空隙の町の物語   作:越季

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13-9「そうして悲劇は幕を開けた」

「……そうして長谷部さんは伯父さんの手を借りながら、本丸に馴染んでいったんだ」

 

 ふう、と鯰尾がジュースを一杯飲んで息を吐く。五虎退はもじもじと手を動かしながら問いかける。

 

「えっと、つまり、長谷部さんは二重人格なんですか?」

「そういう事になるのかな。薬研の話では、性格が混じり合っているって話だったけど」

「それが自覚的なのか無自覚的なのかは分からないけどな。……まあともかく、長谷部は理解ある他者に支えられて、本丸に馴染める様になった。政府の指定した本丸に配属されてそうなれるかは分からない。もし希望するなら、そういう刀剣男士を多く受け入れている本丸に行ける様手配するぜ。まあゆっくり考えな」

「は、はい」

 

 安堵の息を吐く五虎退の隣で、小夜が頭に手を当てている。それに気付いた歌仙が小夜の様子を窺った。

 

「お小夜、頭が痛いのかい?」

「……そうみたいです。すみません、寝床を貸して頂けますか?」

「俺が案内する」

「ぼ、僕も行きます……!」

 

 長谷部が立ち上がり、小夜を抱えて部屋の外に歩き出す。五虎退もその後についていき、部屋のドアをパタン、と閉めた。

 真っ先に小夜の下へ行く筈の歌仙は動かなかった――動けなかったのだ。

 歌仙の着物の裾を、秋田が膝に顔を埋めたまま小さくつかんでいる。そうして歌仙に尋ねた。

 

「……歌仙さん、お尋ねしたい事があります。気分を害するかもしれないですけれど、気になって」

「な、何かな?」

 

 おろおろしながら歌仙は秋田と目を合わせようとする。秋田は顔を持ち上げて、丸い空色の目を向けた。

 

「――あの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

***

 

「……私達が聞いた話は以上だよ。少しは助けになったかな?」

「補足説明すると、()は長谷部みたいな奴に共鳴した結果、見る事があるみたいだ。共鳴といっても、似た様な経験をしている必要は無い。同情したとか、そんな感じで見る事もあるみたいだしな」

「つまり、私が見たのは、秋田の過去……?」

「そうだよ。正確には秋田さんの『依代』である子の過去だけど」

 

 手が震える。()()は――あんな暗闇の中で、ずっと過ごして来たのか。人間の子供には、あまりにも辛い環境だろう。早く気付かなかったのが、つくづく悔やまれる。

 ふと、思い浮かんだ事がある。それをそのまま、一期は二振りに尋ねた。

 

「あの、一つおうかがいしたい事が」

「何だ?」

「……歌仙殿は、何を後悔していらっしゃるのですか? 今の話を聞く限り、その時点では大団円の様な気がするのですが……」

 

 ぴたり、と二振りの動きが止まる。再び動き始めると、獅子王はコップを持ちながら下を向き、石切丸は沈痛な面持ちで目を伏せた。聞いてはいけなかったか、と慌てるも、もう遅い。

 

「……やっぱり、そこも気になるよな」

「いえ、話さなくていい話ならしなくても――」

「いや、この際だから話してしまおう。……長谷部さんの、殊更に大きな傷を」

「そうだな。一期、長谷部と仲良くしたいなら、今からする話は長谷部が振るまで口にするなよ」

 

 ごくり、と息をのんで頷く。この話は絶対に聞かなくてはならない。

 ――春光の長谷部と友達になりたい。それは一期の中で確かに存在する気持ちなのだから。

 

***

 

witness/獅子王「お逃げ下さい」

 

「ねー、軽歩兵並の位の奴いるー?」

「それは処分してしまいましょう、特上の位の物を数個で充分かと」

「食糧、どのくらいいるかなあ」

「ちょ、詰めすぎ! 風呂敷から溢れるぞ!」

 

 春光隊の本丸内では、賑やかに刀達が荷造りをしていた。こうして見ている分には分からないだろう。

 ――彼等が、亡命をしようとしている事など。

 

「うーん、この湯呑はどうするか……」

「獅子王さん、何を悩んでいるんだい?」

「石切丸! この湯呑なんだけど、手にしっくり馴染んで気に入ってたんだよ。でもこれ入れると重くなりそうだしなあ」

「軽くしていた方がいいんじゃないかな、何があるか分からないんだし」

「そうだよなあ……いや、でもなあ……」

 

 そうして悩んでいる獅子王は、軽い遠征に行く様な気分だったのだ。こっそりと本丸を抜け出し、隣の区域まで救援を求める。

 ただそれだけだと、思っていたのだ。

 

「――は? 鳴狐、何、言って……」

 

 電話をする為に廊下に出ていた長谷部が突如大声を出した。室内にいた鳴狐が呼ばれたかと思って顔を出す。

 

「長谷部殿、鳴狐がどうかしましたか?」

「……いや、お前じゃない。流浪の、鳴狐が――待ってくれ、皆にも聞かせる!」

 

 はっとして、長谷部は端末の画面をタップする。すると、端末から音が響いてきた。

 ――戦場と聞き間違えるくらいの、轟音と悲鳴が。

 

『……殿、よろしいですか!? 春光隊の皆様、聞こえますか!? 我々は今、霜風隊の本丸付近におります! ある本丸の厚殿に会いに行こうとした道すがら、霜風隊の本丸が襲撃されているのに行きあって……! 通報はしたのですが、そんな事は起こっていない、悪戯はやめろの一点張りで……!』

 

 お供の狐の声が、焦燥感に満ちている。その場にいた刀達は愕然とした。最悪の展開が、彼等の脳を支配する。

 そして、お供の狐は叫んだ。

 

『そちらの審神者殿を連れてお逃げ下さい! 上層部は――敵は、皆様の口を命ごと封じるつもりです!!』

 

 その一言が、命がけの「遠征」の始まりだった。

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