歌仙も布団を跳ね上げ、スリッパを履きドアの外へと足を踏み出す。背後から薬研と獅子王、石切丸もついて来ているのを確かめ、息を切らして声のする方向へと駆ける。
どこにいる。耳を研ぎ澄ませて声のする場所を探し、どうやら長谷部はロビーにいるらしいと判断する。
ロビーに向かって走ると、段々と長谷部の声が鮮明になって来る。そして、こう聞き取れた。
「——ふざけるな、主の最期の願いをふいにするつもりか! 主は、お前の沢山の土産話をご所望だろう!?」
さあっと血の気が引く。手が汗ばんでいる。その一言で、大体の状況が分かってしまった。悠長に己の傷を抉っている場合ではなかったようだ。
ロビーに足を踏み入れると、長谷部が虚空に向かって叫んでいた。普通に見れば気がおかしくなってしまったのだと思うだろう。
けれど歌仙達は知っている。——長谷部の中に存在する、もう一人の存在を。
真っ先に到着していた鯰尾が、青ざめた顔で長谷部の肩を横から叩いた。
「長谷部さん、どうしました!?」
「お前達か! お前達からも何とか言ってやってくれ! ——トシキが、また消えかかっているんだ!」
推測出来た状況の悪化が起こってしまい、歌仙は悲しいもどかしさを抱く。こんな時に限って、かけるべき言葉が見つからない。
だって、何と言えばいいのか。自分達に配慮した結果、審神者は最期の最期まで己の正体を明かさなかった。それが彼女の選択だと言えばそうなのだろう。けれど初めの刀として、もう少し何とか出来たのでは、と思わずにはいられない。
兄妹が兄妹として過ごせなかったのは、自分が至らなかったからだとしか考えられなかった。そんな自分が、そもそも声をかけていいのか。
「ねえ、聞こえてる!? お願いだから消えないでよ! 俺達だって、君に消えて欲しくなんかないんだから!」
「命を手放す真似をしたら駄目だ! 大将の願いを踏み躙らないでくれ!」
「ごめん、ごめんな、俺達がもっと早く気付けていたら……!」
「君の命運はまだ尽きていない、気をしっかり持つんだ!」
四振りは、「彼」に声をかける事を選んだ。それぞれの言葉で、「彼」を生かそうと必死に呼びかけている。自責の念よりも、今目の前にある命を優先したのだろう。
そうだ、過去のことを悔いて今しなければならない事に向かわないのは絶対に駄目だ。四振りは今に向かい合っている、ならば自分もそうしなければ。
「駄目だ、何の反応もない……! 歌仙、お前もトシキを説得してくれ!」
「分かっているよ!」
長谷部が縋るような顔で歌仙に頼った。反射的に頷いたが、思考はある地点を巡っている。
——分かっているとは言ったけれど、どう声をかければいいのだろう。自分は、「彼」に辛い思いをさせたというのに……。
自分に非があって、それを知っているからこそ尻込みしているのは自覚している。けれど、迷っている時間はない。
「トシキ。この世は風流なもので溢れている。それを君と一緒に見られないのは嫌なんだ。この広い世界の雅な風景を、作品を、物事を、君と一緒に見たい。……それでは、生きる理由にならないかな」
結局歌仙は、いつも自分が口にしている言葉を用いて「彼」に優しく呼びかけた。
——それが、「彼」の絶望を呼び起こすトリガーになったとも気付かずに。
「……どうして?」
長谷部の口調が、幼いそれに変わった。ひとまず一命を取り留めたと思い、五振りは安堵の息を吐こうとし——
「彼」の表情が、声が、暗く悲しみに澱んでいたのを見て、絶句した。
「どうして、悪い人は優しい人を殺すの? どうして、こんなに苦しくて、痛くて、悲しいの? 痛いって叫んでも誰も助けてくれなくて、助けたかった人に手は届かなくて、逃げたいって思う自分が情けなくて、星はいつだって遠くて、こんなにも無力で、神様に祈っても何にも叶わなくて、嫌いだって突き飛ばされて、それが何でか分からなくて、泣きたくなってもみっともないって笑われて、大人はいつだって怖くて、人は人を踏みつけにしていて、幸せなはずなのに不安で、平和はいつだって長く保てなくて、自分の代わりに幸せになって欲しかった人すら不幸になって、優しい気持ちは報われる事がなくて、綺麗な物は手に届かない場所にしかないの? ねえ、ねえ——どうして?」
澱みなく吐き出されたのは、絶望の羅列。「彼」は影を落としている髪の隙間から、光すら見えない暗い昏い目を五振りに向けた。息をする事もままならず、歌仙はその絶望を湛えた目を見返すしか出来なかった。
肉体を手に入れた頃、これで自分は何でも出来ると思っていた。実際、ただの刀だった頃とは比べ物にならないくらい、出来る事が増えたと思う。
けれど、肉体を手に入れたくらいで万能になれるのなら、自分が見てきた人間があんなに苦悩していたはずがないのだ。それこそ全知全能の神でなければ、無力さに苛まれなくなる事は叶わないだろう。
結局、自分は少年から絶望を完全に取り除く事が出来なかった。むしろ最悪の形で妹の在処を知ってしまい、絶望の海に更に浸る事になってしまった。——世界の汚濁を目にしてしまったその絶望を受け止めるには、彼は余りにも幼過ぎた。
絶望に満ちた疑問に答える事が出来ずに、歌仙が虚しく歯噛みしていると——長谷部の体が、大きく揺れた。
「……ごめんね」
鯰尾が、長谷部の体を思い切り抱き締めていた。昏い目が、鯰尾の頭を見つめる。声を涙で濡らして、鯰尾は詫びる言葉を並べた。
「ごめんね、君に幸せな夢を見せられなくて。ごめんね、最悪な形で理不尽を刻み込んでしまって。ごめんね、君に優しさを信じさせてあげられなくて。ごめんね——俺は、傷つけないようにするって約束を、守る事が出来なかった」
鯰尾はしゃくりあげて、長谷部を抱き締める腕に力を込める。背の高い方が抱き締められているという構図だが、歌仙にはその背丈が逆転している幻覚を見ていた。
「そうだよね、この世界は優しさが報われる事が少なくて、悪い人程蔓延っていて。絶望程目について、希望が見えにくいけど……それでも、俺達は君に希望を信じさせてあげるべきだったんだ。この世界の汚さを知るのは、もう少し大きくなってからでもよかったんだ。俺は君にまだ、綺麗な物だけを見せてあげたかったのに」
鯰尾の長い髪が、嗚咽を漏らす度に揺れている。彼もまた、己の中に絶望を抱えている一振りだろう。明るい面が表に出ている事が多いのでで分かりにくいが、彼だって——いや、刀剣男士の誰もが、己の内に闇を隠しているはずだ。長くこの世にある刀だ、そんな事は不思議でも何でもない。
けれど、「彼」はまだ幼いのだ。百年単位で抱える諦観と絶望を、そんな歳で覚える必要はない。
そう願っても、世界は残酷だ。「彼」のような子供に、理不尽を押し付けているのだから。
「ああ、君に絶望しか見せないようなこんな世界——壊れてしまえば、いいのにね」
そう言って、鯰尾は泣きじゃくる。長谷部を抱く腕はそのままに、肩の辺りに顔を埋めて畜生、と繰り返し零している。長谷部は絶望とそれを受け止められた安心感からか、一粒、また一粒と涙を流し始めた。
次に二振りに歩み寄ったのは、獅子王と石切丸だった。二振りを包むように抱き締めて、目を潤ませている。
「……獅子王さん、世界とはままならないねえ」
「……ああ。じっちゃんみたいに、安心させられる事を言えたらいいんだけど……駄目だな。どうしても、俺達の不甲斐なさが前に出て来る」
抱き合いながら涙を落とす四振り。歌仙も視界がぼやけ始めたのを自覚してから、隣にいる薬研と目を合わせて頷いた。そうして二振りも、四振りごと抱き締めて静かに泣き始める。
「……悔しいな、歌仙」
「ああ、本当に——悲しくて、口惜しい」
六振りは月明かりが射す中、抱き締め合い「彼」の心を憂い、己の無力さを痛感していた。心臓の痛みをそのまま表すように、彼等は涙を流し続ける。
大きな窓から見える叢雲。その間から顔を出している月は、悲しい程に優しく彼等を見つめていた。
***
審神者の葬儀を終え、いよいよ歌仙達も退院の日が迫っていた。病院内に溢れ返っていた刀剣男士や人間も数を減らしていき、歌仙達以外にいる部隊は数える程しかいない。かなりのんびりと、自分達は療養していたようだ。
「いやー、どうなるかと思いましたけど何とか全快しましたね!」
「そうだね。薬研や君は最後まで戦っていたから治るか心配だったんだけど、元気になって本当に良かった」
「まあ、治る速度は遅かったけどな。本職に見てもらっている訳でもなし、しょうがないっちゃしょうがないが」
朝日が射す病室で自分達の快癒を喜ぶ三振り。その一方で獅子王はある事を思い出してげんなりとしていた。
「俺はほとんど怪我がなかった分、何度かあった事情聴取が辛かったな……」
「嫌な事を思い起こさせるからねえ。制裁が少しでも進むと考えたらまあ、少しの聞き取りは耐えられたけど」
石切丸も苦笑いして獅子王に同意する。獅子王は本当に進むのかね、と言いながらあくびを一つ漏らした。
歌仙達春光隊のいた区域——愛甲区域の制裁が始まったと聞かされたのは、六振りで泣いたあの日から数日後の事情聴取からだった。愛甲区域の上層部による圧制に関与していた人間は一人残らずその地位を剥奪し、その中でも一際非道な事を行っていた者にはこれから政府による裁きが待っているという。
だから貴方達を害する人間は上層部からいなくなる、安心して欲しい——そうは言われても、はいそうですかと納得出来る訳がないのが実情である。こちらは審神者を殺されたような物なのだ、それで過去の傷がなくなると考えているのならとんだ笑い種だ。
「今はその事は忘れましょう。それよりも……」
ぱん、と手を叩いた鯰尾が、ちらりとドア付近のベッドへと視線を向ける。そのベッドの使用者は今ここにはいない。四振りもそのベッドに目を向ける。
ベッドの使用者——長谷部は、ひとりでいる事が多くなった。よく病室を抜け出し、ふらふらと院内をさ迷い歩いているらしいのだ。
長谷部は肉体よりも、精神的なダメージの方が大きかった。その為専門家によるカウンセリングを受けていたが、成果は芳しくない。病室に戻ってもぼうっとしていたり、布団の中で泣いていたりと不安定な状態が続いているのだ。一朝一夕で傷が癒えるとは思っていないが、自分達には選択が迫られていた。
自分達の答えは、あの夜に決まっている。後は、
からからと、病室のドアが開く。現れたのは、空いているベッドの使用者たる長谷部だった。
「ただいま」
「おかえり、長谷部。院内の様子はどうだった?」
「……刀剣男士の数が減ってる。このままいくと、俺達が最後になりそうなんじゃないか?」
「もうそんなになってたのか。まあ回復するのはいい事だが」
「随分のんびりしてたし、そんなもんだろ」
「俺も早く動けるようになりたいですねー」
「本業を完全に忘れてはならないからねえ」
賑やかに話をしている五振りを、居心地が悪そうに長谷部が見ている。何かを躊躇っていて、でも何かをしなくてはならない、そんな表情だった。五振りはそれには何も触れず、楽しそうな会話を続けていた。
しばらくして長谷部は意を決したように顔を上げ、五振りに向かって問い掛けた。
「……やっぱり皆、他の部隊に行くのか?」
——ついに来た。歌仙は布団の中で拳を握る。
ずっと上層部には回答を先延ばしにしていたが、五振りの中では決定事項になっていた事。その提案をする日がついに訪れたのだ。四振りを見渡すと、全員が歌仙に向かって頷いていた。
その間にも、長谷部は裾を握りながらぽつぽつと言葉を繋げていた。
「刀剣男士は、一部を除けば戦う事が幸せなんだって聞いた。だったら皆、他の部隊に行くんじゃないかって……。だとしたら、ここでお別れになるのか? 少し寂しいけど、それが皆の幸せなら——」
「違うよ、長谷部」
彼等にとっては的外れな未来予想を遮り、歌仙はベッドから立ち上がり長谷部の前に立つ。
そして五振りの「決意」を、酷く不安そうにしている目の前の存在に告げた。
「僕達は、
「……え?」
「君を主として、春光隊を存続させる。これが僕達の選んだ答えだ」
ぱちくりと目を瞬かせ、長谷部は歌仙の言葉の意味を咀嚼し——単語にならない声を発して狼狽え始めた。
「え、は、な……俺が主って、どういう……」
「君は刀剣男士だけど、人間でもある。審神者はただの刀剣男士には務まらない。だから、春光隊の主は君以外にはあり得ないんだ」
「で、でも、俺、戦いのやり方とか分からない……」
「それはその都度僕達が教える。そもそも主……君の妹も、最初はほとんど戦術を理解していなかったんだよ? 本当に最初期だけだったけどね、取りあえずこの陣形をとればいいかと言われて頭を抱えたこともあったよ……」
「えっそうだったんですかその話詳しく」
「兄貴、それは後でな」
過去の審神者の話に身を乗り出したせいで薬研に宥められている鯰尾に咳払いを一つして、歌仙は話の筋を元に戻した。
「……審神者の仕事については、僕達が教える。その点に関して心配はいらないよ」
「……俺が審神者になる事を、政府は認めてくれるのかな」
「どんなにお上に文句を言われようが、僕達の考えは変わらないよ。政府の事も気にしなくていい、問題は君が頷くか否かだけだ。……君が頷かなければ、僕達は刀解を選ぼうと思っている。戦場で散れないのは口惜しいが、君が是と言わないのならこの世にいる意味もない」
——自分を受け入れてくれた大切な仲間を失う事を、長谷部は絶対に嫌がるだろう。彼の想いにつけ込むのは気が引けたが、歌仙達にも決して譲れない願いがあった。だからこそ、半ば脅しめいた言葉で長谷部を頷かせようと歌仙は口を動かす。
「……何で、そこまでして……」
歌仙の言葉の意味を正確に理解し、長谷部は震える声で問う。それに答えたのは、布団の上で胡坐をかいている薬研だった。
「何で? そんなの決まってる——お前さんの未来を変える為だよ」
薬研のいる方を向いた長谷部は、訳の分からない不安に満ちた表情をしていた。薬研は膝の上に拳を置き、鋭い目つきで長谷部を見返して理由を述べ始める。
「このままじゃ、お前さんは遠くない内に絶望に呑まれるだろう。世を儚んで死を選ぶか、それとも自棄になって周囲を巻き込んで滅ぶか、他者を寄せ付けず馴れ合わない以上の孤独を選ぶのかは分からない。だけど、俺達全員考えた事は同じだった。そんな未来は選ばせない、ってな」
薬研の言葉を継いで、石切丸が淡い悲しさを湛えた微笑みを長谷部に向けた。
「私は神社暮らしが長かったから、神に祈る程に追い詰められた人は知っていた。けれど、神すら信じられない程に絶望している人を知らなかったんだ。知ってしまったら悲しくなったよ。ただそこにあるだけでは、神刀である自分でも君みたいな子の絶望を祓えない、って。だから私は、行動に移す事にした」
石切丸は獅子王に目配せをして、話者を交代する。獅子王は戦意を滾らせていた——この世界そのものへと。
「優しいお前が、どうして幸せになれない? 小さなお前に、何故世界は不遇を押し付ける? 考えても、答えは出なかった。でもな? お前が幸せになれない世界なんて、その代わりに世界で一番の幸せ者になれる権利を俺に与えられたとしても、願い下げなんだよ」
そう吐き捨てた獅子王の言葉を肯定するように、鯰尾が力強く宣言した。
「君は幸せになれる、不幸なままになんてさせない。これは俺達の、世界に向けての抵抗なんだ。君がどんなに不幸な生い立ちでも、不幸な目に遭ったとしても、幸せはやって来るんだっていつか世界中に向けて叫んでやる。……それぐらいまともな機構じゃなきゃ、希望も何もあった物じゃないでしょ?」
四振りの話を総括するように、歌仙は長谷部に——「彼」に真剣な表情を向けた。
「僕達が君に望むのはただ一つ、幸せになる事だ。主から託されただけじゃない。この世界はまだ捨てたものじゃないって、希望は絶対にあるんだって、僕達に信じさせて欲しいんだ——君が幸せになる事によってね。だから、これは僕達からのお願いだ」
歌仙はそう言って、「彼」に深々と頭を下げた。「彼」がぎょっとしているのが分かったが、歌仙は頭を下げ続ける。
「どうか生きて、僕達を君の配下にして欲しい。僕達は君の幸せの為なら、喜んで手足になろう。どんな望みも、きっと叶えて見せるから。だから、どうか」
目を丸くしているだろう「彼」は、何と答えるのだろう。息を呑んでいるのは分かる、けれどどんな言葉を口にするのかは全く予測がつかなかった。
「……やだ」
今度はこちらが息を呑む番だった。「彼」はもう生きたくないと、そこまで絶望を抱えていたのかと、嘆きたくなる。自分達の言葉は無駄だったのかと、泣きたくなる。
しかし、「彼」が続けた言葉は歌仙の感情を一変させた。
「配下なんてやだよ。俺は、心を持った皆を、そんな言葉で縛りたくない。それじゃあ俺が、皆の命を間違って奪うかもしれない事も、許されるみたいじゃないか。嫌だ、やだ、俺を受け入れてくれたひと達を、そんな風に扱うなんて、絶対に嫌だ!」
——なるほど、「彼」らしい。小さく笑んでいる歌仙の表情は、「彼」には見えない。けれど冗談を言っていると思われたくないので、頭は上げない。
配下という言葉に冷たい響きを覚えて、それを自分達の為に拒絶するのも。命を誤って奪う事を恐れるのも、刀である自分達に、受け入れてくれたんだと喜んでいた事も。
優しくて、本当は寂しがりの「彼」らしい拒絶だった。
「じゃあお前は、俺達といる事は嫌じゃないんだな?」
「当たり前だよ! 本当はずっと、皆といたい! だけど、配下なんて嫌だよ……」
嬉しい事を言ってくれるじゃないかと、歌仙はにやけてしまう顔を抑える。まだ頭を下げ続けているので、その表情は「彼」に全く見えないのだが。
そうか、と言って獅子王は優しく「彼」に告げた。
「じゃあ、言葉を変えよう。——これからは、俺達がお前の『家族』だ。これなら、受け入れてくれるか?」
獅子王の言い換えに、「彼」はえ、と言葉を詰まらせた。歌仙もそろそろいいかと頭を上げる。「彼」は酷く困惑した顔をしていて、口に手を当てていた。
困惑の理由は、やはりこちらを気遣う物だった。
「……でも、刀と人では価値観が違うって聞いたよ。人の兄弟と刀の兄弟は違うんだって。だとしたら、それにつき合わせるのも悪いよ……」
「確かに刀と人では価値観が違う所もあるな。正直言って俺も『家族』がどんななのか、ただの刀だった時に見た事しかないから分からない部分もあるし」
「だよね……」
「——でも、例え最初はままごとでも、続けていけばきっと本当になれる。関係性の形なんてそれぞれなんだ、お前と俺達が『家族』だと思えばそうなれるんだよ」
な、と獅子王は四振りを見回し、それぞれ頷いたのを見てから「彼」に笑いかける。
関係性はそれぞれ、まさしくその通りだ。ある本丸では仲のいい二振りも、別の本丸では仲が悪かったりする。でも、前者がそれを「ただの仲間」と言うのも、後者が「親友だ」と言うのも自由なのだ。
そして、歌仙はここに至って気付いた。——「彼」に必要なのは何でも言うことを聞く配下ではなく、何でも言いたい事を言えてそれを受け入れ、喧嘩をしたとしても帰る場所だと認識出来る「家族」なのだと。
「彼」は小さく俯いて、感極まったのか嗚咽を漏らしながら語り始めた。
「……ずっと、皆が本当の家族だったらって、思ってた。でも、皆は刀で、人間じゃなくて、考え方も違って……」
「うん」
「優しいひとだけど人間じゃないから、家族になって貰えないって、諦めてた。でも……いいの?」
「彼」はしゃくりあげながら、最後の確認だというように、尋ねた。
「俺は——皆と家族になっていいの?」
——その答えなど、五振りには決まり切っている。それぞれの笑顔で、彼等は即答した。
「——勿論!」
たった一言だ。けれどそのたった一言で、「彼」の涙腺はあっけなく崩壊する。声を上げて泣きながら、「彼」は礼を述べ言葉を並べていく。
「とっ、トモエが、ここにいたら良かったのに」
「そうだね」
「そうしたら、皆家族になって、安心出来る場所が出来て、トモエだって心から笑えて……」
「ああ」
「でも、トモエはもういないんだ……どうして、神様……うっ、わあああ——」
歌仙はしゃがんで、泣き崩れる「彼」の背を撫でる。薬研もベッドから飛び降りて「彼」の目を拭う。鯰尾は目を潤ませていて、獅子王はがしがしと袖で目を擦っているのを腫れるよ、と石切丸に微笑まれながら注意されていた。
「——ありがとう。命を、繋いでくれて」
幼い少女の声と勝ち気さを潜めた青年の声が重なって聞こえたのは、歌仙の幻聴だったのだろうか。その声に心の中で当たり前の事だよ、と答えて歌仙は泣いている背中をさすり続けた。