空隙の町の物語   作:越季

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14-13「雨と導火線」

「……それからの彼の行動は早かった。何せ軍師の刀である『長谷部』がいたからね。様々な手段をもって被験者に接触して、まずは友達になろうと働き掛けた。拒絶したものもいたけれど、仲良くなれたものもいたんだ。それからある程度選別した審神者に接触し、被験者の存在を知らせて酷い扱いを受けていた被験者を引き取れる体制を整えた。ここで心と体を休めて、元の本丸で頑張るか別の本丸で新たな生活を始めるか、それを選ばせられるようになったんだ」

「……そう、だったんですね」

 

 話を聞いていた秋田は、俯きながらそう呟いた。ジュースを口に含んで飲み下し、ふうと息を吐いた秋田は更に口にする。

 

「……凄いですね、長谷部さん達は。僕は、逆恨みしてしまったというのに」

「まあ、僕達の場合は稀な案件だと思うよ。様々な要因が絡んで、ここまで来たんだ。長谷部のようになれないからと言って、気に病む必要はないよ」

「そうだよ。秋田があのいち兄を許せなくても、許しても、どっちでもあり得る事だからね。取りあえずは、ここでゆっくりと休む事に専念しよう」

「……はい」

 

 秋田は小さく頷いた。目の曇りはまだ晴れず、迷いと絶望で揺れている。

 

***

 

「……とまあ、これが俺達と長谷部の辿って来た経緯だ」

「一期さん、大丈夫かい?」

「はい……」

 

 ぐらりと、視界が揺れる。長谷部が——「彼」が、大切な妹を亡くしていたとは。確かにこれは、迂闊に出していい話題じゃない。

 長谷部がもし、春光隊のような理解者を得られなかったら。その姿が、自隊の秋田なのだろう。

 

「……私は、確かに無神経だったのでしょう。秋田を傷つけておきながら、長谷部殿と友達になりたいと能天気に……まずは、近くに目を向けなくてはならなかったのに」

「言っただろう、ほぼ自力で気付けただけお前は上等だ。目を背けずに、自分の罪を見つめているしな」

「そうだね。……大変なのはこれからだよ、一期さん。君の行動で、秋田さんとの溝の深さが決まるんだ。行動は慎重にね」

「……はい」

 

 出来るのだろうか。秋田の閉ざしてしまった心を、もう一度開かせることなんて。

 一期は必死に考えを巡らせた。——もう二度と、目を逸らす事のないように。

 

***

[newpage]

 

「ふんふーん」

 

 猩々木庵に戻ったハルカは、鼻歌を歌いながらテーブルの上に雑巾をかけていた。こうして見る分には、彼女はただの居酒屋の店員だ。

 しかしそれを見たサトルは、気味の悪いものを見るように姉を見やる。

 

「……今度は何を企んでやがる、糞姉貴」

「これからどう()()()か、それを考えている所よ」

 

 ふふふ、と上機嫌に笑い、ハルカは廻り続ける町の情景に思いを馳せた。

 

***

 

 ——春光隊本丸

 

「秋田、少し疲れちゃったかな。しばらくの間、下で休む?」

「そう、ですね。お願いします」

 

 秋田は鯰尾と共に、和室へと向かおうと階段を下りる。

 階段を下り終わった所で、長谷部が目の前に現れた。秋田を見て、少し顔色が悪いと判断した長谷部は「和室はこっちだ」とふたりを先導する。

 

「長谷部さん、小夜と五虎退の様子はどうですか?」

「五虎退は眠っている。ただ、小夜が少しな……」

「どうかしたんですか?」

 

 秋田がそう尋ねると、長谷部は複雑そうな面持ちで答えた。

 

「……時々、()と言っている。記憶の混濁が起きているんだろう。あいつの中で、『椅子』はどうなるかな」

 

***

 

 ——カラオケボックス「ビンカ・マジョール」

 

「ここは私達が出すからね」

「そんな、申し訳ないです」

「落ち込んでいる奴に出させられないっつーの。いいから奢られとけ」

 

 そう明るく笑っていた獅子王だったが、ふと表情を変えて一期に告げた。

 

「……そういやな、俺達が被験者の成れの果てと一戦交えたって言っただろ?」

「ええ、それが何か……」

「気をつけろ。少し前に起きた幽霊騒動、あれの正体は被験者の成れの果てで間違いないだろう。対策は練られているみたいだが、少し厄介なことが起きてるんだ」

「……一体、何が……」

 

「——成れの果てを呼び起こす鍵になる物が、ごっそりとなくなっているらしいんだ。そいつを集めている奴が行動を起こさないとも限らない、周囲に注意を配る事を忘れるな」

 

***

 

 ——氷雨隊本丸執務室

 

「……僕だけ呼び出すなんて、一体何事なのかな」

「——にっかり青江。お前に極秘任務を与える」

「へえ。隊長にも任せられない仕事って、一体何なんだろうね」

 

 肩を竦める青江に、審神者は忌々しそうに手に入れた情報を告げた。

 

「——我が隊に、謀反の疑いが掛かっている」

 

 ぴしり、と動きを止めて、引きっつった笑みを浮かべる青江。審神者は酷く機嫌が悪いようで、鬼のような形相をしていた。

 

「……何の冗談なのかな、君みたいな愛国主義者にそんな……」

「冗談ではない。上官から直々に嫌味を受けた、裏切り者を置く人間が、とな」

「それは……つまり、僕の仕事は——」

 

「——指令だ。どんな手段を使っても、この本丸の中にいる謀反人を炙り出せ」

 

***

 

 ——清澄隊本丸

 

「ソメゴロー、ご飯だよ」

「……」

「皆も、江雪さんも心配してるよ、一緒に食べようよ」

「……」

「はあ……ここに置いておくからね」

 

 障子の前に、盆を置く少女。とぼとぼと廊下を歩いていた少女は、目の前に現れた人影に足を止めた。

 

「……ツクシさん、どうでしたか」

「反応なし。相当ダメージ受けてるみたい、当然だと思うけど」

「……そう、ですか」

「……江雪さん、今日の朝ご飯はなあに?」

「……今日は焼き鮭と、かぶと豆腐の味噌汁です。行きましょうか」

「うん」

 

 江雪とツクシは並んで歩き出した。その足取りは、決して軽くはなかった。

 

***

 

 ——雲霄隊本丸執務室

 

「……じゃあしばらくの間、こちらで過ごさせて貰うという事で構いませんか?」

「ああ。……しかし、いよいよ嬢ちゃんが戦場に立たなくちゃならなくなってしまうとはな」

「私が決めたことです。大丈夫です、必ず戦果を挙げて見せます」

「頑張れよ」

「主様、お客様にお茶とお菓子、を……」

「おう、物吉ありがとうな。……物吉? ——あっ」

 

 ——審神者と話していた女性を見た物吉の目が、色を変える。そして物吉は、呆然と呟いた。

 

「ミサキ、さん……?」

「え……まさか、コースケ、なの?」

 

***

 

 ——蒼穹隊本丸

 

「あ、あのひと、怖いです……!」

「……すごい迫力ですね」

「あんなひとが、こんな本丸に何の用なんだろう……」

「さあ……」

 

 粟田口派の刀達が、遠巻きに審神者と対峙している刀を見つめる。審神者は賓客に体中ガチガチにしながら、歓迎の言葉を述べていた。

 

「こ、この度はお忙しいところお越しくだしゃり……」

「ああ蒼穹殿、そうかしこまるな。ただの客としてきたじじいとして、接して貰えるとありがたい」

「は、はあ……それにしても、雲霄隊の最終兵器である貴方が一体何の御用で? ま、まさかここに俺の刀達じゃ太刀打ちできない敵が来るとか……」

「いやいや、そんなものじゃない。ただの客だと言っただろう」

 

 鷹揚に笑う「最終兵器」は、本丸をぐるりと見渡して、一瞬冷たく目を細めた。

 

「ただ……この本丸で暮らす刀剣男士を、じっくり見てみたくて、な」

 

***

 

「あはははははは、楽しみだわ! いよいよ神々が醜態を晒し合う醜い戦争の導火線に火がつこうとしているのよ! さあ、私はどう動いてやろうかしら? あの反逆部隊の尻を叩く? それとも清澄隊に顔を出そうかしら? うふふふふ、私は今、最高に最っっ高に楽しいわ!!」

 

 狂ったように——いや、狂った笑い声を上げながらくるくると回り、店内を歩き回るハルカ。

 そんな狂っている姉を見たサトルはただ一言、最大級の軽蔑を込めて吐き捨てた。

 

「……やっぱり一回地獄に落ちとけ、糞姉貴」

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