m(_ _)m ←無言の土下座
ボシュッ──ドサッ
くぐもった銃声に続いて質量を持った物体が倒れる音が寒空の下に響く。
図書館を出てから4体目のゾンビを確実に無力化でき、そして見える範囲に新たに近寄ってくる個体がいないことを確認してから、凪原は静かに扉を閉めた。
出入りに使っている非常口は枠まで含めてすべて鉄製だ。まとまった数のゾンビにたかられても十分な防御力を持つが、中から外の様子を窺い辛くもあるのでたかられないための努力が必要になる。ちなみに総ガラス張りの正面入り口は割れ防止フィルムを貼ったのち、武闘派を刺激しないレベルで封鎖中である。
それなりに安全な区域に入ったことで凪原と胡桃も警戒レベルを下げる。
構えていたグロックからマガジンを抜いてスライドを引き、薬室を空にした状態でカラ撃ち。安全状態にしてからホルスターへと戻す。銃の安全管理は扱う者の義務である。
「やっぱり会敵0とはいかないかー」
「グラウンド側のどっかから抜けて来てるんだろうな──まぁ何はともあれ俺達の仲間の拠点へようこそ、理瀬さん」
身体はこの1年ほどで染みついた動作を繰り返しているが、意識の方は既に別のところへと移っている。
凪原が声をかけたのは、2人で挟む形で護衛してきた理瀬だ。
「仲間と言ってくれたのは素直に嬉しいけどね、わざわざ
所々小走りしたとはいえ基本は早歩き程度、それも高々キャンパス内の移動だったにもかかわらず理瀬は膝に手をついて息を整えいていた。
今日読む予定だった書籍を持ってもらい、完全な手ぶらでの移動でもこれである。自称本の虫は伊達ではないという事だろう。
「んー、移動したいだけならそうなんだけど」
「少ないうちに間引いておかないとすーぐ増えるからなあいつ等、群れるとマジで厄介なんで」
この手の映画の1つや2つは見たことあるでしょう、という凪原の問いに「うへぇ」という顔になる理瀬。バイオでハザードなシリーズかそれ以外か、とにかく視聴経験はあったようだ。
真顔で「ナニソレ知らない」と言われるかもと思ったが、どうやら完全なる本バカではなかったらしい。
「なんか失礼なことを考えてそうだけど、藪蛇になりそうな気もするからいいや。それにしたって───」
ようやく落ち着いてきた呼吸をため息に乗せて吐き出しながら、理瀬はやれやれと肩をすくめてみせる。
「まさか創作として楽しんでいたものを参考しなきゃならない事になるとはねー、まあ大きな音を出さずに引き籠っていれば安全だから生きてくだけなら割とどうにかなるんだけど」
「なんだろ、この物語中盤に登場して状況説明だけしてすぐに退場しそうなキャラの気配は」
「おっと、いきなり死亡宣告が飛んできたよ。胡桃君、私なんか気に障ることした?」
胡桃の言葉にも余裕な態度を崩さない理瀬。言葉の綾と思っているようだが、残念ながら冗談ではなかった。
「いんや、あいにく割と真剣な話なんですねこれが」
「……
「
「なんで英語?」
胡桃のもっともな疑問を凪原が
「ちょいちょいちょい、えっなに?私消されるの?全然心当たりとかないんだけど」
言い回しこそふざけたものの、その内容自体は本気だった。
声色からそれを察して焦る理瀬に対し、凪原は安心させるように手を振りながら続ける。
「いやいやさすがに(この世からの)退場は冗談だけど、良くて強制労働、悪くて追放ってあたりだと思うから命の心配はしなくていいですね」
「全部たいして変わらないねえ、どっちだとしても死ぬ未来しか見えないんだけど?自活能力の低さは自慢できるよ私は」
「うーん、清々しい程自慢にならない」
「まあまあ、その辺の話をしたいと思って今日はご足労願ったわけで、とりあえず入ってくださなっと────」
理瀬の宣言に一周回って感心する胡桃に対し、凪原は苦笑をするにとどめた。
彼女の自己生存能力の低さはこれまでの関わりからすれば想定通り。むしろそれを利用しての計画を立てていたりするので文句を言うところではない。
とはいえある程度はこちらの意図を知っておいてもらわないと後々支障が出かねない。
そんなわけで一度は腰を据えて話しておきたいと、生粋の引き籠りである
そして特に武闘派からのちょっかいも受けることなく校舎内の穏健派領域に入り、やれ一心地ついたと普段皆のたまり場となっている部屋のドアを開けた凪原の眼前に、彼の予期しなかった光景が飛び込んできた。
「おらぁッ、さっさとあたしが目を付けてたポテチを食べたこと謝んなさい!」
「ざけんな別に何食べようが俺の勝手だろうが!つーかそんな食いたかったなら名前でも書いとけやバカっ」
自身の肩の上に仰向けの照山を乗せ、顎と腿を掴んで固定した早川がグルグルと回っていた。
かなり大柄な照山を担ぎ上げる早川も早川だが、その状態で怒鳴り返せている照山もたいがいである。
「「「………。」」」
パタム。
3人そろって数秒程絶句したのち、凪原は静かにドアを閉めた。
そして顔に爽やかな笑みを浮かべて理瀬と胡桃へと向き直る。
「失礼、どうやら間違えてアルゼンチンバックブリーカー研究会の部室に来てしまったみたいだ」
「その言い訳は苦しいと思うな、あたしは」
「君は日頃利用している部屋の場所を間違えるのかい」
「いや多分左手でドアを開けたからだな、右手で開けばきちんと穏健派の部室に繋がるはずだ」
「魔法学校かな?」
2人のツッコミを笑って受け流し、宣言通り今度は右手でドアを開く凪原。
そのかいあってか、3人の前に現れた光景は先ほどとは異なっていた。
「とぼけてんじゃないわよ、ちゃんと名前書いてあったでしょ!──綴じしろの裏側にッ!」
「気付けるかそんなとこ!?──ま、待て分かった。俺に非はないが謝るッ!ってかギブギブギブ!折れるわ!」
早川がうつぶせになった照山の背に馬乗りになり、首から顎を掴んで思い切り持ち上げていた。
強制的に反らされた照山の上体はもう少しで床と90度をなそうとしている。意外と体は柔らかいようだ。
「「………。」」」
パタム。
3人そろって再び数秒程絶句したのち、凪原はまた静かにドアを閉めた。
そしてさらに爽やかな笑みを浮かべながら理瀬と胡桃へと向き直った。
「すまない、今度はキャメルクラッチ愛好会の部室に繋がってしまったみたいだ」
「さっき指摘しようか悩んだんだけど、なんで1つの技限定なんだい?せめてプロレス研究会とかにするべきじゃないかな」
「いやどっちも普通にうちの高校にあったんですけど」
「ナギ達が3年生の1年間しかなかったのに普通にとか言わないでくんない?母校が誤解されそうでいやなんだけど」
「期間がどうこうじゃなくて、実際にあった時点でドン引きだよ」
ちなみに巡ヶ丘高校31期ではとある生徒会長(と支援者の校長)の施策により部活動の設立及び部費の支給要件が「部員2名と担当教師(兼任可)の確保」となっていたため、訳の分からない集団が跋扈する部活戦国時代の様相を呈していた。
もっとも制度自体が試験運用であり要件が緩和されていたのは1年のみ。以降は先鋭化され過ぎていたせいで人数が足りずに自然淘汰、2年目には少し部活動の数が多い程度まで減少していたらしい。
それでも救急医療研究部にラぺリング同好会、クエスト式帰宅RTA探究同盟などが残っているあたり普通の枠からは思い切りはみ出しているのだが。
閑話休題。
「部屋の外で何してんのよ、さっさと入ってきなさい」
凪原達が部活動というものの定義について互いに意思表明をしていると、ドアが開いて当の本人である早川が顔を出した。
その額に汗は浮かんでおらず、とてもではないがつい少し前まで照山を振り回し(物理)ていたとは思えない様相である。
「相変わらず身体能力バケモノだな」
「はいナギ、アンタ後で校舎裏ね」
「普通に疲れるからパス」
早川からの模擬戦の誘いを手を振って受け流す凪原。そのまま部屋に入りかけたのだが、ふと顎に手やり立ちすくんだ。
「どした?ナギ」
疑問に思った胡桃の言葉に顔を上げた彼は、しごく真剣な表情で口を開く。
「いや………、つまりこの部屋は内側から開いてもらわないといけない隠し部屋だった?」
「そのくだりはもういいってもう」
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「それじゃあ、ちょっとしたハプニングがありましたが始めていきましょう」
「それはいいけど、彼は大丈夫なのかい?」
「ああ、アレなら痙攣してるから問題なく生きてますよ」
首をかしげる理瀬の視線の先には、部屋の隅に片付けられた照山が横たわっていた。ボールペンで突っついている桐子と比嘉子──前者は面白がって、後者は心配だが直接触るのが怖い──にわずかに反応を返しているので、凪原の言葉通り生きてはいるようである。
「いやあのさ、痙攣って普通は重症の判断基準だと思うんだよね。ちなみに痙攣してなったらどうするのさ?」
「それは高い確率で死んだふりだから追撃を入れますね」
「制圧できたと勘違いして数秒目を離したすきに猛ダッシュで逃げられる、とか割とよくあったしというかしてたし」
「うーん……、日本以外に日本語が公用語の国ってあったっけ?」
「違う文化圏の人間扱いするのやめてくれます?」
「実際似たようなもんでしょ、凪原とか咲やんの相手をしてためぐちゃん先生が不憫でならないよ」
「なんだとこら~!」
「ちょっひゃめっ!
呆れ顔でツッコミを入れた晶に飛び掛かる早川。目にもとまらぬ早業で晶を抑え込むとそのままムニムニと両頬を弄り始めた。
「いやはや、ほんと賑やかだねぇ。ここではいつもこうなのかい?」
「まあ基本的には?ここ、というよりナギ達の周りはいつもって感じかな」
「俺等だけじゃないだろ、由紀とか圭もなかなかだし胡桃もあんま人のこと言えんだろ」
「「いーや、ナギ(先輩)達には負けるって」」
「ふ~ん、なるほどねぇ」(音量としては間違いなく騒音に分類される。だけど聞いている私自身はそれを不快に感じていない、………いやはや全く面白い)
目の前で言い合いを始めた凪原と胡桃に圭。その様子を見て何事かを納得した理瀬は、パンッと大きく手を叩くと朗らかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「それじゃあ色々説明してもらおうかな、君達の一員として知っておいた方がいいことがたくさんあるんだろう?」
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「────つーことで、そう遠くないうちに武闘派の連中が何かしらのアクションを起こすだろう、という話でした。オーケェイ?」
「万事オーケイだよ。リソースの一元化というのは分かりやすい理屈だし、目に見えて減っていく物資が精神に与える影響というのも理解できるつもりだ」
凪原の問いかけに対して頷く理瀬。元の性格なのか年の功か、これまでのメンバーの中でもかなり理解力が高く、一連の状況説明はそれほど時間をかけることなく終わった。
ちなみに凪原の口調が普段通りになっているのは、理瀬の「普段通りに話してほしいな」という要望によるものである。
「私が引き籠っている間にそこまでこじれていたとはねぇ」
「あはは、こじれたというか一方的に嫌われたというか、まあ実際ボク達が何もしてなかったのは事実だし」
「それは私だってそうさ。しかしそうなると難しいのは、彼等にもそれなりに理屈が通ってるってことだね」
「ああそこがマジで難しいとこなんだよなぁ」
理瀬の指摘に唸る凪原。
穏健派のことを放逐しようとしている武闘派。安全が確保されている場所を追い出されるのは桐子達穏健派にしてみれば堪ったものではない。のだが、彼等の主張である「働かないのなら物資の無駄だから出ていけ」というのもわずかばかりとはいえ理があるは確かなのだ。
初期のインフラ整備をしたとはいえ以降は何もしていない穏健派と、キャンパス内の安全確保を続けている武闘派、時間が経つにつれ貢献度合いが後者に傾いていくのは仕方がない。まして当人たちの意識としては当然である。
「まあ
照山の言葉通り、手っ取り早いのは穏健派のメンバーを皆放送局へ連れ帰ってしまうことだ。武闘派の要求通りに出ていくのだから無効としても文句は言えないだろう。
学園生活部の物資を狙っているきらいはあるが、それを言ってくるなら文字通り返り討ちにしてしまえばよい。
ただしそれはそれで問題があった。
「それで済むなら苦労しないわよ。きちんとした銃持ったバカの集団なんて勘弁よ、うちは」
「放置するにはちょっと放送局に近すぎるんだよな」
「不完全とはいえ事後投与可能なワクチンに高性能な銃器、特に銃の方は厄介だろうね」
学園生活部が聖イシドロス大に来た最初の理由、ランダルコーポレーションの拠点に備えられているであろう銃器やワクチン類である。
ワクチンはともかくとしても、銃器類が武闘派の手に渡るのは何としても阻止したいというのが凪原等の考えだ。銃を持った多少頭が回るバカほど恐ろしいものはない。
以前凪原が殲滅した野盗は銃こそ持っていたものの、こちらのことをなめ腐っていた本物のバカだったため隙をついて対処できた。
しかし曲がりなりにも拠点を構えて維持し続け、気に喰わないながらこちらの実力を評価している武闘派が銃を持った場合の脅威度は野盗の比ではない。
まして、この大学は巡ヶ丘学園よりも規模が大きい。準備されている物資の量と質もそれに準じているとみるべきだろう。
どう考えても武闘派に渡してよい代物ではない。
「つーことで、理想としては武闘派の連中を刺激しながら銃器とワクチンの回収、それさえ終われば撤収って流れだな。理瀬さんは図書館から離れてもらうことになるけど、本は用意するからそれで勘弁ってことで」
「さすがに命には代えられないからねえ、本さえ読めるならそれで構わないよ。──それでもし、うまくいく前に向こうが絡んできたらどうする気なんだい?」
「「「そん時はまあ、仕方ないだろうさ(な)(でしょうね)」」」
えー………はい、8章5話です。
再び死んでいました。部分ごとに書いた時期が違うので文章がぐちゃぐちゃになってるかもしれません、ごめんなさい。
今度こそ早い時期に次をアップできるよう頑張ります。
それではまた次回!