用が済んで出て来た部屋のドアを閉めて、静かな白い廊下を進む。鯰尾は小夜がいるのを確かめる為、目線を後ろに向ける。小夜は周囲を警戒しつつ、鯰尾の後をついてきていた。
「小夜ちゃん、何かあったら言ってね」
「はい。……鯰尾さんも索敵してますよね?」
「いやー、俺だけだと見逃しそうでさー。二振りなら見逃しも無くなりそうだし」
「はあ……」
うろんな目つきで小夜は鯰尾を見る。鯰尾はそんな視線を見なかった事にして、等間隔に並んでいる数多のドアを見遣った。
どこもかしこも僅かに開いてはいるが、中に気配は感じられない。ちらりと見える部屋の中は、先程の部屋と似た構造をしている。やはり白で塗り固められている部屋達は、有機物を拒むかの如く生気が無い。早くここから出たい、息苦しさに改めてそう思った。
「……鯰尾さん、あそこ」
立ち止まった小夜の指差す方向に、薄く開いたドアが見えた。中からは少年らしき声がする。だが、トシキの物では無さそうだ。行ってみよう、と声の方向を見据えれば、小夜は頷いて再び歩き出した。
ドアに近付いてそっと隙間を覗き込む。見えたのは、ごぽりと音を立てて上昇する泡を閉じ込めた大きなガラスの筒の列。そしてその手前にいたのは、笑顔を貼り付けた白衣の女に背中を支えられているおどおどとしたトシキと、肩まで伸びた髪を弄りながらトシキを窺う少年だった。
「……んで、そいつが新入り?」
「そう、新内利樹君。被験者番号は258になるわ。色々勝手が分からないと思うから、面倒を見てあげてね」
「へーえ、随分人のいい事言うんだね。何? あんた、今度の趣味はままごとにでもしたの?」
少年――カサネの声音は、かなり棘がある。困った表情を浮かべる女性と、苛立ちを滲ませたカサネの顔を見比べてからトシキは俯く。それを見た女性は、患者の子供に語りかける様な口調でカサネを宥める。
「そうカリカリしないで。確かに貴方達には過酷な実験を強いているけれど――」
「殺し合いを見ながらカツサンド食って賭博に興じてる人間の言葉は薄っぺらくて仕方ないよね。今度は何企んでる訳? 変な薬飲んでラリった状態でヤらせようとか?」
「……下品よ、カサネ君」
眉をひそめる女性を鼻で笑い、カサネは鋭い目を向ける。
「その下品な行為をしている奴に言われたくないね。あんたらならやりかねないじゃん。……あんたらは俺達を人間扱いしてないみたいだけど、俺からしたらあんたらの方が余程人でなしだよ。あんた達の飼い主だって、どうせロクな人間じゃ――」
「それ以上の反体制的発言は見過ごせないわ。続けるなら、上層部に報告する事になる。私としてはあまり貴方達の数を減らしたくないのだけど」
女性の声の温度が下がったのを受け、カサネは舌打ちしてそれ以上の罵倒を打ち切った。しかし、まだ睨んでいるカサネと目に何の感情も浮かばない女性が無言で火花を散らし合う。その険悪な雰囲気を払拭したのは、俯きながら尋ねたトシキの声だった。
「……つまり、俺はカサネ君の言う事を聞いていればいいんですね?」
女性はトシキに視線を向け、口だけで微笑み彼の頭を撫でた。
「そうね、ここの事はカサネ君に聞いて頂戴。基本的な規則は話した通りだけど、貴方達特有の決め事もあるでしょう。同じ被験者同士、良好な仲を築いて貰えたら嬉しいわ。それじゃあ、私は報告があるからこれで。くれぐれもよろしくね、カサネ君」
そう言って女性はさっさと立ち去った。その場に残ったのは、足に視線を固定しているトシキと、髪を弄りながら何かを考えているカサネだけになった。
数十秒程、沈黙が続いた。それがやたらと長く感じられたのは、カサネが反抗的な雰囲気を剥き出しにしていたからだろうか。しかし、次にカサネが口を開いた時には、険のある響きは感じられなかった。
「……お前さ、この施設でやる事説明された?」
「うん。……ここで、殺し合いをしろって」
正解、とカサネは頷いた。それから抜けた髪を指で弾きながら表情を険しくさせる。
「はっきり言ってロクでもない施設だよ、ここは。早急に慣れなきゃ死ぬだけだからね。……あ、お前はどういう経緯でここに? 気分が悪い事を聞くけど」
「……多分、親に売られたんだ、と思う」
鯰尾はついにそこまでやったか、という衝撃と、あの母親ならやるだろうな、という腑に落ちた感覚に揺れた。
正直なところ、ここに母親がいるのなら八つ裂きにしてしまいたい程に鯰尾は怒りを抱いていた。昔、それこそ刀が武器として振るわれていた頃なら子を売る事はありふれていたかもしれない。けれどそれは貧しさから行われるものであって、今は貧しい者を救う為の制度も整っている。
金を怪しげな新興宗教に注ぎ込み、子を乱暴に扱い、挙句売り払う。今の時代の母親として、あの女はあまりにも異常だった。
「そうか。親に未練は?」
「無い。……あ、でも、一緒に連れて来られた妹が心配だ」
「妹か……。女子の方はどうなっているか分からないな。でも、もう一度妹と会いたいだろ? なら、それを生きる理由にするといい」
ごぽり、と水泡の音がする。トシキは顔を上げて、弱弱しくカサネの言葉を反芻した。
「……生きる、理由」
「そう。何か支柱になる物があれば、最期まで折れずにいられる。笑うのは無理かもしれないけど、泣く事だって無くなるはずだろ?」
ニッ、とカサネが口角を持ち上げ目を細める。薄暗いこの空間で、その笑顔は似つかわしくない程に希望で満ちていた。
トシキは、不可解な物を見る様子のままカサネに問い掛けた。
「……君は、どうしてそうしていられるの? ロクな場所じゃないんでしょう? なのに、どうして笑っていられるの?」
質問の内容を噛み砕いてきょとん、とした後にカラカラと笑いながら、カサネは答えた。
「別に俺だって、いい子ぶっている訳じゃないよ。……俺は、俺を不幸にしようとしている奴に負けたくない。そいつらの鼻を明かしてスカッとする為なら、手段を選ばない。どんなに辛くても、泣かせようとする奴がそれを期待しているのなら、その逆の事をやってやる。ただ、それだけだ」
それは、世界に向けての強がりだ。彼の不幸は不特定多数の大人達の手による物で、その大人達は彼にとって世界を構成する歯車でしかないのだ。世界の一部でしかない大人達を一人ひとり憎んでいたら心が持たないだろう。だから彼は、世界そのものに対抗する事を選んだ。
悲しい強さだ。まだ幼い彼がするべきではない反抗だ。――何てままならない現実なのだろう。
「後、君じゃなくていいのに……あっ、そういえば名乗っていなかったな」
カサネは困った様子で呟いた後、はっとした表情で手を叩く。トシキに手を差し出すと、彼は笑顔を輝かせて告げた。
「――初めまして、だな。俺はカサネ。友達になろう!」
トシキはカサネの手と顔を見比べ、恐る恐る手を握る。カサネにぶんぶんと手を上下に揺すられて、トシキは目を白黒させていた。
「わ、わ」
「よし、これで俺達は友達だ! 困った事があったら何でも言ってくれよな! 俺が困らせる事もあるかもしれないけど、その時はごめんな!」
「お、俺、友達今までいた事なくて――」
「よーしお前の寝床まで案内するぞー! 途中で同室の奴らの説明もするから聞き逃すなよー!」
「ねえ聞いてるー!?」
意気揚々と進むカサネの後を慌てて追いかけながらトシキは声を上げる。
「そんなの、これから考えていけばいいじゃん! 俺はお前と友達になりたい。今はそれで充分だ!」
カサネの言葉を最後に、二人の姿は掻き消えた。
室内はしん、と静まり返り、鯰尾と小夜はドアから体を離した。
「……そっか、ここで友達が出来たんだ」
「……ロクな施設ではない以上、喜んでばかりもいられませんが……」
「そうだね……でも、本当に良かった。心を許せそうな人がいたんだね、あの子にも」
小夜がちらり、と鯰尾の顔を窺った。その目は憂いの色を帯びていた。
――分かっている。今まで出会った大人にまともそうな人間がいなかった以上、彼らの末路は薄々見えていた。だけど、今この時だけは安堵に身を浸したかった。
「行きましょう。他のひとも無事でいる保証はありませんから」
「うん。……あれ、何か聞こえない?」
下の階から、誰かの声が響いてくる。よくよく耳を澄ませてみると、その調子に覚えはないが、物凄く聞き覚えのある声だった。
「――トシキ、トシキ! どこにいる!?」
ばっ、と小夜と顔を見合わせる。小夜は目を見開いて頷き、声のした方向へと駆け出した。鯰尾も追随しながら思考を巡らせる。
――あの声は……
鯰尾の知る長谷部は、あんなに強い語気で話さない。声は弱弱しく、自信に満ちているとはとても言えない調子。今聞こえてきた声は、それとは大きくかけ離れている。
何故今になって出て来たのか。いつもの長谷部は消えてしまったのか? あの少年を探していのは何故か? 不安と焦燥で思考が上手く纏まらない。だからこそ、鯰尾は気付かなかった。
いつもの長谷部とトシキが
「歌仙と宗三兄様もいるみたいです!」
「良かった、無事だったんだ! この空間もいつまで持つか分からない、急ごう!」
鯰尾は速度をさらに上げて、声のした方向へ駆ける。階段を下り左右を見渡すと、渡り廊下に繋がるドアの前に三つの影が見えた。右折し、鯰尾は長谷部の背中に向かって床を蹴る。
「あいつは、俺の――」
「長谷部さああああんっ!」
「うわあっ!?」
長谷部の背中に思いっきり突進し、鯰尾は長谷部を吹き飛ばした。長谷部は激突された勢いで渡り廊下前のドアにぶつかり、頭を強かに打つ。ずるずるとその場に崩れ落ち、長谷部は目を回していた。
「長谷部さん無事でよかったです! さっきトシキって叫んでいましたけどあの子と長谷部さんにどんな関係が……ってうわあ大丈夫ですか!? 敵襲!? 敵襲ですか!?」
「突っ込み待ちですか、鯰尾。貴方が吹っ飛ばしたんですよ」
「受けて立つぞまだ見ぬ敵! 俺の錬度は六十五だ! 生半可な気持ちで来ると痛い目を見るぞ!」
「とりあえず落ち着いてくれ。君達の成り行きを説明してもらえないかい?」
さっと避けて衝突を避けていた歌仙と宗三が引きつった表情で鯰尾を窘める。
直後息を切らした小夜が現れ、状況を察知するとはあ、と息を吐いた。
「歌仙、宗三兄様、無事で良かったです。……鯰尾さん、二振りが引いてます。冷静になって僕達の経緯を説明しましょう」
「……はっ! すみません二振り共、取り乱して」
「取りあえず状況説明を。鯰尾、情報源を昏倒させた償いに、移動時長谷部を背負いなさい」
「はーい……」
「焦り過ぎだよ、鯰尾。あの子って言っていたけど、君も幻覚を見たのかい?」
歌仙の言葉を皮切りに、四振りは情報交換を始めた。
話題は主に、幻覚として多く現れる少年、トシキの事。今の今まで他の刀に夢の事を隠していたのに苦言を呈され、番組に影響されただけだと思っていた、と言い訳するとそれでも話せ、と怒られた。
「それにしても……夢を見始めた日が長谷部の本丸異動と被っていますね」
「うん。それに一度だけじゃなく連続で。ここに現れた幻覚と合わせると、あの子はもう事件と無関係とは言えないね」
「下手したら、うちの本丸にも影響が出たかもしれないですね」
不穏な方向に流れる話を聞いても、鯰尾の中で長谷部とトシキを庇う気持ちは消えなかった。ずっと夢の中で妹を慈しんでいる姿を見てきたのと、不器用なだけでこちらに敵意が無い事を知っているからだろうか。
「……悪い事をしたとは思えないんですけどね」
「分かっているよ、君が無条件であの子の全てを許容するとは思えない。この長谷部も庇っているのを見るに、あの子は本当にいい子なんだろう。でも……」
「お小夜の澱みに関する推測から、彼が相当強い恨みを受けていると推測出来ます。本丸で彼を受け入れるには、澱みをどうにかする必要がありますね」
「やっぱりそうだよね……澱みの中核がどのくらいの規模か予測出来ないから、他の刀とも合流しないと」
ガチャリ、とどこからか音が聞こえた。辺りを見回すと、渡り廊下に繋がるドアが少し開いている。隙間から風が流れ込み、その場の気温が少し下がった。
「……行きましょう。骨喰と薬研、いるといいんですが」
鯰尾がそう言って長谷部を背負い、ドアノブを掴む。開けた先の薄暗い渡り廊下に、軽い足音が二つ響いていた。
*
渡り廊下の先、ドアの向こうで二つの影が身を屈めながら歩いていた。遅い時間帯なのかほとんど明かりが落とされており、二つの影は見え辛い。しかし目が慣れて来ると、それがトシキとカサネであると判断出来た。
先を歩くカサネは数歩行く度に左右を見渡し、足音を殺して進んでいる。トシキが足音を小さく鳴らすと、カサネは勢い良く振り返り人差し指を口に当てた。
「しーっ! トシキ、もう少し静かに歩け!」
「でも、誰もいないよ? もう少し気を緩めても平気なんじゃ……」
「こうして抜け出しているのがどこでバレるか分かったもんじゃないんだ、慎重に動くに越した事は無い! 見つかったらどうなるか分からない、だから静かに歩けよ!」
音量を落としながらも鬼気迫る声で諫められ、トシキは口を押さえて抜き足差し足で歩き出した。四振りと気絶して背負われている一振りもその後を追う。
それにしても。罰を受けるリスクを抱えてまで、彼等はどこへ行くのだろう。
正直言って、鯰尾はこの施設全体に良い印象は抱けない。それは歌仙と宗三の情報によって更に強固な物になった。大人達に弄ばれ、虐げられる子供達を二振りと共に見ていたのなら、鯰尾は抜刀していたに違いない。子供達の中にトシキがいるのなら、尚更だ。
けれど、この施設にも微かな光はあった――カサネの存在だ。彼は、トシキと友達になりたいと明るく話した。この二人が友情を築けている光景が、この場所で唯一の清涼剤だ。先導しているカサネも、その後をついていくトシキも、確かに相手を信じ行動している。
対等に信じ合える相手がトシキに出来た事。それが、涙が出そうな程に鯰尾は嬉しかった。
「……よし、着いた」
カサネがそう言ってガラス戸の前で立ち止まる。振り返ってから呆然としているトシキにも
「……綺麗だな……」
近付いたガラス戸から見えたのは、満天の星。濃藍の布に数多の穴を開けて光を透かした様な、星々の鮮やかな光たった。小さな星の微かな光も、大きな星の煌々とした光も、それぞれが影響し合い幻想的な空を作り上げている。
トシキは心を奪われた様にガラス戸に張り付いている。雲一つない星空を見つめているトシキの後ろで、カサネは得意げに胸を張る。
「凄いだろ、ちょっと前にここから星が綺麗に見えるって知ったんだ」
「……うん、本当に凄い。ここって、こんなにはっきりと星が見えるんだね」
星を見上げるトシキの隣に立ち、カサネも上を向く。それから、どこか遠くへ意識を向けながらぽつりと漏らした。
「……ここってさ、地球とは少し違う世界だって知ってる?」
「え?」
「地球からじゃ、こんなに綺麗な星は見えない。街明かりがギラギラして、星の光を届かなくさせるんだったかな? ……とにかくここは地球とは少し違う世界で、よく知らないけど大人達はここを使って戦争をしてて。俺達は、きっと――」
途中からカサネの声が聞こえなくなった。トシキがカサネの横顔に視線を向けると、ダン、とカサネがガラス戸を叩いた。
「……俺達は遊ぶのが仕事なんじゃないのか? 鬼ごっこしたり、隠れんぼしたり、ゲームしたり、そういう遊びをするのが、子供の仕事なんだろ? ……ばあちゃんが言ってた。子供は未来そのものだから、戦争から遠い場所にいるべきなんだって。でも、俺達は戦争に一番近い場所にいる」
「……」
「もっと追い詰められている国は子供を戦争に参加させているらしいけど、この国はそこまで追い詰められていないだろ。大人が少ない訳じゃない、寧ろ子供が少ないから国を挙げて対策してるって話してた。結局、大人達は戦いたくないだけだろ――どいつもこいつも、くそったれだ。それでも、何も出来ない自分が一番嫌いだ」
子供の自覚がある、年相応らしくない言葉だ。けれど――この環境が、彼をそうさせてしまったのだろう。
どんなに背伸びして大人ぶっても、本当の大人に敵わない。
大人達の負の面を見つめて軽蔑しても、現実は変わらない、変えられない。
叫んだ声ですら、無い物として扱われる。
――無力な子供である事を、否応無く思い知らされる。その口惜しさは如何程か。
「……大丈夫だよ。ここを出るって、決めたんでしょ? 俺達なら出来るよ。カサネは頭が回るから、きっと成功する。そしたらさ、あの大人達に負けないくらい強い人になれる様に、一緒に頑張ろうよ。妹も連れて、旅でもしながらさ」
トシキが穏やかに微笑んで見せる。カサネはゆっくりとトシキに顔を向ける。その目は頼り無く揺れ、口は小さく震えていた。そして、涙に濡れた声で告げた。
「……ありがとう、トシキ。本当に、今日まで生き残ってくれて良かった。そうじゃなきゃ、とっくに心が折れてたよ」
「ううん、こっちこそ。カサネがいたから、今日まで希望を捨てずに済んだんだから。……最初はカサネの事を信じ切れなくて、本当にごめんね」
「ここでは正しい判断だよ、気にすんな。――明日、絶対に成功させるぞ」
「うん」
頷き合い、再び星を見上げるのを最後に、二人の姿は消えた。ふう、と息を吐き、鯰尾はガラス戸から離れる。
「……子供は、大人びるくらいが健全だろうに」
「……本当に、悲しい子達ですね」
「ああ、本当に。あのまま脱出出来ていればいいが」
「そうだといいですね……」
「だが、あんまり明るい想像が出来ねえな。ちびすけが薄くなっている以上、ロクな事は起きないと考えた方がいい」
「薄くなっているのか、それはまずい――ちびすけ? 薄くなっている?」
違和感を感じた歌仙の言葉に、鯰尾が振り返ろうとした。直後、
「――トシキ!!」
耳元で大きく叫ばれ、鯰尾は耳を痛めた。心なしか耳鳴りがする。何だ、と仰天していると、傍を風が通り過ぎた。体にかかっていたはずの重量が無くなった事で、長谷部が目を覚ましたのだと分かった。寝起きでよく動けるな、と目線を動かして鯰尾は更に驚いた。
――黒と銀の頭が増えている。
「うおっと、長谷部!? このちびすけと知り合いか?」
「ああ、無事――とは言えないがまだ消えていなかったか……本当に良かった……二振り共、こいつに他の異常は起きて無いか?」
「あ、ああ、透けている以外は特に……」
「話聞いてくれよ」
薬研と骨喰が、いつの間にかそこにいた。強烈な勢いでトシキに異変が無いか迫る長谷部に、二振りは少し呆けている。同じく呆然としていた四振りは、我に返ると怒涛の勢いで薬研と骨喰に詰めかけた。
「薬研! 無事だったんですね!」
「おう、この通りピンピンしてるぜ。特に敵とも出くわさなかったしな」
「骨喰、良かった! 怪我は無い?」
「ああ。……長谷部、この少年はお前が背負っていてくれ」
「分かっている」
「あの、二振り共。道中で何があったか、話して貰ってもいいですか?」
「そうだね。少年はどこで拾ったんだい?」
そこでまた、情報交換が行われた。薬研と骨喰は最初トシキの育った場所を彷徨い、次にこの施設でトシキを拾ったという。あちこちで幻覚を見ながらここまで歩いてきたが、トシキの体は幻覚が映し出される度に薄くなっているらしい。このままでは消えてしまうだろう、と薬研は判断していた。
長谷部に抱えられているトシキの体を見て、宗三は目に憐憫の情を乗せる。
「向こうがかなり透けて見えますね。最初に拾った頃より透けているんですよね?」
「ああ、透明度が大きく進行している。消える事は何とかして食い止めたいが……」
「目を覚まさないからなあ。本人がどう思っているのかはっきりと分からない以上、どうする事も出来ん」
「早くここから離れないと……ああでも、この子はどうなるんだろう。それが分からない以上、迂闊に動く事も避けるべきか」
それぞれが言葉を交わす中、鯰尾は黙ったままの長谷部が気になっていた。彼はトシキを優しく抱え直しながら、顔を覗き込み悲痛に顔を歪めている。トシキを骨喰から受け取った後、ずっとこの調子だ。性格が普通の長谷部のそれに変わっているのも不思議だが、その彼があからさまに主以外の他者の心配をしているのも異常だった。
「……長谷部さん、何か知っているんじゃないですか? 意識が戻ってすぐ彼のところに駆けつけてましたし……彼にかなり肩入れしているみたいですが、それは何故ですか?」
小夜が長谷部にそう尋ねると、六組の目は一斉に長谷部へと向けられる。視線を一身に受けた長谷部はトシキを抱える腕に少し力を入れ、涙を落とさない為か顔を背けながら答えた。
「この先――一階の裏口に行けば分かる。行くぞ、恐らく終着点はすぐそこだ」