ステラリス銀河召喚   作:tohuya02

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Case2. ブルーアイ

まるでコンサート・ホールのステージから二階席、三階席まで見渡すように視界いっぱいに広がるスクリーン・ガラスに、圧縮され、目にもとまらぬ速さで前から後ろに通り抜ける星々が映し出される。

 

この、ワープで宇宙を旅する時間が私は好きだった。

 

速く移動できるから?

いや、それもあるが、何よりも好きなのはこのワープ・シークエンスを通して人類が本来持つ未来や世界を切り開く力を全身で感じられる点だ。

分かるだろうか?恐怖ではなく、未来への希望で背中がぞくりとする感覚。

こんな事が人の手で成し得る物ならば、まだまだ人間捨てたもんじゃないと、心からそう思える感覚。

もういい大人となってしまった私が、恥ずかしながらこの時この瞬間だけは、ただの少年に戻ってしまうのだ。

 

しかし、流石に現在(いま)だけはその気持ちよりも不安と緊張が勝った。

 

「ワープアウト、5秒前。4、3、2、1…今」

 

何十人もいる艦橋付きオペレータの内、航法担当の一人がカウントダウンを行う。

圧縮されていた星々が一瞬の内に引き延ばされ、まるでマグレブ(リニアモーターカー)の非常ブレーキが掛かったかのように背景が止まる。

ワープが終わり、ハイパーレーンから通常空間に放り出された瞬間だ。

 

「現在宙域確定。星系、セレンディピティに到着しました」

 

星系セレンディピティ。

 

それは、私、元クワ・トイネ公国海軍第2艦隊作戦参謀、現国際地球連合宇宙艦隊士官学校4年生ブルーアイの故郷が存在する(出現した)星系の名だ。

そして現在、眼前に浮かぶその青い故郷(ほし)は時折チカチカとした瞬きを放っていた。

 

宇宙海賊による軌道爆撃の火球と掠奪の渦に晒されているのだ。

 

 

 

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いわゆる「天孫来航」の時、私が何をしていたかというと、ちょうどキナ臭くなってきていたロウリア情勢における不測の事態に備えて、第2艦隊の作戦参謀としてロウリア侵攻時の防衛計画の立案に当たっていた。

 

業務内容は言葉にすると単純なもので、参謀全員で意見を出し合いロウリア海軍の侵攻パターンを考えられるだけ考え、これまた全員でそれに対してどのように艦隊を動かして本土を防衛するかをパターン別に考えられるだけ考えるというものだ。

 

しかし世の中には「言うは易し行うは難し」という使い古された言葉がある通り、これはかなりの困難を伴う作業だ。

正しく作戦立案を行うには、彼我の戦力差を正確に知らねばならない。

そして長年の対隣国諜報活動の成果から、「彼」の戦力を知っている参謀達は全員が死んだ目で現実逃避していた。

 

その数4400隻。

 

対するクワ・トイネは50隻。

全て合わせるともう3倍程度には増えるが、沿岸警備等もあるため自由に動かせる戦力はそれだけだ。

 

約90倍差。

 

もはや作戦立てるってレベルじゃない。

焼け石に水滴を垂らすが如く、触れた瞬間蒸発する戦力差だ。

 

もちろん私を含む参謀達も手をこまねいていた訳ではない。

ロウリア王国の戦力が急激に増えだした6年前から、出来る限りの備えはしてきていた。

しかし様々な要因によりロウリアに対抗できるほどの戦力確保が出来ていなかったのだ。

 

例えば、そもそもの国力差。

例えば、(地政学的に仕方ないが)陸軍重視の軍備計画。

例えば、ロウリアの財政余力を遥かに超えた異常な軍拡。

例えば、彼らの私掠船による妨害活動。

例えば、豊穣すぎる大地に裏付けされた少ない余剰人口(強制徴募対象者)

例えば、牧歌的な国民気質。

例えば、その気質に裏付けされた平和ボケの政治家達。

例えば―――。

 

その理由を数え上げればキリがないが、狂犬軍事国家の隣国と戦争するにはとんでもなく準備不足なのは明らかだった。

今頃尻に火が付いたらしい政治家達が、矢のように軍拡できないか上司のパンカーレ提督を介して催促に来ていたが、今まで散々こちらの意見具申を無視して予算を削っておいて今更何を言っているのかと逆ギレの一つでもしたい気分だった。

というか実際にパンカーレ提督は逆ギレしていた。応接室のソファにふんぞり返って何故すぐに軍拡できないのか問い質す軍務卿に対し、会話のキャッチボール1つあたり3つの皮肉を織り交ぜて静かに怒りを表現していたのは見ものだった。

今まで予算の一つも取ってこれない無能だと思っていたが、あれで少し見直したのは秘密だ。

 

しかしままならない現実に怒ったところで打ち出の小槌のように艦隊が湧いてくるわけでもない。

最速での軍拡を行うための費用感とスケジュールを提督から聞き出して、今まで自分が打ち出してきた方針の間違いを悟り、何とか自分の責任にならないよう政治部会への言い訳を捻りだそうと放心状態の軍務卿を応接室に放置して、私は一時中断した作戦検討を再開するために会議室へと踵を返した。

 

石造りの採光窓が並ぶ城内の廊下を歩きながら考える。

絶望的な戦力差だが、やりようがない訳ではない。

例えば、制海権を放棄する形になるが、どこかの隠れ島を拠点に通商破壊戦に終始して―――。

 

その時だった。

遥かな天空から我々クワ・トイネ公国の些細な悩み事(国家存亡の危機)など吹き飛ばす使者が訪れたのは。

 

 

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それからは怒涛の展開だった。

 

国際地球連合と名乗った彼らは、初撃で世界全土に衝撃と畏怖を与えた。

この世界の主要な国家の首都に対して自らの艦艇戦力を強制降下させ、連合への恭順を迫ったのだ。

 

砲艦外交というレベルではない強圧的な外交戦略であったが、元々武力と技術を持たない小国は持てる大国にありとあらゆる酷い扱いを受け搾取されるのが当然となっていたこの修羅の世界ではそういった手段が一番効果的なのかもしれなかった。

街一つを簡単に覆う程巨大で、搭載されている武装の数%が稼働しただけで国家そのものを一瞬で文字通り物理的に葬り去る事が可能な飛行戦艦という、これ以上なく一目で確実に勝てないと分かる戦力を前にして、8割の国家が城門の跳ね橋を落とすが如く直角に頭を垂れた。

 

一部、パーパルディア皇国やグラ=バルカス帝国といった反抗的な国家(バカ)がいた様だが、そいつらの自慢の皇城や戦艦を一撃で破壊したら気持ち悪いくらい大人しくなったらしい。

 

殆どの国は圧倒的な力を前に嫌々ながら従っていたのだが、日本という新興国と、列強のムーは嬉々として国際地球連合に恭順したようだ。なんでも、地球という単語が彼らの琴線に触れたらしい。むしろ彼らは地球に行きたい行きたいとせがみ、連合をして若干引かせたようだ。

よく分からないが、地球に因縁でもあるのだろうか。

 

そうした一部の例外を除き惑星全土を恐怖の渦に叩き込んだ国際地球連合だったが、その統治政策もある意味でかなり先鋭的だった。

彼らはまず、惑星内の全国家に対し、連合の名において民主的な選挙による星系議会百人と星系裁判所十名、そして星系代表一人の選出を告示。

これは旧来の国家の枠組みとは何ら関係がなく、惑星の地表を単純に各選挙区で区分けしそれぞれの区域の得票合計で議員と裁判官、星系代表を決めるという、これまでの世界秩序も何もあったものではない制度であった。

こうして選出された百十一名は単なるお飾りではなく、星系全体の立法・司法・行政の各権限を与えられる。

これに対して旧来の国家群は彼らの行動に何らの掣肘も加えることは許されておらず、実質的にこれまで世界を支配してきた文明圏(Sphere of Civilization)という考え方を有名無実化させるに足るものであった。

 

これは彼らと付き合うようになって分かった事だが、どうも国際地球連合の国民は一度自分たちの勢力下に入った人々には病的なまでに自分たちと同じ自由と平等と権利を保障しようとする、我々修羅の惑星の住民からすればある種の狂信的な平等主義者(脳内お花畑のおせっかいさん)であるようだった。

元々は連合のベースとなった地球の超大国が有していた気質であり、星間国家に昇華した後に様々な異星人を取り込む過程でこの気質は更に強化されていったのだ。

その為、こういった措置も彼らの中では単純に「遅れた原始惑星に素晴らしい制度を与えて文明化した」としか考えられておらず、個々の惑星や国家の事情は彼らにとって考慮の埒外なのである。

 

そして、自分たちの正義を信じるあまりこのような施しを拒絶される事には慣れておらず、連合の秩序に挑戦する者には一切の容赦が無かった。

 

「星系選挙」制度は、元々民主制が根付いていたいくつかの国家や、これまで列強諸国に虐げられ過ぎて感覚が麻痺していた弱小国家ではすんなりと受け入れられたが、それ以外のかつて列強と呼ばれた国々では不満が噴出していた。

 

今はまだ各国家の自治権が認められているが、所詮は「星系選挙」制度が本格稼働するまでの繋ぎであり、いずれはく奪され国家主権を解体されるであろうことは容易に想像ができた。

何故なら同じ地域に二重の権力が存在する事が許されるはずがないからだ。

良くて「国」から「州」にそのままスライドできれば上々の結果だろう。

 

しかし彼らは少なくとも表立っては動くことが出来なかった。

「衝撃と畏怖」が効いていた事もあるが、既に暴発して見せしめとなった国家が存在した為だ。

 

その名はロウリア王国。

 

今回の「天孫来航」はロウリア王国にとってして見れば、長年準備してやっとこさロデニウス大陸を手中に収められるという時に横っ面に平手を食らった以外の何物でもなかった。

王都に戦艦を横付けされた時は圧倒的な力に対する恐怖と、これから戦争を始めるのに余計な揉め事を生まないようにと恭順の意思を示したが、今後は連合の唱える自由と平等とやらで野蛮な亜人と権利が同等になるなど認められる筈が無かった。

悪くなる一方の状況にロウリア国王ハーク・ロウリア34世の怒りは頂点に達し、国際地球連合による秩序など無視し、クワ・トイネ公国とクイラ王国に攻め込むよう指示。

これは、彼にとっても勝算がない話ではなかった。国際地球連合からみれば、ロデニウス大陸内での争いは植民地の小国同士の小競り合いにも等しい出来事であり、眼を血走らせてまで介入して来る程ではないだろうという目算が、ハーク・ロウリア王の中ではあった。

今までの文明圏秩序の常識に照らし合わせれば、これは十分に説得力があるものだっただろう。仮にパーパルディア皇国の属国同士が争ったとして、皇国がそんな些事など気にも留めるはずがないからだ。むしろ取るに足らぬ属国が減って管理がしやすくなったと喜ぶまである。

 

しかし彼らは国際地球連合の押し付けおせっかい度合いを完全に見誤っていた。

連合は既に、この惑星全土を「属国」ではなく「領土」として見ていた。

となれば当然、領土に住んでいる人々は「国民」である。

さて、その国民を正当な理由なしに無差別に襲う、悪逆非道の輩は彼らからしたら何に見えるだろうか。

 

答えは「テロリスト」である。

 

連合の主要メディアは一斉にロウリアのクワ・トイネ侵攻とギムの町陥落をホロ・ヴィジョンの号外として速報した。

そして特集番組が雨後の筍のように組まれ、それらは一様にロウリアを連合の秩序に従わない「武装勢力(ならず者)」と断定。

クワ・トイネとクイラについては対照的に、「ロウリアの脅迫に屈しない勇気ある人々」「連合が保護すべきか弱き存在」として報じられた。

ご丁寧に、スタジオ背景のパネルには恐ろしげな顔をして威嚇するロウリア兵達の写真と、郷土愛をくすぐるクワ・トイネの牧歌的な農村風景の写真、そしてどうやって撮影したのかギムの町から命からがら逃げる難民のボロボロの姿を収めた写真がでかでかと貼られていた。

 

連合国民とその代表たる連合議会議員は当然のように持ち前の正義感を発揮し、連合の秩序を脅かす存在に対して断固たる対処を取るよう政府に注文。

 

政府もこれだけセンセーショナルに報道されては何もしませんとも言えず、またロウリアの好き勝手を許せば他の星系にも示しがつかないと判断し、ロウリア王国に対する武力制裁を決定。

 

かくしてロウリア王国軍はクワ・トイネの城塞都市エジェイで足止めを食っていた所を、連合の艦隊からの情け容赦ない軌道爆撃を食らい50万の兵力と4400隻の艦隊が一瞬で消滅。

その後軌道降下強襲歩兵(O D S T)により王都ジン・ハークが強襲を受けハーク・ロウリア34世の身柄が拘束された。

彼は内乱罪の重要参考人として首都星"地球"の連合最高裁判所へ移送されることとなった。

ちなみにこの時、初降下任務でゲロ吐きながら目標確保の大金星を挙げた元マイハーク防衛騎士団団長がいたとかいなかったとか。

 

この顛末を知った元列強たちは、連合の情け容赦の無さに震え上がった。

正確には国民が正義と判断した場合にのみ情け容赦がなくなるのだが、そんな事をあずかり知らぬ者達にとっては、連合は取るに足らない属国同士の小競り合いであっても常に目を光らせ、容赦なく騒乱の芽を摘み取る冷徹な覇権国家に見えたのだ。

その為、例え不満があってもそれを表に出すことは即滅亡に繋がると考え、何とか裏工作によって連合の支配を覆すことが出来ないか蠢動を始めるのであった。

 

私が、新しい時代の「海軍」に触れる為に地球の宇宙艦隊士官学校(アナポリス)に旅立ったのは、そのような様々な思惑がこの惑星上に交錯する、ちょうどその時であった。

 

 

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「HAHAHA!おいブルー!お前ならこの状況、どうする!?」

 

至近距離への着弾で艦橋が大きく揺れる。

スクリーン・ガラスの制御装置が目の前で起爆したミサイルの閃光によりオペレータの目が潰れないよう、強制的に輝度を最小限まで暗くした。

これ以上の着弾を許さぬよう艦全体のスラスターをフルに使ってランダム回避を試みる私に教官は陽気にそう問いかけた。

 

いやそんな余裕ぶっこいてられる状況じゃないんですがそれは。

 

スクリーンに映る三次元レーダーチャートは敵が7分で味方が3分。

完全に負け戦です本当にありがとうございました。

 

この戦いは単なる巡回パトロール中の遭遇戦だ。負けたからと言って何か戦略的な損失がある訳ではない。

 

こういう時は座学で教わった三次元空間における戦術知識を引っ張り出すまでもなく回答は決まっている。

 

「サー、教官!ケツまくって一目散に逃げます、サー!」

 

私の回答に教官は満面の笑みでこう答えた。

 

「よぉく分かってんじゃねぇかブルー!ならこれからどうすりゃいいか分かるだろ!?」

 

それを聞いた私は即座に艦内放送で乗組員(学友達)に警告を伝える。

同時に操縦桿に付いている警告色満載のボタンからスイッチガードを外し、いつでも押せる状態にする。

 

「全艦に告ぐ!本艦はこれより緊急ワープ・シークエンスに入る!手近のバーに安全帯を掛け衝撃に備えよ!」

 

一息に言い終わるや否や、操縦桿のボタンを押し込んだ。

その瞬間、艦全体が巨大なハンマーで勢いよく殴られたような衝撃が走る。シートベルトで席に身体を固定していなければ盛大に吹っ飛んでいただろう。

様々な安全手順をすっ飛ばした無理なワープにより、殺しきれなかった反作用を艦の船体構造が受け止めているのだ。

先程の着弾でどこかに致命的な損傷を受けていなかった事を祈るしかない。

もし艦のどこかにどでかい穴が空いていたら、緊急ワープの衝撃によりそこから艦全体が空中分解し、乗組員は亜空間に放り出され時間が無限に引き延ばされた果ての無い空間を永遠に彷徨う事となるだろう。

 

しかしどうやらその心配は杞憂に終わったようで、スクリーン・ガラスに映し出されていた赤色レーザーの火線や目の前まで迫っていた敵の揚陸艇、味方の艦艇が爆沈した火球など全ての風景が超高速で後方に流れ、代わりに圧縮された星々のトンネルを駆け抜ける景色に切り替わった。

 

張り詰めていた緊張が解け、肺に溜まっていた空気を一気に吐き出した私に、教官が声を掛けた。

 

「ブルー、さっきの判断は良かったぞ。流石は元参謀だな!」

 

いや、参謀ならそもそもああいう状況にならないようにするもんです。

…まあ、クワ・トイネ時代は味方が有利な状況なんて一回もありませんでしたが。

 

「はっはっは、まあそりゃしょうがねぇ。

 小惑星に隠れていた宇宙海賊の奴らに奇襲を受けちまった。

 ()()()()()()()()()()。」

 

その瞬間、暗い赤色の光を放っていた艦橋の戦闘照明が消灯し、巡航・停泊時の明るい黄色の照明が点灯する。

同時に、スクリーン・ガラスからは後方に流れる流星の大群が掻き消え、代わりに宇宙港のドック内部の人工的な風景が映し出された。

 

『演習状況No.34290 [パイレーツ・アンブッシュⅡ] 終了。

 皆さん、お疲れ様でした。

 宇宙艦隊健康管理データベースに基づき、30分間の休憩を推奨します』

 

払い下げの巡洋艦を士官学校仕様に改造した巡洋学園艦「UNS-E イオージマ」、その管理AIが出した演習終了の合図だった。

 

 

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私が祖国クワ・トイネを出て宇宙艦隊士官学校に入学した理由はいくつかある。

 

「ロウリア紛争」の結果、長年の懸案だったロウリアの圧力が無くなり、海軍の仕事の半分を占める仮想敵国からの領海防衛任務が事実上消滅した事。

国際地球連合の覇権下では、惑星上の海軍という枠組み自体が陳腐化し規模の縮小を免れない事から、新しい領域へのチャレンジが必要とされていたこと。

クワ・トイネ公国政府もその点については問題意識を持っており、惑星の外に出ての技術習得を積極的に奨励していた事。

そもそもこれから先、クワ・トイネという国家自体が消滅する可能性も高いことから、少しでも手に職を付けて食いっぱぐれないようにしなければならなかった事。

自由と平等を異常なまでに重視する国際地球連合が、本来ならば何の権利も与えられないはずの、併合したばかりの原始惑星住民に対しても社会のあらゆるキャリアパスの門戸を開いていた事。

 

しかしこれらの理由は殆ど建前だった。

 

私はこれまで、宇宙という新天地の存在を認識すらしていなかった。

それが、彼方の星からのいささか乱暴な使者によって覆された。彼らは私が天測航法のために幾度となく見上げた夜空の星々を支配して自由に旅しているらしい。

しかしながら、その彼らを持ってしても4000億恒星系を持つ銀河は広大で、まだ未開拓の領域が大半だそうだ。

彼らの歴史では、過去には我々と同様に同じ星の中で争い、騙し殺しあった事があるらしい。しかしその度に自らを省みて、協力と繁栄の枠組みを作り直してきた歩みがある。

ならば、と私は思った。この狭い惑星の中の狭い一地域の騒乱に汲々としていた私たちでも、そこまで辿り着けるのではないか。その星々の世界を自由に旅する事が出来るのではないか。もっと先へ行けるのではないか。

この大きな大きな宇宙に生まれたちっぽけな私たちが、一体どこまで行けるのか見てみたい。

 

それが、私が故郷の星を第二宇宙速度で飛び出した一番の動機だった。

 

 

 

宇宙艦隊士官学校(アナポリス)は、その地球上の地名を冠した通称とは裏腹に、本拠地は地上には無い。

航宙母艦を改造した学園母艦「UNS-E アナポリス」。

士官見習い達は、教育課程4年間の殆ど全てをその母艦(ビッグ・マム)で過ごす。

 

何故、本拠地が戦闘艦なのか?

一つの理由としては、士官学校は最前線で使える士官を育てるために、宇宙でのあらゆる状況を想定した訓練・演習メニューを用意しており、そのほとんどは実際に宇宙に出ての実習となる。

頻繁に宇宙に出るならば、本拠地自体が宇宙にあれば効率良く演習が出来るという発想だ。

 

しかしそれだけなら、地上に拠点を置いて必要時に宇宙に出ればいい話では?という意見もあるかもしれない。

だが、ハイパー・ドライブにより光の数万倍の速度で移動が可能となったこの時代でも、恒星間の移動には酷く時間がかかる。

我々の属するこの国際地球連合の領域を端から端まで移動するだけでも、数か月は要するのだ。

これでは、地上に学校を用意していては一々戻ってくる時間が馬鹿にならないし、もったいない。

ならばと、士官学校創設者の内の誰かが考えた。

 

学校が地上にあるのがダメなら、演習で使う戦闘艦そのものを学校にすればいいじゃない、と。

 

 

そうして生まれた学園母艦だが、私は初めその巨大さに度肝を抜かれた。

これに比べれば、あの時公都クワ・トイネに降下した戦闘艦などは只のいかだに過ぎないだろう。

あれも公都直径の三分の一を長さを超える巨大艦だったが、これはその全長の四倍を優に超える大きさを持っていた。

つまりはこの学園母艦で公都の住民数十万を収容する事すら可能なのだ。

 

そしてその内部は士官学校としての機能を備えるために魔改造され、元々の航宙母艦とは殆ど別の艦だと言っても差し支え無かった。

士官見習い達の宿舎、座学の教室群、トレーニングジム、各種屋内実習場、エンジニア課程向けのミニチュア工場、元々の機能を生かした艦載機訓練場…。

実地での大気圏内訓練と艦隊戦闘演習以外は、ほぼ全てこの母艦で賄えるといっても過言ではないくらいだった。

 

こんなに大きいと中の人口密度はスカスカでは?と入学する前は思ったが、むしろ大量の士官候補生でぎゅうぎゅう詰めだった。

宇宙艦隊士官学校は、国際地球連合数十兆の国民から選抜された将来有望な士官の卵が一つ屋根の下で集中的な教育を受ける組織である。

要するに母数が多い分スケールも馬鹿でかいのだ。

 

そしてこれに匹敵する学園母艦があと2隻、戦艦学園艦が4隻、巡洋学園艦が13隻、駆逐学園艦が38隻、実習コルベットが89隻。練習艦載機多数。さらに各地の訓練宙域と地上訓練場。

それが国際地球連合・宇宙艦隊士官学校(アナポリス)の「全キャンパス」であった。

 

 

 

本日の演習任務を終えた私は、教官に連れられて学園母艦(ビッグ・マム)のとある場末の酒場へと繰り出していた。

士官学校は年齢制限が緩く、かつ私のような「原始文明の再学習者」も数多く在籍している事から、こういった酒場もそれなりの数が存在していた。

 

いつも教官や、私と同じく年を食った学友達と飲んでいる場所だ。

だが、今回は教官の様子が少し違った。

 

「今日は話がある。もう少ししたらモトの奴が来る。その時に話す」

 

普段は陽気な教官だが、時たまこうして真剣な雰囲気になるタイミングがある。

例えばおふざけが度を過ぎる馬鹿に説教するとき。例えば一歩間違えば死に繋がるようなミスを犯したとき。

今回は怒っているという風ではないが、真面目に聞かなければならない話という事だ。

 

「すみません、お待たせしました。…おっと、ブルーもいたのか」

 

400年程前の地球で流行したという西部劇に出てくる酒場を模した両開きの扉を開いて、モトがやってきた。

 

「ああ、先に一杯引っ掛けてるよ」

 

グラスを軽く掲げてモトに返す。

彼は私の同期で、出身惑星も同じだ。クワ・トイネの北東に位置する新興国、日本からやってきたそうだ。

「モト」は教官が付けたニックネームで、本名は「ヤマモト」というらしい。

元々は「ゴエイカン」という軍用艦の艦長をやっていたようだが、それをすっぱりと辞めて宇宙艦隊士官学校に入学したという、私と似たような経歴の持ち主だ。

 

しがない参謀の一人だった私としては、どうしても現場の第一線で軍艦という一国一城の長を張っていた人物には気後れしてしまいがちで、初対面では大分ぎくしゃくしてしまったのだが、モトがこれからは同じ釜の飯を食って同じ事を学ぶのだからとかなりフランクに接してくれた為、今のような友人としての関係を築く事が出来た。

 

彼の出身国は、少なくとも彼が生まれてからはほとんど戦乱を経験しなかったようで、ロウリアの私掠船対策で国中の海を駆けずり回った私と、逆に私より科学的な知識に詳しいモトはお互いに苦手な分野を補い合う事で、士官学校では二人して上位の成績をキープ出来ていた。

 

しかし何故、彼もここに呼ばれたのだろうか。

確かにこの三人は良く一緒に飲んでいる方だが、今日はそういう雰囲気でもなさそうだ。

 

その答えはすぐに教官が教えてくれた。

 

「お前ら二人とも、セレンディピティ出身だったよな?」

 

神妙な顔で教官が尋ねてくる。

生徒の個人情報は全て士官学校側で管理しているはずだ。

当然そこには出身地も含まれている。

知っているのに敢えて聞いてくるという事は、なにか嫌な予感がする。

 

「ええ。それがなにか?」

 

モトがそう返すと、教官は表情を変えずこう告げた。

 

「悪いニュースだ。たった今、そこが海賊に襲われてる」

 

心臓が止まりかけた。

隣に座るモトからも息を飲む音が聞こえる。

連合宙域の周辺に存在する海賊は、たかが海賊と侮っていい存在ではない。

奴らの組織力は下手な中小国家を凌駕し、掠奪を働いた惑星は人間から機械に至るまで全て根こそぎ奪われて後には何も残らないのだ。

そのバックには連合と敵対する星間国家が付いており、さらにまつろわぬ星間遊牧民(イェスゲイ・ウルス)が兵力を提供しているという噂もあるが定かではない。

そんな奴らに狙われれば、私の故郷クワ・トイネはもとより、科学力の進んだモトの故郷日本でさえひとたまりもないだろう。

 

「し、しかしあそこは完全に連合勢力圏内のはず!

 ハイパーレーンに海賊が入り込む余地などありませんし、現にここ1、2年は不審船の目撃情報も無かった!」

 

私は動揺してそうまくし立てた。

そう、あそこは4年前とは異なり現在は周囲の星系全てが連合領であり、接続されているハイパーレーンも全て連合の管理下にあった。

いくら辺境で威勢を張る海賊といえど、やすやすと入り込める宙域ではないのだ。

 

「どうやって侵入したのかは解らん。もしかしたら我々の把握していない天然のワームホールでもあったのかもしれん。

 しかしそんな事は今はどうだっていい。

 大事なのは、奴らに我々連合を舐めたツケをどうやって支払わせるかだ。そうだろ?」

 

…故郷の危機に少し熱くなってしまっていた。

確かにそうだ。理由は後で考えればいい。今は連中の対処が優先だ。

しかしどうやって?

 

「そこでだ。ついさっき軍から要請があって、総長がそれを受理した。

 連中の地上軍に対処する軌道降下強襲歩兵(O D S T)の護衛任務だ。

 どうやら軍の人間もこんな連合のど真ん中に襲撃を受けるのは予想外だったようだな。

 士官学校に作戦行動の援護を要請するなんぞ、余程切羽詰まっていると見える」

 

戦場に士官学校を投入するのは軍にとってもリスクがある事だ。

将来の軍人の卵を失う可能性があることもそうだが、もっと怖いのは世論だ。

現在は隣国(テブリッド同化体)と戦争中で、周辺国との関係も良くないとはいえ、戦局は極端に連合に不利という訳ではない。

その時局で士官学校の学生を戦場に投入して死傷者でも出そうものなら、各方面からの非難は免れないだろう。

 

つまりは、この襲撃は連合宇宙艦隊にとっても想定の埒外だったという事だ。

あり得ない場所から敵が湧いてきて、なりふり構わず近場の戦力を招集しているのだろう。

 

そこに、私たちが介入できる余地が生まれた。

流石に海賊との正面戦闘ではなく、ある程度安全に配慮された輸送艦護衛だがそれでも私たちの故郷の惑星を救ける作戦とあっては参加しないという選択肢はない。

 

だがそれはセレンディピティ出身の私とモトだからであって、何故士官学校はそれを受けたのだろうか。

学生の安全を優先して、要請を固辞するという選択肢もあったはずだ。

 

「この作戦は俺たち士官学校にとっても試金石だ。

 …今から話すことは決して口外するな。

 

 実は、トズィン帝国との交渉が決裂したそうだ。」

 

トズィン帝国。

銀河系の中心部から我々連合が存在する方向を北として、テブリッド同化体との前線が連合から見て西だとすると、ちょうど真反対の東側に位置する星間国家だ。

国民性は我々連合国民とは水と油であり、集団狩猟型の肉食トカゲから進化した彼らは、秩序と武勇を何よりも尊ぶ。

現在も皇帝を中心とし、その権威に従う多数の軍人貴族が領地を統治する組織化された階級社会を構成している。

 

連合とのファースト・コンタクトから一貫して関係は良くなかったようだが、今まではお互いに妥協に妥協を重ねて凌いできたはずだ。

ここに来てその交渉が決裂した理由は、連合とテブリッド同化体の戦線膠着が主な要因だろう。

 

つまりは漁夫の利という事だ。

艦隊戦力を西に集中せざるを得ない連合を尻目に東から大挙押し寄せて大量の星系(領地)をかっさらう。

「武勇を尊ぶ」という割には随分と小賢しい戦略を使うトカゲどもだ。

もしくは、連合との妥協を重ねすぎた皇帝を弱腰と非難する軍人貴族の暴走を抑えきれなくなり、ガス抜きを行う必要性が出てきたか。

いや、それら両方が理由というのが有力な線だろう。

 

問題は、そうなると連合は二正面作戦を強いられる事となり、正面戦力の圧倒的な不足という事態に直面するという事だ。

そうか、だから。

 

「士官学校が艦隊戦力として使えるかどうかの実験、という事ですね」

 

流石に学生を戦線正面に配置するという事はしないだろう。

だが今回の任務のように後方支援要員として使い、その分浮いた戦力を正面に回すという絵図を統合参謀本部の連中が描いている可能性は十分に考えられる。

私が中央の参謀だったらそうする。そうせざるを得ない。

総長も、今後はそういった流れになるであろう事を予測していたのだろう。

だから今回のような海賊との戦いで予めウォームアップをしておく為に、軍からの要請を受諾したのだ。

 

「業腹だがその通りだ。

 そして、今回の護衛任務の司令は俺が務める事となった。

 お前らは参謀として俺の補佐をしてもらいたい」

 

ただそんな士官学校側の思惑には関係なく、既に私たち二人はこの作戦に参加する覚悟が決まっていた。

改めて聞かれるまでもない。

二人は勢いよく教官の問いかけに返答した。

 

 

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『私たちをあそこに降下させなさい!今すぐに!』

 

私たち士官学校の学園艦が護衛している輸送艦からそのような通信が入ったのは、星系セレンディピティに到着して、軌道爆撃に晒される我が故郷を目にした直後だった。

スクリーン・ガラスにでかでかと映し出されたのは、私の故郷クワ・トイネでは既に立身出世の人となった、元マイハーク防衛騎士団団長イーネその人であった。

あのアブダクション未遂事件から4年経った現在、イーネは軌道降下強襲歩兵(O D S T)の中でも一個中隊約200人を任せられる程度には立ち位置を確保していた。

 

その気持ちは痛いほどわかる。私も本音で言えば今すぐにでもクワ・トイネに駆け付けたい。

しかし…

 

「あそこが貴官の故郷であることは俺も承知している。その想いも理解できる。

 だが今はダメだ」

 

教官の言う通りだ。

先行でワープアウトしていた本隊と、軌道上に陣取っていた奴らの艦艇群は既に艦隊戦に突入している。

我々が迂闊に軌道進出すれば、戦闘に巻き込まれて降下戦力を無駄に失う可能性がある。

そうなれば、助けられる命も助けられなくなる。

 

しかし、彼女は納得しなかった。

 

『戦闘が終わるまでに何時間掛かる!?

 スクリーンの最大望遠で見えたわ。

 私の故郷マイハークに奴らの降下艇が向かっているのを!

 今から向かえばまだ間に合う!

 私たちは砲火が飛び交う中での降下だって何回もやった!

 

 だからお願い、私の、私たちの故郷を守らせて…!』

 

彼女の配下は殆どが元マイハーク防衛騎士団で構成されている。

だから彼女の言葉は中隊全員の意思そのものだ。

 

数時間もあれば、奴ら海賊は街を破壊し尽くし目ぼしい物や人々を掠奪し凌辱の限りを尽くしてから悠々と撤退するだろう。

 

そしてそれまでに、軌道上の戦闘が終わる見込みは薄い。

 

この時代の軍艦というのは非常に頑丈だ。

まず艦の周囲にあらゆる粒子干渉を退ける不可視のシールドがあり、その内側に恒星の圧力を応用して作られた複合材料の装甲が存在し、それを強靭な船体構造が支えている。

これを打ち破るには幾度も攻撃を繰り返し、シールドエナジーを枯渇させ、装甲を疲労崩壊させ、船体構造を支える数十か所のポイントを破壊しなければならなかった。

更に、敵もその場に留まりながら甘んじて攻撃を受け続ける訳ではなく、常にその牙から逃れようとスラスターをフルに活用してランダム回避を試みる。

 

つまりは互いに相手の撃破にはかなりの時間を要するのだ。

最長では数日間戦いっぱなしだった例もあった。

 

…私自身、第2艦隊時代にマイハークには何度か寄港した事がある。

透き通るような海を持つ港町で、住民も陽気で人の好い人たちばかりだった。

私だってあの街を見捨てなくてよい選択肢があるならばそうしたい。

 

しかしダメなのだ。

 

「…惑星の裏側に敵の別働艦隊の姿が確認されている。

 俺たち護衛艦隊は、それに対する牽制も行わなきゃいかん。

 仮に俺たちが軌道上で降下作業のため動けなくなった場合、フリーハンドを得た敵別働艦隊が本隊の背後に移動し挟み撃ちする可能性がある。

 そうなれば俺たちはこの星系から撤退しなければならなくなる。それだけは避けなきゃならん」

 

逆に言えば、我々がその別働艦隊を牽制して動きを拘束していれば、その間に数に勝る本隊が敵を撃破し、別働艦隊を挟み撃ちにする事ができるのだ。

より多くを救うなら、これ以外の手はない。

 

『…っ!』

 

どうあっても動くことの出来ない今の状況を理解したのか、彼女は悲痛な表情で押し黙る。

今彼女に圧し掛かっているのは残酷な選択肢だ。

多くの犠牲を払ってでもマイハークを救けるのか、それともマイハークの犠牲を甘受してより多くを救う方を選ぶのか。

スピーカー越しに、金属製の壁に拳が勢いよくぶつかった音が響く。彼女が行き場のない感情を壁を叩きつけたのだ。

少し時間を置いてから、彼女は口を開いた。

 

『分かったわ。貴方達の言う事に従う』

 

無理やり感情を押し殺して、意図的に抑揚を制御した声色だ。

 

『ただごめんなさい。

 私は、私たちは貴方達を恨む事を止められそうにない。

 例え貴方達に当たるのが筋違いであったとしても。

 

 …以上よ。手間を取らせたわね。』

 

そのまま通信が切れた。

教官やモト、私、そして艦橋に詰めていたオペレータ(学生)達は一様に押し黙った。

彼女らの悲痛な感情は痛いほど伝わってきており、それが艦橋の空気を支配していた。

 

私たちがもっと強く、そしてもっと速ければ、彼女達の言う事が実行できていたかもしれない。

私たちに未来を切り開く力さえあれば。

 

軌道降下強襲歩兵(O D S T)を載せた輸送艦隊が士官学校の艦隊に護衛されながら惑星軌道上に進出し、彼女らが降下を開始したのは、私たちが星系セレンディピティにワープアウトしてからおよそ10時間後であった。

 

 

マイハーク(彼女達の故郷)は、助からなかった。

 

 

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まるでコンサート・ホールのステージから二階席、三階席まで見渡すように視界いっぱいに広がるスクリーン・ガラスに、圧縮され、目にもとまらぬ速さで前から後ろに通り抜ける星々が映し出される。

 

この、ワープで宇宙を旅する時間が私は好きだった。

 

だが今は、もっと速度が欲しい。

 

圧縮されていた星々が一瞬の内に引き延ばされ、まるでマグレブの非常ブレーキが掛かったかのように背景が止まる。

ワープが終わり、ハイパーレーンから通常空間に放り出された瞬間だ。

 

「現在宙域確定。提督、テブリッド同化体領域、グリッドX-12134に到着しました」

 

何十人もいる艦橋付きオペレータの内、航法担当の一人が目的地に到達した事を報告する。

周りを見渡すと、他にワープアウトしてきた艦はいなかった。

 

連合一の快速部隊である私の艦隊の中で、さらに最も速度が速いのは私の座乗するこの旗艦だ。

 

今回の任務は速度が命だった。

ならば、艦隊行動などというまだるっこしい事は止めだ。

各艦がそれぞれの最大戦速で移動せよと伝えた。

もちろんリスクはある。

単艦突入したこの状態でテブリット同化体の艦隊が目の前に存在していたら全てがパーだったが、どうやら幸運の女神は私に味方したようだ。

 

恒星周辺に存在した敵宇宙要塞は跡形もなく吹き飛んでおり、その周囲には両軍艦艇の残骸が途方もない量漂っていた。

どうやら艦隊戦の方は相打ちで終わったらしい。

 

「さあ、彼女達を探すぞ。連合の英雄をこんな辛気臭い墓場で死なせるな」

 

テブリッド同化体との戦争が始まって数十年。そしてトズィン帝国との戦いが始まって10年が経った。

その間、連合は使えるものは全て使って辛くも防戦を続けていたが、それも限界を迎えようとしていた。

社会を覆う厭戦感情はもはや反乱すら視野に入る危険な領域に達しており、戦争経済で金の回りは社会の特定階層のみに硬直化するようになり、波及効果の乏しい軍事予算が全体の6割を占めその他の事業がおざなりとなった国家財政は、連合内のインフラを徐々にボロボロにしてゆき、セーフティネットから零れた多数の貧困層を現在進行形で大量に生み出していた。

いやそれでもハイパーインフレだけは全力で防いでいる我が国の財務官僚を褒めるべきだろう。

そして若者を兆単位で失ったいびつな人口ピラミッドは、今後数十年は連合を苦しめる足かせとなる事が確定している。

 

そんな社会の末期的症状を断ち切るべく、テブリッド同化体の支配領域の奥深くで、殆ど全ての物流が集中するハイパーレーン・ハブ星系に存在する宇宙要塞に致命的な一撃を加えて電撃講和を果たすというこれまた負けが込んだ軍隊の末期的症状が現れた作戦が立案された。

成功確率約1%のこの作戦は、最終的に要塞に強行突入し内部からエネルギー・コアを暴走させた英雄たちにより奇跡的に完遂された。

 

彼らの生還は絶望的と目されていたが、それでも宇宙艦隊上層部は一縷の望みを託して、私の快速艦隊を戦果確認を兼ねた捜索部隊として派遣したのだ。

 

「生命スキャン、反応ありません…いや、微弱ですがいくつか見つかりました。

 どうやら、バラバラになった要塞外縁部の窪みに身を隠して生き延びていたようです。

 

 …っ!

 彼らの生命維持スーツの空気残量はわずか10分しかありません!」

 

…やれやれ、幸運の女神は私に味方するだけではなく、下着までちらつかせているようだ。

 

「絶対に生きて彼女らを救出しろ。今度は必ず助け出すんだ」

 

「…は?」

 

「…いや、こっちの話だ。

 救難艇をスクランブルさせろ」

 

あの時(マイハークの悲劇)から、私が故郷クワ・トイネを飛び出し宇宙に出た理由はもう一つ増えた。

 

彼女や彼女の故郷のような犠牲を私の目の前では二度と起こさせない。

 

士官学校卒業後、様々な戦場を駆け抜けてどうにかこうにか一艦隊の提督にまで上り詰めた今でも、その誓いを片時も忘れたことはなかった。

私が地球の統合参謀本部勤務を固辞して快速艦隊の一提督に留まり続けている理由でもある。

…どうやら、今回はなんとか間に合ったようだ。

ここで彼女―――英雄イーネが救けられなければ、これまでの私の人生なんだったんだって話になるからな。

 

さて、彼女と面会する準備でもしておくか。

あの時から彼女に合わす顔がなくて、いい歳こいて恥ずかしながら彼女をずっと避け続けて来たのだ。

 

まずは第一声に何て言おうか。

そうだな。こんなのはどうだろう。

 

「やっと君を助ける事が出来た。これで私はいつ死んでも悔いはない」

 

…やっぱり当たり障りのない世間話から始めよう。うん。

 

 




国際地球連合は、USA!USA!の気質をプラスとマイナス全ての側面で3倍増しにした国家というイメージでお考え下さい。

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