空隙の町の物語   作:越季

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14-6「witness/鯰尾藤四郎『楽園の残骸』(後)」

 時間遡行軍の形をした敵に取り囲まれている春光隊の本丸が、走る度に小さくなっていく。敵は塀の周りだけでなく、屋根にまで上り遠戦を仕掛けていた。時折敵が上空で手足を切り刻まれた状態で舞っているのを抑え込む為に、大量に内部へ入っていくのが見える。

 鯰尾は一瞬だけ背後の景色を目に焼き付けてから、再び前を向いて駆ける。裏山の麓から突っ込み、山中を静かに、けれど速度を上げて春光隊は疾走していく。

 

「主の調子はどうです!?」

「悪化はしていない、けれど急がなければならないのは変わりないぞ!」

 

 駆けながら歌仙がそう返す。先頭にいる歌仙は刀達を誘導しながら進んでいた。その後ろにいる長谷部は審神者に縋るように抱きかかえ、恐怖で顔を青ざめさせながら懸命に足を動かしている。刀達の緊迫した様子によって深刻さを感じて怯えているのだろう。

 ——どうして、俺達が追われなければならないんだ。何も悪い事をしていないのに、何故——

 任務も最低限だったがこなしてきていたし、上層部からの徴収だって応じて来たのだ。理不尽な目に遭っていた審神者を守る為にした行動で、追い込まれる事態になった現状に納得は一切していない。いっそ悪い夢であった方が、まだましだった。

 紅葉が落ち切っている木々をすり抜けて山の中腹まで登った頃、再びあの背筋を凍らせる寒気を感じた。振り返ると烏帽子を被った敵と長髪の敵が多数、麓からこちらに向かって駆け上がって来る所だった。

 

「歌仙さん、敵の太刀と槍が登って来てます! 総数七十!」

「すり抜けて来たな、冷静に対処を! 遠戦刀装を持っているものは構えてくれ!」

「了解。投石用意!」

 

 加州の一声によって打刀達は刀装に触れ、兵を出現させる。兵達は投石器を大きく振り回して手を放す。手から抜けた投石器は敵の刀装を打ち破り、頭をかち割っていく。地に伏した三分の一程度の敵に、足を止めてこちらの出方を窺う生き残りが半分程度。その横を抜けた残り半分の敵が、唸り声を上げながらこちらへと駆け上り始めた。

 

「やっぱり全滅って訳にはいかないか……!」

「とにかく、こっちに来た奴は一体ずつ迎撃するよ! まともに全ての相手はしない事!」

 

 大和守が苛立ちを隠さずに吐き捨てれば、加州が叫びながら鯉口を切りその身を反転、迫って来ていた槍を紙一重で右に避ける。即座に柄を蹴り上げ抜刀し、体制を整える暇を与えず頭を斬り落とした。そのまま麓を警戒しながら勾配のある道を走り抜ける。

 小夜、堀川、加州、大和守、和泉守、陸奥守、山姥切、山伏。最後尾の刀である八振りは、前を行く刀の背に敵の刃が伸びる先から叩き落とし、胴や頭を斬り動きを停止させる。敵の数体が転がり落ちていく胴体を避け、動きを合わせて襲い来る。こちらも一振りだけで立ち向かう程無謀ではない。対応する数を増やして、一体ずつ仕留めていった。

 そうする度に前と距離が開く。距離が開けばそれを埋めようと行軍速度が遅くなる。そして何よりも——

 

「……数が減らないね」

「逆に増えている気がするな」

「小夜、刀装はあとどのくらいだ」

「……次食らえば壊れますね」

「僕も、そろそろまずいかも」

 

 敵は後から後から湧き出して来ていて、小夜と堀川の刀装が心許なくなってきたのだ。前を行くもの達を気にしながら戦うのに、限界が出始めている。

 ざっと見渡して、山の麓にはすでに敵が隙間なくひしめいている事、これ以上進むスピードが遅くなれば審神者の体に障る事、全力を出せていない現状では敵に打ち破られそうな事。

 これらを加味して、八振りは決断した。

 

「——之定! 奴等麓にぎっしりと詰めかけて来やがった!」

「そうそう上手くは行かないか、追いつかれそうかい!?」

「はい。——ですから、僕達はここまでです」

 

 静かな小夜の声に、歌仙が息を呑んだのが分かった。鯰尾が振り返ると、既に八振りは前の刀達の下へ行かせまいとするように横隊陣を展開していた。

 歌仙は小夜の方向を向いたまま、足を踏み出すのを押し留めているのだろう、足を動かさず——動かせず、唇を震わせていた。

 背を向けているのにそれを分かっているのか、小夜は鋭く歌仙を制した。

 

「歌仙。僕はもう刀装がありません。それに全力を出せない状態でずるずると敵を連れて境界まで行く事態にはしないと、話し合いましたよね?」

「……分かっている、分かっているさ。けれど」

「でももだってもありません。限界に近い刀を引きずって行く余裕はないはずです。……早く行って下さい。主を生き延びさせるのが、僕達の役目でしょう?」

 

 その背中は小さいのに大きく見えるという頼もしさを体現しており、歌仙は黙る事しか出来ない。小夜以外の七振りの刀も早く行け、と言わんばかりにこちらを鋭く横目で見ている。

 悲哀に目を伏せて、歌仙は前を向く。そうして歯を食いしばり、再び地を蹴って走り出した。鯰尾も任せました、と言ってその後を追う。

 

「主の晴れ姿が見られねえのが残念だ。之定、しっかり支えてやれよ!」

「主さんの事、よろしくお願いしますね!」

「俺がいなくなっても、主に可愛くない服とか着せないでよ!」

「清光、最期の言葉がそれ? 皆、またいつか!」

「……またな、主」

「夜明けは遠うない。信じて進むがよ!」

「ここは任されよ! 決して焦りを見せてはならぬぞ!」

 

 かつて背を預け共に戦って、共に日常を過ごした仲間を置いて行くのに抵抗がないと言えば嘘になる。

 けれど、進まねばならないのだ。大切な仲間は、主を逃がす事を願っているのだから。

 

▽▽▽

 

「あーもー! 弱くてもここまで時間遡行軍の模型を寄越して来るの、正気を疑うよ!」

「同意する……」

「騒ぐな、って言いたい所だが……確かに多過ぎるな」

「本当、主さんがここまでされる必要ってあるのかな!?」

 

 敵が麓を抜けようとするのを、斬り伏せて防ぐ。それでも数が多すぎて、全ての敵に対処しきれない。疲労や肉体のダメージも蓄積されている。

 小夜も体中に傷をこさえながら考えていたのは、小さな主と彼女を抱える刀の事。細く息をする少女と、恐怖を抱えながら懸命に駆けていた背中。

 ——僕は復讐の刀で、復讐が僕を形作るものだけど……

 迫る敵の槍、穂を飛んでかわし柄に乗る。思いっ切り蹴り上げ、敵の眼前に寄った直後にはもう、敵の胴と頭は離れていた。

 ——どうか貴方達は、その黒い澱みを生む感情に囚われないで欲しい。

 そう願うのは、勝手だろうか。

 

「……おかしいのお。敵の一部が別の方へ向かっちゅう」

「え?」

「ふむ。先程別の刀剣男士と思しき気配が駆け上っていくのを感じたが……」

「嫌な空気が満ちている。何か事態が大きく動いているのだろうが——」

「気にする余裕は、なさそうですね」

 

 ふらりとよろめき痛みに顔をしかめて着地して、小夜は再び鋒を蠢く敵へと向ける。

 

「僕達に出来るのは、主が元気で明るく過ごせるように、折れるその時まで敵を妨害し続ける事だけでしょう」

 

***

 

 おぞましい唸り声が、上方から響いて来る。同時に投石器や矢、銃弾が雨のように降り注いでいた。振り返ると、やはり山頂を埋め尽くす敵がこちらへと向かっている。

 

「はあ、はあ……っ!」

「長谷部、落ち着け! まだ境界は先だ、余り息を荒くすると体力を消耗するぞ!」

 

 山の峠を何とか越してからも、敵は容赦なく追い詰めて来ていた。敵の刀種も増え、薙刀が大きく横に振り回しこちらの刀装を削っている。第一部隊の後方にいる刀達が防御しているが、彼等の刀装も脆くなりだしていた。

 おまけに、長谷部のメンタルも悪くなる一方だ。どんどん数が減る仲間達、その中には長谷部に構ってくれていた刀もいる。同じく心を痛めている他の刀の手前泣く事はしていないが、精神的に限界が近付いているのは事実だった。

 縋るかの如く審神者を強く抱える長谷部。その背中に近付く脇差を燭台切は叩き斬り身を翻す。燭台切は愛染と今剣の側に着くと小さい声で話しかける。

 

「愛染君、今剣君。刀装は大丈夫?」

「ああ、重歩兵で良かった。まだまだ先は長そうだからな」

「ほんっとうにしつこいですよね。じゅうへいにしていたらここまでもちませんでしたよ」

 

 走りながら飛び跳ねて敵薙刀に組み付き、今剣は首を斬り落とす。跳ねて燭台切の横に並び、再び背後を気にしながら走り出す。

 ——そうは言っても、短刀は修行をしなければ一つしか刀装を操れない。刀装が壊れるのも時間の問題だ。

 鯰尾は考えを巡らせて、小夜達が膝をつく光景まで想像してしまい——首を振ってその想像を追い出した。今は死地で戦っている仲間の最期を想う余裕はない。攻撃を避ける事に思考を割かなければ、自分が倒れ審神者を逃がせない状況に繋がりかねないのだ。

 

「……見てみなよ、どうやら追い立てられているのは僕達だけではなさそうだ」

 

 青江が春光隊にだけ聞こえる音量でそう言った。視線を左右に動かすと、砂埃や血を付け戦装束の一部が破れている刀剣男士達が、必死の形相で坂を駆け下りているのが目に入った。刀剣男士達は一塊になって動いているのが複数。その中には自分達と同じく、審神者らしき人間を抱えたり背負ったりしている集団もあった。審神者らしき人間達の顔色は窺い知れなかったが、力なく男士達に運ばれている者もおり、春光隊の審神者と同じく容態が優れないのだろうと判断出来る。

 

「……あの集団……審神者らしき人がいないみたいだね」

「概ね、審神者に虐げられていた刀達でしょう。彼等もまた限界に達したのかもしれませんね」

 

 情報収集していた本丸の中で、そういった刀剣に精神と肉体両方への暴力を行使している審神者がいるという話も聞いていた。その刀達は顔に暗い影を落としていたり、憎悪に表情を歪めていたりしていた記憶がある。相当追い詰められていた刀もおり、名は出さないが「全部自分が悪い」と発言していたものもいたのだ。

 正直に言うと、鯰尾は彼等を正面から見る事が出来なかった。だって嫌でも被ってしまうのだ——あの小さな審神者と、余りにも普通とは言えない我が本丸の長谷部と。暴力を受ける謂れのない彼等を何とかしたくなってしまう。けれど、自分達の最優先事項は審神者だ。自分達は審神者を守る為に動いていて、彼等を救う余裕は全くない。だからこそ、救う事の出来ない存在を真っ直ぐに見られなかったのかもしれない。せめて彼等が救われる道が現れる事を、願うしか出来なかった。

 あの彼等も、救援を求めて動いているのだろうか。周りから彼等を探そうとして、止めた。今更探しても、詮無きことだ。

 主たる審神者を救う事。それ以外を、今は考えてはならない。

 

「——おうおう、斬り甲斐のある奴等が出て来たな。大倶利伽羅、先に行かせて貰うぜ!」

「勝手にしろ。俺は一人で充分だ」

「伽羅ちゃんそんな事相談もなく……っ!? 歌仙君!!」

 

 後方の燭台切が歌仙に向かって声を張り上げる。その鋭い悲鳴が届いた時には、ソレは鯰尾の眼前に迫っていた。

 防御の体勢を取る前に、その穂先は刀装兵を巻き込みながらその隙間を掻い潜る。鋭い穂先が捉えるのは、刀剣男士の肉体。

 主に池田屋に出陣した時に、散々辛酸を嘗めさせられた相手。——審神者達の間で「高速槍」と呼ばれる敵の槍が、春光隊の前に複数体現れていた。

 

「鯰尾!」

 

 せめてダメージが少なくなるように、獅子王が鯰尾を自らの後ろに引き下げようとした。どうせ高速槍からは逃げられない、だからこそ傷を最小限にする為の行動だったのだが——

 鯰尾に、覚悟していた衝撃は訪れなかった。それなのに、鉄の匂いが漂っている。鯰尾の腕を掴んでいた獅子王が、言葉を失っている。目を開いた鯰尾も、その光景に驚愕する事になった。

 

「いっ……へへ、鯰尾、大丈夫か?」

「傷は、ない……かな?」

 

 ——愛染と青江が、その肉体でもって高速槍の動きを止めていた。脇腹に槍が深々と刺さっているが、二振りは爛々とした目で高速槍を見据えている。震える唇は、二振りの名を呼べなかった。

 高速槍は穂先を引き抜こうとした。だが、それ以上の力で掴んでいるのだろう。愛染と青江に刺さっている得物は抜けない。得物を抜く事に気を取られている高速槍は首と胴体が、あるいは上体と下半身が離れるまでの間、背後で一閃する燭台切と大倶利伽羅に気付く事はなかった。

 倒れ伏した高速槍を見て、愛染と青江はふらつきながら己に刺さった槍を抜いた。途端、二振り脇腹から血が噴き出す。青江は冷静に自分の戦装束の布地を引き裂き、一部を愛染に渡し、簡易的な処置をしてから背筋を伸ばす。

 無傷だった今剣が高速槍達を睨みながら低い声で呟く。

 

「……まだまだいますね」

「ああ。……こいつらを先に行かせちゃ駄目だ」

「同意するよ。という訳で皆、先に行ってくれないかな?」

 

 青江は中傷、愛染は重傷だ。この二振りはここで果てるつもりなのだろう。最期まで戦ってこそ武器の本懐、それは分かっていたので鯰尾は歌仙に確認を取ろうとした。

 

「宗三、お前も……」

「ええ、僕達もここに残ります。……あの槍達を境界付近に行かせてはならないと、意見が一致しましてね。今剣も残るといっていましたし、第一部隊は境界へ急いで下さい」

「……そうか……歌仙、あんたの意見は」

「……そうだね、あの槍達は大きな脅威だ。過酷な戦いになると思うが、構わないかい?」

 

 歌仙達の話を聞いて愕然とした——ついに、この時がやってきてしまった。

 残りはたった六振りになるなど、本丸で準備をしている間は全く想像していなかった。ちょっとした遠征のつもりだったのだ。こっそりと本丸を出て、密かに救助を求める。ただそれだけの、然程大変ではない遠征だと、そう軽く考えていて。

 けれど、骨喰達粟田口派が抜けて、次に八振り抜けて、嫌な予感は次々と積み上がっていった。——ひょっとしたら、第一部隊しか残らないのではないか、と。

 覚悟していなければならなかった事なのだろう。ここに来て抑え込んでいた悲嘆、憤怒、臆する感情などが再び湧き上がって来るのを感じた。

 ——どうして、どうして俺達が、主が……

 そう喚きたくて仕方がない。けれどそんな猶予はないのだ。こうしている間にも、審神者の命の灯火は大きく揺らいでいる。一瞬の躊躇いが、彼女の命を奪うかもしれないのだ。

 仲間の命と、その仲間の祈りが乗った審神者の命。秤にかけたら、どちらに傾くかは明白だった。

 

「ああ、構わねえ。あいつらには散々舐められて来たからな、俺の強さは増しているんだって教えてやるさ」

「中途半端にやって勝てる相手じゃない。ここで全力を尽くすよ、例え折れる事になっても。……一緒に、成長したかったな」

「……あの人間に決められるよりかは、余程いい死に場所だ」

「伽羅ちゃん、そんな事言わない! ……大丈夫、絶対にあの槍達は通さないよ」

 

 今剣、愛染、青江、宗三、蜂須賀、大倶利伽羅、同田貫、燭台切。八振りが、この場に残る事を選択した。これで残りは第一部隊の六振りのみとなる。

 

「ここで祈祷が出来たら良かったんだけど……今剣さん、せめて君の武運を祈らせてくれ」

「ありがとうございます、まかせてください! あんなやり、ぼくがしゅぱーっとやっつけちゃいますよ!」

「頼もしいぜ、今剣。……歌仙」

「ああ。……皆、どうか本道を果たせる事を」

 

 歌仙のその声に、何をしようとしているか察したのだろうか。高速槍が、歌仙達を取り囲もうと動き出す。

 キイン、と音が響いた方向を見ると、宗三が高速槍の穂先を抑え込みながらこちらを横目に、口を動かす所だった。

 

「——早く! 主に、籠の外の世界を見せておやりなさい!」

 

 宗三が声高く叫ぶ。それに弾かれたように、第一部隊は駆け始めた。

 八振りが命を懸けて切り開いてくれた血路を、感傷の為に閉ざしてしまう事はあってはならないのだ。

 

▽▽▽

 

「まだまだァ!」

 

 同田貫が高速槍を斬り伏せる。先陣を切って敵を斬っている彼の体にも、あちこちに傷が出来ていた。状態にして、中傷。

 

「チッ……」

「本当、数が多いね……!」

「格好悪く喚き散らしたくなるなあ……! しないけどさ!」

 

 大倶利伽羅、蜂須賀、燭台切も、決して少なくない傷をこさえている。状態はまだ軽傷だが、いつ中傷から重傷になってもおかしくない。

 それでも高速槍の数を少しずつ減らしている中、ぴくり、と大倶利伽羅が山頂方向を見た。

 

「……?」

「伽羅ちゃん、どうしたの……って」

 

 燭台切が大倶利伽羅の見た方向をなぞると、そこには覚えのある影が佇んでいた。

 

「あれは……刀剣男士? 増援か」

「何だよ、まだまだ暴れられると思ったのによ」

 

 そう言いながら不満そうに息を吐く同田貫と、まあまあ、と宥める蜂須賀。その表情には安堵の感情が浮かんでいた。

 しかし、背後から強い殺気を感じて振り返る。——重症の青江と愛染、今剣が戦闘態勢を取っていた。

 

「三振りとも、どうしたんだい?」

「……君は感じないのかい? 業の深そうな、あの気配を」

「……はちすかさん、まだおれたくなかったらかまえてください」

「え、一体どうし——」

「早くしろ! ……アレは、味方じゃねえ!!」

 

 愛染の怒号と共に飛び出してきた影達は、高速槍を踏み付け刀身を大きく振りかぶり、八振りに向かって振り下ろした。

 最前にいたソレがまず、長い柄を握り刀身を大きく横に振った。

 

「ギ……ギア……ギアハハハハ! 俺ヲ、楽シマセロ!」

「アシも……がおル……ダゼ!」

 

 それは、刀剣男士と呼ぶには余りにも歪で——

 

「振り回……ア……あッはっハッハハハハハハハハ」

「いちゴひトフり、まイル! ……ギギギ、ギ」

「おレニ斬レ……敵ではナ……」

 

 冒涜的で、屈辱的で、こちらを震撼させて——

 

「きっチャウぞー……ガ、ガガガ」

「ここ……番ノ投……たイ!」

 

 ——乱雑で醜悪で、こちらの悲哀を誘う、酷く恐ろしいものだった。

 

「……何だ……何だあれは!?」

「くっ!」

「何で……刀剣男士が、あんな——」

「考えるのは後です、今は迎撃を——」

 

 その場が、錯乱した悲痛な声で満ちる。何とか鍔迫り合いには持ち込めているが、攻撃を与えるには至っていない。

 どれもこれもが辛うじて(春光隊にはいないが他の本丸では顕現している)刀剣男士の形に見える。その刀剣男士が、何故こんなおぞましい姿になってこちらに襲い掛かってくるのか。

 八振りがそう考えている内に、その中の一つである一番小さな影が、青江に致命的な一撃を与えた。

 

「ぐっ……!」

「青江!」

 

 崩れ落ちた青江には目もくれず、小さな影は叫んだ宗三の元へと迫る。青い髪をしていた影を相手取っていた宗三の背中を、その小さい影が斬り裂く——

 

「させませんよぅ」

 

 ——はずだった。

 突如として聞こえて来たその甲高い声に一瞬宗三は呆けた。だが目の前の小さな影が見えなくなり、代わりに現れた灰色の頭とその首に乗っている狐に、正体を看破して呟いた。

 

「貴方は……長谷部の、友達の」

「はい、そうですよぅ。朝方ぶりですねぇ、春光隊の皆様……と挨拶したい所ですが、こちらを片付けてからに致しましょう」

 

 流浪の鳴狐はそう言って、金属音を二、三度響かせ鉄臭い気配を漂わせてから刀身を地に向けて振る。ギアアアア、と耳を塞ぎたくなる声を上げて、小さな影は完全に沈黙した。

 他の刀と戦っていた影は一旦退き、こちらの様子を窺っている。その隙に蜂須賀は鳴狐に尋ねた。

 

「鳴狐。アレは一体、何だ?」

「……話を聞いていらっしゃる皆様なら、()()の亡霊と言えば分かり易いかと」

 

 我々——即ち長谷部とも共通する物なんて、一つしかない。悍ましい実験の、被験者達だ。彼等が何故、こんな姿になって現れたのか。

 その背景を、滔々とお供の狐は語る。

 

「敵はとうとう死者を凌辱する事に決めたようですねぇ。岩融殿も、日本号殿も、次郎殿も、一期殿も、長曽祢殿も、浦島殿も、博多殿も——全員、生前を存じ上げておりますよぅ。過去を忘れた不安を持つ者を、酒を飲めなくて困っていると苦笑いしていた者を、刀を上手く振り回せないと悩む者を、沢山の兄弟に期待を抱いていた者を」

 

 流れるように、過去を懐かしみながらも——確かな憤怒を込めて。

 

「誰かの心を傷つけていないかと震えていた者を、ひとが怖いと閉じこもっていた者を、いつかお金を皆の為に使うんだと希望ある夢を抱いていた者を——例え世を儚んで死を選んだとしても、本意ではないでしょうに死に引きずり込まれたとしても、どうして、どうして安らかに眠らせて差し上げる事すらしないのか! どこまで外道で、鬼畜で、下劣で、人でなしなのでしょうか!!」

 

 大きく吼えるお供の狐の話に、鳴狐は相槌を打っていない。だがその目が大きく火を噴いている事からも、彼の心情は疑う余地もない。

 理不尽へと向けた怒気に押されてか、敵は一歩も動かない。八振りも、その怒りの声明を聞かない事には出来なかった。

 

「死人に口なしという言葉がありますが、それは彼岸にいる者の意思は此岸にいる者には知る術はないという事! 疲れ果てて、あるいは未練を残してこの世を去った者達の意思を、勝手に決めつけるなど言語道断! 例え彼等が戦いを望んでいたとしても、こうして玩具のように弄ぶとは彼等への冒涜以外の何物でもありません! ……だからこそ、我々が動く事にしたのですがね」

 

 最後の一言は愁傷と悔恨を滲ませ、お供の狐は話を締めくくった。鳴狐は柄を握り締め、小さく息を吐く。

 

「……つまりてきは、はせべさんのようなかたなの、したいをあやつっているというのですか」

「その通りです」

「……面白くない話だな」

「凄く嫌そうだね、伽羅ちゃん。……僕も、とても腹立たしいよ」

 

 八振りの刀は、それぞれぞっとしないといった表情をしていた。折れた刀を歪に繋ぎ合わせ、己を証明する物などどこにもないそれを、自身の形をとって現れたような物だ。それに、過酷な実験を受けた子供達を鞭を打って酷使しているのだ。彼等の不快感は計り知れないだろう。

 ギアアアア、と唸り声を上げて再び影が動き出す。高速槍も動き出し、穂先を九振りに向けて構えた。しかし、影はこちらに襲い来る事はなかった。——坂を飛び降りて、下に広がる森の中へと消えて行く。その方向は——

 

「——境界に行ってる奴全員殺す気か!」

 

 九振りが影の消えて行った方向に気を取られている内に、周囲を高速槍をはじめとする守りが堅く攻撃力が高い敵に囲まれる。

 鳴狐が歯噛みしていると、真面目な口調で宗三が尋ねた。

 

「……鳴狐。アレらの錬度は平均でどのくらいあります?」

「……九十台ですねぇ」

「この槍達と戦うとして、ある程度は凌げますか?」

「ええ。まさか、この場で我々を当てにするなど——」

「違います。……青江、行きますよ」

「はいはい」

 

 青江がゆらりと立ち上がって宗三の側に寄り、力を漲らせる。そして、二振りは力を繋げ——

 

「それっ!」

「食らいなさい!」

 

 坂の下にいる高速槍へ向けて、青江が取り囲んでいた兵を一斉に斬り伏せ、宗三が中心にいる敵の心臓へと刃を突き刺した。

 二刀開眼を行った結果、一時的に包囲網に穴が開く。宗三は鳴狐の背中を思い切り蹴飛ばし、包囲網の外へと追い出した。

 転がり落ちた鳴狐は呆気にとられ、坂の上を見上げる。既に激しい戦闘が始まっている場所から、宗三達の声が届いて来た。

 

「行って下さい! アレらを相手取れるのは貴方だけです!」

「それと歌仙達にも注意喚起を! アレだけしかいないとは思えないからね!」

「こっちは任せとけ! 長谷部は歌仙達と一緒だ!」

「長谷部、泣きそうだったぞ! 少しでも安心させてやってくれ!」

「友達の弔い合戦、上手くいく事を祈っているよ!」

「なきぎつねさん、はせべさんとともだちでいてくれてありがとうございました!」

「あまり話が出来なかったのが残念だ、どうか息災で!」

「……早く行け!」

 

 その声に押されて、鳴狐は走り出す。彼岸に行った友を再び眠らせ、此岸にいる友の助太刀をする為に。

 活路を開いてくれた友の仲間達に心の中で礼を述べ、鳴狐は心臓の痛みを振り切り決して立ち止まらなかった。

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