ヒトガタが、大きく振りかぶる。狙いは山姥切だ。振り下ろされた腕を、間一髪でよけ切った。山姥切の足に、飛んできた石が掠めて、傷を作った。ヒトガタの腕が地面にめり込んで動けなくなっているところを、燭台切が大きく上から下へと切り落とそうとする。しかし、もう片方の腕で防がれてしまい、即座に後方に下がる。
「大きいのに、かなり素早いですね……!」
「ああもう、切っても切っても復活するとか、最早幽霊じゃなくて化け物だろう!」
山姥切がわめく。もう何度も腕や頭を切り落としているのにそのたびに復活するのだ、荒れるのも当然の話であろう。
「迂闊に建物を利用することもできないし、もう本当どうしよう……」
燭台切が途方に暮れる。しかし、攻撃の機会は狙い続けているままだ。
再び、ヒトガタが腕を叩きつける。狙いは、
「ぐあ……っ!」
「山姥切殿!」
――傷を受けて動きが鈍っていた、山姥切だ。彼の脇腹から、血があふれ出る。とどめを刺そうとするヒトガタの腕を、一期が受け止める。
「くっ、重い……!」
刀身全体で持ちこたえながらも、少しずつ後ろに下がっていってしまう。刀身にひびが入りそうなくらい、その力は強い。
ふと、ヒトガタのそれとは違う、微弱な力を感じた。一期がそちらに目を向ける。
力の源流――ヒトガタの腰には、小さなストラップが付いていた。
***
一斉に、そのヒトガタに斬りかかる。小夜はその身軽さを生かし飛びかかって右腕を切り落とし、堀川は左腕を落とす。青江が左足に切り傷を作れば、長谷部がさらに傷を抉り、体と足を切り離す。崩れ落ちるヒトガタへ、さらに鶴丸は右足に、次郎太刀は頭に攻撃を加えた。
一見すれば、四肢と頭、そして刀は落とされた瞬間に砂とともに消え去っていて、もう倒したと思ってもおかしくはないだろう。しかしそのヒトガタは、少し蠢いたと思うと、一気に四肢と頭を復活させた。手には、刀が握られている。
「……こりゃ驚いた。恐るべき回復力だな」
「幽霊じゃなくて、怪物と言った方がいいですよね……」
鶴丸が冷や汗を流す。小夜も、その回復の速さに身震いした。
先ほどから、何度もこのような攻撃を繰り返していた。そのたびにヒトガタは、こうして蘇っている。きりがない、と堀川がつぶやくのを聞いた。
「……青江、見えたかい?」
「確かに感じるねぇ……弱弱しいけど、確かな力が」
しかし、次郎太刀と青江には、何かが見えたようだ。鶴丸が二振りに尋ねる。
「感じるって、何がだ?」
「……アタシが頭を切り離した時、何かが光って見えた。形からして、鎖につながれた小さな鍵だったみたいだけど」
「その鍵から、微弱だけど、どこか強い意思を思わせる力を感じたんだ。何とかアレを壊すことができたら、戦況が変わるんじゃないかと思ってね。……希望的観測だけど」
鍵。ヒトガタに向き直ると、それは見つからなかったが、確かに首から鎖で何かが下げられている様子が見て取れた。
「しかし、それを壊すって言っても、鍵はその怪物の中だ。どうしろって――」
「関係ない」
座り込んでいた長谷部が、ふらりと立ち上がる。体からは、強い力があふれ出していた。
「幽霊だろうが、怪物だろうが、その中にある鍵だろうが」
刀を構える。その目は、力強くヒトガタを睨みつけている。
「――主に仇なす敵は斬る!」
ヒトガタの胴体が、真っ二つに割れる。ヒトガタから、耳障りだが、悲痛だと分かる声が轟いた。
真剣必殺。刀剣男士が追い詰められた時に、稀に起こすことができるカウンター攻撃。長谷部は、それを発動させたのだ。
鶴丸は思わず耳をふさぐ。そしてヒトガタを見た。
――ヒトガタの真上で、鍵がパキリ、と砕け散った。
***
「根付……?」
攻撃をなんとか受け流し、後方に大きく下がった一期が訝しげに呟く。可愛らしい猫の顔がついたストラップだ。なぜヒトガタにこのような物が――。
「一期さん、どうしたの?」
「あ、いえ、敵の腰に、猫の根付がついていまして」
「猫の根付? どうしてそんな物がついてるんだろう」
「――それが鍵になるかもしれないよ」
突然声がして、はっと振り返る。青江が、息を切らしながらそこに立っていた。
「青江殿!」
「遅くなってごめんね。遅いのは、男だったら嫌われることだろうに」
「いえ、来ていただけて助かりました。それで、鍵になるというのは?」
さりげない下ネタを、これまたさりげなくスルーした一期に、青江は肩をすくめながら説明する。
「根付けかどうかはここからは見えないけど、確かに異質な力を感じるね。恐らくはそれを壊せば、何か変化が起こるはずだ。良くも、悪くもね」
良くも悪くも。それは、ヒトガタがさらに狂暴になるかもしれないということだ。大きいデメリットもあるが、試してみる価値はあるだろう。
「分かりました。根付を壊せばいいのですね」
「その根付があるのは、腰だったよね」
燭台切が、ヒトガタの腰に目を向ける。そうして刀を構え、一気に斬りかかった。
「――青銅の燭台より、斬るのは容易いよね!」
腰に、大きく切り込みが入る。ストラップが切れ、猫の顔が砕け散った。
ヒトガタが、大きな咆哮をあげる。そうして先ほどよりも速度を上げて、燭台切に襲いかかった。しかし燭台切は、軽々とそれを受け止める。
「一期さん、山姥切くん、速度は上がったけど、さっきよりも力が弱くなってるよ!」
「よかった、これで――」
「一期気をつけろ、速度が上がってる分、相手の手数も増えている。油断したら燭台切が押されるぞ!」
布を裂いて脇腹にあてていた山姥切が、一期に向かって叫ぶ。はっとなり、慌てて加勢に向かう。青江は、山姥切に駆け寄っていた。
背中を向けているヒトガタに、左肩から右腰にかけて背中に傷を入れた。ぎぃあああ、と呻き声をあげたヒトガタは、振り返って一期に襲いかかる。
速度が上がり、何度も剣戟を浴びせてくる。しかし、もう先ほどまでの押す力はない。練度の低い一期でも、受け流せる程度のものだ。一期が攻撃を受けている間に、燭台切が刀を持った腕を切り落とす。もう、腕は再生しなかった。
「よし、再生能力は消えてる!」
「あと少しで……!」
「それじゃあ仕上げにかかろうか。山姥切くん、やれるかい?」
「ああ、あんたの力添えで傷も多少塞がった。任せろ」
青江の肩を借りて山姥切が立ち上がると、二振りは鋒をヒトガタに向けた。彼らからあふれる力が、共鳴している。
二刀開眼。戦場にいる打刀と脇差が、その力を繋げることで行える連携攻撃だ。
「それっ!」
「はぁッ!」
青江が残った腕と足を俊敏に切り落とし、山姥切が胴体を大きく切り裂く。ヒトガタは、一際大きな絶叫をあげると、その姿を大きく崩れさせた。さらさらと、砂が風にさらわれるようにその影を消していく。
「ア……が……オと……チ」
呻き声をあげて、影は跡形もなく消え去った。
***
怒号が、屋上に響き渡る。その場にいた全員がそのけたたましさに耳を痛めている。ヒトガタは長谷部に向き直ると、その刃を向けた。しかし、あっけなく斬り返される。
「ふん、本来の力はこの程度か」
全身に傷を負っている長谷部に、真剣必殺の影響で大きく力を増しているとはいえ、あっさりと反撃を許すのだ。力が弱まっているのは、誰の目にも明らかだった。
「よし、鍵を壊されたことで相手は弱まった。アタシたちも行くよ!」
突撃の合図を次郎太刀が出せば、ほかの刀も一斉に攻撃を再開する。両腕、両足、胴体と、一気に切り刻んでいく。
「ウ……が……ドウ……し……」
その呻き声が、やけに耳に残る。しかし鶴丸は、頭を振ってヒトガタに告げた。
「悪いな。きみにも大切な物があるのだろうが――こっちも譲れない任務なんだ」
そうして、会心の一撃を浴びせる。ヒトガタは、その影をすべて風に飛ばした。
「……せン……い」
残された声を聞きながら、鶴丸は目を閉じて、納刀した。