空隙の町の物語   作:越季

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13-6「witness/薬研藤四郎『罪を抱えた自分を』」

 長谷部に導かれ、六振りは階段を降りて行く。静かに足を下ろしながら、薬研は考える。

 ――ちびすけと長谷部の関係は、きっと……

 出会った幻覚と得られた情報で、一人と一振りの関わりが見えて来た。

 それは、互いが互いの()()()()()()間柄。長谷部とトシキ、二人共がある意味で相手を平伏せさせる主君であり、ある意味で相手に全てを投げ打たなければならない従僕なのだろう。命を握られているにもかかわらず、長谷部は随分トシキの事を考えている様だ。それを踏まえると、トシキは強制的に長谷部を支配しようとは思っていないに違い無い。もしトシキが無理に従えようとしていたならば、長谷部は即座に彼を見限っていただろう。むしろ、トシキは――

 

「――こっちの警備員は行った、移動するぞ」

「分かった」

 

 階段を降り終わると、耳に子供の声が流れ込んで来た。カサネとトシキだ。二人は壁に隠れて周囲を窺い、素早く動き始める。急いで追いかけると、廊下に下ろされたシャッターを見つめてカサネが何かを構えた。

 

「カサネ、そのボール何?」

「まあ見てろって。――よし、壁を壊せ!」

 

 命ずる声に呼応し、カサネの周りに小さな人型が現れる。二十の数の人型は、側面で紐状の物を回し、ふっと手を離す。紐状の物は壁まで一直線に飛んで行き、壁にぶつかると轟音を立てて大きな穴を開けた。トシキはぽかんと口を開けて尋ねる。

 

「……これ、貴重な道具なんじゃないの? 厳重に保管されているはずなのに、どうやって手に入れたの?」

「大人が回収し忘れた奴を拝借したんだよ。凄いよな、シャッターが木端微塵だ。……っと、立ち止まってたらまずいよな、早く移動しよう」

 

 子供達は静かに走り出す。それを見つめていた六振りは、唖然としてその背中を見ていた。

 

「……あれ、投石兵……だよな?」

「うん、俺もそう見える。どうして、あの子が投石兵を……」

「貴重な道具、と言っていましたね。回収し忘れたとも。……まさか刀剣男士から――」

「いや、政府公認の施設であるこの施設は、わざわざそんな事をしなくても刀装が手に入るんじゃないか?」

「……でも、刀剣男士しか扱えない筈なのに……」

 

 そう話し合っているが、もう彼等全員が自分と同じ仮説を立てているだろうと薬研は思っていた。

 刀を用いて子供達を殺し合わせ、カサネの言葉では薬を投与し、最後の一人になるまで終わらないという地獄。下位の存在でも薬研は神だ。それを何と呼ぶか、耳にした事はあった。

 

 ――蠱毒。

 

 百の虫を同じ容器で争わせ、勝ち残ったものが呪詛の媒介として用いられる。大体そんな内容だった筈だ。聞くにつけ悍しい儀式だ、命を喰らわせて強い媒介を作ろうと言うのだから。

 そしてその儀式が、虫を人間の子供に置き換えて行われている。

 媒介を何に用いるのか。それはもう、真実を明確に知る長谷部以外の六振りにも理解が及び始めていた。

 

「脱走者がいた、捕えろ!」

「相手は()を持っている、充分警戒しろ!」

 

 遠くから警備員と思われる男達の声がする。走るカサネは再び投石兵を展開させる。背後数メートル先に石を落とし、警備員達を足止めした。

 

「これでしばらくは動けない筈!」

「前から警備員が来るよ!」

 

 トシキが短刀を抜刀し叫ぶ。

 カサネは脇差の柄を握り締め、前方の銃を構える警備員二名に向かって斬りかかった。浅く服を切っただけだったが、一瞬の隙を生むには充分だった。

 トシキが警備員の手を薄く斬り、銃を奪い取った。

 トシキは銃を放り投げ、受け取ったカサネが警備員の脚に鉛弾を撃ち込む。行動不能になった警備員を尻目に、二人はさらに速度を上げる。

 

「トシキ、まだ行けるか?」

「勿論。……あの人達に酷い事しちゃったかなあ」

「一緒になって虐めてきた奴等に同情は必要ない。もうすぐ裏口だ、気を抜くなよ!」

 

 ここまでの脱走は順調だ。――異常な程に。

 追手は然程戦い慣れていない警備員ばかり。それも数が余りに少ない。子供の鬼ごっこに付き合わされている、という訳では無いのだろう。子供達は、普通の子供ではなくなってしまっているのだから。

 そう、警備員の様子はさながら()()()()()()()()()()()――

 

「鍵が開いた! トシキ、あと少しだ!」

「このまま行けば……!」

 

 裏口のドアを開け、二人の子供は転がる様に外へ出る。はあ、はあ、と息を切らしてから息を大きく吸い込み、下に向けていた視線を前に動かす。

 数メートル先には、鉄の門がそびえ立っていた。そのさらに向こうには、舗装され街へと繋がっているであろう道が伸びていた。

 人工的な灯りではなく、太陽の光が降り注ぐ。

 機械の音ではなく鳥のさえずりが耳に入って来る。

 薬品の臭いではなく雨上がりの臭いが漂う。

 固い床ではなく土の感触が足を押し返す。

 外だ。――焦がれていた外が目の前に大きく広がって、二人を待っているのだ。

 

「やった……あとはあの門を乗り越えれば、俺達は自由だ!」

「うん……本当に、外へ出られるんだね」

 

 カサネが自由を目前にして拳を握り声を震わせて歓喜の声を上げる。トシキも実感が少しずつ湧いて来たのか、頬を緩め目を細める。

 カサネは顔をトシキに向けて満面の笑みで尋ねる。

 

「トシキ、やりたい事は決まったか? 決まってないなら俺が先にやりたい事やっちゃうぞ!」

 

 カサネは今にも駆け出しそうな勢いだ。当然だ、外に出る事など何か月ぶりか、しかもその間地獄の様な『実験』を強いられて来たのだから。

 そんな彼に眩しい物を見る目で微笑み、トシキは口を開く。

 

「うーん、そうだなあ。……そうだ、妹がいる場所の手掛かりを見つけたいな。妹も同じような施設にいるのなら自由にしてあげたいし」

「お前は本当に妹思いだな。たまにはお前のやりたい事をやってもいいと思うぞ?」

「だって、そう言われてもよく分から――」

 

 そう、話している最中だった。――カサネが、ふらりとその場に崩れ落ちたのだ。

 トシキの表情が苦笑いから驚愕、そして絶望に移り変わる。体を起こして体調を確かめようとした途端、トシキの目蓋がずしりと重たくなった。

 持ち上げようとしても体が動かせない。指の一本すらからも力が抜けていく。頭の中がぼんやりとした感覚を覚えた。

 トシキもまたその場に倒れ込むと、背後から硬い靴の音が近付いて来る。

 

「……全く手間のかかる餓鬼共だ。反抗期にはまだ随分と早いはずだが?」

「背伸びをしたい年頃なのでしょう。幼稚な万能感を持つのは子供特有の現象かと」

「それで我等を出し抜けると錯覚したのか。餓鬼の我が儘に振り回される大人の苦労を慮らんとは、全く忌々しい」

「発信機の在り処すら知らないなんて、かわいいじゃないですか。無知で、無力で、愚かで」

 

 辛うじて意識を保っていたトシキは、複数の声を耳にして震え上がる。

 ――どうして、どうして? 外は、もう目の前なのに――

 それは、この施設の研究員達に違いなかった。しかも、上に近い立場にいる者達だろう。滅多に表に出て来ない彼等が、悠然と歩いて来る。トシキは死神が近付いて来る恐怖とはこの感覚か、と目を動かそうとする。

 頭に衝撃が走る。同時に上半身が浮上し、腹の辺りに冷たい風が通る。

 

「……ふん、出来損ないが。そんな頭で抜け出せると本当に思っていたのか? どこまでも無知で、無謀で、無駄な事をしたな」

「所長、この二人はどうします?」

「そうだな、こんな不良品ももうすぐ出荷要請が出ている。()()()()か」

「了解しました。処置の後、実験場に移動させますね」

 

 その言葉を最後に、景色がぶつりと消え失せる。次に映し出されたのは、広く真っ白な部屋だった。

 トシキの頬が接している床は、見るからに温度を感じられない。彼がゆらりと体を起こすと、目の前には刀が一振り置いてある。刀を握り、頭を押さえると、呟いた。

 

「……どこだ、ここは? 主は、どこにいらっしゃるのだろう」

 

 その口調は、非常に覚えがある物だった。薬研はばっと長谷部を振り向く。薬研だけではない――六つの両目が、トシキを抱える長谷部に集中していた。

 長谷部は俯き、抱える腕を調整しながら口を動かした。

 

「……――」

 

 しかし声はあまりに小さく、薬研の耳には入って来なかった。それを掻き消す敵意に満ちた声が、代わりに流れ込んで来る。

 

「……あれは――敵か」

 

 目の前には、笠を被り刀を持った黒い肌の男が立っていた。その場にいる刀剣男士にはその男に見覚えがある――敵である時間遡行軍の打刀だ。

 睨んでいたトシキは抜刀すると、敵打刀に斬りかかる。刃が届く直前に敵打刀も抜刀し、攻撃を受け止める。

 敵打刀が、何かを叫ぶ様に唸り声を上げる。

 

「――! ――!!」

「喧しいな。貴様も刀なら、喚いていないで戦って見せろ!」

 

 トシキは刀を押し込み、体勢を崩した敵打刀の腕を斬り落とす。敵打刀が悲痛な叫び声を上げる。それに構わず、トシキは煽りながら攻撃を繰り返した。

 トシキの幼い声音では、長谷部の言葉を模倣している風にしか聞こえない。

 しかし、その場にいるものは、完全に悟った。悟ってしまった。

 トシキの正体は――

 

「隠れようが無駄だ!」

 

 逃げ惑う敵打刀に情け容赦のない斬撃を繰り出すトシキ。その度に敵打刀は絶叫し、何かを伝えようと唸る。しかし、残虐に笑って刀を振るうトシキには届かない。

 少しずつ、少しずつ、敵打刀の動きが鈍ってくる。トシキはその隙を見逃さずに腕を切り落とし、心臓を狙い突きを繰り出す。

 

「――俺のせいなんだ」

 

 長谷部の呟く声が、先程より少し鮮明に聞こえてきた。

 敵打刀が血を吐いて崩れ落ちる。トシキは動けなくなった敵の心臓を狙い、一突き。刀身を一回転させてから、思い切り引き抜いて一言吐き捨てた。

 

「こんなものか」

 

 直後、トシキの体がふらりと揺れる。何かに耐える様に頭を押さえ、きつく目を閉じ、それからゆっくりと開く。

 そして――

 

「……え?」

 

 トシキは目を見開き、それから唇をわななかせて、刀を手から落とした。

 

「……カサネ……?」

 

 その呼び名に驚き、薬研は敵打刀がいたはずの場所を見る。

 そこにあったのは――腕を切り落とされ、心臓から血を流し赤い水溜まりを作り、今にも息絶えようとしていたカサネの体だった。

 先程まで、確かにトシキは敵打刀と戦っていたはずだ。何が、何で、どうして、どうしたら――トシキの混乱する気持ちがまざまざと伝わってくる。

 ふと上方を見ると、天井から二メートル程がガラス張りになっている。その向こうに、白衣を着た男女数名がこちらをじっと見つめていた。何故か、彼等の声がはっきりと聞こえる。

 

「……認識修正薬の効果がそろそろ切れそうです」

「よし、情報生命体導入装置の用意を。融合値も上がっているな?」

「はい。数値からして、適合する確率が一番高いのはへし切長谷部かと」

「まあまあの成果か。よし、被験者を連れて行け」

「もう一方はどうしましょう? 認識修正薬があまり効いていないみたいですが」

「あの傷ではもうじき死ぬだろう、放っておいていい。後で清掃させる」

 

 認識修正――敵打刀に見えたのは、そのせいか。

 視界が赤く歪む。強く手を握り締め、抜刀しそうな心を制する。

 自分達はまだいいのだ。主に危害を加えるものがいたら、例え仲のいいものでも手を下す覚悟は出来ている。武器であり戦士である自分達には当然の事だ。

 だが、彼等は違うだろう。彼等は戦から一番遠くに置いて、守るべき存在である子供だ。

 それなのに。

 

 どうして。

 どうして――守るべき幼い子供、それも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うら……ぎり、もの」

 

 トシキの足元から声がした。細く途切れそうなその声は、決して小さくない悲憤で満ちていた。

 少しずつ視界を下に動かす。光が消えそうな目だ。その眼光の奥は、憎悪でどろりと淀んでいる。

 

「絶……対に、お前の……事を、許さない」

 

 それだけ告げて、カサネの目から光が消える。もうその目は、誰の事も映していない。

 トシキは投げ付けられた言葉の意味を一瞬理解出来なかった。理解が及んだ時には、もうカサネは何も話せなくなってしまった。トシキはしゃがみ込み、カサネの体を揺さぶる。

 

「カサネ、カサネ――どうして、何で、ごめんなさい、ごめんなさい、ねえ俺、カサネのお願い何でも聞くよ、ご飯だって分けるし、俺をぶったっていい、だから起きて、起きてよ、カサネ――」

 

 壊れた様に同じ言葉を繰り返す。それでもカサネの血は流れ続けるし、体もどんどん冷たくなっていく。もうカサネは、トシキの言葉に応えないのだ。

 取り返しのつかない事をした――その事実は、少年にはあまりにも重いだろう。無意識の内に人を殺すという時点で精神に大きな負担がかかるだろうに、殺した相手は一番の友達だ。どれだけ重い十字架を背負い込んでしまっても不思議ではない。

 研究員達が泣き崩れているトシキを抱え、傍らにあるカサネには目もくれずに運んでいく。トシキはカサネに手を伸ばすが、研究員達は構わずにドアを閉めた。

 途端、景色が移り変わる。液体が満ちている大きなガラスの円柱が並ぶ部屋だ。研究員達は意識を失っているトシキにコードを接続して円柱の中に入れ、機械を操作して見つめている。

 トシキが円柱に入れられて数分。――変化は、目に見えて現れ始めた。

 長い黒髪が抜け落ち、ショートヘアに。髪の色も、じわりと煤色に変わっていった。体は全体的に大きくなり、子供のそれから二十代のそれに。検査着は体に合わせて変化し、しばらくすると紫色のカソックに変わる。顔立ちも大人の物になり、目を開けば藤色が現れる。

 

「登録番号一一八番、打刀へし切長谷部。完全な定着を確認した」

 

 ふう、と研究員達は息を吐いた。円柱からトシキ一一長谷部となった彼の体を取り出し、コードを取り外す。薄く開いている目から一筋の涙が、液体に塗れている長谷部の顔に伝う。

 

「戦闘レベルは八十か、上出来だな」

「出荷先はどこでしたっけ?」

「出荷先の審神者名は狭霧だ。直接受け取りに来るので、くれぐれも粗相の無い様に」

「まあまあ偉いお人なんでしたっけ。大丈夫ですよ、そんなへまはしません」

「よく言うよ、詰めの甘さは一流のくせに」

 

 あはは、と研究員達は笑い声を上げる。一仕事を終えた彼等は、涙を流し続ける少年だったものを気に掛けもしなかった。

 ぶつり、と世界が黒に染まった。幻覚は影も形もなくなり、その場に見えているのは七振りの刀と一人の少年だけだ。

 ――現実で気絶する前に聞こえた子供達の声が、耳が痛くなる程反響している。

 

「――俺のせいなんだ。俺が、妙な薬に惑わされなければ――」

 

 震える声でそう言った長谷部は、静かに項垂れた。抱えているトシキの体は、いよいよ消えそうになっている。

 

 

 怨嗟に満ちた幼い声とそれを聞いた気分の重さを表す静けさが、闇を支配している。その場にいる誰もが口を開けず、俯いて受けたショックを内心で処理していた。薬研もまた、怒りと悲しみを制御しようと必死だった。

 ――長谷部が完全に悪いとは言えない。長谷部は自らの認識を強引かつ意識の外で改変されていたのだ。下位でも神の認識すら歪められる技術に抗えなかった事を、誰が責められようか。それは下手したら、「自分」達にも起こりかねなかった物なのだ。

 けれど、長谷部は自分を責めている。悪いのはどう考えてもあの研究員達だが、「妙な薬」を跳ね除けられなかった、という後悔でいっぱいなのだろう。――目の前の存在を敵だと勘違いした結果、一人の少年を殺めて、もう一人の少年を絶望させてしまったのだから。

 

「……長谷部さん。その子……トシキ君は、どうしてまだ残っているんですか? 酷い言い方になりますが、多分さっきの定着云々の時に、消えちゃうはずだったんじゃないですか」

 

 鯰尾が掠れた声で問いかける。夢を見続けていた少年の末路がこの様な残酷な物だったのだ、彼の悲哀はどれだけの物か。

 長谷部が僅かに顔を上げて答える。

 

「……完全にトシキの体に定着する前に、消えかかっているトシキの魂を見つけたんだ。とっさにその魂を抱えて一つの椅子――多分肉体を精神世界で表した物だろう――に座り込んだ。それが功を奏して、今もトシキの魂は体に残っている。……この様に、精神状態で具合は大きく変わるがな」

 

 長谷部はトシキの顔を覗いて、顔を歪めた。トシキは苦しそうに呻いており、体の透明化も歯止めがかからない。

 この場にいる刀剣男士全員が思っている――トシキを、絶望の中に留めたまま消滅させたくないと。

 だってそうじゃないと、あんまりだ。親からは愛情ではなく最悪の感情を向けられ、その日々の中に差し込む光だった大切な妹と引き離され、連れて来られた場所で出来た友達を、無意識の内に自分の手で殺めてしまった。そしてその後は疎まれ、弾かれてあちこちを転々とさせられて来た。まだ彼がこうして存在しているのが不思議なくらいだ。

 こんなのは――こんなのは、あまりにも理不尽だ。

 

「……どうしたらいいんだ。もう俺には、どうしたらいいのか分からない。許されない事をした、謝ってもどうにもならない事を。せめてもと、トシキを幸せな場所に連れて行こうとした。でも、俺の罪が表に出た以上、もう俺はここにはいられない。だがトシキを一人にしたら、世界を儚んで消えてしまうかもしれない。……手詰まりじゃないか。トシキがここまで透けているのは初めてだ。記憶を、感情を肩代わりしてもこれだ。――もう、俺は――」

 

 長谷部の声は酷く震えて、もう涙を流す寸前なのだろう。顔が悲痛に歪んでいるのを、薬研もまた心を痛めながら見ていた。

 長谷部もまた、トシキのために出来る献身を行っている。それこそ魂を削って、トシキが残れるように手を尽くしているのだろう。薬研の知る長谷部というのは、主に尽くし、仲間にも自分にも厳しい態度をとる印象が強い。その彼が、仲間の前で涙を溢れさせる寸前の表情を見せなければならない程に主以外の人間に心を砕き、どうにも出来ない現実に追い詰められている。かつて同じ主を戴いた仲である事以外にも、必死の献身に彼の肩を持ちたくなるくらいは許されるだろう。

 薬研がかける言葉に悩んでいると、宗三が口を開いた。

 

「……貴方は、どうしてその子を存在させようと思ったのです? そうした方が彼にとって幸せだから? 散々な目に遭ってきたんです、このまま楽にしてあげる道もあったのではないのですか?」

 

 長谷部は目を見開き、わなわなと震えてから大声を上げた。

 

「貴様、何を――!」

「僕だって、彼の様に消えてしまいたくなった時もありました。けれどこうして今も在るのは、人が僕をどんなになっても在る様にさせたからです。今の貴方も、彼等と同じ様な考えが透けて見えますよ。――貴方は、何のために彼を生かそうとしているのですか?」

 

 絶望を帯びた宗三の気迫に長谷部は口をつぐみ、俯く。小夜が宗三と長谷部の顔を見比べているのが目についた。

 宗三の思惑は、何となく分かる。彼もまた同じ主を戴いた仲なのだ、皮肉の中に他の真意が混ざっている事くらい察せられた。気だるげでひねくれている彼は、あまり仲間に関心の無い様に見えても、情のある刀なのだ。

 

「……ああそうだ、俺は少しでも罪を軽くしたかった。こんな小さな子供に友を斬らせてしまった事を、許して欲しかったと思った事も確かだ! だが許されない事だとも分かっているんだ、例えトシキが許しても俺自身が許せない! 勝手な贖罪だ、押しつけがましい懇願だ! それでも……それでも俺は、まだ生まれて十年も経っていない子供が、世を儚む事態にさせたこの世界を許せない、俺自身の存在も含めてだ! 身勝手な怒りだ、軽蔑されて当然だろう、でも俺は――トシキを幸せにさせない理不尽なんて、絶対に認めない!!」

 

 話し始めは小さかった長谷部の声が、次第に咆哮の声に変わる。ついに決壊した涙腺から涙が溢れ出て、彼の頬を濡らしている。トシキを抱きかかえたまま嗚咽を漏らす長谷部に、薬研は拳を握り締めた。子供に襲い来る理不尽を認められないのは、自分だって同じだ。

 宗三は悠揚に長谷部に近付き、穏やかな口調で告げた。

 

「そうですね、本当に身勝手です。……でも、僕もひとの事を言えません。僕も貴方と同じ様に、理不尽への怒りから行動しようというのですから」

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