「とーうちゃーく!」
「結構時間かかったなあ」
氷雨の調査部隊は、少し古びた白い建物の前にいた。目的地である第八暗影研究所だ。町はずれにあるため三十分ほど歩き、体は少し汗ばんでいる。長谷部がぐるっと隊員を見回し告げた。
「よし、ここで一度解散だ。手分けして中を調査するぞ。何かあったら、警笛で救援を呼べ。調査後は爆薬で施設ごと破壊するから、忘れ物などないように」
「了解」
そうして、部隊は三つに分かれる。鶴丸は、小夜とともに行動する手はずとなっていた。毛を逆立てた猫のような小夜を見やり、ニッと笑いかける。
「よし行くか小夜坊! 何か珍しいものがあったらこっそりくすねていこうぜ」
「それは、禁止されていることなのでは?」
「びっ○りまんしーるぐらいだったら大丈夫だろう」
「研究所にびっ○りまんしーるがあるんですかね……?」
おちゃらけた雰囲気はいつも通りだ。小夜は肩の力が抜けていくのを感じながら、鶴丸とともに建物の中に踏み込んだ。
*
「廊下は割と綺麗だな。じゃあまずはこの部屋から行くか」
「そうですね」
鶴丸たちの担当は二階。二振りは階段を上った後、最初に目に入った扉を開ける。
「おおー、見事にギヤマンの容器が置かれている棚しかないな」
「あと、置いてあるのは机ぐらいでしょうか」
二振りは中を見渡してみる。白い天井と床には、窓を含めた装飾はない。作業用の机以外には、ビーカー、試験管、フラスコ、その他空の実験道具が並んだ棚がぎっしりと置かれているだけだ。
「薬品とかは廃棄されているか」
「書類がなかったら出ましょうか」
机の中を改めてみても、何も入っていない。この部屋は空振りだったようだ。
残念がることも特にせず、二振りは部屋を出た。
次の部屋を開けた途端、いかにも難しそうな機械がどんと置いてあるのが目に入った。その他にあるのは作業机と大きな画面。
「うげぇ……俺だったら永遠に使いこなせねえな」
「僕だってそうですよ……」
「どうする? この機械ぶっ壊すか?」
「刀は使わないでくださいね、刃こぼれしますから」
「うーん、どうするか……」
鶴丸が機械の前で頭を悩ませている間に、小夜は机の中を探っていた。そして、一枚の紙を見つける。
「鶴丸さん」
「どうした、小夜坊」
「……これ、研究報告書みたいなんですけど」
小夜の手に持たれた紙を覗き込む。髪を二つに分けて結んでいる幼い少女の写真がまず目に入った。経歴が書かれている箇所を見てみると、黒塗りされている部分があったものの、こう読めた。
『・被験者19477番に×××××××を接続。融合に成功。苦痛を訴えていた点に関しては、さらに改良の余地あり。
・再び×××××××を接続。一部数値にエラーあり。酷い苦痛を訴えているが、研究に支障はないと判断。
・再び×××××××を接続。断末魔をあげたのち、死亡が確認された。×××××××の改良を要検討。
備考:19478番のメンタルが不安定になり、さらに暴力を振るうことが多くなった。薬剤を投与してもメンタルが安定しない場合は記憶処置の許可を申請すること』
「……酷いな」
「……ええ」
おそらく、19477番と19478番は仲が良かったのだろう。幼い少女を酷い苦痛が伴う実験の道具として使い、必死に出したであろう救難のサインすら無視され、仲が良かった者の引き裂かれた悲しみを、絶望を、実験のために強引に忘れさせる。
彼女たちの人間としての尊厳など、どこにもなかった。
「きっと、19478番には復讐心もあったことでしょう。それがあるおかげで、絶望にも耐えられたのかもしれない。……身内の仇を呪う権利すら、実験のために奪うなんて」
小夜は復讐のために使われた短刀だ、思うところがあるのだろう。紙の端をぐしゃりと握りしめる。
がしゃん、と何かが割れる音が聞こえる。驚いた小夜が振り向くと、鶴丸が機械に鞘のついた刀を振り下ろしているところだった。何度も、何度も、何度も振り下ろして、完全に壊れたのを確認してから、鶴丸は小夜の方に、表情を落とした顔を向けた。
「……これを燃やして、19477番に黙祷してから出ようか」
「……はい」
持ってきていたライターに紙をかざすと、レポートが炙られた箇所から燃えていく。完全に灰になった紙を確認した後、鶴丸と小夜は目を閉じ、手を合わせた。
*
次の部屋は、訪れたどの部屋より大きいものだった。いくつも並ぶ機械がついている、割れた太いガラスの円柱だった物の中には、液体が入っていたようだ。
そう、この部屋の有様は、他のどの部屋とも違っていた。ガラス片があちこちに落ちていて、机はひっくり返っている。ところどころに溜まっている赤黒い染みたちは、血の跡だろう。
「すごいな。ここだけ台風でも来たんじゃないかって思うぐらいだ」
「血の跡も大量に……何があったんでしょう」
「研究所の連中が殺されたんなら、ざまあみろって感想しか浮かばないけどな」
そう吐き捨てた鶴丸の目に、破れた紙片が落ちているのが映った。拾い上げて目を通すと、ある箇所を見て小夜の肩を揺さぶった。
「小夜坊! これ、19478番の研究報告書だ!」
はっと振り向く小夜に、屈んで文字が見えるようにする。
紙片には、血の跡が酷くこびりついており、解読が困難だ。しかし、根性で二振りは読める文字を拾う。
『・×験×19478番に×質××××体を投与。××難×××の××××の適×に×功するが、原×不明の×走を××し、研×員を次々と×害。現在、この×告書を×い×いる私も19×78番に×われて×る。×だ、×にたく×い、こんなと×ろで×××に××されるなんて――』
「……どういうこった?」
「後半の字の形が変ですね、走り書きのような……」
不気味な紙片に二人が考え込んでいると、外から音が聞こえた。高く、鋭い音だ。
「――警笛か!?」
「部屋の外に出ましょう!」
部屋の外に出ると、その音は確かにホイッスルであった。上の階から響いてくる。二振りが急いで階段を駆け上がると、屋上に続く階段の前に一階担当の堀川と青江がいた。
「鶴丸さん!」
「なにがあったんだ!?」
「わからない、急に上から聞こえたんだ!」
「例の物体かもしれません、急ぎましょう!」
四振りは急いで階段を上る。屋上のドアを開け放つと、そこには、戦装束に傷がついた次郎太刀と、あちこちに傷を作っている長谷部が、抜刀した状態で立っていた。
「アンタたち、ようやく来たか!」
「次郎さん、長谷部さん! かなりの傷じゃないですか、一体何が――」
「分かってるだろう、貴様ら。――奴のお出ましだ」
次郎太刀と長谷部の間に、『それ』はいた。日差しを飲み込む漆黒、陽炎のように揺らめき、そのヒトガタはゆっくりと腕を振り上げ、大太刀だと思われる影に覆われた刀を、長谷部に向かって勢いよく下ろした。横に飛びのいたものの、砕けたコンクリートの破片が長谷部の傷に当たる。
「チィ……っ!」
「長谷部、アンタは下がりな! ここは次郎さんに任せなさい!」
「抜かせ、俺はまだ戦える!」
列強の戦士たちであるはずの四振りは、長谷部と次郎太刀の気迫とヒトガタの己の深淵を抉るような気配に思わず固まってしまっていた。
はっと鶴丸は我に返り、柄に手をかけながら三振りに告げる。
「長谷部と次郎が押されている。ここで主要戦力を失うわけにはいかない、俺たちも加勢するぞ!」
鶴丸が、ヒトガタに向かって駆け出す。それを見た三振りも、
「――了解!」
と答え、迷わず戦場に飛び込んだ。