ありふれていない世界最強メイド【本編完結済み】 作:ぬくぬく布団
深月「はぁ・・・。読者の皆様方、ごゆるりとどうぞ」
~深月side~
クリスタルキーによって地球へと帰還の一歩が踏み出せた事で気分を上げながらこれからどうするのかを個人で相談し終えた
「じゃあ、鈴達は変成魔法で魔物を従えたいかな。今のままじゃ戦力不足で魔人領を進む事すら出来ないし」
「まぁ、俺も付き合ってやるよ。谷口だけじゃ心配だからな」
「俺も恵理と話さなきゃいけないから付いて行くよ。それに、龍太郎だけに行かせるわけにもいかないからな」
「・・・・・」
天之河達が計画を立てている中、雫は黙って何かを必死に悩んでいた
雫さんは悩んでいますね。力が無い事に悩む・・・ですか。ですが、そう簡単に力を手に入れる事は出来ませんよ
深月が黙って雫を見ていると、その視線に気付いた雫が深月を見る。そして、意を決した表情と迷い無い目で近付き言葉を掛ける
「ねぇ、深月さん。貴女が持っている宝物庫って魔物の肉が入っているのよね?」
ハジメ達はいきなりそんな事を聞いた雫に、「ご飯を食べたいのか?」と不思議そうに思っていた。しかし、深月だけは雫の眼を見て、「あぁ、なるほど」と呟き肯定する
「私の持つ宝物庫の中には色々な魔物肉が入っています。それで?」
だからこそ改めて問う。その覚悟は出来ているのか、賭けをするのかを
「えぇ、覚悟は決めたわ。誰が止めようと私は強くなるわ!」
「良い眼ですね。さて、初級のウサギにしましょう」
深月の言葉を聞いた皐月は、ギョッと目を剥いて待ったを掛ける
「ちょちょちょ!?ストップ!スト~~~ップ!雫は何を言っているのか理解しているの!?」
「皐月、私は本気よ。少しだけ感化されたというのもあるけど、私は死にたくないのよ。あんな事は二度とやられたくないのよ」
「・・・死ぬかもしれないのよ?」
皐月のこの言葉で、ハジメ達も雫が何をするのか理解した
「無理は駄目!」
「そ、そうですよ雫さん!命大事にが一番ですよ!」
「今の雫は無謀の一言じゃぞ!?」
だからこそユエ達も否定する。だが、雫は譲らない。このままでも良いかもしれないが、確実に足手纏いで生き残れる可能性が低いのだ。ならば、少しでも可能性を上げる為にならば地獄を進む事を決意した
「・・・雫ちゃん」
「香織、これは私の初めての我儘よ。だから、止めないで」
「おい八重樫「雫。そう呼んで」やえ「雫」や「雫」・・・雫、そこから先は地獄だぞ」
「神との戦争という地獄を生き抜くには、地獄を歩くしかないのよ」
「はい、お待たせしました。一口サイズですので食べやすいですよ?」
深月が皿に乗せた肉。それは異臭を放ち、食欲を減退させる代物だった
「・・・ちっ、分かったよ。いくら言っても変わらないんだったらこれ以上は何も言わねぇよ」
「私からはただ耐えろとだけしか言えないわ」
「神水は私が使わなかったストック分から出しましょう。食べてから飲むのではなく、流し込む形で飲んで下さい。そうすれば恐らく大丈夫でしょう」
「・・・いただくわ」
雫は深月から手渡される試験管を手に持ち、魔物肉を口に含んで神水で流し込んだ。直ぐには変化が訪れない事に天之河達は失敗だと思った。しかし、変化は直ぐに訪れた
「ぎっ!あがああああああああああああああ!!」
「し、雫!だいじ―――」
天之河が近付こうとしたが、深月が足を引っかけて転ばせて魔力糸で簀巻きにして猿轡をして雑音をシャットアウトする。体を弓なりにして体中に訪れる細胞一つ一つを造り替える激痛を必死に耐え、何処かで内臓が損傷したのか大量の血を吐き、骨がゴリゴリと音を鳴らしながら動く。それを見たユエ達は、大丈夫?本当に大丈夫?とハジメ達の方を見る
「・・・第三者目線で見るとヤバイな」
「明るいから余計にグロく感じるわ」
「進化していますね」
違う、そんな感想を聞きたいんじゃないとドン引きしつつ、雫の変化が終えるまで黙って見続ける。すると、骨がゴリゴリする音が聞こえなくなり、絶叫もなくなって雫は地面に大の字になる
「し、雫ちゃん!」
変化が終わった事に気付いた香織が雫の傍に行き体を起こさせようとするが、雫はその手を払って自力で起き上がった直後の第一声は
「追加を持って・・・来て」
「えっ!?」
あの地獄をまだ体験するという言葉に香織が待ったを掛けようとするが、深月が追加の二つ尾狼の肉を口に放り込む。そして再び絶叫を上げ、それからは繰り返しだった。魔物肉を食べ、絶叫、魔物肉を食べ、絶叫、神水飲み、魔物肉を食べ、絶叫――――幾度も繰り返す痛みの地獄と吐き出される血は凄まじかった。血の海が出来ているのではないかと思う程の大量の吐血だった
全てを食べ終え、全身血だらけとなった雫の変化はあまり変わっていなかった。髪は当然の様に白くなり、目は赤くなっていたのだが、身長は変わらず、胸の大きさも変わらずだ。しかし、お尻はむっちりの安産型となっていた
「ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ・・・死ぬ。もう二度と体験したくないわ」
「さて、血で汚れた所を綺麗にしましょう」
清潔で雫の血まみれをキレイキレイし、床もキレイキレイして元通りの清潔な床へとお掃除が完了。テキパキと動いて、雫のご褒美として海鮮丼を目の前に置いた。雫は目をまん丸にして驚き、深月の「雫さんだけのご褒美ですよ」という言葉を聞いて遠慮なく食べる。脂が良く乗った刺身に醤油が乗り、整えられた味に頬が餅の様に溶ける
「おいしぃ」
雫は涙を流しながら食べ、ハジメ達はもっとお食べと促す。これで深月の料理に堕とされた被害者が増えた。ハジメが、「一口だけ」とおねだりをするが、深月の指弾で吹っ飛ばされた
こうして、雫も魔物肉を食べてドーピングされた。ステータスは10000越えで、俊敏がおよそ15000近くある
「な、なぁ。俺も魔物肉を食べたら強くなるのか?」
坂上と天之河もドーピングに興味が出たのか、ハジメに尋ねる。しかし、その眼には雫程の覚悟も宿されていない目だった。正直、この状態で食べたらショック死するだろう
「やえ・・・雫程の覚悟も無い奴に食べさせるわけにはいかない」
ハジメはついいつもの癖で苗字を呼びそうになったが、雫の一睨みに折れて名前で呼んで天之河達に覚悟が出来ていないから食べさせる事はしないと告げる
「光輝、龍太郎。二人はどうして強くなりたいの?・・・護る、強くなりたい程度なら食べない方が良いわ。正直、生半可な覚悟だと死ぬわ。私は何度か走馬灯が過った。いえ、本当は死んだんじゃないかと錯覚したわ」
雫が力強い眼力を二人に向けると、たじろいでいたので覚悟は不十分だと判断した。死にたくない、生きたいという強固な意志を持っていても死ぬ寸前の激痛と衝撃だったのだ。雫は、全ての魔物肉を食べ終えたからこそ理解した。奈落に落ちた当初のハジメと皐月よりも遥かに強い今の身体ですらこの痛み、そう思うと二人が食べた時の激痛に比べればマシだと思った
「ご褒美も食べ終えた事だし・・・体の調子はどう?」
「ぶっちゃけて言うと不思議よ。体の動きに脳が着いて行けていないと言えば良いのかしら?」
「なら、早急に解決するしかないわね。深月と模擬戦して強制的に嚙み合わせましょう」
「深月さん、お願い出来るかしら?」
「難易度はどうされますか?normal、hard、verryHard、lunatic―――四種類です」
「・・・hardでお願いするわ。lunaticを要求するのは怖いわ」
雫は深月の難易度選択でhardを選んだ。しかし、そこで皐月が一つ気付いた
「あれ?私達の時は三択だったわよね?」
「お嬢様、影との戦闘で私は進化したのですよ?技能の使い方も新しく学んだ私に不可能は無いのです!」
「あぁ・・・そう、分かったわ」
要するに、ハジメ達が訓練していた頃の深月は一皮剥けて強くなった・・・進化したという事だ。以前の深月ですら技術のオンパレードで圧倒されていたのだが、今回の深月は技能の応用と使い方の幅が増えてステータスも増加しているのだ。行動パターンが多岐なのにも関わらず更に増える―――対応策が初期化されたと捉えて良いのだ
深月と雫は外に出て、距離を取り目を閉じて瞑想をする。これからどう行動するのか、どう動こうかと考えているのだろう。魔物の肉を喰らい技能を獲得した雫は、再びステータスプレートを見て確認した
「それじゃあ―――――始めっ!」
ハジメ達は雫が開幕速攻の縮地で深月に突撃するだろうと思っていたが、雫はすり足で円を描く様に距離を保ったまま警戒する。深月に関しては未だに眼を閉じたまま瞑想をしている。素人目からは隙だらけに見えるのか、坂上が「何で縮地で近付かねえんだ?」と疑問を口にする
「スーハースーハー、・・・はぁっ!!」
雫は手に持った黒刀を深月の胸部に向けて放った。黒刀が物凄い勢いで赤い軌跡を描いて深月に飛ぶが、深月が左手の人差し指を黒刀の先端に突き出す事で止まる
「まだっ!」
雫は黒刀の下を潜り抜けて深月の懐に一瞬で飛び込む。これは技能の縮地が無間に進化した力だ。黒刀を拾わなかったのは素手では攻撃しないという固定観念を潰す為、そのまま右拳を腹部にぶち込もうとした所で影―――深月が右手でカウンターの一撃を振り下ろす拳の影だった。攻撃は中断し、地面にスライディングする形で避ける。ついでに足首を掴んで体勢を崩そうとしたのだが、嫌な予感がした為抜ける事だけに全力を注いだ。その予感は正しく、掴もうとしていた足は上げられたのだ
「危なかったわね。あそこで掴んでいたら即終了だったわ」
「ふむ、対人経験が一番多い事から気付かれましたか。もしこれが香織さんならば終わっていましたね」
標的が雫から香織に移り、当の本人は図星を突かれたのかビクッと跳ねていた。恐らく、「私はあそこで掴むよ!」等と言っていたのだろう
「これは返却します」
深月は左手で遊んでいた黒刀を雫に放り一瞬視線を上にずらした。咄嗟の事で視線をずらした雫は、くの字に折れて後ろに跳んだ。その選択は正しく、先程まで体を置いていた場所丁度の所に拳が突き出されていたのだ
「くっ!?」
「足元がお留守ですよ」
後ろに跳ぶ選択は良かった。だが、隙が大きいこの一瞬を深月が見逃す事はない。跳び退く形で伸びたつま先の横を蹴られて地面に転ばされる。しかし、片手で地面を叩いてその場から緊急退避する
「それも予測していました」
「なっ!?」
雫が体勢を整えようとした瞬間、黒刀が落ちて来た。咄嗟に白刃取りで防ぐが、深月が黒刀の柄を持った事で勝敗が決した。手を離せば唐竹割、逸らそうとしても出来ない事から逃げ場が無くなったのだ
「これから逆転する手立てはありますか?」
「知ってて言ってるでしょ?無理よ。動かす事も出来ないし、手を離す事も出来ないわ」
「さて、これで雫さんがどの程度動けるのか把握しましたので次のレッスンと参りましょう!」
「・・・さっきのが訓練じゃなかったの?」
「技能が多いに越した事はありません。しかし、私が口酸っぱく言っている通り、技能を十全に活かせなければ豚に真珠、活かせる事が出来れば戦いの選択肢が増えるのです。だからこそ、一通りの技能の発動を確認し、復習し、理解する。先程の動きは今までの戦い方の延長線上、黒刀を飛ばしたのはハジメさん達の銃のレールガンを再現―――自分のオリジナルがありません」
雫は深月の言葉を聞き、取り敢えず技能の確認を先決する事にした。オリジナルの技術を確立するのであれば、技能がどういった物なのかをしっかりと把握しておかなければいけないのだ。魔物肉を食べる前の状態では技能が上手く使える程度なので、今から技能の確認と応用をするにはかなり時間を掛けなければいけない。しかし、それを解決するのがオリジナルの技術。易々と手に入れる事は出来ないが、手に入れた暁にはその武器を主軸に多岐に渡る戦闘が出来る事が確定している。そして、雫の技能確認と相談が始まった
「短時間で技能全てを把握する事は困難です。ですが、確認はしておきましょう。状況打破が出来ず、ばくちしか出来ない状況ではその引き出し有無で大きく変わります」
一つ一つを確かめる様に技能を行使し終えた雫は、自分にプラスとなる技能を選別する
「天歩、幻歩が主軸になりそうね。歩法で相手を迎え撃つ感じかしら?」
「気配感知、魔力感知、気配遮断については前者二つが最優先事項です。歩法を学んだとしても攻撃の感知を出来るか出来ないかでは違います。後手に回る事が駄目なのです」
「・・・そう。瞑想して感知を今以上に鋭くしないといけないわね」
「後は日常生活の中で歩法を変えてみましょう。自然と出る様にする事も大事です」
「なるほど。それじゃあ今から瞑想するわ」
「ただ魔力を感じるのはいけませんよ?流れや発生元を辿ればより一層良いです」
そして雫の訓練が再開した。ハジメと皐月とユエは魔力回復に努めているが、初心に帰って雫が行っている訓練を見る事にした。最近はゴリ押しが殆どの戦法が多いと感じたのだろう
雫の訓練は順調の一言で、下地が出来ていたお陰で感知系は十分使いこなせるまでに至った。瞑想している雫に深月が時折手加減した攻撃を行い、雫はそれを手で払ったり黒刀で弾いたりと防いでいた。着々と感知して防ぐ技術が向上する雫を見た香織は危機感を抱いた。「あれ?もしかして私より凄い速さで強くなってない?」と感じ、途中から混ざって訓練をするが付いて行けなかった。途中で深月から「邪魔するなら回復魔法の長所を伸ばして下さい」の一言で心を折られていたりした。そして、深月曰く雫の感知系の才能は元々備わっていたとの事だ
「雫がメキメキと強くなってるわね。私達よりも成長速度早くない?」
「元々何かを早々に察したり気付いたりとしていたからな。感受性が高いからか?」
「・・・一種の才能」
「うわぁ~、成長速度凄すぎませんか?」
「下地は出来ておったのじゃ。慣れるまで少し時間を要したのだけの筈じゃ」
ハジメ達は雫の成長速度に驚いていた。ステータスがいきなり上昇し、理解しきれていない技能を手に入れた直ぐにああも動ける事は中々ない
「雫ちゃんがどんどん強くなっているのに比べて私は・・・弱いなぁ」
一方、チート級のステータスと技能を持つノイントの身体を使っている香織は、自分よりもあっという間に力を使いこなしていく雫を見て落ち込んでいた
「何言ってるのよ。香織は回復職よ?戦闘職と一緒にしたら駄目よ」
「で、でも・・・」
香織としては自分も魔物肉を食べた方がいいのではと思っているのだろう。しかし、香織よりも丈夫な雫ですら死にかけるのだ。精神や覚悟が固く、仲間の為、足手纏いにならない為という不純な理由ではない。生への執着が強かったからこそ何とか堪え切れたのであって、そうでなかったらショック死していただろう
雫が訓練をする中、手持無沙汰の天之河と坂上は谷口が言う戦力不足を補う為にゲートキーを借りてハルツィナ樹海の魔物をテイムしに行っており、所々傷付きながら帰って来た。魔力が十分に回復したハジメ達は、神結晶の魔力タンクに補給している。その間、天之河達は雫の訓練風景をただ茫然と見ているしか出来ない程驚いていた
「そこっ!」
「ふっ!」
雫が遠慮なく深月の急所に向けて黒刀を振り下ろすが、深月は刀身の腹を叩いて軌道を逸らして回避する
「まだまだっ!」
「型を破りましたね」
叩かれてずらされた事を重く捉えず、振り切る手前で刃を上になる様に黒刀を回して切り上げる。これは深月が高頻度で使用する高速二連斬撃の技術の一つだ。雫が見た事があるのは樹海での戦闘で少しだけだったのだが、それを物の見事に自分の技へと取得していたのだ。これには深月もほんの少しだけ驚いた。しかし、だからと言って対処が出来ない訳ではない。所詮通り過ぎた斬撃が斬り返してくるだけなのだ
「ぜあぁあああっ!」
「ふむ、これならば85点でしょうか」
雫は、切り上げながら片足を軸に回転して横なぎで攻撃する。流れる動作での攻撃についハジメ達も驚くが、深月は横なぎの黒刀の刀身を肘と膝でプレスして受け止めた。普通ではない受け止め方に目を剥いた雫は隙だらけで、深月の空いている拳が頭部目掛けて放たれる。つい反射的に頭をずらして回避したが、仕舞う深月の拳が開かれて首を軽く掴まれた
「・・・参りました」
雫の敗北、これで全戦全敗―――当然の結果だ。しかし、徐々にではあるが戦闘時間が伸びているので確実に強くなっている事が分かる。ハジメ達よりも手加減されているとはいえこれだけの耐久・・・神の先兵と戦っても勝てる程の実力を手に入れたのだ
「さて、先程の横なぎは良い攻撃です」
「・・・完全に防がれた身としては何とも言えないわよ」
「あれは私でなくとも防げますが、反撃には転じる事は出来無いでしょう。ハジメさんとお嬢様が反撃するとならばドンナー・シュラーク位ですから対処法が分かる筈です。それに、私があのまま攻撃を避けたら奥の手を切るつもりだったのでしょう?」
「・・・奥の手バレてた?」
雫が既に奥の手を開発している事にハジメ達は驚く。この短時間で最大威力の技を作っている事の異常さ、アーティファクトをポンポンと作る自分も十分チートであると思うが、それは数を沢山作って経験を積んだからだ。雫みたいに一日程で出来る物ではないのだ
「私の私見では、反動が大きい攻撃だと思うのですが―――どうですか?」
「もうね、深月さんに勝てる存在っているの?どうして見せていない奥の手の反動が大きいと分かるの!?」
「と言われましても・・・虎視眈々と度肝を抜かせようとするその目と、最初の黒刀を飛ばしたあれを見て推測しただけですよ。恐らく、王国襲撃の際に見せた電磁抜刀"禍"を真似たかヒントを得たのでしょう。ですが、あれは繊細な電圧操作で肉体の負荷を最低限に抑えているのです。私の身体能力ですら操作を誤ればどこかを痛めるので、未熟な雫さんは無理だと判断しました」
「ねえ皐月、深月さんって予知能力あるの?そうじゃないとおかしいわよね!?」
雫が皐月に問うが、皐月は諦めた様に首を横に振る。既に皐月も、「深月だから」という理由だけで逃避しているのだ。いや、深月が言っている予測は当たっているし、ハジメ達でも深く考えれば思い至る。しかし、戦闘中にそこまで考え抜く事は出来ない
「今のハジメさん達に足りないのは思考力です。神水があるから、いざという時は大丈夫と考えていませんか?技能の先読で咄嗟に考えるから、相手の動きを見極めながらと放置していませんか?」
『うっ!?』
深月の言葉を聞いたハジメ達は、正論の矢が胸に突き刺さった。事実だけに痛く、改善しなければいけない部分でもある
「マルチタスクの数を増やせとは言いますが、三つ四つまでで十分です。私でも五つが限界ですので」
「あら、深月だったら十は出来てそうなのに」
「普段は出来ますよ?戦闘中は閉じているだけです。マルチタスクの弊害は注意力が散漫になり、手を抜いても勝てる相手に手傷を負わされたりする可能性があるのです。諸刃の剣でもありますが、咄嗟の場面で大活躍します。勝てる道筋を多く組み立て、戦闘を長引かせ、相手を疲弊させたりと予測を立てれます」
普通は出来ない・・・とはいえ、ハジメ達は強くならなければいけない。エヒトの力が未知数な上、チートスペックの中村、めんどい魔人族の三段構えだ。中村に関しては、皐月か深月に狙いを付けて攻撃する可能性が高い事から、お亡くなりになる可能性は極大。現在の深月のスペックならば十分倒せる範囲内だ
「よし!魔力も回復したからそろそろここから出るとするか」
ハジメの号令を聞き、皐月達は立ち上がる。オルクス迷宮の時よりとはいかないが、それなりの間滞在した拠点を深月がキレイキレイして氷の家から出た所で深月が攻略の証を皐月に手渡す。それは氷の様な青みがかった透明な石で、中に紋章が彫られていた
ハジメ達は、攻略の証を持ったまま魔法陣の所まで移動すると泉が凍てついた。そして、泉が徐々に盛り上がって十メートル程の大きさとなった氷の塊が割れて、氷で出来た竜が生まれた。氷竜は、ハジメ達の前に首を垂らす
「これまたファンタジーなショートカットだな」
「・・・ん。ご褒美?」
「試練の内容の嫌らしさとはかけ離れた心遣いですね」
それぞれ感想を呟きつつ、鱗で出来た階段を上り首の上を渡って背中に乗り込んだ。その直後、氷の翼を広げて一気に上昇。天井がみるみる近付くが、氷に穴が開いてその中を駆け抜ける。あっという間に地上へ出ると、そのまま雲の上まで昇り飛翔する
「太陽の位置からすると北西に向かってるのか。・・・どうやら、親切なことに雪原の境界まで送ってくれるらしいな」
「・・・ん。ミレディとメイルは見習うべき」
「私、解放者って女性の方が悪辣な気がします」
「やっぱり解放者達が居た時代は図太くないと生きていけない程なのかしら?」
「・・・・・」
ハジメ達は今までの女性陣の解放者を思い出しつつ辛辣な言葉を投げる中、深月は氷竜が飛翔する先を見据える
やっぱり居ますね。・・・魔人族、中村さん、先兵とごちゃ混ぜです。さてはて、彼等はどの様に私達を止めるのか見物ですね。定番の人質でしょうか?そうだとしたら・・・悪手ですね。それこそ、魔人族の種を絶滅させる為に動くでしょう。相手はそこまでの考えに至ってはいないでしょう
そうこうしている内に、氷竜は高度を下げて雪原の境界辺りで着地した。ハジメ達が下りたのを確認した氷竜は、そのまま来た道を引き返して行った。吹雪く中、深月の魔力糸の壁で何ともないがうっとおしいので早足で境界を抜けようとした時、ハジメと皐月とシアが感付いた
「これは・・・待ち伏せされているな」
「数は・・・かなり居るわね」
ハジメと皐月の警告に、全員が武器に手を掛けて警戒しながら吹雪の向こう側へと出た
「やはりここに出て来たか。私のときと同じだな。・・・それで、全員攻略したのか?白髪の少年少女よ」
「ふふ、光輝くん、久しぶり~。元気だった?」
そこには二回り程大きくなった白竜の上に騎乗するフリードと、灰竜を主とした大多数の魔物と、銀翼の先兵達と、切られた腕が再生していた中村が待ち構えていた
優に数百体の敵が大地と空を埋め尽くしている光景に、天之河達は冷や汗を流している。流石にこの量の敵が居るとは想定していなかったらしい。殺意を高めたハジメ達は、開戦の一発を放ってやろうと皆に目配せした
「逸るな。今は、貴様等と殺し合いに耽るつもりはない。地に這い蹲らせ、許しを乞わせたいのは山々だがな」
「へぇ、じゃあ、何をしに来たんだ?駄々を捏ねるしか能のない神に絶望でもして、自殺しに来たのかと思ったんだが?」
深月の予想を聞き、魔人族の神はエヒトの眷属である事を前提として言葉を投げる
「・・・挑発には乗らん。これも全ては我が主が私にお与え下さった命。私はただ、それを遂行するのみだ」
「で?忠犬フリードは、どんなご褒美を貰ったのかしら?」
「・・・寛容なる我が主は、貴様等の厚顔無恥な言動にも目を瞑り、居城へと招いて下さっている。我等は、その迎えだ。あの御方に拝謁できるなど有り得ない幸運。感動に打ち震えるがいい」
「「はぁ?」」
本当に意味が分からない。何故敵である自分達を拠点に案内するのだろうとツッコミを入れても不思議ではないだろう
「エヒトやら、アルヴとやらは神なんだろ?なんで城にいるんだよ」
「アルヴ様は確かに神――エヒト様の眷属であらせられるが・・・同時に、我等魔人族の王――魔王様でもあるのだ。神界よりこの汚れた地上へ顕現なされ、長きに渡り、偉大なる目的のため我等魔人族を導いて下さっていたのだよ」
ハジメは取り敢えず一番疑問に感じた事を尋ねる。フリードは、淡々とした口調かつ両手を広げて喜悦な説明をした。恐らく、ごく最近した事である事が感じ取れた。そして、何処となく深月の影と似ているなと思った
「・・・偉大なる目的、ね。さて、魔人族はどこまで踊らされているんだろうな」
「なにか言ったか?」
「いや?魔王様ご立派ご立派と褒めていたところだよ」
「・・・」
「それで?ご自慢の魔王様の説明を終えたのだからもう始めても良いわよね?」
フリードは、「話をちゃんと聞いていたのか?」と言いたげに青筋を浮かべていた。そこで、ハジメ達よりも軽い口調で中村が口を開く
「ちょっと、フリード。ペチャクチャ喋ってないで、さっさと済ませてよ。ボクは、早く光輝くんとあま~い時間を過ごしたいんだからさぁ」
「・・・分かっている」
フリードは中村とは協定仲間というだけなので余り快く思っていないが、舌打ちをしつつ気を取り直す。そして、再び口を開こうとした瞬間谷口の声に遮られる
「恵里っ!鈴はっ・・・恵里とっ、そのっ」
「ん?なぁに、鈴?相変わらず能天気な・・・って感じでもないかな?なに?恨み辛みでも吐きたいのかな?まぁ、喚きたければ好きに喚けばいいんじゃない?ボクにとってはどうでもいいことだけどぉ」
「ち、違うよっ。鈴はただ、恵里ともう一度話したくて!」
中村は谷口をウザそうな犬を追い払う様に手をシッシッと振る。谷口は、いきなりの展開で何を言ったらいいのかうまく言葉に表せなかった
「取り敢えず、皆殺しでOKだろ?」
「そうね。ユエ達は先兵と初めて戦うのだから気を付けてね?」
「・・・ん。それに招きに応じる理由もない」
「ぶっ飛ばして終わりですぅ!」
「・・・流石に、こんなに同じ顔が揃うと、自分じゃないと分かっていても不気味だね」
「そも、招き方もなっとらんのじゃ。礼儀知らずには、ちと、お灸を据えてやらねばいかんのぅ」
ハジメ達は、めんどくさいからとっとと終わらせる為に殺意を高める。引き金を引こうとした時、中村とフリードの前に巨大な鏡が出現。訝しむハジメ達の前で、それが一瞬だけノイズを走らせると何処かの風景を映し出した
空間魔法の一つ、仙鏡と言う遠見の魔法と言えば分かり易いだろう。仙鏡が映し出した光景は、壮大な柱とレッドカーペットだった。これに一早く気付いたのは深月だった
「これは王国と似た場所・・・何処かの城ですね。恐らく人質でしょう」
「・・・平然としているが、まぁその通りだ」
グルッと回転する様に光景が移動すると、鈍色の金属と輝く赤黒い魔力光で包まれた巨大な檻にハイリヒ王国に居たクラスメイト達とリリアーナの姿があった。しかも、抵抗したらしく永山パーティーが倒れ伏し、愛ちゃん親衛隊の園部達も怪我をしている様子だった。特に酷い怪我だったのは遠藤で、四肢の骨を折られていた
「・・・クソが」
「人質・・・ねぇ」
ハジメが思わず汚い言葉を吐き出す。皐月達も苦虫を噛み潰した様な表情をしており、特に動揺が酷かったのは天之河達地球組だった
「みんな・・・先生っ!」
「リリィまでっ」
香織と雫が焦燥とした声を漏らす。皐月は羅針盤を手に取ってその映像が本物であるかを調べると、魔人族の領地の先に居る事が分かった
「チッ、本物ね・・・」
「ほぅ、随分と面白い物を持っているな、少女。探査用のアーティファクトにしては、随分と強力な力を感じるぞ?それで大切な仲間の所在は確かめられたか?」
フリード達はさぞ嬉しいのだろう・・・優越感で表情を緩ませている。そして、この中で真っ先に吠えるのが天之河だ
「卑怯だぞっ!仲間を人質に取っておいてなにが招待だっ!今すぐ、みんなを返せっ!」
「アハハッ、流石、光輝くん!真っ直ぐで優しいねぇ~。ゴミ相手にもそんな真剣になっちゃって、惚れ直しちゃったよぉ」
「恵里、ふざけるなっ。こんなことをしたって何にもならない!みんなを返して、君も戻って来るんだ!」
「やぁ~ん、戻って来いとか言われちゃったよぉ。ボクを悶え殺す気だね?」
「恵里っ」
「くふふ、待っててねぇ。すぅ~ぐに、光輝くんをボクだけの光輝くんにしてあげるからねぇ~」
天之河は自分の言葉が中村に届いていない事に歯噛みし、フリードに視線を戻して更に言い募ろうとした瞬間、ドパンッ!が二発
「ッ!?」
中村とフリードの頭目掛けて放たれた弾丸。赤い軌跡を描いて吸い込まれたが、先兵の一人が大剣でフリードを守り、中村は鬱陶しそうに銀翼でガードする。弾丸一発だけで先兵の大剣はヒビが入る。それじゃあもう一発と放とうとしたハジメに谷口が腕に飛びついて邪魔をする
「ダ、ダメ!待って!お願い、待って、南雲君っ」
その隙に、フリードが冷や汗を流しながらも辛うじて表情は変えずに口を開いた
「・・・この狂人が。仲間の命が惜しくないのか」
「はっ、前に同じ状況でご自慢の仲間が吹き飛んだのを忘れたのか?大人しくついて行ったところで、全員まとめて殺されるのがオチだろうが。なにせ、自称神とやらは、俺が苦しみながら死ぬ姿をご所望らしいからな」
「それなら、仲間を見捨てても己だけは生き残ると?」
「何度も言わせるな。あいつらは仲間でもなんでもない。それに・・・お前等を皆殺しにしてから招かれても、問題はないだろう?」
ハジメが首を掻っ切るジェスチャーをし、会いに行く為の手土産はお前達の首だと言い表す。天之河達は、魔王よりも魔王しているなと思った
「威勢のいいことだ。これだけの使徒様を前にして正気とは思えんが・・・ここは、もう一枚、カードを切らせてもらおうか」
「なるほど、ここで本当の人質になり得るであろうレミアさんとミュウさんを映すのですね」
この中で何事もなく見ていた深月が淡々とした口調でツッコミを入れたと同時に、仙鏡が映し出す光景。レミアとミュウが捕らえられている映像だった
「へぇ~、魔人族は絶滅したいようね?」
ハジメと皐月の殺意が頂点に達し、周囲の弱い魔物達を気絶させた。ハジメの腕にしがみ付いていた谷口は後退り、唇を噛んで気絶する事だけは防いだが腰が抜けて立てない様子だ
「っ――っ――き、貴様等、あの魚モドキ共がどうなっても、いいのかっ」
予想とは裏腹の反応にフリードが慌てる。ミュウ達が捕らわれた理由はただ一つ。攫った人物はただ一人
「あはっ♪ここまで怒るなんて予想外だったよ~。あ、死なせたくなかったら大人しく武器を置いて大人しく付いて来る事だよ?プププッ!自慢の玩具を渡していたのにも関わらず攫われて残念だったね♪」
中村は煽る。ブチブチィッ!と堪忍袋の緒が切れる音が聞こえるが、深月がハジメと皐月の頭をハリセンで軽く叩く事で正気に戻させる
「おい、深月何しやがる!」
「そうよ!あいつらをぶっ殺せないじゃない!」
「ならば一旦落ち着いて下さい」
「「うっ!?」」
さて、この中で一番落ち着いているのは誰か―――深月だけだ。深月はハジメ達の隣に立ち、中村とフリードに忠告を入れる
「一つ言いますが、この場合での人質は危険ですよ?」
「ほう?貴様たちが手を出せば人質の命はないぞ?」
「・・・これは本当に無知ですね。良いですか?人質は最終手段かつ、相手が己よりも弱く、己に護る者も居ない時にだけ最大限に効果が発揮するのです」
「クソメイドの分際で指図するつもり?」
「いえいえ、レミアさんとミュウさんに手を掛けたが最後です。魔人族という種族は絶滅しますよ?特にフリード、貴方は同胞が一人一人泣き叫びながら死ぬ光景を見せられて殺されるでしょう。そして中村さんですが、勇者(笑)を細胞一つ残さずに殺せばどうされるおつもりですか?正直言いますと、私は貴女よりも早く動いて仕留めれます。これは脅迫です。貴方方が取れる選択は武装解除すらさせずに案内する事だけなのですよ。いえ、武装解除しても魔力の爆発で大量虐殺は可能ですね。あっ、魔人族の住まう領地全てを二度と住めない様に有害物質で汚染する事も一考ですね」
笑顔でハジメ達よりも物騒極まりない事を言い出し始める深月に、二人は頬が引き攣った。大迷宮を攻略したという事は、メイドもその魔法を手に入れたという事だ。そして、己がクリアしていない大迷宮の魔法も加わるとなれば未知数―――少しでも扱いを間違えば暴発する爆弾を抱えるのだ。安全のマージンを確保するには安全装置と言う名の武装や魔力を持たせるべきである。特にメイド・・・暴れたら半日で一国を殲滅する事が容易なのだ
「・・・招待を受けてやろう」
「な、なに?」
「深月が言った通りだ。武装解除はしない。それが通らなければ魔人族という種は滅ぼす。例え女子供であろうと例外なくだ」
「――っ」
ハジメと皐月の威圧に、フリードは一瞬でも感じ取った。"守らねば確実に実行する"と
「何が目的で招待なんぞしようとしているのか知らないが、敵の本拠地に丸腰で乗り込むつもりはない。それではなにも出来ずに全て終わってしまうかもしれないからな。そんな事になるくらいなら、イチかバチか暴れた方がまだマシだ」
「・・・あの母娘を見捨てるというのか」
「見捨てないさ。ただ、ここで武器を失う方が、見捨てる事に繋がると考えているだけだ」
「―――ちっ」
「聞こえていますよ?今直ぐ案内しなければ・・・子供からと言う手もありですね」
ハジメの言う事はブラフを含んでいるのだが、深月の場合は確実に実行するという事だ。しかし、どちらも実行できる程の実力を持っている
「・・・フリード。不毛なことは止めなさい。あの御方は、このような些事を気にしません。むしろ良い余興とさえ思うでしょう。また、我等が控えている限り、万が一はありません。イレギュラーへの拘束は我等の存在そのもので足ります」
「むっ、しかし・・・」
「そうですね。先兵全てが一斉攻撃を仕掛けてきたのならば足止めされてしまいますね。ですが安心して下さい!私達が生き残れば、全ての種を滅ぼせば何も問題ありません!」
「この人数の中生き残れるとでも?」
「相手の力量すらデータでしか把握出来ていない人形には理解出来ないでしょうね」
煽り、煽り返すの板挟みとなっているフリードは泣いて良いだろう。どちらも己よりも絶対強者故に恐ろしい。魔人族の為行動しているが、一つ間違えば己の目の前で殺される事を思えばだ。フリードはゲートを開き、案内する様に潜り、ハジメ達も後に続いた
布団「ポニテ少女が強くなったよ!これで完全な足手纏いから脱却!!」
深月「魔物肉を食べる事は、生半可な気持ちでは死に直結しますから」
布団「しかし・・・メイドさんは人質に対して厳しい意見ですねぇ」
深月「助けないという選択肢は選びませんが、助けれなかった場合の先を考慮するのであれば強気に出ても良いのですよ。相手側に護る者が居なければですが・・・」