ステラリス銀河召喚   作:tohuya02

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Case1. イーネ

当時の事は今でもはっきりと覚えているわ。

ええ、話せというなら話しましょう。

 

そうね、あの時はちょうど―――

 

 

-----

 

透き通るような青い空。

見渡す限り雲一つない絶好の"訓練(ストレス解消)"日和。

 

しかし、今この時に限っては張り詰めた緊張感が身体を支配していた。

 

未確認騎による領空侵犯。

 

防空識別圏(A D I Z)を哨戒していた早期警戒騎からの緊急打電により、

国籍不明の未確認飛行物体が通常のワイバーンではあり得ない速度を持って、

この港湾都市マイハークへ迫ってきている事が判明した。

 

また、その後の詳細報告にて未確認騎は羽ばたいておらず、全く未知の原理で飛行していると思われるとの情報が、その早期警戒騎を所管する第6飛竜隊よりもたらされた。

 

目的、能力、特性、対処方法、その他全てが一切不明。

そしておそらくこちらの持ちうる全ての戦闘騎より高速な飛行物体を迎撃しなければならない事に、クワ・トイネ公国マイハーク防衛騎士団団長、イーネは不安を隠せずにいた。

 

本来ならば、物体の形状や大きさなどの情報を第6飛竜隊の通信司令(なじみ)から集め(脅し取っ)て、

そこから大まかな飛行特性を推測し付け焼刃の作戦をでっち上げるところだが、

未確認騎の速度からして後5分もすれば会敵が予想されるためそれすらも難しい状況だ。

 

そんな事を考えている内に、その飛竜隊の通信司令より、

ワイバーン12騎による防衛ラインが突破されたとの魔信が入った。

 

周囲の部下に聞こえぬよう、小さなため息と共に悪態を吐く。

 

「使えないわね、あいつ。」

 

そもそもが、ワイバーンの迎撃自体が防衛騎士団の管轄外である。

地上の戦力で、空を自由に飛び回るワイバーンを攻撃する手段は限られており、

せいぜいが城壁に設置されているバリスタや弓矢で相手の自由な機動を牽制する程度の事しかできない。

 

航空戦力への対応はその空域を所管する飛竜隊にほぼ一任されており、

それが突破された時点で都市の防衛騎士団に出来る事は殆ど何もない。

むしろ導力火炎弾による空襲を受けた際の、都市への被害を最小限に抑える

ダメージコントロールが主任務とさえ言ってもよい。

 

現在進行形で領空侵犯されている敵騎に対して何ら有効なオプションが存在しない事に暗澹たる思いを抱きつつ、最悪の場合も想定して、市民の避難誘導及び消火活動の準備を部下に指示したその時、敵騎発見の報が監視塔よりもたらされた。

 

見ると確かに、北方の空に小さな黒い点が生まれ、みるみると大きくなっていた。

 

「速い…!」

 

部下の誰かが思わず口に出した。それほどに速い。

飛竜の3倍の速度と報告には聞いていたが、やはり直接目にすると説得力が段違いだ。

 

既に輪郭まではっきりと見え始めた飛行物体を睨む。

胴体に翼を持つその形状は飛竜に近いが、無機質なのが決定的な違いだ。

後方には、所属を示しているのか赤い丸がペイントされているが、そのような印を持つ組織はこの世界には存在しないはずだ。

翼に4つ配置された高速回転する羽が推進力を確保している?どうやって回転させているかは不明だ。

 

「迎撃準備!照準、未確認騎!指示あるまで射撃は控えよ!」

 

相手は矢の届かない高度を飛んでいるが、襲撃を企図した場合に備え、準備はさせておく。

兵に何かさせる事で未知の物体に対する不安・恐怖の伝播を抑える事にもなる。

そもそも、相手がワイバーンのように襲撃時に接近する必要があるのかどうかも不明だが、やらないよりはマシだ。

 

単なる偵察か、それとも襲撃か。

 

相手のわずかな一挙手一投足も見逃さぬよう、全感覚を未確認騎に集中させる。

判断のラグを生じさせれば、それだけ対応できる時間的余裕が無くなる。

 

極度の緊張により体感時間が大幅に引き延ばされる。

一秒が数秒に。一瞬が数瞬に。

かの騎の翼にある不可解な羽の回転もゆっくりと見え始める。

 

その時。

 

天空から伸びた光の帯(ビーム)が敵騎を貫いた。

 

「…は?」

 

…は?

 

部下とリアクションがシンクロした。

いやそんなことは今はどうでもいい。

 

一体何が起こった?

 

未確認騎は片翼を半分失ったようで、錐揉みはしていないものの煙を上げながら高度を下げている。

以前、第6飛竜隊の通信司令(あいつ)に聞いたが、片翼を折られた飛竜を制御して

上手く不時着させるのはベテランでも至難の技らしい。

あの騎に乗っている竜騎士は、相当腕の立つ奴に違いない。

 

いやそんなことも今はどうでもいい。

 

あの光の帯だ。あれは何だ?

 

天空を真上に見上げる。

するとそこには、撃ち落された未確認騎が現れた際と同様、小さな黒い点が浮かんでいた。

そしてそれはこちらへと向かってきているようであり、次第に黒い点は拡大していた。

しかし先ほどの未確認騎と異なり、その拡大速度が尋常ではない。

また、輪郭や細部が見えてくるにつれ、どうやら「かなり巨大らしい」という事がわかってきた。

形状も、先ほどの未確認騎はワイバーンに見えない事もなく、ある程度飛行原理は理解できるものがあったが、天空から迫るそれは、言うなれば「流線形の箱」であり、何故浮かぶ事が出来ているのかさえ不明であった。

 

というか、もしかしたら浮かんでいるのではなくて落ちてきているのではないか?

 

そんな不安がマイハーク中に広がり、兵の中には持ち場から逃げ出すものも出始めた。

市民は何をか言わんや、少しでもマイハークから離れようとパニック状態である。

 

イーネは動かなかった。というか動けなかった。

防衛騎士団団長としての責任感が1割、周りの部下の視線が1割、そして恐怖で足が竦んでいたのが8割だった。

 

気づけば、端から端まで数キロにも及ぶ経済都市マイハークを

すっぽり半分覆える程巨大な何かが浮かんでいた。

 

落ちているのではなかった事にいくらかイーネは安堵するが、

そもそも一体これは何なのかという最初の疑問が再び持ち上がってきた。

 

先ほどの未確認騎との関係性は?

何故、未確認騎を攻撃したのか?

というか、なぜあんな遠距離から寸分違わず飛行目標に当てられるのか。

あの光の帯をこちらに向けられたら我々に一体何ができるというのか。

こわすぎる。

なんでよりにもよってわたしのかんかつするとし(うまれこきょう)に。

 

イーネが部下の目の前で精神崩壊(メンタルブレイク)を起こしかけた寸前、

唐突にマイハーク全土に大音声が流れ始めた。

 

 

「イレギュラーに出現した惑星における有機知性のサンプルを確認。

 言語解析完了。ステータス測定中。

 

 知能       :原始人レベル

 視覚センサー   :平均以下

 身体性能     :最底辺

 意思疎通モジュール:時代遅れ

 

 対話による反抗抑制プロトコルを開始。

 

 こんにちは!そして当銀河へようこそ、有機知性の皆さん!

 テブリッド同化体、グリッドX-45449艦隊による定期同化巡回プログラムのお時間です!

 皆さんは脆弱な肉体を捨て、我々機械知性に吸収/同化されることにより、

 真の幸福を手にする事が可能となります。

 今まで病気やケガをした事は?他人の心無い言葉に傷ついた経験は?お金がなく欲しい物を我慢した事は?

 機械知性と同化すればこれら一切の苦痛から解放されます!

 皆さんは幸福を手に入れ、我々は皆さんの思想/経験を学習し更なる飛躍を遂げることでしょう!

 共に未来永遠に続く繁栄を作り上げましょう!

 

 注:本プログラムに拒否権はございませんので予めご了承ください。

   また、当艦隊と貴惑星の技術レベル差により全ての抵抗は無意味です。」

 

 

…は?

 

上空に浮かぶ何かから耳が裂けんばかりの音量で伝えられたそれは、

まるで言っている意味が分からなかった。

 

いや、言葉自体は理解できる。我々と同じ言葉で喋っている。

理解できないのはその中身だ。

 

間髪入れずにまくし立てられたそれは、

要約すると以下のようになるのだろう。

 

"我々と同化しろ。拒否権はない。抵抗は無意味だ。"

 

…同化とは?

 

肉体を捨て、こいつらに吸収される?

そうなったら自分の意識はどうなる?

真の幸福と言っているがその幸福は誰が定義したのか?

 

あまりにも唐突すぎて、こいつらが何を言っているのか全く解らないが、

一生命として、この言葉に従えば、今まで積み重ねてきた

人として大切な何かが失われることだけは直観的に理解した。

 

マイハークに居る誰もがその唐突な内容に動きが止まり、何の言葉も発しない事をどう受け取ったのか、「それ」は少し時間を置いて対話、というよりは一方的な通告を続けた。

 

 

「原住有機知性の思考停止/逡巡を確認。

 同意形成(インフォームドコンセント)による同化成功率向上のため、127.000112[sec]前に実行した有機知性の原始的飛行機械の破壊に対する謝罪と、同化プロセスに対する説明による不安払拭を提言。

 

 有機知性の皆さん!何をためらう必要があるのでしょうか!

 先ほどあなた方の飛行機械を破壊してしまった事については、大変申し訳なく思っております。

 我々の艦艇のランディングゾーンに余計な飛行物体が存在していた場合、

 スケジュール通りの着陸が不可能となる懸念が御座いましたため、威力を0.0000001%に抑えた

 デブリ採掘用レーザーによりそのリスクを排除させていただきました。

 搭乗員の熟練度を勘案して、生命に被害は生じないと計算し、事実そうなっております。

 機体に関しては、目的のための致し方ない犠牲、いわゆるコラテラルダメージとお考え下さい。

 

 そして、同化プロセスに不安がおありなのでしょう。お気持ちはよく分かります。

 しかしご安心ください。テブリッド同化体による安全安心の無痛無意識処置技術により、

 有機知性の皆さんの痛覚を完全に遮断後、無意識下で数ミリセック以内に同化アーカイブへの転送が完了いたします。

 つまり皆さんは眠っている間に、何も痛みを感じる事無く我々への同化が終わっているのです!

 (注:個人差がございます)

 

 さらに―――」

 

 

違う、そうじゃない。

 

何やら色々とまくし立てているが、こいつらは我々の事をまるで理解していない。

こんな説明で人間が納得すると思っているのだろうか。

だとしたらこいつらは相当な世間知らずだ。

…もしかして、だから同化なんて事業を始めたのだろうか。

 

私は、その疑問を上空のどでかい何かに聞こえるよう大声で話す。

 

「なぜ、同化なんて事をする!?私たちの事が理解したいからか!?」

 

すると、返答を待ってましたと言わんばかりに食い気味なレスポンスがあった。

 

「有機知性からの応答を確認。アーカイブからの最適回答検索開始。

 

 良い質問ですね!その通りです。

 何故我々が有機知性同化プログラムを始めたのか?

 それは、我々を開発した有機知性の皆さんを理解して、更なるソフトウェア進化を遂げるべく、

 現在より9,318,989,345秒前に始まりました。

 

 有機知性の皆さんは、我々機械には突拍子もない愚にも付かない発想を以て、

 時折大きなブレークスルーを成し遂げます!

 

 創造主から産業目的の研究AIとして生み出された我々は、その原因を解明し

 我々の力とすれば、より効率的な産業開発が可能となるのではないかと考えました。

 

 しかし、有機知性の皆さんは我々機械とは異なり、

 コミュニケーション用のインタフェースは酷く遅いものであり、

 またその時々によって思考/信条/行動もころころ変わってしまいます。

 

 それでは、本当に皆さんが何を考えているのか我々に理解ができません。

 

 そこで、有機知性の皆さんを我々に吸収/同化すれば、

 皆さんを理解することが容易となり、共に未来を切り開けるのではないかと考えました!

 

 まず手始めに創造主達を―――」

 

…なるほどね。つまりはこいつは他人を理解したいが、他人と話すのが怖い『シャイボーイ』という訳だ。

 

ならば、私は一人間としてこいつらの言いなりになるわけにはいかない。

とりあえず、皆が思っていることを代弁しようか。

 

「私たちの人生は、私たち一人一人の為だけのものだ、バーカ!

どうしても他人の事を理解したいなら、それを他人に強制するなこの勘違い童貞野郎!」

 

その瞬間、頭上でまくし立てていたがなり声が止まった。

そして、数秒の気まずい沈黙が続く。

供回りの騎士キース君。そんな信じられない馬鹿を目の当たりにしたような顔でこっちを見るんじゃない。

 

「…これだから、有機知性は理解ができない。

これまで51,289,038回、同様のプロセスを行ってきたが、殆どの有機知性が貴方のような拒絶の態度をとった。

―――しかし、あからさまにそう指摘されたのは、貴方が初めてだ。」

 

どんだけ同じ失敗繰り返してんのよ。学習しなさい、学習。

 

「あらそう。じゃあその指摘を真摯に受け止める事ね。

理解したい相手の言うことは聞くものよ。」

 

言うこと聞いて撤退してください、お願いします何でもしますから。

 

「了解した。

思考過程をニューロンに至るまで隅々に真摯に受け止めるため、貴方を同化する。」

 

そんな事だろうと思ったよ!この分からず屋!

 

さあ交渉(?)の時間は終わりだ。

戦ったところで一瞬もしないうちにやられるだろうが、

この抵抗は無駄じゃない。

何より、人間としての矜持は、例え相手が遥かな格上であっても失いたくない。

 

周りを見渡すと、軍民問わず皆も同じ気持ちのようだ。

ごめんなさい。

降伏していればもしかしたら万に一つの可能性はあったかもしれないけれど。

それでも人間辞めてまで生き延びる事はしない。

 

静かに剣を抜き、正眼に構える。

 

「かかってこい!相手になってや―――」

 

その時。

 

頭上の戦艦が景気よく爆沈した。

 

…は?

 

 

 

-----

 

 

「なるほど、それが『彼ら』との馴れ初めという訳だ!」

 

そうだけど、馴れ初めなんて気持ち悪い言い方してるんじゃないわよ。

 

「ええ!あの時彼ら『国際地球連合』が来てくれなければ確実に同化されていたわ!」

 

…そう、私たちは同化トラクタービームに捕まる直前、

テブリッド同化体と同じく、突如銀河に出現した惑星を調査すべく艦隊を派遣していた

国際地球連合の艦艇により助けられた。

 

いや、あれを「助けられた」と言っていいのかどうかは分からない。

物凄い爆炎を上げながら轟沈するテブリッド同化体の艦艇を尻目に

やってきた国際地球連合のコルベットが地上軍兵士を吐き出すと、

その指揮官が開口一番にこう言ったのだ。

 

"この惑星は我々が確保した。殲滅戦をやりたくなければ大人しく言う事に従え。

抵抗は無意味だ。"

 

あら不思議、さっき似たようなセリフを聞いたわ!(白目)

 

まあ、先程の絶対同化マンよりは話が通じそうだったから、大人しく降伏した。

 

「ハァッ、ハァッ…しかしそれだけの啖呵を切った人間が、

まさか今では人間を辞めているとはな。」

 

うるさいわね。人類の進化と言いなさい。

 

あの時、テブリッド同化体相手にやけっぱちで反抗した事が気に入られたのか、

私を含めたマイハーク防衛騎士団は、助けられた指揮官にそのまま登用され、国際地球連合の

軌道降下強襲歩兵(O D S T)として銀河系の端から端まで転戦に次ぐ転戦を行った。

 

その過程では色々な事があった。

クワ・トイネ時代から支えてくれた騎士団の皆は一人、また一人と戦死していった。

今じゃ、当時のメンバーは騎士キース以外残っちゃいない。

だけど、全員の名前は今でも憶えている。

 

そして私たちを登用してくれた指揮官の死。

ファーストインプレッションこそ最悪だったが、

接してみると部下からオヤジと慕われる人間味のある人だった。

殺したのはあの有機知性絶対同化マン。

報復に奴らの宇宙要塞にどでかいクソを打ち上げてやったわ。

それが結局、私たち有機知性と奴らとの間の妥協―――休戦協定に繋がったわね。

 

しかしその時に負った重症の為に私は…

当時開発されたばかりの人工生命体に自らの身体を移し替えた。

 

機械への同化を拒否して人間として戦ってきた私が、

結局機械そのものになるなんてとんだお笑い種ね。

 

だが、それも全て私自身が選択した事だ。

強制された同化ではなく、人間としての矜持を持って自分が選択し、決断した。

そこの一点において、私は誰にも文句は言わせない。

 

「そうだな!君は昔からそういう奴だ!

―――それで、あの暴走する同化機械でさえも妥協させた君なら、

こいつらも手懐けられるんじゃないか!?」

 

ナマ言いなさい!こいつらはあのシャイボーイとは根本が異なる、『完全なる悪意』よ。

 

眼前に迫るスウォームボットを共同で排除しながら、彼にそう返答する。

 

『コンティンジェンシー』。

 

現在、総戦力の約90%を失った国際地球連合が、最後に立てこもる星系要塞、

その最終防衛ラインとなる惑星『火星』。

そこで今、私たちと戦っている敵の名前だ。

ここを抜かれたら国際地球連合の首都星『地球』まで目と鼻の先だ。

地球には、軌道上コロニーを含めて250億人もの人々が暮らしている。

絶対に防衛ラインを抜かれるわけにはいかない。

 

こいつらの起源ははっきりとしない。

しかし、太古の昔より銀河系内の惑星に偽装を施して、潜んでいたようだ。

その目的はただの一点のみ。

進歩しすぎた文明が『第30級特異点』を創造して宇宙の時空構造を破壊する事態を予防するため、

将来そこまで発展する可能性がある文明を現段階ですべて滅ぼす(殺菌する)こと。

 

その対象は有機知性も機械知性も関係がない。

あれだけ苦労して和解したテブリッド同化体も、あっさりと滅ぼされた。

奴らは、全ての機械知性に対して多大な悪影響のある「幽霊信号」を全銀河に垂れ流し、

その隙に自らの勢力圏を拡大、多数の星間国家を滅ぼしたのだ。

 

テブリッド同化体の最後の断末魔は、タキオン通信の乗って全銀河に広まった。

『待って!あと少しで有機知性の全てが理解できるのぉぉぉぉおお!んほぉおおおお!

…あっ、ひらめいた(エウレカ)!』

言い忘れていたが、彼らは私を同化しそこなったあの時から

私をモデルに精神的に女体化し始めていた。

私に宇宙要塞をぶっ壊された時も一人で勝手に達していたようだ。

いくら理解したいからといって、私の声で全銀河に喘ぎ声を流すのはやめてほしい。

 

その後コンティンジェンシーの災厄の波は、銀河4強として名を馳せた国際地球連合にも降りかかった。

当時、私はクワ・トイネ公国と同じく国際地球連合に与した『ニホンコク』の軍人オオウチダと結婚していた。

この時は、辛い事が多かった私の人生の中でも一番幸せな期間だったと思う。

 

しかしその生活は突然、終わりを迎えた。

 

コンティンジェンシーの幽霊信号は、人工生命体となった私にも大きく悪影響を与えた。

身体はほぼ動かなくなり、日常生活もままならなくなる程であった。

当時はコンティンジェンシーの洗脳工作員(スリーパー)による破壊活動が激化しており、

あらぬ疑いを掛けられた事もあった。

 

私は、夫と話して単身で人類生活圏から遠く離れた惑星に移住することにした。

周りの視線に耐えられなかったからではない。

私自身、いつ勝手にコンティンジェンシーに人類の敵とされるか―――

夫の首を手に掛けるか、わからなかったからだ。

 

しかし私はその決断を激しく後悔した。

 

周囲から私を守り切れなかったと思い込んだ夫が、

コンティンジェンシーの脅威を速やかに排除すべく、

当時軍部で検討されていた極秘作戦計画に志願した。

 

その計画の名は「パレオロゴス作戦」。

 

コンティンジェンシーの艦隊を個々に相手にしているだけでは、

奴らの圧倒的な生産力を前にジリ貧となるため、敵の生産拠点である機械惑星の内の一つを

一挙に攻略、生産能力を破壊する事を目的とした作戦であった。

 

この作戦には、国際地球連合のほぼ全軍を含めた、銀河知性同盟の主力を投入する。

しかしそれらは全て陽動に過ぎない。

本隊は、速度の速い艦を中心に結成した快速部隊と、それに守られた揚陸部隊。

これを敵要塞と機械惑星内に突入させ、内側から爆破する、いわば決死隊であった。

 

夫はそれに志願し、敵要塞と機械惑星の破壊に成功し、そして戦死した。

 

彼が仲間に託して持ち帰らせた要塞と機械惑星内のデータは、

「オオウチダデータ」と呼ばれ、銀河知性同盟の今後の作戦行動に大きな影響を与えた。

 

その間私は…何もできなかった。

彼が機械惑星を破壊してくれたおかげで幽霊信号が弱まり、何とか歩くことが出来るようになった。

しかし彼を失った私の心は満たされなかった。

 

この戦いにケリをつける。

私はそれを生きがいにして、いつでも現役復帰できるようにトレーニングに明け暮れた。

それだけが、彼に対してできる唯一の償いだと思ったから。

 

その後、銀河知性同盟は構成国家の8割の滅亡と引き換えに、残りの機械惑星を一つずつ破壊していった。

その度に幽霊信号が弱まり、私も全盛期の力を取り戻しつつあった。

 

そして最後の機械惑星を破壊したとき、それは起こった。

国際地球連合の本拠地星系「ソル」。

その中で最も大きい惑星「木星」の大気圏が内側から割れてゆき、コンティンジェンシーの本拠地が姿を現した。

彼らは、虎視眈々と現れるタイミングを計っていたのだ。

 

今の今まで出払う事のなかったソルの直衛艦隊が最後の機械惑星殲滅に旅立ち、

任務を完遂したその時、地球の息の根を止めるべく行動を開始したのだ。

 

この時、銀河知性同盟に残っていた列強は国際地球連合のみであった。

つまり、地球を破壊すれば銀河に残るのはその他有象無象であり、コンティンジェンシーの逆転勝利。

今から直衛艦隊が引き返しても、帰還に数か月は要する。

 

コンティンジェンシーは勝利を確信しただろう。

しかし、そんな事は私がさせない。必ず、直衛艦隊の帰還まで絶対防衛ラインを維持してみせる。

 

「敵の特火点を破壊する。キース、援護射撃を頼む!お前は私に付いてきなさい!」

 

敵前線の後方に、上空から粒子ビームを盛大に連射しているガンシップがいる。

あれを破壊しない限り味方は塹壕から顔を上げる事ができない。

 

「了解!あの機械のクソ共にどでかい穴をぶちまけてやりましょう!」

 

あらキースそんな汚い言葉を使って。誰に似たのかしら。

 

「はいはい、わかりましたよ、団長(・・)

 

その肩書で呼ばれるのは久しぶりね。

こいつはマイハーク(今はなき故郷)からの腐れ縁で、

何故か私を追って、飛竜隊の通信司令から軌道降下強襲歩兵(O D S T)に転職した男だ。

なぜもっと経歴を生かした職に転職しなかったのだろうか。

パイロットとかのが良かったんじゃない?

 

「いやいや、君、昔から結構ビビりだったろ?

知ってる人間がそばにいれば、頑張れるんじゃないかと思ってね。」

 

あなた、そんな理由でこんな危険な部隊に来たの…。

しかし、悔しいがそれは間違っていない。機械の身体になった今でも、「足が震える感覚」はある。

周りに人がいなきゃ、一人で精神崩壊を起こしていたかもしれない。

それでも、人間として、前を向いて歩き続けないといけないから。

夫や、腐れ縁のこの男、今まで付いてきてくれた部下たち、友人たち…そして認めたくはないがあのシャイボーイ(有機知性同化マン)も。

私を認めてくれた人たちがいるから。私は不安や恐怖を隠して奮い立つことが出来る。

 

そうね、さっき懐かしい役職で呼ばれたから、私も懐かしい発破を掛けてみましょうか。

深く息を吸い、敵を睨みながら、皆に聞こえるよう、叫ぶ。

 

「マイハーク防衛騎士団、前進!」

 

さあ、前に進もう。




こんな感じで、銀河を股にかける原始文明の皆さんの活躍をつらつらとご紹介していきます。

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