骨喰は、どちらが言うまでも無く自然に八百屋の近くまで歩いていた。薬研と骨喰はドアの前に立ち、耳を澄ませようと身を屈める。

 すると、先にドアへつけた薬研の手が吸い込まれる。目を丸くした骨喰が消え、野菜と果物が並ぶ棚が目に映った。下を見ると、下半身はドアの向こうに、上半身は野菜と果物の棚が並ぶ屋内に存在している。這い蹲って奥に進むと、下半身も屋内に入った。

 どうやら、自分は壁を通り抜けられるらしい。幽霊じみているな、と考えてから同じ様なもんか、と考え直す。

 上半身を屋外に出してみようと試みてドアに突っ込むと、ぽかんとした表情を浮かべた骨喰が現れた。

 

「中に入れるみたいだぜ。骨喰兄も入れよ」

「……いよいよ異界の様相になって来たな」

「分かっていた事だろ?」

 

 上半身を屋内に引っ込めて、骨喰を待つ。まずは骨喰の手がドアから生えて来て、手を開閉させて様子を確かめている。それから足が生え、少しずつ骨喰が中に入って来た。ほっとしたのか肩の力を緩める骨喰に行こう、と一声かけてから薬研は奥へ進んだ。

 店の裏に入ると、女店主と少年と少女が野菜を手に机を挟んで話し込んでいた。二振りは念の為棚の陰に身を隠し、三人の声に耳をそばだてる。

 

「……はいよ、ジャガイモとタマネギ三つずつにニンジン二本。二百二十六円だ」

「はい、二百三十円です。……おばさん、いつもありがとうございます」

「四円のお釣りだね。何、あんたらはまともに金を払うお得意さんだからね。店先で餓鬼共に金を横取りされちゃたまらないだけの事さ」

「俺達も、お金を盗られたら困りますから……」

 

 小さい声で話しながら小銭を受け取る少年。服の内側に小銭をしまっている少年に、女店主は机に頬杖をついてぼやいた。

 

「全く、少子化対策だか落とし子政策だか何だか知らないけど、金をばら撒くだけじゃなくて設備とかも整えて欲しいもんだね。躾のなって無い子供が増え過ぎて困ってんだ。あんたらみたいな普通の客が、上客に見える程度にはね」

「……また、襲撃が?」

「あんたら、かち合わなくて良かったね。今日はいつもより人数が多かった。あれに襲われちゃ、ひとたまりも無いだろう。後金も盗られてたね、私の金が」

「はは……」

 

 しかめっ面で明け透けない愚痴をこぼす女店主に少年は苦笑いだ。少女は話の内容が分からないのだろう、首を傾げて二人を見比べている。

 

「落とし子政策……そうか、ここも……」

「骨喰兄、何か知ってるのか?」

 

 骨喰の呟きを拾い、薬研が小声で尋ねる。何故ここに放り出されたのか、その答えに繋がるヒントを知っているのかと期待して。

 だが、骨喰は小さく首を振った。

 

「俺も、てれびで聞いただけなんだ。子供を産めば産む程支援金が受け取れるという既に崩壊した政策で、その内あちこちの町中に行き場の無い子供が溢れ返る事になったとか……その町の光景は、見ていて気分の悪くなる物だった。子供達はどうなるのか、と考えると……兄弟も、顔を曇らせていた」

「その余波が、この町の有様って訳か。……でも、狭霧の審神者は関係あるのか?」

「……分からないな……」

 

 そう話していると子供達が立ち上がり、店を出る準備を始めた。薬研と骨喰は小さく体を屈めて三人が通り過ぎて行くのを見送り、それから後を追う。

 店先まで出ると、子供達は振り返り、女店主に小さく頭を下げた。

 

「おばさん、ありがとうございました。この事、お母さんには……」

「言わないさ、あっちも聞かないだろう。だからまた金を持って来ておくれよ」

「はい、また買いに来ます」

 

 子供達は手を繋いで歩き出す。少女が何か話して少年が頷き、それから二人は微笑み合った。その姿は、小さな花がひっそりと咲く様な幸せで満ちていた。

 女店主はその後ろ姿を見つめて、ぼそりと吐き捨てる。

 

「……鳶が鷹を生むとはこの事だね。全く、あの宗教狂いから何であんなまともな子供が……」

 

 その瞬間、景色がぐらりと陽炎の様に揺らぐ。薬研と骨喰はとっさに身構えた。

 目が回る、足元が崩れる。体が沈み込む感覚は錯覚だとしても気分が悪かった。

 気持ち悪さに耐えていると、視界から光が消える。目を潰されたかと思ったが、自分の手は薄暗い中でだが見えている。恐らく、違う場所に連れて来られたのだろう。

 薬品の臭いが強く辺りを満たしている。一体、自分は今どこにいるのだろうか。

 

「骨喰兄! どこだ!?」

 

 薬研は暗闇の中で骨喰を呼ぶ。声は反響するだけで、望んだ声は返って来ない。仕方が無いと薬研はその場をぐるりと見渡した。

 ここは屋内であるらしく、机や棚が並んでいた。机の上には書類と器材が、棚の中には瓶が置いてある。足元を確かめると、床は綺麗であるらしい。ただ、それはこの明るさで分かる程度だ。

 慎重に歩きながら、薬研はこの部屋の出口を探す。ゆっくりと部屋の四隅を調べていると、ある一角の壁に固い金属らしき突起があった。手で触ってみると、その突起は僅かに下へ動き、これがドアノブであると判断した。

 ドアノブを掴んで慎重に下げる。押してドアをわずかに開けると、隙間から白い光が目に入って来る。覗くと、白い壁とドアが目に入った。今は誰もいなさそうだ。

 薬研はドアを開け、部屋の外に足を踏み出す。白い廊下に出て左右を見れば、やはり人らしきものはその場に存在していなかった。

 ――嫌な感じだな。

 直感がそう告げた。白しか色らしい色が存在していないのも不自然だが、どうにもここからは()()()()()()()。それは悪い事では無い。薬研は戦場の――血の臭いが好きなのだから。

 問題はその血の臭いが、()()()()()()()()()()()()()()()()事だ。まるで、不祥事を隠すが如く。

 どう考えても、ろくな場所では無い。早く骨喰と合流した方がいいだろう。そう思って歩き出すと――

 

「薬研。ここにいたか」

 

 しばらく歩いた先の階段から、骨喰が現れた。薬研は兄の名前を呼ぼうとし――それから訝しそうに骨喰を観察する。

 骨喰の腕は後ろに回されており、両腕と体の隙間から()()()()()()()()()()()()。よいしょ、と骨喰が体を縦に揺すった事で、彼が何かを背負っているのだと分かった。

 

「……何おぶってるんだ、骨喰兄」

「俺が目覚めた場所で横たわっていた……見た方が早いだろう」

 

 骨喰が少し体を回転させ、見えた物。それに薬研は目を大きく見開く。

 

「こいつ……さっきのちびすけ!」

 

 先程、八百屋で買い物をしていた少年が、小さく寝息を立てていた。ぼさぼさの黒髪、包帯が解かれて初めて見えた身体中の傷。間違い無く、あの少年だ。

 何故ここにいるのか、それよりも気になった事。――その体は、薄く透けていたのだ。

 

「……重みがあるのに、透けているんだ。それに酷く魘されていたから、放って置けなくて連れて来たが……」

「……俺達の時とは状況が違いそうだな。多分、放って置くとまずい。このまま連れて行こう」

 

 少年の様子に顔を曇らせて、薬研は彼の同行に賛成する。骨喰は頷き、再び少年を背負い直した。

 

「骨喰兄、ここを探索していたみたいだが。行くあてはあるか?」

「下の階で、声が聞こえた。そこへ行ってみよう」

「分かった」

 

 階段で下の階へ降りて行く。その間少年は魘され続けており、苦しそうに呻く声が聞こえた。

 ちらりと少年を見て、薬研は疑問を呟いた。

 

「……何でこいつはここにいるんだろうな」

「……分からない。進む先で何か分かるといいが」

「そういや、この先って何があるんだ?」

「賑やかな声がしたが、詳しくはまだ調べていない。……声がしたのはあそこからだ」

 

 階段を降りて骨喰が指差した先に、観音開きの大きな白いドアが見えた。僅かに開いた隙間から、小さな笑い声が聞こえて来る。

薬研と骨喰はそっと近付いて中を確かめようと隙間を覗く。

 

「……それでその時のばあちゃんと来たらさ、目ぇかっ開いて腰抜かしてんの! ちょっとしたいたずらのつもりだったんだけど、そこまで驚かれるとは思わないじゃん?」

「やり過ぎじゃないの、カサネ……」

「ゴキブリのおもちゃにあそこまで反応されると思わなかったんだよ! その後正気に戻ったばあちゃんに特大の雷落とされたよ。途中でばあちゃんの驚き方を思い出してちょっと笑っちゃって、また追加で怒られた……」

「やっぱりやり過ぎだよ……おばあさんの苦労が偲ばれるね」

 

 ドアの中では、二人の少年が楽しそうに談笑していた。片方の「カサネ」と呼ばれていた少年は、肩まで伸びた髪をいじりながら話し続けている。

 問題は、もう一人の少年だった。――骨喰に背負われている筈の少年が、カサネの隣で突っ込みながら話を聞いていたのだ。

 薬研は骨喰の背にいる少年を振り返り、少年がいることを確かめる。少年の体が先程より透けている気がして、ぎょっとした顔付きで骨喰にその事を告げた。骨喰も慌てて少年を見返し、その姿を見て理由を探す様に言った。

 

「……何が起こっているんだ?」

「あのカサネって子供とこいつは友達みたいだが……どうして体が更に透けているんだ?」

「……嫌な事があった、とか」

「あり得るか。でも、今の所そんなに仲が悪い印象は受けないが」

 

 再び中を窺うと、少年とカサネは互いに悲痛な面持ちをして俯いていた。急変した様子に息を呑んでいると、カサネが苦々しく目に角を立てる。

 

「……こっちは四人死んだよ。残っているのはあと五人。この様子だと、再編されるだろうな」

「……再編……って事は、まだ終わらないのかな」

「終わらないだろ。大人達は、最後の一人になるまで殺し合いをさせる気だ」

 

 子供達の口から紡がれる物騒な言葉に覗いている二振りは凍り付く。血の臭いと物騒さは自分達刀にとって当たり前の事だが、子供達が会話の中で血の臭いを漂わせていると辛く、重たい気持ちになってくる。

 子供達の無垢な笑顔は、守るべき物の一つだ。あの二人の表情には、無垢さなどどこにも無い。それが酷く苦しくて仕方なかった。

 

「……トシキ」

「何?」

「いつか一緒に、ここから出よう。こんな所にいたら、大人達に壊される」

 

 強い決意を秘めた誘いに、少年は目を丸くしてカサネの真剣な顔を見つめた。

 本気なの、と言いたげなその視線に頷き、カサネは言葉を重ねる。

 

「外に出たら、まずは木に登って町を見下ろそう。知ってるか? 本当に高い所から見下ろす町は圧巻なんだぞ。偉い人になった気分になれる。それを堪能してから、美味い物をいっぱい食べよう。サーロインステーキとか憧れるよなあ。あとそれから……」

「……で、でも、大人達に見つかったら……」

「安心しろ、作戦は練ってる。トシキはまず、外に出てやりたい事を考えろ」

「……本当に、やる気なの?」

 

 不安そうに声を震わせる少年におう、と明るさを装ってカサネは笑う。少し無理矢理に笑顔を作っている感覚は否めなかったが、次にカサネが真面目な表情に戻した時にはもう作り物めいていなかった。

 

「絶対にここから出て自由になる。その為にはお前の力が必要なんだ。だからトシキ、俺と一緒に外へ行こう」

 

 少年は手を握り締め、唇を震わせる。視線を彷徨わせる少年の返事をカサネは辛抱強く待っていた。

 少年はどんな返事をするのか。外から覗いている薬研達も、どうしてか手に汗を握って少年の様子を見ていた。

 しばらくして、少年は不安を決意で押し殺した目をカサネに向けて、告げた。

 

「……分かった。カサネの力になれるのなら、協力する」

 

 カサネはぱあっと顔を輝かせてから、少年に勢いよく抱き着いた。少年はふらりとよろけたが何とかバランスを取り戻し、満面の笑みを浮かべるカサネの背をぽんぽんと叩く。

 

「ありがとう、ありがとうトシキ!」

「喜び過ぎだよ。カサネは俺の恩人なんだから、これくらいはさせてよ」

「何だよー、恩人とか少し距離があり過ぎないか? こういう時はなんて言うか、はいさんにーいち」

「え、えっと」

 

 カサネは体を起こしてから戸惑う少年の肩をバシッと叩いた。その表情は歓喜と希望で溢れていて――

 

「はい時間切れ! 正解は『親友だから』でした!」

「……俺、カサネの親友なの?」

「何度でも言ってやるぜ、お前は俺の一番の友達だ!」

 

 少年は困った様に笑う。カサネも晴れやかな顔で笑っていた。楽しそうに笑う二人にこちらまでが笑顔になるくらいに。

 直後、二人の姿は煙が吹き飛ばされたが如く消えてしまった。隙間の先は暗闇に覆われ、何も見えなくなる。

 現実に引き戻された二振りは息を吐き、骨喰の背にいる少年――トシキの体を確かめる。

 彼の体は、また一段と薄くなっている気がした。

 

「……悲しい事を話していたな。最後は楽しそうでよかったが」

「そうだな。……それじゃあ何でこいつはさっきより透けているんだ?」

「……この後、何かあったのか?」

「そう考えるのが自然だろうなあ」

 

 骨喰は首だけを動かしトシキの寝顔を見ていた。薬研は口に手を当てて考える。

 この場所が何かはわからないが、子供を殺し合いに参加させている時点でろくな場所ではないだろう。カサネが脱出を決意する程にはとんでもなく黒い世界がありそうだった。

 脱出を願っていたカサネだが、どんなに賢くても彼は子供で、ここにいる大人達がろくな人間ではないと仮定すると、彼等の末路は自ずと決まって来る。疑問点は、何故トシキがここにいるのかという事だが――

 思案に暮れていると、遠くからガチャリ、という解錠の音が聞こえた。

 

「……誘われているな」

「そうだな。でも手掛かりがほとんど無い以上、行くしかない。……鯰尾兄達、どこにいるんだろうな」

「行く先で会える事を祈ろう」

 

 よいしょ、とトシキを背負い直して骨喰は歩き出す。骨喰の後をついていく薬研は、注意深くトシキの状態を観察していた。

 ――ごめんなさい、と魘されているトシキが、あの変な()と被って見えた。

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